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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第五十七節 海賊戦③

「まだ海賊の頭目が姿を現していない。大方、手下どもに命じるだけ命じて、自分は船の方で悠々と眺めているんだろう。――鼻持ちならない怠け者に、挨拶をしに行ってくる」


 言いながらヒロはカトラスの峰で自身の肩を叩き、一笑する。


「あちらに行って頭目を潰したら、海賊船の舵を右舷に取って流す。手が空いてからで良い。操舵手の元に行って、左舷側に舵を取るように伝えてくれる?」


「分かったわ。――気を付けて、よね。無茶はしないで……」


 ヒロの指示に頷きながら、心配を色濃く宿した声音でビアンカが零す。それにヒロはヘラリと笑った。


「えっと。こうして女の子に送り出されるのって、なんか照れ臭いな……」


 ビアンカの声掛けに、ヒロは赤くなった頬を指で掻き、冗談混じりに口にする。

 だが、そうした冗談にさえ応じられないほど、ビアンカは憂虞の思いを表していた。その様子を察したヒロは、再び口を開く。


「――死ぬつもりは無いからさ」


 ヒロの言に、ビアンカは眉を曇らせながら首肯(しゅこう)する。

 素直に頷いて返事を示した彼女を目にして、ヒロはふやけた印象を与えていた表情を一変させ、紺碧色の瞳に覇気を彩る真摯な面差しを見せた。


「ちゃんと戻るから安心して。今度こそ隠し事も嘘も無い、約束は(たが)えない」


 憧憬(どうけい)を含ませ優しく口にすると、ヒロは左手を上げて視線を移す。手が血で汚れていないかを確認すると、ビアンカの髪に触れた。

 さようなヒロの行為に、ビアンカは出会った当初のような険悪感は抱かなかった。それ故、甘んじてヒロの手を受け入れる。


「――君に何かあったら、ハルに怒られちゃうし。しっかりやらないとね」


「え……?」


 ビアンカの髪を梳くように撫で、ヒロが呟く。それにビアンカは驚いた声を上げ、ヒロを見上げていた。


「ハルが命を()して守ったんだ。――ハルの想いに敬意を払って、僕も君を守るから」


 紺碧色の瞳を細め、慈しむような眼差しでヒロはビアンカを見据える。

 発せられた声音は、ヒロが戦友だと思い信頼していたハルへの尊敬と敬愛を抱懐し、強い決意を示唆させた。


 ヒロは僅かの間、口を(つぐ)む。

 ビアンカの(まと)められた亜麻色の髪の束に絡めていた指を、そっと梳いて滑らせると、その手を離した。


「早く、この戦闘を終わらせて――。ユキやアユーシと一緒に、みんなで“ニライ・カナイ”に行こう。そこで、僕はハルに、君を守りきったって報告するんだ……っ!」


 言うや否や、ヒロは少年のような笑みをビアンカに向ける。すると、(おもむろ)に羽織るマントに手をかけ、それを取り払った。海風を受けたマントが音を立て、翻りながら甲板へと落ちていく。


「――それじゃあ、行ってくるっ!!」


 覚悟を窺い知れる色で瞳を輝かせ、ヒロは(きびす)を返す。次にはカトラスを構え、甲板を蹴り込んで勢い良く駆け出していた。


「はあああああぁっ!!」


 ヒロは勇ましく気勢の掛け声を上げ、カトラスを薙ぎ払う姿勢を見せながら甲板を走る。鬼気迫る様相で眼前の海賊船に鋭い眼差しを差し立て、進路を塞ぐ海賊たちにカトラスを左右に振るい、斬り捨てていく。

 走る速度を緩めぬまま、航行船の手摺に足を掛けた。――かと思うと、手摺に乗り上がった足に力を込め、海賊船に向かい高く跳躍した。


 ブーツの滑り止めを鳴らしながら海賊船の甲板を滑走する。そのまま軸足を踏み込み、ヒロが乗り込んできたことで吃驚を顕わにする海賊を、カトラスの殺撃で黙させた。


「なっ、なんだっ! こいつ……っ?!」

「たった一人で乗り込んできやがったぞっ!!」


 航行船に乗り込まず、待機していた海賊たちがどよめき立つ。

 彼らは慌てて武器を構え対応する体勢を取ろうとするが、ヒロの握るカトラスが太陽の光を反射させて煌めき、額や首を払う。時には手首を捻り、刃を横に寝かせた刺突が胸部や下腹部を穿つ。

 焦燥を見せる海賊たちを、ヒロは有無を言わさずに斬り伏せる。


 徐々に海賊の亡骸が増えていく中、海賊たちがヒロを取り囲む動きを見せた。獰猛な眼差しでヒロを睨みつける海賊たちは、各々に武器を握って彼に向かう。

 だが、ヒロは囲まれたことを意に介さず、唇を歪めて猛然の様を表情に帯びた。


 海賊の繰り出した刺突を、身体を僅かに横にずらして(かわ)すと、その刃を左脇に挟み込んで動きを制してからカトラスを突き出す。脇に挟む刃を離したかと思えば、甲板を踏み鳴らして身体を捻り、遠心力を利用した払いを仕掛けて何人もの海賊を(まと)めて斬り裂いた。

 柄頭による打撃、爪先に鉄板を仕込んだブーツによる蹴り込み――。持てる術を全て使い、ヒロは海賊船上を暴れ回っていった。



   ◇◇◇



「……これで半数以上ってところか」


 微かに上がった息を整え、頬と顎を伝う汗と返り血を肩口で拭い、ヒロは独り言ちる。


 航行船に目線を向けると、海賊たちの掃討が済んだのか、手摺近くに集まり自身を心配げにして見つめる者たちの姿が映った。

 そうした航行船の様子を認め、ヒロは安堵の息を軽く吐き出す。


「良かった。ビアンカが手際良く動いてくれたみたいだな。――これで僕が、こっちを沈黙させれば終わる……」


 尚も自身を取り囲む海賊を、紺碧色の瞳を左右に動かし見やる。その瞳は獲物に狙いを定めた猛禽類の目のように光り、ヒロの醸し出す雰囲気は海賊たちを畏怖させる。


「大人しく群島の力になっていれば良いものを。僕たちに歯向かうから、無駄に命を落とすことになる」


 ヒロが唸るような声音で零すと、海賊は怯んだ空気を漂わせ始めた。

 海賊たちはヒロに対し、明らかな恐怖心を抱く。取り囲むという優位に立ったにも関わらず、ヒロに武器を振るい上げ踏み込むことを躊躇(ためら)った。


 そうした海賊たちの腰が引けた状態に、ヒロは嘆かわしさと呆れを含む微笑に口元を歪ませる。


「“海神(わたつみ)”に祈れっ! (おの)が罪を認め、罰を受けることで、お前たちは“ニライ・カナイ”をくぐることを許されるっ――!!」


 ヒロが大きく吠えた。その大声(たいせい)と同時に、甲板を踏み鳴らして海賊にカトラスを振り上げた。

 そのヒロの勢いに飲まれ、海賊たちはたじろぎながら応戦するために武器を掲げていく。


 怒涛の勢いでヒロは海賊たちを討ち止める。

 一騎当千――。まさに言葉の通りの大立ち回りは、海賊船に乗る者の気配を徐々に減らしていく。


 初手でユキが放った“木属性”魔法の茨が生い茂る、荷物が乱雑に置かれる甲板。足場が悪いにも関わらず、ヒロは気に留めた様子を見せずに獅子奮闘の快進撃を進めていった。


 その時―――、ヒロの視界の端、荷物に紛れた物陰で白い影が蠢いた。

 ハッとした様相でヒロは身を捩る反応を示すが、次の瞬間、白い布を払い去った、カトラスを携える海賊の姿が視界に入った。


 しまった、と。そう思ったのも束の間、海賊から放たれた不意打ちの刺突が、ヒロの腹部を貫いた。


「――っ、く……っ!!」


 一瞬、してやられた表情をヒロは浮かせる。

 だが――、それはすぐに唇を歪めた冷たい笑みに変わり、自身を突き刺した海賊にカトラスを薙ぎ払う。加減の無い一線は、海賊の首を叩き斬って落とす。


「くそったれが……っ!」


 たった一振りで自身に刃を向けた海賊を絶命させると、醜悪な雑言が口をつく。


 腹部の傷からは血が溢れ出し、突き刺さった剣を伝って甲板を赤く汚す。

 ヒロは腹に刺さったままのカトラスの柄を、左手で握る。自らの血で汚れる柄を握った途端に、その手に温かさを感じて目を細めた。


 手にしたカトラスを腹から引き抜く。傷が熱さと痛みを伴い、ヒロは眉を寄せて咳込む。息が詰まるような感覚と共に血を吐き出し、口元を朱が彩る。

 しかし、さして気にした様子も見せずに、ヒロは口元を腕で拭い、口の中に溜まる血を唾棄するように噴き出した。


 自身を貫き、血で汚れるカトラスを左手に強く握り、ヒロは残りの海賊たちに紺碧色の瞳を差し向ける。

 冷めた眼差しは陽炎のように揺らめく。その目を向けられた海賊たちは喉を上下させた。


「何なんだよ、こいつ……っ?!」

「どうして動けるんだ……」

「もしかして、この男――」


 狼狽(ろうばい)から、海賊の恐れの感情を含む声が口々に上がる。ヒロの醸し出す異常な覇気に、誰しもが身を竦ませていた。


「うおおおおおぉぉっ――!!」


 凄絶な咆哮が海賊船の甲板に響き渡る。気迫に溢れる声を張り上げると、ヒロはカトラスを左右の手に構え、残った海賊たちに猛攻を仕掛けていった。



 その鬼神の如く荒々しい様を、航行船で待つ者たちは、愕然とした面持ちで見守るしかできずにいた。

 ヒロは自身が傷付くことも(いと)わず、カトラスを振るい続ける。向かってくる海賊のみならず、逃げ出そうとする者をも背面から斬殺していく。


「凄いな……」


 航行船の甲板で、ぽつりと誰かが呆気に取られた声を漏らす。


「だけど、あの兄ちゃん。さっき、刺されていたよな……」


「ああ。それに斬られまくっていて、血が……。何であんなに動けるんだよ」


 畏怖を含ませた囁くような声が、耳に聞こえる。それにユキは眉を(ひそ)めた。


「あの、馬鹿が……」


「ヒロちゃん不味いっしょ。こんなん、ヒロちゃんらしくないっつの」


 ユキとアユーシがヒロの奮闘を目にして呟くと、ビアンカの中で一つの危惧の感情が募る。


 ――『僕はね。いつか死ぬことに憧れている』


 星の海の下でヒロが吐き出した、弱音と羨望。


(ヒロは……、死ねれば良いと思って、あんな戦い方をするの……?)


 思い至った考えに、ビアンカの眉間に皺が寄る。怒りから知らず知らずの内に手摺に掛ける手に力が入り、唇をきつく噛み締めていた。


「戻ってくるって言ったんだから。約束を守らないと、許さないわよ――」


 寡少な血の味を口の中に感じながら、ビアンカは小さく声を漏らした。

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