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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第五十五節 海賊戦①

 航行船の後方から、砲を撃ち放つ轟音が幾重か鳴り響く。

 砲撃音と共に、航行船前方や側方の海面に大きな水柱が立ち、船が揺さぶられて甲板に飛沫(しぶき)が降り注ぐ。その様子に、僅かな動揺を含んだ騒めきの声が上がった。


 砲撃を行い始めた海賊船をヒロは甲板室上の船尾に佇み、鋭い眼差しで睨みつけていた。


「お、おい。撃たれているぞ。船に当てられたら……」


 ヒロの(かたわ)らに立つ船長が、青かったかんばせを更に青白くさせ、狼狽(うろた)え震えた声音で言う。だが、ヒロは船長に目を向けることもせず、口を開く。


「大丈夫だ。警告と威嚇の砲撃だから、当てるつもりは無い」


「な、何で、そんな風に言い切れる?」


 確信を(もっ)てヒロが放った言を聞き、船長が怪訝そうに尋ねる。


「海賊連中の目当ては、乗船客の貴族たちが持っている金品や、この船に積まれている荷物。――そして、船本体の強奪だ」


 そこまで言うと、ヒロは漸く船長に紺碧色の瞳を向けた。そのヒロの言い分に、船長は目を瞬かせる。


「海賊にとって、船は貴重。自分たちの使う新たな船にできるから、なるべくならば無傷で船体を拿捕(だほ)することを狙うだろう」


 オヴェリア群島連邦共和国の領域である海で暴れ回る海賊たちは、そうそうと造船所に足を運ぶことが出来ない。それ故に拿捕(だほ)した船を、自分たちの船団に加えることを望む。それらを見越したヒロの見解であった。

 その説話を聞き、船長は不安の払拭はされないものの、納得した様相で頷く。


「余程の抵抗をしない限り、砲を当てることはしない。――()()()()()()、そうするね」


 ニヤリと唇を歪め、ヒロは己の思案を語る。


「奴らがこちらの思惑通りに動いてくれるのは、ありがたいことだ。僕たちも予定通りにやるぞ」


 覇気ある声でヒロは言い放つ。そして(きびす)を返すと、甲板に目を向けた。


「各マストの帆を畳めっ!!」


 ヒロの声高な指示が飛ぶ。その指示にマストに登っていた船夫たちは大声(たいせい)を発すると、手早く帆を畳み始めた。


 全ての帆を畳み、風を受ける術を無くした航行船は徐々に速度を落としていく。

 反面で帆を全開に広げている海賊船の姿が迫って来る。


 迫りくる海賊船からは、海賊たちの威嚇の怒声と武器を打ち鳴らす音が上がるのが聞こえた。品が無いと感じるほどの吠えるような罵詈雑言の嵐に、航行船に乗っている誰しもが息を呑み、緊張を表情に帯びる。

 ただ一人――、ヒロだけは冷静な面差しを浮かせ、その様を傍観していた。



   ◇◇◇



 航行船の右舷側。その真横に海賊船は、船を衝突させ兼ねない勢いで接舷させてくる。

 緊張を孕んだ航行船とは反目の、怒号の飛び交う海賊船からは次々に引っ掛け綱が投げ掛けられ、航行船の手摺に絡みついていく。そこへ熊手が伸ばされ、航行船を捕らえた。


 ふと、ユキが海賊船の舷側に視線を動かすと、砲列甲板の窓からは砲口が航行船に向けられ、海賊たちの(いと)わしい下卑た笑い顔が目に付いた。次に(そほ)色の瞳を甲板に向ければ、目に映るのは同じく航行船へ向いた数門の砲。

 それらを認め、ユキは唇に弧を描く。


「それじゃあ、一門残らず潰してやるか」


 言うや否や、ユキは右手を掲げて意識を集中させ始める。彼の周りを魔力が渦を巻き、羽織るマントと蘇比(そひ)色の髪をなびかせた。


「<――我、自然の守り人なり。茨よ、悪手を捉える戒めとなれっ!!>」


 凛然とした声音で“木属性”を意味する魔法の言の葉が紡ぎ上がった途端――、海賊船の木板表面を打ち破り、木片を撒き散らしながら数多の茨が姿を現した。

 思いも掛けていなかった奇襲に、一部の海賊たちが吃驚の声を上げ、怯む。その海賊たちをも茨は絡め取り、甲板上の砲を囲い込んでいく。


 茨は尚も触手のように枝を伸ばし、砲列甲板の窓を塞ぐ。砲列甲板に並ぶ砲の全てを船内にいる海賊もろとも絡め取り締め付け、断末魔を上げさせて動きを制していった。


「――ヒロッ!!」


 先手を打たれた海賊の怒声が大きくなる中、全ての砲門を黙させたユキが手にグラディウスと呼称される幅広いショートソードを握り、ヒロの名を呼ぶ。

 ユキの声にヒロは口角を上げて頷き、左腰に携える鞘からカトラスを抜き出した。


「総員、迎撃開始っ!! 海賊どもを迎え撃てっ!!」


 ヒロの号令と共に、甲板上には海賊に負けずとも劣らない大きな気勢が湧き上がる。


 合図を耳にした瞬間、乗り込んできた海賊をユキが剣の一振りで仕留める。彼の行動に倣うように、船夫や貴族たちは各々の武器を振るって海賊たちを沈黙させていく。

 甲板に駆け下りてきたヒロも参戦し、乗り込んだ直後の海賊たちへカトラスを力強く払って斬り捨てた。


 悲鳴と血飛沫が上がる中、仲間たちが死傷していくことを意に介さない海賊たちが、迎撃班の合間を縫って航行船に次々と乗り込んでくる。その面持ちは獰猛な様を宿し、甲板で武器を構える者たちを品定めするように睨みつけていた。


「おっし。良いか、お前ら! 怪我してもアユーシおねーさんが治してやっから、死なない程度に頑張りなっ!!」


 アユーシがブロードソードを眼前に構え激を飛ばすと、彼女に従う者たちが熱狂の声を上げる。それを聞き、アユーシは満足そうに頷くと甲板を蹴り込んだ。


「いっくぜえええぇっ!!」


 勇ましい掛け声を上げ、目前に迫っていた海賊に駆け出すと、アユーシは一切の躊躇(ためら)い無く剣を薙ぐ。一撃の下に海賊を斬り裂き、生き生きとした表情を浮かし、踊るような立ち回りを彼女は見せる。

 海賊の勢いに押し負ける船夫や貴族たちに気付けば、(たちま)ちアユーシは軽いステップを踏むように動き、一太刀で海賊の息の根を止めた。


「このアマッ!! 女の分際で海の男の領分を荒らすたあ、覚悟はできているんだろうなっ!!」


 素行の悪い声を荒げ、海賊が数人、アユーシを取り囲む。それを耳にし、アユーシは一笑して唇を歪めた。


「どいつもこいつも。男だあ、女だあって男尊女卑もいいとこさね。その女に負けて尻尾を巻いて逃げ出すのが、お前らの運命ってね」


「舐めた口をききやがってっ!!」


 アユーシの小馬鹿にした口振りを聞き、海賊たちの眉間と鼻上に皺が寄り、こめかみには青筋が浮かぶ。


 数人掛かりで一斉に剣をアユーシに向かって振るうと――、彼女の影の中から唐突に茨が鞭の(ごと)く這い出し、海賊を貫いた。その隙にアユーシと彼女に従っていた者たちが、茨の刺突が取り溢した海賊を斬り伏せる。


「――ユキちゃん、合流遅いっつの」


 ブロードソードに付着した血を振り払い、アユーシは不服を申し立てる。すると、甲板室前に赴いたユキが嘆息(たんそく)していた。


「まだ敵意(ヘイト)を集めるのには早いだろ。こんなことしても、お前が治癒(ちゆ)魔法を使う頃には、敵意を抱いた奴らが居なくなる」


「んっふ。そうしたら、また敵意(ヘイト)を集めりゃいいんよ。――ってか、そもそも無理におねーさんに注目させなくても、海賊どもは勝手に敵意を持ってくれてるんし。関係ないっつの」


 アユーシがケラケラと笑いながら言うと、ユキは呆れた顔を見せ溜息をついた。


 アユーシの扱う“光属性”の治癒(ちゆ)魔法は、広範囲の人間の傷を癒すほどの力を持つ。代わりにその制限は大きく、敵も味方も関係無く癒しを施す。そして、術者に対して敵意を抱く存在は、癒しの対象外になるという特徴があった。

 そうした効果を領得しているアユーシは、敢えて対峙する相手の敵意(ヘイト)を集めるような戦い方をする。そのため、それを補佐するのがユキの役割という戦闘方法を、二人は確立していたのだった。


「ユキちゃんはここと、舵の方も担当だったよなあ。しっかり頼むぜえ」


「ああ。――ビアンカの方は大丈夫そうか……?」


 甲板室前で奮闘する船夫や貴族の動向に目を向けつつ、ユキは憂虞を漏らした。だが、アユーシはその声に杞憂だと言いたげに笑う。


「さっきから気ぃ付けて見てっけど、問題無いんじゃないかな。ヒロちゃんも心配して目ぇ光らせてんし。面白いくらいお兄ちゃんは妹ちゃんに過保護なんねえ」


 アユーシが指揮を任された甲板室前と、ビアンカが指揮するメインマストは距離が近い。海賊と船夫や貴族たちが混戦する中で、アユーシとユキはメインマスト付近に目を向けた。


「――左側、海賊が集中しているわ。手薄になる前に援護してあげてっ!」


 ビアンカたちが守る場では彼女の高らかな指示の声が飛び、少女に付き従う形とはなったものの、誰もが異を唱えず命を即する。


 自身の命に背くこと無く動いた一同を見送り、ビアンカは頷くと、翡翠色の瞳を鋭くして海賊たちを見据えた。手にはユキから貸し与えられたショートソードが握られ、既に幾人かの海賊を相手にした後のようで、その剣身は血に濡れている。

 ビアンカを下卑た笑みで見やる海賊に、彼女は不快感を顕わにした表情を窺わせていた。


 年端もいかない少女が甲板で剣を握っているとなれば、海賊たちにとって格好の獲物だった。だが、ビアンカは踏み込むと一撃二撃と俊敏に剣を薙ぎ払い、武器を手に向かって来る海賊の手足を狙って動けなくしていく。

 人々に害を為す存在に対して良い感情を持たないビアンカは、海賊に刃を向けることを顔色一つ変えずに行う。その行動を勇ましさと見た者たちが、彼女に唯々諾々(いいだくだく)と従っていたのであった。


 着々と甲板上には海賊の亡骸と負傷者が増えていく。中には戦意喪失を起こし、海賊船に逃げ戻る者もいたが、それを許さない仲間の海賊が切り捨てている始末だった。


 航行船の側にも徐々に被害が出始め、辺りに治癒(ちゆ)魔法の詠唱が奏でられ、魔法札を発動させる光が点る。

 しかしながら――、まだ死者が出ていない状況なことに、ビアンカは安堵の思いを抱いていた。


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