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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第五十四節 群島式剣術

 剣戟の音が甲板に響き渡った――。


 金属同士が打ち当たる音が鳴り響く場所では、ヒロが腕を組んで佇立し、紺碧色の瞳を楽しげに細めながら一つの試合に向けていた。

 ヒロの視線の先では、ビアンカがカトラスを両手で握り、若い少年の船夫と対峙する。


 ビアンカはカトラスを逆刃に持つ構えを取り――、剣を右肩に引き付けた姿勢のまま、短く息を吐き出すと床を駆けた。次には構えたカトラスを上へ払い、下段まで回したとかと思うと垂直に斬り上げていく。

 対峙した少年はその動きに気付き、ビアンカの振り上げた刃を叩き落とすために、自身の握るカトラスを袈裟斬りに下ろす動きを見せた。


 少年の袈裟斬りを意に介さず、ビアンカは右足を力強く踏み込む。床板が鋭い音を立てたと同時に、一気にビアンカがカトラスを振るうと剣同士の当たる激しい音が響いた。

 少年のカトラスを握る腕を、ビアンカの遠心力を利用した力一杯の一撃が弾き除ける。


 少年が加減の無い剣戟を受け、腕に痺れを感じたために怯んだ。

 それを認めたビアンカは、素早く斜め右側に踏み込んでいき、跳ね上がった少年のカトラスに向かい、自身の剣を右側からの逆袈裟斬りで追撃していく。

 再び金属同士が奏でる高い音が響くと、少年の手を離れたカトラスが甲板に激しく叩きつけられていた。


 だが、ビアンカはそこで終わりにはせず――、床板を踏み鳴らして少年の背後に回り込む。そこから逆袈裟の払い上げを、カトラスを逆刃にして仕掛けていく。


「そこまでっ――!!」


 ヒロの制止がかかると、その声に反応してビアンカの動きが止まる。

 ビアンカの払い上げたカトラスは、少年の右脇腹を(みね)で叩きつける寸前で止まっていた。


 試合終了の合図を耳にして、ビアンカは短く吐息を漏らしながら肩の力を抜く。

 彼女と対峙していた少年もホッとした様相を窺わせ、取り落としたカトラスを拾い上げた。


「お疲れ様。相手をしてくれて、ありがとうね」


 二人の近くに歩み寄ったヒロは、ビアンカの試合相手を務めた少年に労いの声を掛ける。そして幾つかの立ち回りの助言を述べると――、少年は相槌を打ちながら真剣に耳を傾ける。

 ヒロと少年の話が終わり、ビアンカも少年に礼の言葉を口にした。少年は頬を朱に染めてはにかみ、頭を下げて足早にその場を後にしていく。


 その少年の様子を目にし、ヒロは可笑しそうに笑うとビアンカに向き直る。彼の表情はどこか嬉しそうな様子を醸し出していると、ビアンカは気が付いた。


「ビアンカもお疲れ様。――しかし、驚いた。君の型は群島式剣術じゃないか」


「え? そうなの?」


 ビアンカがキョトンとした表情を見せて口にすると、ヒロは紺碧色の瞳を輝かせて頷く。


「うん。少し我流が入っちゃっているけど、間違いないよ。君の剣術の師匠は、群島出身の人だったんじゃない?」


「あ……。そういえば、師範代は群島の方の名前だったわ……」


 ヒロに言われ、ビアンカは剣術師範代の名を思い出した。

 かつてビアンカに剣術を教えていた人物は、彼女の故郷である東の大陸では珍しい名を持っていた。だが、その時は師範代の名がオヴェリア群島連邦共和国のものであるなどと、気にも留めていなかったのが事実だった。


「棍術も群島の武術だし。君の故郷の方でも、群島の文化が流れて根付いていたなんて。嬉しいなあ」


 喜色満面の様子で言うと、ヒロは心底嬉しそうな笑みを見せる。


 船長室でビアンカは、ヒロに『棍術を戦闘に使うこと』を禁じる旨を言い渡されていた。彼女の扱う棍が木製のものであり、海賊たちの持つカトラスを主とした武器と対峙することが不向きなためである。

 それ故にヒロは、ビアンカに剣術を扱えるかを尋ねていた。


 ビアンカは過去に剣術を習っていたことがあった。そして、百余年を旅している最中、幾度も戦乱や動乱に巻き込まれ、その中で将として戦場に立って剣を扱うこともあった。

 なので、ある程度なら剣を扱えることを口にすると、ヒロは型取りや取り回しの仕方を確認したいと言い出し――。甲板に足を運ぶとビアンカの歳に近い船夫の少年を呼び止め、彼女の試合相手をさせて今に至る。


 そうした成り行きで、ヒロはビアンカの習得している剣術にオヴェリア群島連邦共和国独自の流儀を見出(みいだ)し、郷土愛の強いヒロは機嫌の良い情態を見せていたのだった。


「――ところで。カトラス(そいつ)を使ってみて、どうだった?」


 気を改めたように、ヒロはビアンカが手にするカトラスを指差して問い掛ける。

 ヒロの問いに、ビアンカは立ちどころに表情を(しか)めてしまう。


「重い……」


 カトラスを両手持ちにぶら下げ、ビアンカはぼそりと不服げに漏らす。それにヒロは苦笑した。


「カトラスは他の剣に比べると重量があるからね。重さを活かして結構上手に扱っていたと思うけど、ビアンカには不向きだったかな?」


 ヒロはくすくすと笑いながら右手を差し出す。そのヒロの動作にビアンカは意図を察し、握っていたカトラスを彼の手に受け渡した。

 ビアンカから渡された自身の武器を片手で持ち上げ、刃の状態を確かめると、ヒロはそれを鞘に納める。


「あんまり、向いているとは言えないわね」


 ビアンカが辟易とした声音で返すと、ヒロは「うーん……」と、小さく呟き一顧しだす。


「ビアンカは力でというよりも、技術と俊敏さを重視した方が良いかもね。それだとカトラスは重すぎるだろうから……」


 ヒロは言葉を区切り、辺りを見渡し始めた。そして甲板の(かたわ)ら、そこで魔法を扱える者たちに“水属性”の魔法を教示していたユキの姿を見つける。


「ユキ、ちょっと良いかな?」


 ヒロの良く通った声に呼ばれてユキは(そほ)色の瞳をまじろぐと、魔法を教えていた面々に声を掛けて歩み寄ってきた。


「何だ?」


「ビアンカに、君のコレクションを貸してあげてくれない? なるべく軽めの……、ショートソード辺りがあると良いんだけど」


 ヒロの申出に、ユキは顎に手を添えて一考する。すると、はたと思いついた様子を見せ、ビアンカに視線を移す。


「そうしたら、これを貸す」


 ユキは言うと、ビアンカの目線の高さに右(てのひら)を掲げた。広げられた(てのひら)の上に淡い光が集まると、そこに一本の剣が姿を現して収まった。


 ユキが魔法空間から取り出したのは、(つば)の無い形状のショートソードで、不可思議な気配の印象をヒロとビアンカに与える。


「これは……?」


 ユキから差し出されたショートソードを受け取り、鞘から抜き出して剣身に目を向けたビアンカが疑問を漏らす。


 ビアンカはその剣に重さを然程(さほど)感じず、魔力を帯びていることに気が付く。それに彼女は首を捻った。


「記憶を無くす前の俺が使っていた代物だ。長年使っていたからか、俺の魔力を帯びていて……、挙句に退治した魔族たちの魔力も帯びている」


「「え?」」


 ユキがサラリと口にした言葉に、ビアンカとヒロの驚きを含んだ声が重なる。そうした二人の反応に、ユキは肩を竦めて小声で言葉を紡ぎ出す。


「俺は“魔族狩り”をしていたらしいんだ。前の俺を知っているっていう奴に、そう教えられてな。――んで、その時に使っていた得物が()()()なんだとよ」


「……うん。魔族の念が(こも)っている感じだね。“呪いの烙印”になりきれなかった遺恨が、魔力の淀みになって(まと)わりついているっていうのかな」


 ヒロがビアンカの手元を覗き込みながら感嘆気味に口にすると、ユキは首肯(しゅこう)した。


「今の俺じゃ、呪い寸前までの魔力を宿したそれを扱いきれない。けど、“喰神(くいがみ)”を行使するビアンカなら上手く使えると思うぞ」


 (そほ)色の瞳を細めてユキは微かに笑みを見せる。その言葉にビアンカは軽く頷いて、剣を鞘に納め直す。


「本当だったら、その内にヒロにやるつもりでいたんだが。こいつ、未だに呪いに嘗められてるから、渡し損ねていてな」


「ええっ?! なら僕が使うよっ! ユキまで僕を若造呼ばわりする気っ?!」


 ユキの言葉の真意を察したヒロは憤慨に声を荒げた。それにユキの眉が不快そうに寄せられる。


「……あのな。俺からしてみたら、お前なんかガキだ。ガ・キ・ッ!!」


 腕組みをしてユキが煽るような物言いをすると、ヒロは不満げな感情を表情に(まと)った。そうした彼の顔色を目にし、ユキは意地悪そうに唇に弧を描く。


()()なら我慢して、今回は()に譲ってやれ」


 ユキがヒロの嗜好を揶揄(やゆ)する言葉を発すると、ヒロは「ぐぬ……っ」と小さく声を漏らして言葉に詰まる。

 ユキは尚も口角を上げた笑みを見せ、キョトンとした面持ちを浮かして見守るビアンカの肩に手を乗せると、強引にヒロの方へ向き直らせた。


「ほら、妹役も言ってやれ。こいつ、妹に夢見てっからチョロいぞ」


「え……っ、と……。今回は私が使っても良い? ヒロ()()()()()……?」


 ユキの言葉の意味を察したビアンカは、剣を胸の前で抱くように握り、小首を傾げる仕草を見せた。その途端にヒロの頬が赤くなる。


「あーっ!! ビアンカッ、それ駄目っ! それはっ、反則なのっ!! そんな風に僕を呼ばないで……っ!!」


 ビアンカに見上げられ『お兄ちゃん』と呼ばれたことで、ヒロは耳まで朱に染めて大声を上げていた。

 さようなヒロの反応にビアンカは引き気味にたじろぎ、ユキは半ば呆れた様相で深い溜息をつく。


「……若干、気持ち悪いよな。その反応」


「うるっさいなあっ! ユキには僕の気持ちなんて分からないよねっ!!」


「分かりたくもねえっつの」


 慨嘆と声を張り上げたヒロに、ユキは苦笑いを浮かして残念なものを見る目を向けていた。


 海賊船の射程内に入るまでの時間は、あと僅か――。

 しかし、緊張感をさして宿さぬまま、“ニライ・カナイ”行きの船は海原を進んでいった。


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