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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第五十三節 策戦

 船長室にはヒロを筆頭として、彼の(かたわ)らに“ニライ・カナイ”行き航行船の船長と副船長。ビアンカとアユーシ、ユキが並び、更には甲板に残った者たちの中からヒロが声を掛けた、腕に覚えのある船夫と貴族の乗船客たちが大机を囲み込んで佇立する。


 彼らは揃って大机上に広げられた航行船の見取り図に目を向けていた。

 その眼差しは真剣そのものであり、船上の守りを固めるべく、作戦会議を執り行う。


「――海賊船の射程内に入ったら、全ての帆を畳んでくれ」


 ヒロが見取り図に視線を落としたまま、左手で万年筆を(もてあそ)びながら口にする。

 それに異議を唱えたのは、ヒロが選抜した貴族の乗船客である中年の男だった。


「逃げることを優先しないのか? もう逃げきれないことで確定しているのは、どういうことだ?」


 男の言い分を耳にし、ヒロは万年筆を回していた手を止め、そのまま左手で見取り図の上に文字を書き綴っていく。

 ヒロの書き始めた文字は海賊たちの乗るガレオン船の最高速度と、“ニライ・カナイ”行き航行船であるキャラック船の最高速度。そして、速度差による接舷までの時間だった。その脇には航行船の乗船人数や、船倉に積まれる荷物の重量なども書き出されていた。


「船のことに詳しくないみたいだから、言うけれど。海賊連中のガレオン船の方が圧倒的に()()()()。乗船客や荷物を多く積んでいるこちらのキャラック船じゃあ、逃げ切ることは不可能なんだ」


 ヒロの書き出した速度の計算式などを目にし、異議を申し立てた男のみならず、船長たちまでもが舌を巻く。彼らの表情は良く調べられた情報に感嘆したものを言い表した。


「逃げることが無理。――だから、帆を畳んで減速。投降したと見せかけて、ワザと拿捕(だほ)される。そして、連中が乗り込んできたところを迎え撃つ」


 万年筆の筆尻で見取り図を叩きヒロが口にすると、一同は黙したまま頷いて同意を示した。是認の様を目にすると、ヒロは紺碧色の瞳を満足そうに細めて首を縦に軽く動かす。


「そうしたら、各員の配置場所だけれど――」


 言いながらヒロは再び万年筆を見取り図の上に滑らせ始める。

 一同が覗き込むように見守る中で、ヒロは船のメインマスト、フォアマスト、ミズンマスト。そして左舷側にあるボート、舵、甲板室の扉の部分に円を描く。そこへ更に指揮者、副指揮者と文字を書き込んでいった。


「船室に続く甲板室の扉前は、戦えない者が退避したから何としても死守したい。――乗組員たちを多めに配備して、ここの指揮はアユーシに任せる」


 アユーシに視線を向けると、ヒロは指示を投げる。


「はいよ、アユーシおねーさんにお任せってね。治療役もついでに引き受けてやっからさ」


 治癒(ちゆ)に特化した“光属性”の魔法を操れるアユーシが得意げに発すると、ヒロは笑みを浮かして頷く。そして、次にはユキに目を向けて声を掛ける。


「ユキは海賊が接舷してきたら、魔法で甲板上に置いているだろう砲台と、砲列甲板を使えなくしてもらって良いかな?」


 その指示にユキは首を幾度か縦に動かし点頭した。


「分かった。完全に沈黙させちまって良いんだな?」


「構わないよ。奴らの戦力は徹底的に削いでおきたいからね。それが終わったら、アユーシたちと合流して甲板室前と舵付近を守ってくれ」


「了解。全門、責任もって潰してやるよ」


 肩を竦めながらも、ユキは不敵な笑みを見せて返弁を口にする。


「ビアンカには船の中央、メインマスト守備の指揮を任せるよ。ここならアユーシもユキも近くにいるし、君は全体を見ながら臨機応変に動いてくれる?」


「分かったわ。任せて」


 ビアンカが頷いて返事をすると、ヒロは僅かに心配げな様相を窺わせながらも微笑んだ。


 ヒロは次々に卒なくフォアマスト、ミズンマスト、ボート付近に、選抜した船夫や貴族たちに指揮者と副指揮者となるように指示していく。

 ヒロの判断力や先導者としての手腕を察しているのであろう。彼らは拒否を発することなく、ヒロの言葉に従っていった。


 全ての船夫や貴族たちに任命を指し終えると、ヒロは右手に拳を作り自身の胸を軽く打つ仕草を見せる。


「僕は総指揮をしながら遊撃手として動く。みんなも配置場所に拘らず、状況に応じて臨機応変に動いてくれ」


 そうしたヒロの言葉に、一同は首肯(しゅこう)した。


「他の船員や戦える乗船客は甲板室前に集中させて、ここを死守。――メインマスト、フォアマスト、ミズンマストの守備班は帆を守ることを優先。こちらのボートと舵の守備班もそれぞれを守ることを優先する。但し、危険だと判断したら退避を優先してくれて構わない」


「了承しました、リーダー殿」

「お頭、任せておいてくだせえっ!」


 矢継ぎ早に出されるヒロからの命に、船夫や貴族たちは快く承諾する。彼らの返事の中に織り交ぜられた自身の呼び方を耳にして、ヒロは「くく……っ」と可笑しそうに喉を鳴らした。


「それじゃあ、甲板に残っている面子(メンツ)にも、今の指示を伝えてもらって良いかな。後で僕も確認をしに行くけれど、残り各員の配備に関しては指揮者と副指揮者の君たちに任せるよ」


 ヒロが解散を意味する声を掛けると、彼に選ばれた面々、加えて船長と副船長も(うやうや)しい態度を見せながら船長室から退室していく。

 そして室内にはビアンカとアユーシ、ユキが残った。


 残った三人をチラリとヒロは見やり、右手に持ち直した万年筆で今しがた指示をした内容を書き込んでいく。


「――三人には、他にお願いしたいことがあるんだけど。頼んでも良いかな?」


 万年筆を動かす手を止めぬまま、ヒロは口を開く。それに反応を示し、一同は言葉の続きを待つ様子を窺わせた。

 暫く間を空けて、ヒロは万年筆を机上に置く。すると、上着のポケットを漁り出し、取り出した大量の札を机の上に乗せる。


「選抜しなかった面子(メンツ)の中に、何人か魔法を扱える者がいた。あと、魔法札を使ったことがあるっていう人たちもいたから、ユキとアユーシは彼らに“水属性”の魔法の教示と魔法札を配っておいてほしいんだ」


「そこまで確認済みか。――教えるのは、簡単な治癒(ちゆ)魔法で良いんだな?」


 ユキが確認を取ると、ヒロは頷きの仕草を見せた。


 ヒロは甲板に残った者たちの顔ぶれを覚えながら、彼らに調査を行っていた。


 魔法を使えるか。魔法札を扱った経験はあるか――。


 これらの確認を行い、指揮者と副指揮者として選び抜いた者たち以外にも、戦闘の要として使えそうな者を選んでいたのだった。

 そして、彼らには海賊との戦闘の際に、治療を行う役割を任命していた。


 本来であれば魔法を操る能力を持つ者は、各々が生まれ持った“属性”に依存する。だが、初級魔法程度であれば“属性”に左右されずに扱うことが可能なのであった。

 そのことを了しているからこその、ヒロの機略だった。


「癒し手は多いに越したことはないから、頼んだよ」


 ヒロが言うと、ユキとアユーシは首を縦に振る。そのまま二人は魔法札を手に取ると、早々に部屋を後にしていった。


 ユキとアユーシの姿をビアンカは見送り、ヒロに視線を向ける。

 ビアンカが見やったヒロは紺碧色の瞳で彼女を見つめており、そのことにビアンカは首を傾げてしまう。


「私は何をしたら良いのかしら?」


 指令を下されなかったことに疑問を持ちつつビアンカが問うと、ヒロは笑みを浮かして口を開く。


「ビアンカにはね。――まず、お願い事があるんだ」


「なに?」


 ヒロの言葉を聞き、ビアンカが尋ねるように声を発する。ヒロは面差しに真剣味を帯び、僅かに手を持ち上げてビアンカに指を差し向けた。


「――今回の戦闘では、“喰神(くいがみ)の烙印”を使うことは禁止する」


 ビアンカの左手を指差しながら、ヒロは口にした。それにビアンカは怪訝そうに眉を寄せる。彼女の表情の変化を目にしながらも、ヒロは表情一つ変えずに尚も言葉を続けていく。


「“喰神の烙印(そいつ)”の性質は、僕も理解している。上手く行使できれば心強いのも分かる。けどね――」


 そこで話を区切り、ヒロは溜息をついた。その表情は、どこか不安の色を(まと)わせていると。そうビアンカは推し量った。


「“ニライ・カナイ”海域まで、僅かな距離なんだよ。――呪いの力を使えば、その代償が必要になる。そうすると“喰神(くいがみ)の烙印”は、“ニライ・カナイ”にいる魂までも喰い兼ねない」


「……そう、ね」


 そのヒロの考察にビアンカは表情を(しか)めると、僅かに瞳を伏して同意を口にした。


 “喰神(くいがみ)の烙印”は強大な力を扱うために、多くの魂を必要とする。徐々に力を増していっているビアンカの宿す呪いは、然程(さほど)かからない距離まで近づいた“ニライ・カナイ”海域に存在する魂たちをも喰らい兼ねない可能性を秘めていた。

 そのことをヒロは察し付いており、それ故のビアンカへの命令だった。


「ビアンカにはそのつもりが無くても、“呪いの烙印”は意図しないことを起こす可能性がある。だから、今回は君の呪いには頼れないんだ」


「分かったわ。“喰神の烙印(このこ)”の力は使わない」


 ビアンカの(うべな)いを聞き、ヒロは神妙な面持ちを浮かして頷いた。


「あとね。もう一つ、禁止しておきたいことがあるんだ」


「まだ、何かあるの?」


 伏していた瞳を上げ、訝しげにしてビアンカが問うと、ヒロはゆるりと首肯(しゅこう)する。


「君の戦闘方法について。――僕からの提案だよ」


 そう口にするとヒロは、かつて『軍主』と呼ばれた側面を窺わせる、指導者としての表情を見せるのだった。


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