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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第五十二節 剣を掲げて

 慌ただしく動きまわる船夫たちに気付き、不穏な気配を察した乗船客たちがざわついた様子を見せ始めていた。

 それを甲板室の上からヒロは一瞥(いちべつ)し、一息吐き出す。彼の後ろには、“ニライ・カナイ”行き航行船の船長と副船長が不安を抱懐した顔付きで佇み、見守る。


 ヒロは深呼吸を幾度か行い、姿勢を正したかと思うと、肺いっぱいに大きく息を吸い込んだ。

 そして次の瞬間に、腹に力を込め――。


「総員に告ぐっ――!!」


 一帯の空気を震わせる――、ヒロの凛とした大声(たいせい)が響き渡った。


 その思いも掛けない声量に、甲板で後方の海賊船に目を向けていたビアンカたちは、身を竦ませて怯んでしまう。

 作業に当たっていた船夫たちの手や、騒めいていた乗船客たちの声をも止めさせ、何事かといった吃驚の面持ちで声を張り上げたヒロに注目させた。


「後方――、四時方向より海賊の接近を確認っ! 約六時間後には奴らの射程内に入るっ!!」


 ヒロの発した宣言に、甲板にいる一同がどよめき立った。

 その甲板の様子を目にし、ヒロは左腰に携える鞘からカトラスを抜き、腕を自身の前方へ突き出して構える。


「戦える者は武器を取れっ!! 戦えない者は船の中――、海賊船が迫る反対の左舷側へ退避しろっ!!」


 覇気を大いに含んだ声高らかな指示に、浮足立った乗船客たちが神妙な面持ちで顔を見合わせあう。すると、彼らは揃って頷き合い声を掛け合い、各々のできることへ行動を移していった。

 武器を扱ったことのある乗船客は甲板に残り、戦えない者たちは甲板室の扉をくぐり船内へと姿を消していく。


 そうした船上の動きを目にして、ヒロは微かに首を動かし頷く。


「いいかっ、右舷側に接舷されたら海賊はすぐに乗り込んでくるっ! 今、海の上に生きる者の誇りに()けて、全力で迎え撃てっ!!」


 甲板に残った者たちを鼓舞する肺腑を抉るような声を上げ、ヒロは手にしたカトラスを掲げ上げる。

 その勇ましいヒロの立ち振る舞いに、船夫や乗船客から気勢が上がった。


「おーおー、カッコいいねえ。さっすがリーダーだわ」


 ヒロの様子を見上げていたアユーシが、愉快そうにして零す。その言葉に、ユキも頷いていた。


「――どうやら、アユーシは一杯食わされたみたいだな」


「あっは。やっぱ、そー思う?」


 ユキがぽつりと口にすると、アユーシはヘラリと笑った。

 その二人のやり取りを耳にし、ビアンカは言葉の深意を悟り、翡翠色の瞳を瞬かせる。


(さっきの模擬試合が功を奏した、っていうところよね。ヒロとアユーシさんの試合を見て、二人が戦い慣れしているのをみんなが知っている……)


 先ほどのヒロとアユーシの模擬試合。その最中で二人が戦いに関してやり手であることを、船夫や乗船客は目にしている。それ故に、海賊が迫ってくるという緊急事態に陥ったにも関わらず、彼らは慌てふためくことなく、戦い慣れをしている様を見せつけたヒロの言葉に従う姿勢を(てい)していた。

 やはり全てはヒロの思惑通りだったのであろう。そうビアンカは考え至り、嘆息(たんそく)を漏らした。



   ◇◇◇



 ヒロが船長たちに指示をしながら甲板へ降りて来たのを見止め、ビアンカは彼の元へ足を運んでいく。彼女の姿に気付いたヒロは、紺碧色の瞳を不思議そうにしてまじろいだ。


「どうしたの、ビアンカ?」


 首を傾げながらヒロが声を掛けると、ビアンカは彼の近くまで身を寄せて小声で口を開いた。


「あなたの呼び名。同盟軍の軍主だった『群島諸国の立役者』と、『オヴェリアの英雄』は別物なの……?」


 それは、ユキたちの話の内容を聞いた中で、ビアンカが抱いた疑問だった。


 ヒロは“群島諸国大戦”の終結後に、『群島諸国の立役者』と呼ばれるに至った。それは四百年以上もの昔の英雄が冠した呼称であり、今や戦争史の文献に残されているか、一部の者たちにしか伝わっていない。

 そのため、『オヴェリアの英雄』というオヴェリア群島連邦共和国の英雄の呼称は、また違った意味を含意したものなのだろうと。ビアンカは推察した。


「……うん、そうだよ。軍主としての英雄だった僕は、とっくの昔に死んでいるから。ユキの言っていた呼び名は、新たな英雄を欲していた群島のヒトたちが付けたものなんだ」


 ビアンカの問いにヒロは眉根を落とし、気恥ずかしげにして(こうべ)を縦に振るう。


「同盟軍の軍主だった僕の正体は、ユキやアユーシも知らない。――本国の大統領たちには、僕の正体が秘密裏に伝えられているみたいだけどね」


「そういうことなのね。ユキさんやアユーシさんが知らないってことは、早めに言ってほしかったわ。私、どこでうっかり話をしちゃうか、分からなかったんだけど」


 ビアンカが慨嘆(がいたん)気味に漏らすと、ヒロは申し訳なさそうにして苦笑を漏らす。


「アユーシさんなんか、ヒロのことを時々『リーダー』って呼んでいるじゃない?」


「あー。アユーシが僕を『リーダー』って呼ぶのはね。僕の仲間だったクレアって子が書いた“群島諸国大戦”の叙事詩を読んで、それに記されていた軍主の名前が、()()()()()()()()()()()なんだって。僕が同一人物だって気付いて無いんだよ」


 ヒロがカラカラと笑いながら発したそれを聞き、ビアンカは脱力して肩を落としていた。


「ところで、あなた。もしユキさんやアユーシさんに出会わないままで海賊に遭遇していたら、どうするつもりだったの?」


 不意にビアンカが話題を変えると、ヒロはキョトンとした表情を浮かした。そして、その問いに対し、眉を寄せて一顧する様を窺わせると、口を開く。


「本当だったらね。ソレイ港に到着して調査をした時点で、群島の本国に一度戻るつもりだったんだよ。そこで連邦艦隊を引っ張ってくる予定だったんだけど……」


「もしかして、“ニライ・カナイ”行きの船が出ていくから。そのまま乗り込むことを決めた、とか……?」


 ビアンカが訝しげにして呟くと、ヒロは首肯(しゅこう)した。


「当たり。“ニライ・カナイ”行きの船が出帆するっていうのを知ってさ。本国に戻っていたら、今度は一般人に大きな被害が出るって気が付いちゃってね。――んで、どうしようかを考えているところで、君に出会ったんだよねえ」


 さようなヒロの言い分に、ビアンカは呆気に取られた溜息をつく。何という考え無しの行動なのだろうと。ビアンカは思ったことを表情に表してしまう。

 そんな彼女の思いに気付き、ヒロは気まずげに笑みを見せると、左手を微かに掲げる。


「どうしようも無いなって思ったら、“海神の烙印(こいつ)”を使うつもりだった。――ただ、こいつは使った後が厄介だから……。その時は、ビアンカに何とかしてもらおうって。ちょっと甘えた気持ちでいたんだ」


「それって、どういうことなの……?」


 ヒロの言葉にビアンカは眉を(ひそ)め、問いを投げた。すると、ヒロは黒い革の手袋を嵌める左手の甲を見据えた。その面差しは、どこか忌々しげな雰囲気をビアンカに推し量らせる。


「――僕は“呪いの烙印(これ)”の力を行使した後、使()()()()()()()()()()


 静かな声音でヒロは口にした。その言葉の真意を量り兼ね、ビアンカは首を傾げてしまう。


「だから、そうなった時には、ビアンカ……。君に僕の監視役をお願いしたいと思っていた」


「何が……、あるっていうのよ……?」


 ヒロの言葉を聞いてビアンカの中で、彼と交わした星の海の下での話が思い出された。


 ヒロは会話の最中で、ビアンカに『僕を見張っていてほしい』と口にした。それは彼の宿す“海神(わたつみ)の烙印”が有する未知数の力を見極めてほしい、と。そうした意味を持っているとビアンカは考えていた。

 だがしかし。ヒロの口振りは、その意味を含めつつも、別の意味合いをも含有していたことをビアンカに察し付かせる。


「何があるかは、実際に見てもらった方が納得すると思うよ。――君の前で、“海神の烙印(こいつ)”を使う機会があったら、だけどね」


「……随分と勿体ぶるのね?」


「ふふ。できればね。僕は“海神の烙印(こいつ)”を使いたくないし、使った後のみっともないところを見られたくないっていうのもあるんだ。だから――、勿体ぶらせてよ」


 言うとヒロは、少年のような幼さを印象付ける笑顔を見せた。だが、目尻に皺を寄せた人懐こい笑みの中に、僅かな哀愁が漂うことをビアンカは聡く勘付く。

 しかし、そのことをヒロに問いただすことはせず、ビアンカは嘆声(たんせい)していた。


「あなたの考えていることや言っていることって、良く分からないわ。本当に……」


 呆れを含んだ声音で口に出されたビアンカの言葉に、ヒロはくすくすと可笑しそうに笑う。

 楽しげにして笑っていたかと思うと、ヒロはフッと気配を一変させ、真摯さを紺碧色の瞳に醸し出し、ビアンカを見据える。


「船乗り連中の準備が済み次第、船長室で作戦会議を行うことになっている。ビアンカにも出てもらうから、また後でね」


 ヒロはビアンカの肩を軽く叩く。そして、手をひらひらと振ったと思えば、残った乗船客や船夫たちに声を掛けるためなのだろう。甲板を見渡しながら歩みを進めていった。


「ヒロは……、まだ“呪いの烙印”と上手く接しきれていないのかしら……」


 ヒロの背を見送りながら、誰に言うでも無くビアンカは独り言ちる。


 ビアンカの宿す“喰神(くいがみ)の烙印”とは違い、禍々しさを感じさせない“海神(わたつみ)の烙印”。それをヒロは行使することを恐れているのではと、ビアンカは感じていた。


「呪いの力は……、恐れていると。宿主に凄く意地悪をするわよ、ヒロ……」


 翡翠色の瞳に微かな哀れみの色を宿し、ビアンカは憂虞の思いを抱くのだった。


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