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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第五十一節 望まぬ稀人

「――“オヴェリアの英雄”。オヴェリア群島連邦共和国の大統領から直々に依頼を受け、海の秩序と治安を守っている『海の守り神』と呼ばれる奴がいるっていう話を耳にしたことがある」


 ユキがぽつりと漏らした言葉を聞いて、ヒロは頭を掻きながら微かに頬を赤くし、はにかむ様子を見せた。

 そうしたヒロの態度を目にし、ユキは自身の憶測が正解に行きついていたことを察し、嘆息(たんそく)する。


「ヒロのことなんだな……?」


「ユキは物知りだなあ。――大正解だよ」


 (そほ)色の瞳を鋭くヒロに向けながらユキが問うと、ヒロは頷きながら答えた。

 その返答にアユーシは吃驚から目を丸くし、ビアンカは怪訝そうにして眉を寄せる。


「そんなことまで、ヒロはしているの?」


 ビアンカが疑問を漏らすと、ヒロは首を幾度か縦に動かした。


「僕は群島の大統領やお偉い方から依頼をされて、海の秩序と治安を守る役割を担っている。そして、この近海を荒らしているという海賊に制裁を加える任務を請け負った」


 ヒロの言にビアンカは多少の予想はしていたものの、いざ真実だと知らせられると呆気に取られてしまう。

 オヴェリア群島連邦共和国の大統領からの依頼として、そのようなことをヒロが行っているとは思ってもいなかった。それを態度で(もっ)てしてビアンカは言い表す。


(そういえば、ヒロは出会った日に、群島の高官たちから手紙が届いて、住んでいる無人島から出てきたって言っていたっけ……)


 以前にヒロが語った、オヴェリア群島連邦共和国の高官たちから届いたという手紙の話が、ビアンカの脳裏を掠めた。


 その際は、手紙が届いたという話を至極不服そうにヒロはしていた。そして唐突に“ニライ・カナイ”へ赴く話へと切り替えてきたため、任務を放棄したのかと。そうビアンカは考えていた。

 しかしながら――、ヒロは任務遂行を視野に入れ、“ニライ・カナイ”行きの航行船に乗り込んだ。それらを思慮し、ビアンカは内心で感嘆してしまう。


「依頼書には、この近海に(たち)の悪い海賊連中が出没していること。そして、もう一つ、奴らが沖合の無人島で()()()()()()をしたらしいということが書かれていたんだ」


「不審な拾い物?」


 ビアンカが尚も疑問の声を投げると、ヒロの視線が微かに泳いだ。眉間に皺を寄せたと思えば、すぐに崩してビアンカに再び紺碧色の瞳を向ける。


「古い船の残骸らしい、っていう話なんだよね。その辺りの調査も、僕の役目。だけど奴らは狡猾に行方をくらませていて、居場所を掴ませなかったんだ」


「でも、“ニライ・カナイ”行きの船が狙われると。そうあなたは考えた……?」


 ビアンカが思ったことを口に出すと、ヒロは首肯(しゅこう)した。


「さっきも言ったけれど、この船には金持ちの貴族連中が多く乗り込んでいる。それなら、海賊どもが襲うんじゃないかと思ったんだよね。――まあ、まさか装備が一切無い上に船長に海戦経験が無いとは、思いもよらなかったけど」


 嘆息(たんそく)を混じえて、ヒロは口にする。そして、更に補足を綴り始めた。


「群島の本国が出している巡視船が行方不明になっているのは、この辺りの海域なんだ。それなのに、手が回らないのか、新たな巡視船をここには配備していない――。だから、ここいらは監視の目が行き届いていない空白海域なんだよ」


「やっぱりお前、この辺りで船が拿捕(だほ)されるのを分かっていたなっ! そういうことは早く言えよ……っ!!」


 ユキが怒鳴りつけるように言い放つと、ヒロは眉根を下げて困ったような笑みを浮かす。


「だってさー。もし海賊どもが出て来なかったら、せっかくの“ニライ・カナイ”行きに水を差すと思っちゃったんだもん。だったら、出てきてから教えるんで良いかなーってね」


 ヒロの悪びれを感じさせない言い分を聞き、ユキが苛立たしげに舌打ちを付く。その風体は厄介事に巻き込まれたと、露骨に醸し出していた。


「お前はいっつもそうだよな。飄々(ひょうひょう)として隠し事ばかりで、自分の手の内を一切掴ませようとしない」


 ユキは大きく嘆声(たんせい)し、腕を組みながら口を開き、唾罵(だば)の言葉を吐き出し始める。それにヒロは、尚もヘラリと笑みを浮かしていた。


「そんなに怒らないでよ。――折角、久々に会ったんだし。手伝ってもらいたいなあ」


 ヘラヘラとした人懐こい印象を抱かせる笑みを浮かした――、と。そう思ったのも束の間、ヒロは瞳を細め、唇を歪めて不敵な様を窺わせる。そうしたヒロの表情を目にして、ユキは何度目になるか分からない溜息を盛大に吐き出してしまう。


「……そう言うと思ったぜ。何をすりゃいい?」


 眉間に皺を寄せて頭を掻きながらユキが返すと、ヒロは満足げして首を縦に動かす。僅かに一考すると、口を開いた。


「――とりあえず、船長に報告だね。このキャラック船じゃ逃げ切るのは無理だし。恐らく海賊どもは、あのまま移乗攻撃を仕掛けてくるだろうし。僕たちだけじゃ、手が回らない」


「この船の船員たちを使って対抗する気か……?」


「そういうこと」


 ヒロの考えを察しユキが言葉を零すと、彼は頷く。

 さような二人のやり取りを目にしていたアユーシは首を仰ぎ、面倒臭さを示唆(しさ)させる息を吐き出した。


「あーあ。さっきの試合で疲れたばっかだってのに、ヒロちゃんは人使いが荒いねえ」


「そう言わないでよ、アユーシ。君にも期待しているよ」


 雑言をアユーシが漏らせば、ヒロは反応して微かに笑む。そのヒロの言葉に、アユーシは大げさに肩を竦めた。


「はいはい。リーダーの仰せのままに」


「ヒロ。私は、どうしたら良い?」


 傾聴していたビアンカが問うと、ヒロの眉間に微かに皺が寄った。それはビアンカを使うか使うまいかを苦慮している様を彼女に悟らせ、その眉を曇らせる。


「……私も戦えるわよ?」


 ビアンカが声を掛けると、ヒロは紺碧色の瞳に憂虞を宿して彼女を見やる。そして、仕方なさげにして口を開いた。


「できればビアンカには危ない目に合ってほしく無いんだけれど、こうなることを分かっていて誘ったからね。――(おか)の戦いと、海での戦いは勝手が違う。僕の指示に従ってもらうよ?」


「分かったわ」


 ビアンカが(うべな)いを返すと、ヒロは神妙な面持ちで頷いた。



   ◇◇◇



 甲板室の上――、船尾楼の操舵手たちがいる場所まで駆け上がったヒロは、船長の姿を探す。


 そこで背を向けて佇んでいた船長は望遠鏡を覗き込み、後方――、東南東の方向を見つめて青い顔をしていた。

 周りにいる副船長だと思われる井出達をした男や船夫たちも、どこか狼狽(うろた)えを宿している様をヒロに察し付かせる。


 船長の姿を見止めたヒロは船夫たちの間を縫うように大股で赴き、船長の肩を掴む。すると不意に肩に触れられたことで、船長が吃驚からビクリと大きく身体を跳ねさせた。


「船長、見えているな。海賊が四時方向から追い掛けてきている。あの速度だと六時間ほど後には接舷される。指示を出してくれ」


 ヒロが冷静な声音で船長に促す。だが、船長は青白くなったかんばせでヒロを見やり、震えながらかぶりを激しく左右に振った。


「あんたが指示をしないと、船乗りたちは動けないっ! 早くっ!!」


 その船長の返答とも言える仕草を目にし、ヒロは声を荒げる。

 しかしながら、船長は首を縦には振るわなかった。肩に置かれたヒロの手を振り払い、その場に腰が抜けたように座り込んでしまう。


「む、むむむ、無理だっ! 俺は戦闘経験もねえし、指示なんてできねえ……っ!!」


 絞り出すように船長が言い放つ。それにヒロは見る見るうちに忌々しそうな面持ちを浮かし、舌打ちを漏らした。


「――ったく。この程度で腰を抜かすとかっ、海の男の風上にも置けない奴だな……っ!!」


 悪態を吐き出すと共に、ヒロは船長の隣に佇立していた、副船長だと思われる年若い男に目を向けた。ヒロの畏怖さえ感じる鋭い眼差しに見据えられ、男はたじろいで身を一歩引いてしまう。


「あんたが副船長だな。指示はできるか?」


 ヒロが問うと、副船長は船長同様に慌てた常態を窺わせ、首を左右に激しく振るう。否を示す返答に、ヒロは眉を吊り上げた。


「どいつもこいつもっ! 最近の船乗り連中は意気地が無いにもほどがあるっ!!」


 苛ついた状態を隠そうともしないで、ヒロは声を荒げて髪を搔き乱す。かと思うと――、ふと、再び船長に鋭さを増した紺碧色の瞳を向ける。

 すると、甲板に座り込んでしまっている船長に、ヒロは一つの提案を持ち掛けていく。


「――おい、船長。今から僕が海賊に対抗するための指示を出してやる。僕を船長代理に任命しろ。これに、異論は無いな……?」


 静かでいて低く、威圧的な声音で漏らされるヒロの言葉。温厚な口調が常の彼に、似つかわしくない粗いものが口をついていた。


 その気迫に押されたのか、船長はヒロの申出に異を唱えず、首をぎこちなく縦に振った。それにヒロはニヤリと笑う。


「いい判断だ。――お前たちも僕に従うことに異議は無いだろうな?」


 周りで静観していた副船長や船夫に目を向け、ヒロは問いを投げる。しかし、誰も彼の言葉に否を発する者はおらず、僅かながらの頷きを(もっ)て同意を示す。

 さような一同の反応に、ヒロは上機嫌さを漂わせて口元を歪ませる。


「――そうしたら、望まぬ稀人(まれびと)の襲来を告げようか」


 ヒロは紺碧色の瞳を細め、後方の海原を進む海賊船を見つめていた。


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