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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第四十九節 模擬試合③

 ヒロとアユーシの掛け合いに、ビアンカはぽかんとした表情を浮かべていた。

 二人の言い放った『邪魔』という言葉の意図が掴めず、思考が疑問で埋めつくされる。


「え? 邪魔って……?」


 呆気に取られて不思議げにビアンカが零すと、ユキが肩を震わせ、くつくつと笑っていた。


「剣士連中ってのは殆どが右利きだろ。左帯刀右抜きが基本の中、左手で剣を扱う奴がいたら混戦の時に邪魔になるんだよ」


 隊列を組む戦場では、右手に剣を持ち左手に盾を構える型が基本である。それは古くから根付いた形式であり、右に剣を握る集団の中に一人でも左で剣を振るう者がいると、剣同士が衝突してしまい戦いを阻害する。

 従って、左利きの者でも右手で剣を振るうことが普通であり――。ハルのように利き手に準じて左手で剣を扱う者は、徒党を組んで戦うことには不向きであり、忌避されるのだった。


「ハルの奴の構えは、俺も問題あると思っていたんだけど――。まあ、そうだよなあ……」


 ユキが嘆息(たんそく)混じりに呟く。彼の言葉にビアンカは理由を納得し、苦笑した。


 さようにして話をしていたビアンカとユキの耳に、観衆の声が一際大きくなったのが聞こえた。声に反応し、二人がヒロとアユーシの模擬試合に視線を投げ掛けると――。


「痛いなあ。もう……っ!!」


 紺碧色の瞳を鋭くし、アユーシを睨みつけるヒロは舌打ちをつく。その頬には剣が掠めたのであろう。一筋の切り傷が走り、血が滲んでいた。


「ふふん。油断大敵だわよ」


 アユーシがニヤリと笑い、得意げに発する。それにヒロはムッとした表情を見せた。


 ヒロは甲板を蹴り込むとアユーシとの距離を一気に縮め、カトラスを左側から勢い付けて薙ぐ。アユーシの握るブロードソードに薙ぎ払いが当たり、金属同士の奏でる音が響いた。

 一撃を受けたアユーシは、剣を弾かれた勢いを利用して軸足に力を込め――、長い赤毛とストールを(ひるがえ)して身体を回転させたかと思うと踏み込み、獰猛な笑みを浮かし右側より払いの動作を取る。


 それをヒロはソードブレイカーで受け止めるが、回転を掛けた勢いを殺しきれずに飛び退(すさ)って(かわ)す。


 ヒロの面持ちは――、どこか厄介なものを見やる。そのような色を醸し出し始めていた。


「――ヒロの奴、焦り始めて来たな」


 模擬試合の状態を目にし、ユキの眉間に皺が寄る。


「そろそろ、止めなくて良いの……?」


「……まだ、やる気はあるみたいだから。もう少し様子見だな。だけど、手加減しきれるか心配している」


 ヒロの思考を読み取り、ユキは漏らす。その一言に、ビアンカは憂虞の色を表情に帯びた。


「また自分のことは二の次で、人の心配をしているのね……」


 心配げに呟かれたビアンカの声は、船夫や乗船客の発する喝采に紛れ掻き消えていった。



 尚も甲板には床板を踏み鳴らす音と、剣戟の音が鳴り響く。それに合わせて、観衆の声援や野次が投げ掛けられる。


 一見すると、ヒロとアユーシの模擬試合の様子は互角。しかし、見る者が見れば、ヒロが手加減をしている故に攻めあぐねいている様が見て取れるものだった。

 そのことにアユーシは、不服そうな顔付きを窺わせていた。


「ヒロちゃん。そろそろ、もーちょい攻め込んできてくれても(バチ)は当たらないんじゃないん?」


 剣戟の合間にアユーシが不満を宿した声を掛けると、ヒロは困った様相を漂わせてヘラリと笑う。


「うーん。僕、女性は大事にしたいからさあ。なかなかね……」


 眉根を下げてヒロが零した返答に、アユーシの整った眉がピクリと動く。


「ほんっと、()()()()っ! 泣きを見たって、おねーさん知らんかんねっ!!」


 不快の色を(まと)わせた声を発し、アユーシはブロードソードを逆袈裟に払い上げていく。それをヒロは身体を返すことで踊るマントを腕で払いつつ、カトラスで去なして軌道を変えた。

 すると、アユーシの唇が弧を描く。彼女の不敵な笑みに、ヒロが反応を示すと――。


 弾き上げられた剣を握る右手首を、僅かにアユーシは捻る。その瞬間、ブロードソードの剣身が太陽の光を反射させた。


「う……っ!!」


 反射した太陽光にヒロの目が眩む。


「男だ女だなんてのはね、剣を握って戦場に出れば関係ないんよっ!! 女だからって油断したら、そこで殺されて終わりになっちまうんっ!!」


 怒気を含んだアユーシの声が、目を眩ませられ怯んだヒロの耳に届いた。


 ヒロの視界が回復しない内に、アユーシは勢い良く脚を振り上げる。右足を軸にした回し蹴りの踵がヒロの右手に打ち当たり、彼のカトラスをその手から弾き飛ばしていた。突然の痛みにヒロの表情が歪み、苦悶が喉から絞り出される。

 それを意に介さず、アユーシは脚を甲板に着地させると踏み締め、次には着いた左足を軸にし剣を薙ぎ払う。


「――そこまでっ!!」


 観衆のどよめきと微かな悲鳴の中、ユキの鋭い声が船上に響き渡った。


 シンッ――、と甲板が静まり返る。船夫や乗船客たちが息を呑み、誰もが口を(つぐ)んでいた。


 直前の状況から言えば――、ヒロが握っていたカトラスを蹴りの一撃で弾き飛ばし、彼の胴を狙った薙ぎ払いを仕掛けたアユーシの勝利だった。


 だがしかし――。


「ふへ……」


 動きを止めたアユーシの口から、苦笑いとも取れる声が漏れる。それと共に彼女の頬に、一筋の汗が伝い落ちた。


「……ごめんね、アユーシ。確かに剣を握った時点で、強い意思を持って戦う者に男も女も無いよね」


 どこか納得した声音で、ヒロは溜息混じりにぽつりと零す。


 アユーシが払ったブロードソードは、ヒロが左手に握りしめるソードブレイカーによって受け止められていた。

 そしてヒロは――、腰を落とした体勢で、いつの間にか右手に湾曲の掛かる短剣、ガリを逆手にして握る。それは、アユーシの左脇腹を(えぐ)る寸前までに押し当てられていたのだった。


「勝負ありっ! ヒロの勝ちだっ!!」


 ユキが高らかに声を上げ、勝敗の結果を発した。

 静まり返っていた甲板が、瞬く間に歓声に包まれる。


 賑やかな声に包まれると、アユーシは息を吐き出して肩の力を抜く。ヒロも一歩踏み込んでいた身を引き、背筋を伸ばす仕草を取り、気が抜けた様を醸し出していた。


「あっは。やっぱ、ヒロちゃんは強いわ」


 失笑をしつつ、アユーシは剣を鞘へと納めた。負けて悔しそうな雰囲気を漂わせながらも、機嫌の良さと爽快さを示唆(しさ)させる。


「いや、アユーシも腕を上げたよ。驚いた」


 ヒロは感心した様子を窺わせ、ソードブレイカーを右腰の鞘へ。短剣をマントの下――、背面に隠していた鞘に納める。そのまま弾き飛ばされたカトラスの元へ歩み寄り、それを拾い上げて刃(こぼ)れを起こしていないかを確認すると、頷きながら左腰の鞘へと戻した。

 そして、アユーシへと向き直ったかと思うと、紺碧色の瞳を細めて唇を歪める。


「まさか()()を弾き飛ばされるとは思わなかったなあ。地味に痛いし……」


 呆れたような口振りで言いながら、ヒロは蹴られた右手を振るう。いくらか痛みが残るのようで、手首を動かしながら眉を(しか)めさせて嘆声(たんせい)をつく。


「今回は勝てんかったけど、ヒロちゃんに()()()を使わせたんし。まあまあ、結果オーライってとこかんねえ」


 アユーシは悪びれなく言うと、ヘラッと笑った。


「次は()()()を使わせるのを狙わんとね」


「僕も弟子には負けていられないから鍛錬はするよ。でもね――、アユーシとは金輪際、試合はしたくないっ!」


 ヘラヘラと笑うアユーシを目にし、ヒロの眉が吊り上がった。不意とアユーシを指差し、声を荒げてヒロは宣言を放つ。


「ええええ?! 何を言っちゃってんのっ?! 勝ち逃げとか、おねーさんは許さんよっ!!」


「許さんも何も、毎回と痛いのはイヤだって言っているのに痛いことしてくるんだもん。流石に僕も懲りたよ」


 ヒロとアユーシは人目を(はばか)らず、今度は舌戦を始める。


 多弁に口論を始めた二人の姿を目にして、ユキは深い溜息を吐き漏らしていた。


「なあ、ビアンカ」


 ふと、ユキがビアンカを呼ぶ。その声にビアンカが反応を示すとユキは僅かに身を屈め、耳打ちをしだす。ユキの口から囁かれた言葉を聞き、ビアンカは不思議そうに首を傾げた。


「そんなので良いの?」


「ああ。ただ、なるっべく可愛く頼む」


「うん……?」


 よく分かっていない様相でビアンカは頷く。

 そして、喚き合いをしているヒロとアユーシの元に歩み寄っていった。


「お疲れ様。ヒロ()()()()()もアユーシ()()()()()も、とっても格好良くて素敵だったわ」


 ビアンカは胸の前で両(てのひら)を組み、小首を傾げる。満面の笑みを表情に作り、そこからユキに教唆された労いを普段より一音上げた声で発すると。ヒロとアユーシが瞳を瞬き――、頬を朱に染めた。

 すると、二人は不意にビアンカから顔を背け、頭を寄せ合い耳打ちをし始める。


「あれ、なんなんっ。天使かっつーの……」


「うう……。ユキの入れ知恵なんだろうけど、ビアンカが何も分かってないのが(たち)悪いよ。あんな風に無邪気に呼ばれると……、僕、妹が欲しかったから耐えられない……」


 ヒロは言いながら、頬と唇が緩むのを隠すように口元を押さえた。その肩は小刻みに震える。

 かようなヒロの様子にアユーシは、至極残念なものを見るような目を向けた。


「『()()』ってさ。ビアンカちゃんみたいな子のこったよ。きっと」


「うん。そう思う……」


 毒気を抜かれ、仲睦まじい様子でコソコソと話をしだしたヒロとアユーシ。それをビアンカは首を捻りながら、怪訝そうに見つめていた。


「……チョロい」


 ぽつりとユキが呟いた言葉は潮風に流され、三人の耳には届かなかったのだった。


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