第四十八節 模擬試合②
先ほどアユーシとの軽口の叩き合いで、ヒロが語った『ユキのコレクション』という内容を聞き、ビアンカは疑問を抱いた。その故の素朴な問いの投げ掛けだった。
「そういえば、ユキさんのコレクションって何のこと?」
それにユキは「あー……」と小さく漏らし、頭を掻く仕草を見せ始める。
「俺、武器を集めるのが好きなんだよ」
「へえ」
気まずそうにユキが口にすると、ビアンカは感嘆の声を漏らしていた。
「ヒロには埃を被らせておくのが勿体ないだの言われるし、アユーシには金の無駄使いだって言われるし。肩身が狭い趣味なんだ……」
ユキのぼやきに、ビアンカはくすくすと笑う。そして、あることにフッと気付いた。
「でも、ユキさんたちの荷物って、そんなに多くなかったわよね? どこかに預けてある、とかなのかしら?」
この三日ほどの間に、ビアンカはユキとアユーシが寝泊まりをする船室に、幾度か足を運んでいる。その最中で彼らの手荷物を目にすることもあったが、『コレクション』と称されるほどの大荷物を見た記憶が無かった。
「普段は俺が魔力で作る魔法空間の中に仕舞ってあるんだ。ちょっとした武器屋並みには集めてあるぞ」
それを聞き、ビアンカは納得の頷きを示した。
魔法を操る力に長けた者は、自身の魔力で紡ぎ出した、謂わば倉庫のような異空間を利用することがある。使用者の魔力量によって異空間の広さは異なるものの、ある程度の魔法を扱える者ならば、小さめな馬小屋ほどの範囲で物品の保管が可能だという。
ビアンカの知る限りでは、その技術を操る存在はルシトのみであったが――。それを目にした際は、至極便利で羨ましいと感じたことを懐う。
「何で武器を集めようって思ったの? ユキさんはそんなに色々な武器を扱って戦うの?」
ビアンカが猶々と問いを投げると、ユキは苦笑いを浮かす。
「いやあ。知り合いが武器商の倅でさ。そいつの家の倉庫を見せてもらっている内に、色々な形や装飾が面白くてハマっちまってな」
「そうなんだ。――武器商のお家の息子さんか。そういえば、エレン王国で知り合った人にも、お父様が武器商人をしているっていう人がいたわ」
「え……?」
ビアンカが零した言葉に、ユキの顔色が変わった。些かの驚きから赭色の瞳をまじろぎ、ビアンカに向ける。
ユキの話を聞きながら、ビアンカはエレン王国で出会った青年――、ロランの存在を思い出していた。彼は各国で名を轟かせる武器商人である“コーデリア商会”の嫡男だった。
ロラン自身は武器の売買という商売を快く思っていない節があり、否定的ではあったが。生まれてしまった家柄故に仕方が無いと、そうビアンカに語っていた。
「なあ、ビアンカ。そいつって……、ロラン・コーデリアか……?」
ユキがぽつりと言うと、ビアンカは翡翠色の瞳を丸くして彼を見やる。そのビアンカの反応に正解の意味を観取したユキは、溜息を吐き出し苦笑する。
「当たりかよ。なんつー世界の狭さだっての」
「ユキさん。ロランさんと知り合いだったの……?」
唖然とした面持ちでビアンカが伺うと、ユキは幾度か首を縦に振るう。
「俺、エレン王国から出てきているんだよ。もう出てから三年以上は経つけどな」
そうしたユキの言葉を聞き、ビアンカは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そうだったのね。それじゃあ、他にも私が知っている人とか、いるかしら?」
「うーん。そうだなあ。俺が良く連るんでいたのは、ロランと――。あともう一人、ハルって名前の奴なんだけど……」
「えええ?! ユキさん、ハルのことも知っているのっ?!」
ユキがエレン王国にいた際に過ごしていた人物の話を始めると――。ビアンカはその声に被せるように吃驚の声を上げていた。それにユキは驚きつつも快然を窺わせる。
「おう。やっぱりハルとも顔見知りか」
「私、エレン王国にいた時、ハルのところでお世話になっていたの」
「うえ、マジか。あいつが女の子を連れ込むとか。あんだけ『巡り会いの“宿命”』とやらに拘ってたクセに……」
ビアンカの言を聞き、ユキが顔を引き攣らせた。その表情は自身の知るハルが目の前の少女を家に連れ込んだという事実に、信じられないと言いたげな色を宿していた。
「ねえねえっ! ビアンカとユキの言っているハルって。もしかして、ハル・ライトメアのことっ?!」
突として投げられたヒロの声。それにビアンカとユキは会話を止め、模擬試合の場へ勢い良く視線を向けた。
二人が映したのは、アユーシが振り下ろすブロードソードをカトラスで軽く去なし、余所見をしながらステップを踏み立ち回るヒロの姿。
「ちょっと、ヒロちゃんっ! 試合中に余所見とか、ヨユーじゃんかっ!!」
「えー。だって、面白そうな話をしていて気になるんだもん。仕方ないじゃない」
眉間に皺を寄せて唇を尖らせる表情を見せ、ヒロは左手のソードブレイカーを自身の前に構える。そのことに気付いたアユーシが苦笑いを浮かし、振るおうとした剣の手を止め、咄嗟に軌道を変えて腰を落としながらヒロの足元を狙う。その一撃をヒロは飛び跳ねて躱した。
「んで、僕にはハルって名前の知り合いが二人いるんだけど。今、君たちが話をしているのって、ハル・ライトメアのことだよね?」
再度の問いをビアンカとユキに投げると共に、ヒロは甲板を踏み鳴らした瞬間、脚を勢い良く払い上げる。
アユーシが焦燥の声を漏らし、ブロードソードの剣身でヒロの蹴りを受け止めると。爪先での蹴りを受けた剣が、ガキンッ――、と金属同士を打ち鳴らす音を立てた。
「あ、僕のブーツ。鉄板が仕込んであるから、気を付けてね」
「言うの、おそーいっ!! 床を蹴る度に変な音がするんねって思ったんけど、危ないっつーのっ!!」
何という緊張感の無い試合になっているのだろうと、その様子を見て、ビアンカは呆気に取られてしまう。
ぽかんとした面持ちを浮かすビアンカに、ヒロは視線を向ける。その眼差しは答えを待ち望むそれで、ビアンカは首肯して口を開いた。
「そ、そうよ。エレン王国にハルがいるの」
「そっかそっか。あいつとも知り合いなのかー」
「知り合いっていうか……。彼が、あのハルよ。この前、話をした」
ヒロの知る“群島諸国大戦”に参戦した少年、ハル。その生まれ変わりの存在であるハルの話をビアンカはヒロにしていたものの、今どこで何をしているのかを彼に話をしていなかった。
それをビアンカは周りの目を気にし、濁すような言い方で口にするが。ヒロは彼女の言いたいことを察し、紺碧色の瞳を瞬かせ、見る見るうちに顔色を愉快げなものに変えていった。
「え? あっ?! あ、あははははっ!! そうだったんだっ!! ぜんっぜん気が付かなかったっ!!」
次の瞬間に、ヒロは破顔して大笑いを上げ始めた。全く想像していなかった真実だったのだろう。両手が開いていれば腹を抱えていたに違い無いほどの、楽しそうな笑い方だった。
「ユキが話した『巡り会いの“宿命”』って、僕があいつに言った台詞だからビックリしたよ」
「ええ……っ?!」
よもや以前ハルから聞いていた、彼が旅の最中で出会った“呪い持ち”がヒロだったなどと。ビアンカは考えも及んでいなかった。そのため、ビアンカは驚愕してしまう。
「なになに? ヒロちゃんとビアンカちゃんとユキちゃんで共通のお友達がいるん? アユーシおねーさん、蚊帳の外とか悲しいっ!!」
剣戟の手を休めぬまま、アユーシは口合を出す。その一撃一撃を、ヒロは大笑いで涙目になりながらカトラスで弾く。
「アユーシの兄弟子の話だよ。蚊帳の外とかじゃないから。――っていうか、前髪狙わないでっ! それは止めてっ、ほんとっ!!」
額を狙ったアユーシの払いを、首を反らして躱すヒロが切実な悲鳴を上げる。アユーシはケラケラと悪戯そうに笑い聞き入れず、尚もブロードソードを振るった。
それを鬱陶しそうに払い除け、ヒロは再度ビアンカに問いを投げるため、僅かに視線を動かす。
「ところで、ハルは右手で剣を扱うようになってた?」
「え? いえ。左手で使っていたけど……」
不意なヒロの問いにビアンカが返すと、彼の顔付きが瞬く間に不愉快げなものに変わった。
「マジか。あれだけ僕が口を酸っぱくして、右抜きに矯正しろって言ったのに。あいつは……」
「えっと……。ハルの剣術の師匠も、ヒロなの……?」
ビアンカが思ったことを口にすると、ヒロは頷く。
「そうそう。何年か前にソレイ港で出会ってね。群島式の剣術が珍しいから教えてくれって言われたんだけど、あいつって左利きじゃない。教えることは教えたんだけど、すっごくやりづらかった!」
ヒロは思い出し笑いなのか、くつくつと笑った。そこにアユーシが体重を掛けた剣戟を見舞わせるが、ヒロはいとも簡単にそれを受ける。
「兄弟子ちゃんは、左利きだったんか?」
尚も剣に体重を掛け、ヒロを押し切ろうとしつつアユーシが問うと、ヒロはニヤリと口角を上げた。
「そうだよ。散々、右抜きに変えろって言ったのにさー」
ヒロの返弁を聞き、アユーシは「あー……」と小さく声を漏らす。
「それってさ、ヒロちゃん……」
「うん」
アユーシが囁けば、ヒロは意味することを察して頷き返す。そして、口を開く。
「「邪魔だよねー!」」
高らかにヒロとアユーシの声が重なり響く。同時にヒロがソードブレイカーを突き出し、カトラスを打ち振るうと、鍔迫り合いをしていたアユーシが笑いを浮かしたまま後方に飛び退り、場を再び見合いの状態に引き戻した。
さような二人の掛け合いに、ビアンカは驚き呆れた様子を漂わせるのだった。




