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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第四十五節 終わりへの憧れ

「十年ぶりくらいに再会したユラは――、当時の面影が全く無かったよ。最初は彼女だって気が付かなかったくらいにね……」


 苦々しげにヒロは喉から絞り出すような声で語る。


「艶の無くなったぼさぼさの黒髪に、光を宿さない淀んだ翡翠色の瞳……。それがユラだって気付いた時は、すぐに信じられなかったくらいだ」


 十余年ぶりにヒロが後会を果たした、幼い頃に嬉々たる時間を共にした少女――、ユラ。

 ユラはオーシア帝国の第一皇女であり、“海神(わたつみ)の烙印”の宿主となっていた。そして、オーシア帝国が海賊を監視し掃滅するために編成した巡視船団の総指揮を任されていたという。


 オーシア帝国巡視船団の本船へ乗り込んだヒロは、総指揮を取っていた第一皇女を守るように立ちはだかったオーシア帝国兵を一掃し、彼女に剣を突きつけた。

 目の前に佇む“海の魔女”と称され、海賊たちに畏怖された存在を目にしたヒロは――、その女性がかつて懇意にしていた少女、ユラだとは気付かなかった。


 痩せ細りやつれた様相を(まと)い、艶の無い乱れた長い黒髪に淀んだ翡翠色の瞳。

 だが、ヒロは女性を目にした瞬間、既視感を抱いていた。そして、目の前に佇立する女性がユラであると察し、驚愕に振るえた。


「ユラさんは――、“海神(わたつみ)の烙印”がもたらす力。悪夢に苛まれていた……」


 ビアンカが呟くと、ヒロは頷いた。


 “海神(わたつみ)の烙印”の精神を蝕み苦痛をもたらす力は、原初の宿主となったユラの精神を著しく疲弊させていた。

 それ故に、(さき)に見目麗しいと言われた少女の面影は、一切無かった。


「ユラも、僕のことに気付いた。そして彼女は――、応戦することも無く、僕の目の前で自害したんだ。僕に謝りながらね……」


 今、思い出しても寒気がする光景だったと。そうヒロは思う。

 驚愕に(まなこ)を見開いたユラは、次にはことを察した面持ちを浮かべた。そうして、自身がヒロの仲間――、海賊たちを殺めていたことを悟った。


 そうした中でユラが取った行動は――、手にした剣を己の胸に突き立てる行為であった。


 ――『ヒロ……、許して……』


 ユラの喉から絞り出すような、悲痛な声が忘れられなかった。その声は今もヒロの胸に残り、締め付けて痛めつける。


「その後に……、ユラが宿していた“海神(わたつみ)の烙印”は、宿主が死んだことで行き場が無くなった……」


「それでヒロは、“海神(わたつみ)の烙印”を継承した……?」


「そう。行き場の無くなった呪いは近くにいた……、宿主が強い念を遺した存在。僕を次の宿主として選んだ」


 ビアンカの疑問の声を拾い、ヒロは(うべな)う。


「“海神(わたつみ)の烙印”は、()わば寄生虫と同じ。前の宿主が死ぬと、その身体から這い出して次の宿主を探し求めるみたいなんだ。その辺りは――、“喰神(くいがみ)の烙印”とは違うよね」


 先駆けてビアンカから、彼女がハルに“喰神(くいがみ)の烙印”を継承されるに至った経緯を聞いていたヒロは言う。

 “喰神(くいがみ)の烙印”は宿主の意思で“継承の儀”と呼ばれる儀式を行い、次の宿主へ呪いを託す。しかし、ヒロの宿している“海神(わたつみ)の烙印”は、全く異なる継承方法を取る呪いだった。


「ところでビアンカは、今の話を聞いたり、“群島諸国大戦”の逸話を調べていてさ。どうして“呪い持ち”であるはずのユラが死んだり、僕が死んだことになっているかって。疑問に思わなかった?」


 ビアンカに目を向け、ヒロは問い掛ける。そこまで言われ、ビアンカはハッと気付きの様を帯びる。


 不老不死の特性を持ち、致命傷といえる傷さえも癒す力を有するはずの“呪い持ち”が死んだという説話。何故(なにゆえ)にその矛盾に考え至らなかったのだろうと、ビアンカは自身の浅はかな思考を卑下するような、申し訳なさそうな表情をヒロに見せた。

 そうしたビアンカの顔付きを目にし、ヒロは微かに笑う。


「この呪いにはね。当時、宿主を不老不死にする特性があるのか――。呪いを監視して管理する役割を持った“調停者(コンチリアトーレ)”たちにも判らなかった。まだ生まれたばかりの呪いだったから、その力は未知数過ぎた」


 言いながらヒロは左手を掲げ上げ、その手の甲を右手で撫でる。そして、僅かの間を置いて、語りを続けた。


「“群島諸国大戦”の終わり――。オーシア帝国皇帝との勝敗が決した時、皇帝は自らの持ち得る魔力と命を使って、“魔導砲”を僕の仲間たち、同盟軍に放とうとした。そうして、同盟軍の仲間たちを守るために、僕はこの呪いの力を使った――」


 オーシア帝国皇帝との最終決戦の場。オーシア帝国城でヒロは精鋭である同胞たちと、オーシア帝国皇帝と対立した。その戦いは熾烈を極めたが、ヒロたち同盟軍の勝利で幕を閉じることとなった。

 だがしかし――。戦いに敗れたオーシア帝国皇帝は、魔力の全てと自らの命を“魔導砲”の砲弾として、同盟軍の艦隊に打ち放った。それを認めたヒロは“海神(わたつみ)の烙印”の力を行使し、“魔導砲”の魔手から仲間たちを救ったものの――、衝撃で倒壊を始めたオーシア帝国城の崩落に巻き込まれたのだった。


「その時に、そこで死ぬのかなって思ったけれど――。この呪いは、それを許さなかった。だけれど、不老不死の力を持っているかがハッキリとしない中で、僕が同盟軍に戻らなかったから、仲間たちは僕が死んだと思い込んだんだ」


 その話を聞き、ビアンカは微かに首を上下させた。

 しかし、一つの引っ掛かりがビアンカの中にあった。だので、ビアンカはそれを口に出す。


「でも、ユラさんは自ら命を絶った……」


 その口に出した疑問に、ヒロは頷く。


「うん、そうだね。それでね、ユラの最期や、君から聞いたハルの最期……。そこから僕が考えたのが――」


 そこまで綴り、ヒロは真っ直ぐにビアンカへと紺碧色の瞳を向ける。


「“呪いの烙印”は、宿主が他者に傷つけられたり、予期せぬ怪我で死ぬことは許さないけれど。――自死をすることは許してくれるんじゃないかなって思う」


 ヒロが紡いだ憶測に――、ビアンカは驚愕の表情を浮かべていた。


 何を言っているのだろうかと、そう頭の片隅でビアンカは思う。

 そもそもが、ハルの死は“喰神(くいがみ)の烙印”に自らの魂を捧げた故の結果であり、自害と呼ぶにはまた違うと。微かな憤りで身体が震えた。


 だがヒロは、そうしたビアンカの思いなど気に留めず、再び膝を抱えて口を(つぐ)んでしまう。


 暫しの沈黙がヒロとビアンカの間にあった――。

 船が波を掻き分け進み、船体を軋ませる音だけが静かな空間に響く。


「ねえ、ビアンカ……」


 ぽつりとヒロが名を呼ぶ。その声にビアンカは反応し、神妙な面持ちをヒロに向けた。


「――君は、死ぬことに憧れを抱くことはあるかい……?」


「え……?」


 唐突なヒロの言葉。それにビアンカが驚いた様子で言葉を詰まらせると、ヒロは紺碧色の瞳を細め、黙したままで彼女に答えを促すような視線を投げ掛ける。その眼差しは酷く揺らぎ、ヒロの悲しげな心中の色を浮かしているようだとビアンカは(おも)う。


「それは……、分からないわ。私は未だ、やるべきことがあるから。生まれ変わったハルと共にありたいっていう……」


 考えながらなために拙く、(こうべ)を落としてビアンカが口にすると、ヒロはくすりと笑った。


「そうだよね。ビアンカは()()()()。これから、沢山良いことがあるよ。変なことを聞いて申し訳ない……」


 眉をハの字に落とし困ったような笑みを浮かべ言うと、ヒロはビアンカから視線を外す。そして、空を仰ぎ、星の海へと目を向ける。


「僕はね。いつか死ぬことに憧れている」


 小さく囁くようにヒロが漏らした言葉は、ビアンカの眉を曇らせた。


「同盟軍の仲間たちは、とっくの昔に逝ってしまった。僕と同じで“ニライ・カナイ”を通ることが無いと思っていたハルでさえ、いなくなってしまった。――正直言うと、羨ましいんだ……」


 ビアンカは言葉を失ったかのように、何も言えなかった。

 ヒロは何も語らないビアンカを意に介さず、尚も自身の羨望を吐露していく。


「叶うならば……。僕も、“ニライ・カナイ”に迎えてもらいたいな……」


 ふと瞳を伏し、ヒロは吐息と共に呟き漏らす。

 そして、一息を吐き出すと微かに瞳を開き、ビアンカに向き直る。かと思うと――、何とも表現のしがたい寂しげな表情で微笑んだ。


「ごめんね。こんなことを聞かせられても、困っちゃうよね」


「……ヒロ、あなた――」


 ――ヒロはこの船旅の後に、死ぬつもりなんじゃ……。


 ビアンカの脳裏に過った一抹の不安。だが、それを口に出すことは(はばか)られた。口にしてはいけないと、そう思った。

 ビアンカの感傷を察したのか、ヒロは小さく笑いを零す。


「もう寝な。夜の海風は身体を冷やすから、あまりここにはいない方が良い」


 ヒロは言いながら、甲板に降ろしていた腰を上げる。そして、ビアンカの手を引いて立ち上がらせると、肩に手を置き強引に後ろへと振り向かせた。


「――おやすみ、ビアンカ」


 まるで追い立てるようなヒロの言動に促されるまま、ビアンカはわだかまりと胸騒ぎを感じながら甲板を後にしていった。


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