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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第四十四節 同盟軍の始まり

 甲板で話をしだし、暫しの時間が過ぎた。

 ヒロに座ることを促され、手摺を背に、ビアンカはヒロと隣り合わせに腰を下ろす。


 夜の海風が身体を冷やし、寒さにビアンカが身を震わせると――。ヒロは羽織っていたマントを外し、その肩にふわりと掛けてやる。

 驚いた顔付きでヒロを見やれば、彼は目元を細めて優しく笑う。ヒロらしい気遣いに、ビアンカは眉根を下げて微笑み返礼を漏らした。


「――そうしたら。話の続き、だよね」


 ヒロは呟くと、紺碧色の瞳を伏して考える様を窺わせた。そして、決意を固めたのか、伏していた瞳を上げビアンカを見据える。


「ビアンカにだったら、詳しく話をしても良いかな。ただね――」


 そこまで言うと、ヒロは一度言葉を切った。

 意を決した情態を見せたのにも関わらず言い淀むヒロに、ビアンカは小首を傾げて続きを促す視線を送る。それにヒロは困ったような笑みを浮かし、口を開く。


「この話は、群島のお偉い方も、ユキやアユーシでも知らない。“調停者(コンチリアトーレ)”たちでさえも恐らく知らないことなんだ。――だから、決して他言はしないでほしい」


「……分かったわ」


 ビアンカの然諾(ぜんだく)を受け、ヒロは頷く。そして、ぽつりぽつりと――、自身の過去を口に出し始めた。


「僕の小さい頃からの話になっちゃうんだけどね。――僕は子供の頃、群島の辺境の方にある、小さな町で暮らしていたんだ……」


 かつてヒロが過ごしていたという地は、オヴェリア群島連邦共和国――、群島諸国と呼ばれていた国の片隅にある小さな港町。

 その町は、小さな島国が点在する諸国のどこにも属していない、中立的な場所であった。中立という土地柄なため、群島諸国の様々な国の貴族や要人たちが別荘を持ち、()わば保養地のような町だった。


「その頃は、自分たちの身分差とかなんかは考えていなくて、友達として遊んでいた子が実は貴族の嫡男だったりしてね。でも、そういうのを咎める者もいない、のんびりとしたところだった」


 ヒロは遠くの夜空を見上げ、語っていく。その表情は懐かしいものを思い出すそれで、その頃が如何(いか)に楽しかったのかを、ビアンカに推し量らせる。


「そんな日々の中で、僕は一人の女の子と仲良くなった。名前はユラ。長い艶やかな黒髪に、ビアンカと同じような翡翠色の目をした子でね。とっても綺麗で可愛い子だった」


 ヒロの言うユラという名前の少女は、品行方正な見目麗しい――、恐らくは貴族の家柄の令嬢だったのだろうと。そう彼は語った。

 ユラを含めた子供たちで日々を遊び過ごし、それが楽しかったことを。そのまま、仲良くなった子供たちと共に歳を取っていくのかと思っていたと綴るヒロは、不意と膝を抱える仕草を見せる。


「まあ――、暫くしてユラは、自分の国に帰っちゃったみたいでね。僕たちは、それっきりになってしまった」


「そう、なのね……」


 少しだけ寂しげなものを醸し出すヒロの声音に、ビアンカは小さく言葉を零す。

 背を丸めて膝を抱え、その膝の上に顎を乗せたヒロは、暫し間を開けた後に尚も話を続ける。それにビアンカは大人しく傾聴の姿勢を示した。


「――そうこうと日々を過ごしている内に、流行り病が町に持ち込まれた。友達たちも病気を避けるために町を離れていってしまって、僕の両親が病で死んだりして……。気付いたら、僕は独りぼっちになっていた」


 そこまで言うとヒロは口を(つぐ)み、ゆっくりとした動きでビアンカに目を向けた。そして、一瞬だけ唇を噛んで言いにくそうな風体を醸し出すが――、ビアンカを見据えて「これが、内緒にしていてほしいことなんだけれど」――、と前置いた。


「僕ね。昼間に『船乗りだった』って、君に言ったでしょ。両親を亡くした後――。僕……、実は、海賊をしていたんだよ……」


「えっ?! 海賊……っ?!」


 思いも掛けていなかったヒロの告白に、ビアンカは吃驚の声を上げてしまう。その声は夜の海に良く通り、ヒロの顔に焦燥の色を(まと)わせた。

 ヒロは手を顔に持っていき、人差し指を立てて口元に当て、静かにするようにビアンカを(たしな)める。その仕草にビアンカは気まずげにして口を閉じた。


「海賊って言っても、悪さはしていないからね。ちゃんと群島公認の義賊――。他の荒くれ海賊連中を取り(まと)めたりする役割を担っていたんだ」


 ヒロは弁解を口にして笑う。

 そうしたヒロの言を聞き、ビアンカは海賊にも義賊というものがあるのかと。内心で感嘆し、まだまだ自身の知らないことが多いことを実感していた。


「両親を亡くした後に、孤児としてフラフラとしていたんだけど、そんな僕を()()()――。海賊の頭目が拾って育ててくれてね。実の子供みたいに可愛がってくれて、目に掛けてくれたんだ」


「そっか。ヒロには、お父様が二人いるのね」


 ビアンカが何気なく口にすると、ヒロは微笑んで頷く。その笑みは、どちらの父親にも敬仰(けいぎょう)を抱いている様相を示唆(しさ)させるものだった。


「父さんのことは、本当に尊敬していた。そんな父さんやその下にいた海賊たちも、僕が次期頭目になるんだって言ってくれて。僕もそれに応えようと思って、頑張っていたよ」


 愉快そうに自身の育ての親となった海賊の頭目たちの話を語っていたヒロだったが。ふと、その表情を硬いものに変える。眼差しは鋭さを増し、無念さを色濃く物語る。


「ある日にね。父さんは死んだんだ」


「え……」


「オーシア帝国艦隊に襲われたんだよ。僕たちの海賊船団は、オーシア帝国が開発したばかりの“魔導砲”の試し打ちの(まと)にされて、殆どの船が沈められた」


 海の男の誇りに賭けて、敵に背を向けて逃げることはヒロたちには許されなかった。

 応戦はしたものの、初めて目にしたオーシア帝国の持つ“魔導砲”の前に、場は混乱を極めた。その圧倒的な破壊力に成す術は無く、海賊たちにとって無謀な戦いと成り果ててしまった。

 その後に、海賊の頭目――。ヒロの育ての親であった人物が殿(しんがり)を務め、撤退。ヒロが指揮を任された船は難を逃れ、逃げおおせることができたが――。頭目を含めた半数以上の海賊たちが命を落とす結果となった。


「そんな中で起こったのは、父さんたちの弔い合戦。他の海域で同じような目に合った海賊たちを率いて、僕の頭目としての初陣となった」


 その言葉を聞き、ビアンカは眉を寄せていた。そうしてヒロが何故、その話を多言しないように諭したかを察した。


(この話が、同盟軍の本当の始まり、なのね……)


 歴史に残るほどの大きな戦争となった“群島諸国大戦”が、海賊たちの遺恨が先陣を切ったものであるなどと、道徳的に戦争史には残せなかったということをビアンカは推知した。

 そして、ヒロ自身が海賊として生きていたことに誇りを感じているにも関わらず、それを『群島諸国の立役者』という英雄の立場で隠さなければならなかったことに、口惜しさを感じずにはいられなかった。

 真実というものが、時に捻じ曲げられて伝えられるものだと。人間の都合の良いように書き換えられてしまうものなのだと。そう思いなす。


 ビアンカの遺憾の念を感じたのであろう。ヒロは彼女に優しげに目を向けて、幾度か首を縦に動かす。さようにして、猶々(なおなお)と彼は身の上に起こった出来事を暗唱していく。


「オーシア帝国の連中は、僕たち海賊を『汚らわしい存在』として見ていた。常に巡視船を出して監視をしていたんだ。だから僕たちは、“魔導砲”を積む少数で編成されたオーシア帝国巡視船団を手始めに拿獲(だかく)し、何とか接舷攻撃――、白兵戦に持ち込んだ」


 オーシア帝国は海賊を毛嫌いしていた。その海賊の監視と掃滅の役割を仰せつかっていた巡視船に、ヒロを頭目とした海賊船団は手始めに目を付けた。

 海賊たちの出没する海域を見張っていたオーシア帝国巡視船団を、ヒロは自らの乗る船を囮として小島の多い岩礁海域へと誘い込み――、そこで潜伏させていた他の海賊船で取り囲み、一斉攻撃を仕掛けるという作戦を立てた。


 海賊側の被害も小さなものでは無かったが、オーシア帝国巡視船に強引に接舷させ、“魔導砲”の砲門を船体で塞ぎ、その戦力を削いだ。そうして、移乗攻撃へ移行することに成功していたのだった。


「僕が乗り込んだのは、巡視船団の本船。その本船に、“海神(わたつみ)の烙印”の元々の宿主がいた。“海の魔女”と呼ばれる、荒くれ者ばかりの海賊連中にさえ畏怖される存在だった」


「前の宿主は……、女性だったの……?」


 ヒロの口にした“海の魔女”という呼称を聞き、ビアンカが呟く。その彼女の呟きに、ヒロは首肯(しゅこう)した。


「オーシア帝国が“海神(わたつみ)”の魔族を捕らえ、“魔導砲”を扱うための材料にしたって、さっき言ったけれど。その最中で、オーシア帝国の第一皇女が、“海神(わたつみ)”の呪いを受けたらしい。――その原初の宿主となり、宿した呪いの魔力を“魔導砲”の力としていた、“海の魔女”と呼ばれるに至った第一皇女……」


 ヒロは不意に口を閉ざし、顔を伏せる。不思議に思ったビアンカが覗き込むようにヒロに身を寄せると――、彼の紺碧色の瞳が酷く揺らいでいる様が目に映った。そのビアンカの視線に気付いたヒロは、微かに顔を動かしてビアンカを見やる。

 絞り出すような、どこかやり切れないといった心情を乗せたヒロの声が、ビアンカの耳に届く。


「――それが、ユラだったんだよ……」


 ヒロの放った言葉を聞き、ビアンカは息を呑み、驚愕してしまうのだった。


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