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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第四十一節 ワケアリの旅人たち③

「――――っ!!」


 身を乗り出したビアンカが、アユーシの差し出された右手に触れた瞬間だった。


 ビアンカは、ぞわりとした肌が粟立つような感覚に襲われ、息を詰まらせる。刹那、アユーシの手を乱暴に振り払い、ソファの背凭れに身体を沈めるようにして身を引いていた。


「あ……」


 アユーシに触れられた右手に手を添え、ビアンカはハッとした様相を見せる。そして青白くなったかんばせに、見る見る内に申し訳なさそうな色を浮かべ始めた。

 そうしたビアンカの反応に、アユーシは振り払われた手を所在無さげにして苦笑いを見せ、ユキとヒロは矢張りといった表情を帯びる。


「あっはー。やっぱりビアンカちゃんもヒロちゃんの()()()かあ。そうなのかなーって思っていたけど、その反応は地味に傷付くわあ」


「あ、あのっ、ごめんなさいっ! 今のって……」


 傷心の言い様を出しつつもにこやかに笑うアユーシは、差し出していた手を引き膝の上に戻す。ビアンカが謝罪を口にすると、彼女は(こうべ)を振った。


「アユーシおねーさんはね、“神族”の血を引いているんよ。全知全能の女神・マナ様の使いである白い翼を持った種族の末裔なのだ」


 どこか得意げにして放たれたアユーシの言葉。それにビアンカはキョトンとしてしまう。


「言うなれば、“呪い”の大本である魔族と相反する種族だね。だから、“呪い持ち”の僕たちとアユーシは相性が悪い。それと、彼女は神族の血を濃い目に残していて、“神眼(しんがん)”って呼ばれる目を持っている」


「“神眼(しんがん)”?」


 ヒロからの補足を耳にして、ビアンカは聞き慣れない単語に首を傾げる。


「“神眼(しんがん)”は『奇跡を起こす力』と言われていて、物凄く稀有なものなんだ。金色の目っていうのが“神眼(しんがん)”の定義なんだっけ?」


 言葉の合間にヒロは、アユーシに目を向けて問い掛ける。その言葉にアユーシは頷く。


「おねーさんの目は琥珀色だから、本来の“神眼(しんがん)”っていうのとは少し違うんだけどね。これでも神族の血を引いていて、()()()()――、普通の人間には扱えない光属性の魔法を操るっていう証。本物の“神眼(しんがん)”は金色をしているんだけど、ここ何百年かの間は存在が確認されていないって話だねえ」


 アユーシは自身の琥珀色の瞳を指差しながら言うと、次には腕を組む仕草を取りソファの背凭れに寄り掛かる。


 アユーシの語る光属性の魔法は普通の人間たちには操る力の無い、神族の血を引く存在だけが有するものだった。

 傷を癒す能力に長け、強い魔力を(もっ)てして操れば――、それは死者さえも蘇らせると言われるほどであり、それ故に『奇跡を起こす力』と崇められる。得ようと思って得られるものでは無い、持って生まれる才能の一つである。


「アユーシお姉さんの話せることはこんな感じかな。次は、ユキちゃん?」


 アユーシが首を動かしユキに目を向けると、彼は小さく頷く。そして、やや間を置いてから説話を紡ぎ始める。


「俺は()魔族だ。自分では全く覚えていないんだけれど、“邪眼持ち”の魔族だったらしい」


 確証を持てない弁口でユキが話を進めだすと、ビアンカは早速首を傾げる。

 ビアンカの仕草を目にし、ユキは「説明が下手で悪い」と漏らし、頭を掻きながら苦笑いを浮かす。そして助けを求めるように、チラリと(そほ)色の瞳をヒロに向けた。


「ユキはね。今、彼が言ったように、元々“邪眼”を持った魔族なんだ。ただ、あることがきっかけになって、その“邪眼”の魔力自体が人格を持ってしまってユキから抜け落ちた。それで、その抜け落ちた存在である奴を探して旅をしているんだよ」


 ユキの視線に気が付いたヒロは、ユキが上手く説明を出来ずにいた出自を代わりに語ってやる。


「そんなことって、あるの……?」


 その説明を耳にして、にわかに信じられないという様子で問うビアンカに、ユキは首肯(しゅこう)する。


「大怪我が元で記憶を失っていた時期があってな。その影響で制御が効かなくなった“邪眼”の魔力が、俺とは別の人格を持って逃げ出しちまった。お陰で今や魔力の殆どを失っていて、普通の人間と同様の存在だ」


 嘆声(たんせい)を吐き出しながらユキが口にすると、ビアンカは唖然とした面持ちを浮かしていた。


 ビアンカはエレン王国に在中していた頃に、()の国で初めて魔族という存在に出会っていた。その後、彼女なりに魔族についてを可能な限り調べていたのだった。


 魔族という種族は人間よりも強い魔力を有しており、魔力を命の源としている存在である。その寿命は持って生まれた魔力の量に左右されるため、強い魔力を有するほど長命となる。そして、持っている魔力量が低いほどその寿命は短くなり、人間と然程(さほど)変わらないのだと文献には記されていた。

 そのことを思い返し、“邪眼”の魔族であったというユキが普通の人間と同様になってしまっていると暗唱したことで、相当量の魔力が彼から抜け落ちたことをビアンカは推し量る。


「ユキは“邪眼持ち”の魔族だから、本当は目の色が銀色だったはずなんだよね」


 ヒロが言うと、ユキは首を縦に振るい肯定する。そのヒロの口上にビアンカは、はたと何かに思い当たった様を窺わせた。


(そういえば、エレン王国で会ったカルラちゃんは、金色と銀色の目をしていた。もしかして、あの子は“神族”と“魔族”の両方の血を引いている……?)


 ふと頭を過ったのは、エレン王国で出会った少女――、カルラの存在だった。

 カルラは、金色と銀色のオッドアイの双眸を持った不思議な人物であった。そして、彼女に見据えられた際に、ビアンカは居たたまれなさと微かな畏怖感を覚えていた。


(ルシトは『時が来れば分かる』って言っていたけれど、カルラちゃんのことを隠していたっていうことなのかしらね)


 ビアンカはルシトがカルラの出自を詳しく語らなかった理由を想起し、嘆息(たんそく)した。


 先ほどアユーシが、本来の“神眼(しんがん)”を持つ者はこの数百年の間に確認されていないと言い表していたことから、クトゥル教国などにカルラの存在が隠されているのだと。そう察し付く。


(あと――、()()()も、銀色の瞳をしていたわね……)


 もう一人、ビアンカの記憶の中にあった人物。その人物は、銀色の双眸を持っていたと、ビアンカは内心で思う。


 内省の様子を窺わせるビアンカに、ヒロは首を捻っていた。「また何か考えごとをしている」と、そのビアンカの難しげな表情から悟るものの、物問うことができずにいた。


(うーん。ビアンカは何だかんだ、隠し事の多い子だなあ。その辺りはハルにそっくりだよね……)


 ビアンカに目を向け、さようなことを胸中で思い、笑ってしまう。


 ビアンカから聞いた話によれば、彼女とハルは五年にも渡る間を共に過ごしていたという。そのことを考慮すれば、ビアンカがハルに影響を受けて似た思考を持つに至ったのか。それとも“喰神(くいがみ)の烙印”という呪いを宿す者が抱くこととなる性質なのか――。

 何はともあれ、どこか懐かしい気持ちを感じるのだけは確かだと。そうヒロは思いなす。


「そうしたら、ビアンカちゃんのことを聞かせてもらおうかな」


 ユキの話に区切りがついたところでアユーシが切り出すと、ビアンカとヒロが揃って、はたとした様を見せた。

 そこでヒロが紺碧色の瞳をビアンカに向けると、翡翠色の瞳を瞬かせビアンカが微かに頷く。その返しを肯定と取ったヒロが、ビアンカの代わりに口を開いていた。


「ビアンカは僕の()()()――、“呪い持ち”だ。しかも、あの“聖魔大戦”の“喰神(くいがみ)”が遺した呪いを宿している」


「あー、なるほど。だから俺が気配を取り違えたってわけか」


「え? どういうことなの?」


 ヒロの言開きにユキが納得の様相を窺わせると、事情を知らないビアンカが疑問を漏らす。するとヒロは一つ頷き、補足を紡いでいく。


「“喰神(くいがみ)”と呼ばれていた魔族は、“邪眼持ち”の魔族だったんだよ。だから、そいつの呪いを宿しているビアンカの気配が、ユキの追っている“邪眼”の魔力の化身である奴に似た気配を漂わせていた」


「あ、それでユキさんが、私とその人の気配を間違えたってわけね」


 ビアンカが了得の言葉を口にしてユキを見やると、ユキは頷きで(しか)りを表した。


「最初にビアンカを見た時は驚いた。何であんたみたいな女の子が、あいつと同じ気配を持っているんだってな」


「だから、最初に会った時に凄くビックリした顔をしていたのね」


 ユキの言い分を聞き、ビアンカはくすりと笑う。邂逅した際のユキの驚いた様相は、ビアンカの脳裏に焼き付いており、それを思い出すと自然と笑いが溢れてきた。

 笑われているユキは、微かに苦笑いを浮かべながら頬を掻く。


「“喰神(くいがみ)”っつーと、あの七魔将のだよね。“()()”やら“()()”やらって言われている」


「うん、そうだね。だから――、現存している呪いの中で、ビアンカが一番強い力を持っているんじゃないかって、僕は思うよ」


「うわ、マジでか。こんな可愛い子なのに、魔王と同等の“傲慢”とタイマン張った馬鹿の力を持っているとか……」


 かようなヒロとアユーシの話を聞き、ビアンカは疑問を覚えていた。


(“喰神(くいがみ)の烙印”の大本になった魔族って。ニコラス先生は“貪欲”の名を冠していた魔族だって言っていなかったっけ……?)


 自分の覚え違えだろうかと。そう一考をしながらビアンカは眉を寄せ、首を傾げるのだった。


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