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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第三十四節 ヒロという名の青年

 ヒロに連れられ店の奥の間――、個室に通されたビアンカは、ヒロとテーブルを挟んだ対面の椅子に腰を掛ける。


 それから然程(さほど)時間を空けずに、ウェイトレスの少女がオレンジの果汁と氷で満たされたグラスを運んできて、ヒロとビアンカの前に置く。

 その少女にヒロは、一言二言と愛敬を振り撒き――、「暫く、ここの部屋に近づかないように頼んだよ」と声を掛けた。少女は店主からも念押しされていたのだろう。ヒロの申し出に、快く返事をすると共に奥の間を後にしていった。


 少女が立ち去ったのを見止めたビアンカは、目の前の席に腰掛けるヒロを見据える。

 ヒロはグラスに注がれた飲み物を口にして、息を吐き漏らしていた。


「――それで。あなたはいったい何者なの?」


 ビアンカが質問を発すると、ヒロはグラスに向けていた視線をビアンカの方へと動かし、手にしていたグラスをテーブルの上に置き直す。


「うん。自己紹介がまだだったね。申し訳ない」


 ヒロは気を改めたように、紺碧色の瞳に真摯な様相を(まと)わせる。


「僕の名前はヒロ。呼び捨てにしてくれて構わないよ。えっと――」


「――ビアンカよ」


 ヒロがビアンカの名を訪ねようとすると、ビアンカはそれに察し付き回申を発した。

 その答えを聞き、ヒロは見目に反した幼い印象を与える笑みを作る。


「“()()”か。良い名前だ。――よろしく、ビアンカ」


 ヒロの返しに、ビアンカはキョトンとした面持ちを浮かべてしまう。

 まさか自身の名に込められた意味――。ビアンカの出身地である東の大陸で使われていた古い言葉。その言葉でビアンカの名前が“無垢”を示すことを、オヴェリア群島連邦共和国出身のヒロが知っているとは思っていなかった。


 だが、ビアンカは大切だと感じている名の真の意味を褒められ、擽ったそうに笑いを零す。


「よろしくね、ヒロ」


 年頃の少女らしい笑みを見せたビアンカを目にして、ヒロは瞳を優しげに細める。そして、話の本題へと入るため、口を開いていた。


「そうしたら、早速なんだけど――。君の知っているハルのことを、先に教えてもらっても良いかな?」


「ええ。色々あったから……、話は長くなるけれど。大丈夫……?」


 ビアンカが問うと、ヒロは首を縦に振るう。

 (うべな)いを示したヒロを目にし、ビアンカも頷き――。百余年前に、ビアンカのかつての故郷であった東の大陸に存在したリベリア公国で、ハルに出会った経緯(いきさつ)や、その後彼女たちの身に何が起こったのかを語り始めた。



   ◇◇◇



「――そうか。驚いたよ。まさか、ハルがね……」


 全ての話を聞き終えた後、ヒロは口元に手を当てた状態で言葉を零す。

 その表情は知人の訃報を聞いたことで、酷く寂しげな様子を窺い知ることができた。


(隠せる部分は隠そうと思っていたのに。この人、聞き出すのが上手すぎるわ)


 そうしたヒロの嘆きとも言える情態を目にしつつ、ビアンカは内心で呆気に取られていた。


 ビアンカは、まだヒロに対しての警戒心を完全に解いたわけでは無かった。だので、語り草となったビアンカと生まれ変わる前のハルとの間に起こった出来事に、彼女は隠せることは隠し、誤魔化せる部分に関しては少しの嘘を混ぜ込み、話を綴ろうとした。

 だがしかし――。ヒロは聡くビアンカの隠し事と嘘を見抜き、話の合間あいまに『そこはもう少し、詳しく話を聞かせてくれないかな?』『嘘はつかなくて大丈夫だよ』といった言葉を投げ掛け、ビアンカに包み隠さず全てを申し述べるように促した。


 ヒロの優しい色で責つく声に抗えず、ビアンカは全てを話す羽目になっていたのだった。


「まあ――。無事に生まれ変わって新しい人生を歩んでいる……、っていうのが、せめてもの救いだね……」


 口元に押し当てていた手を離し、ヒロは愁いの混じる声音で呟く。

 そうしたヒロの声に、ビアンカは頷いていた。


「ヒロは――。ハルとは、どういう面識だったのかしら?」


 今度は自分が問う番だと言わんばかりに、ビアンカはヒロに疑問を投げる。

 すると、ヒロはビアンカに目を向け――、その表情に懐かしいものを思い返す色を浮かべた。


「僕とハルは、“群島諸国大戦”の時に知り合ったんだ。一応、僕は彼のことを()()()()()だと思っていたけれど――。ハルは()()()に対して、凄く冷たい対応ばっかりでねえ……」


 言いながら、ヒロは苦笑いを零した。そのヒロの話にビアンカは、意外そうな顔つきを窺わせる。


「昔のハルのことは……、時々聞くことがあったけれど。それって、本当なの……?」


 ルシトから聞いていた、“群島諸国大戦”当時のハルが荒れていたという話。それに対して、ビアンカは何度耳にしても信じられない思いを抱いていた。

 ビアンカの知るハルという少年は、彼女やその周りの人間に対して人当たりが良く、優しい人物だった。それ故に、ルシトやヒロが口にする過去のハルの性質に、ビアンカは疑念を感じてしまう。


「そうだよ。何かにつけて、『俺に構うな』とか『お節介をするな』って言われてさ。――でも、僕はそう言われると構いたくなっちゃう(たち)なもんで、余計に怒らせたりもしていたけどね」


 ヒロは眉根を下げながら、嘆息(たんそく)を漏らした。

 さような話を聞き、ビアンカは胸中で、改めて意外な思いを持つ。


「ハルは何故、戦争に参加することになったの?」


 尚もビアンカはヒロに問いを投げる。そうしたビアンカの問いに、ヒロは嫌な顔一つせずに頷きながら口を動かしていく。


「――ハルはあの時、()()()()()()()()()()()()()みたいでね。その最中で、タイミング悪く群島に辿り着いてしまったって感じかな……?」


 ヒロの発した言葉の内容を聞き、ビアンカは眉を(ひそ)めた。ヒロの言う『誰かを探して』という『()()』に、心当たりがあったからだった。

 だがヒロは、そのビアンカの心中に気付くはずも無く、話を続けていった。


「ハルは群島に来て早々に“オーシア帝国”――、この戦争の発起人となった帝国に目を付けられた。その身に宿していた“呪い”……、今はビアンカが宿している“喰神(くいがみ)の烙印”の力を狙われたんだ」


 ヒロは静かな口調で語る。かようなヒロの言葉に、ビアンカは顔付きを変えていく。


(呪いの力を、狙われた……?)


 ヒロの発したそれを聞き、ビアンカは内心で不穏な思いに眉を寄せる。

 “群島諸国大戦”と呼ばれる戦争は、四百年以上も前のもの。そのような遥か昔から、“呪い持ち”たちが宿す呪いが狙われていたという事実に唖然とした気持ちを抱く。


「オーシア帝国に狙われたハルは、帝国と対立していた同盟軍との間に利害の一致があった。そこで、『戦争が終わるまで』っていう約束を取り付け、同盟軍に力を貸してくれることになったんだ」


「その帝国に、力を狙われていたっていうのは、何故なの……?」


 語りの途中で、ビアンカは割り込むように、疑問を発する。

 ビアンカの問いに、ヒロは首肯(しゅこう)すると、それに返すために口を開く。


「オーシア帝国はね。強い魔力を有するものを欲していた。魔力を持っていれば、何だって(いと)わない。人間だろうが魔族だろうが、エルフ族だろうが……」


 それを口にするヒロの顔付きが――、僅かに曇ったのをビアンカは察する。そのことにビアンカは、何か自身には計り知れない出来事がヒロの身にもあったのだろうと、推し量った。


「――帝国は彼らをお構い無しに捕まえては、“魔導砲”を扱うための実験体にしていたんだ」


「“魔導砲”……?」


 聞き慣れない言葉に、ビアンカは首を傾げる。


「オーシア帝国が独自に発案し作り上げた、魔力を砲弾として打ち出す恐ろしい武器だよ」


 徐々に疑問の幅を広げ、疑義を投げ掛けるビアンカに、ヒロは頷きながら補足を返す。

 ヒロから戻ってくる言葉の数々に、ビアンカは古い時代に起きた戦争で自身の知らない――、彼女が読み漁った文献に記されていない事柄が多数存在することに感嘆する。


 驚きの反応を示したビアンカを目にし、ヒロは苦笑の様を表情に浮かせていた。そうして、自身の知りうる限りの――、過去のハルの話を綴っていった。


「その“魔導砲”に込める魔力を担うために、多くの魔法使いたちが帝国兵として兵役もしていた。だけれど、“魔導砲”を上手く使いこなせるだけの魔力を持つ人間は少ない。だからオーシア帝国は、ハルの持つ呪いに目を付けた」


「この呪いが、強い魔力を有しているから、ね……」


 ビアンカが言葉を零すと、ヒロは同意を示すように(こうべ)を動かした。


「その呪い――、“喰神(くいがみ)の烙印”は、恐らく現存する呪いの中で最も強い力を持っている。帝国としては、喉から手が出るほど欲しかったんだろうね」


 ヒロはビアンカの左手の甲に目を向け、僅かに眉を寄せて語りを続けていくのだった。


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