第二十八節 その異能力は
ルシトの発した実情に、ビアンカは愕然とした様を見せる。
「“喰神の烙印”を宿していた“始祖”は――、死んだ後に魂を“喰神の烙印”に喰われる……?」
ルシトの言葉を反復するように、ビアンカは漸くといった状態で震え混じりの声を絞り出す。そうしたビアンカの問いに、ルシトは静かに頷いた。
「僕も最近になって、気付いたんだけれどね……」
頷きの後、僅かに顔を動かしルシトは、ビアンカを傍目に映して呟く。
「“喰神の烙印”を伝承する隠れ里で、“魂の解放の儀”が禁忌とされていたのにも理由があったんだ。――その呪いに喰われた元“始祖”の魂を解放させないための決まり事だったってわけさ」
ルシトが口にした“喰神の烙印”を宿していた者の末路。そして、何故に“喰神の烙印”が喰らった魂を解放させる“魂の解放の儀”が、伝承の隠れ里で禁忌とされていたのかにビアンカは思いをなす。
一顧の色を窺わせていたビアンカだったが、そこである考えに行きつき――、眉を寄せながらルシトに目を向けた。
「それは、ハルみたいに……。何かしらの強い力を持って生まれ変わる可能性があるから……?」
ビアンカが投げ掛けた疑問に、ルシトは赤い瞳を微かに細め、然りの頷きを示す。
「多分ね。“魂の解放の儀”を禁忌として取り決めたのは、“世界と物語の紡ぐ者”なんだ。そう考えると……、あいつは生まれ変わりの存在が強い異能力を持って生まれる可能性を見越していたんだろう」
ルシトは、どこか辟易とした声音で言う。
自分自身の創造主でもある“世界と物語の紡ぐ者”に対して、ルシトは良い感情を持っていない。寧ろ、全てが自身の思い通りになると自負する“傲慢”な彼の存在に、反発心さえ抱いている。
さような感情をルシトは、ビアンカに包み隠さず表していた。
「どうして、“世界と物語の紡ぐ者”は……。そこまでして、禁忌の取り決めをしたの……?」
「“世界と物語の紡ぐ者”は、自分の意に介さない事柄を嫌う。強い力を有して生まれ変わりをされると、世界の均衡が崩れ兼ねないし、自分に反発心を抱く存在を生み出す可能性があるから、だろうね」
「――だから、“世界と物語の紡ぐ者”は、自分の目の届く範囲に……、ハルを置いている……?」
ビアンカの思案しながらの拙い問いに、ルシトは嘆声を吐き出す。
「あのハルが元々旅をしていてエレン王国に流れ着いたのも、エレン王国近くで何かに襲われて怪我を負ったからなんだ。そして、ニコラスの元に運び込まれて、そのままこの国に居ついた経緯を持つんだけれど――」
「全て、仕組まれたこと……、という可能性ね……」
ルシトの言おうとしていることを察し、ビアンカはぽつりと言葉を漏らした。
「恐らくは、ね……」
確定はできないが、大方そうであろう。そうルシトは思い至っていた。
だが、ルシトにさえ推し量れないのは、“世界と物語の紡ぐ者”が狡猾に行ったのであろう所業は、果たしてハルをエレン王国に居つかせて“収集物”の一つとして加えるためなのか――。それとも、“喰神の烙印”を宿すビアンカを誘き寄せる道具に使うためなのか、ということだった。
しかし、そのことをルシトはビアンカには明かさず、自らの胸の内に仕舞い込む。
それをルシトが今、告げたところで――、ビアンカの反感を“世界と物語の紡ぐ者”が買う結果になり、厄介事に発展することは目に見えていたからである。
そうした思いを心中に抱きつつ、ルシトは嘆息していた。
「まあ、その話はおいておこう――」
言いながらルシトは、腰掛けていたベッドから立ち上がった。すると、そのまま部屋の扉の方へと、赤い瞳を向ける。
「――そろそろハルの奴が戻ってくる頃だから。あいつの持っている異能力を、あんたの目に見せてあげるよ」
「え?」
意地悪な光を窺わせる笑みを微かに浮かべ、言うやいなや――。ルシトは視線を向けている扉へ向けて右手を掲げ上げた。そして、静かに意識を集中させると、魔法の言の葉を小さく紡ぎ始める。
「え? え? 何をしているの、ルシト?!」
唐突にルシトの取り始めた言動に、ビアンカは慌てた声を上げてしまう。
「<我、“風の申し子”が命じる。――風よ。刃となり、我が前に有りし存在を切り裂け>」
ルシトが得意とする風属性の魔法の中で、魔力を然程必要としない初級魔法を発動させるための呪文。それの詠唱を終えた途端だった。
部屋の扉がノックも無しに開かれ――、ルシトが放った風属性の魔法の矛先にハルが姿を現した。
「――ハルッ?!」
「うおっ?!」
ルシトを中心にして吹き荒れた風が、鋭い刃の渦となりハルを襲う。
その惨状にビアンカとハルが焦燥の声を発したのと、ほぼ同時であった。
バチンッ――!!
何かを弾くような音が部屋に響き渡り――、ハルを狙い澄まして放たれたルシトの魔法は、ハルの目の前で忽然と掻き消えたのだった。
シンッと静まり返った空気が、次には部屋に漂う。
ビアンカもハルも、突然の出来事に呆気に取られた表情を浮かべていた。
「――ほら。こういうこと」
事の成り行きを目にし、ルシトは悪びれた様子も無く、ビアンカを再び見据える。
ルシトに目を向けられたビアンカは、唖然とした面持ちのまま、何事も無かったことに安堵して肩の力を抜く。
「ルシトッ!! お前なあ……っ!!」
突として魔法の標的とされる結果になったハルは、憤慨の様相を見せ、ルシトに掴み掛からん勢いで詰め寄る。実際に掴みかからなかったのは――、その手に茶器の乗っているトレイを持っていたからで、それが無ければハルは間違い無くルシトの襟元を掴んでいたであろう。
しかし、ルシトは冷めた眼差しをハルに向けるだけで、反省などの色は一切窺わせていなかった。
「何か? 僕はこいつに、あんたの異能力の説明をしてやっていただけだけど?」
「だからって不意打ちは止めろっ!! 危うくカップを落としそうになったじゃねえかっ!!」
シレッとした態度で返すルシトに、ハルは憤慨の声を荒げる。さようなハルの状態にルシトは、煩わしいと言いたげな雰囲気を醸し出す。
「あんたが自分のことを説明していないのが悪いんだろう?」
ルシトは言うと、ハルに向けていた視線を外し、赤い瞳でビアンカの方を見据え彼女を示す。
ルシトが視線で指し示したビアンカは――、未だに呆気に取られた表情を見せていた。
「あ、あー……。そういや……、言いそびれていたな……」
ハルはルシトからの指摘を受け、ビアンカに自分自身が持つ異能力について説明をしていなかったことを思い出し、気まずげに言い淀む。
ビアンカをエレン王城の裏手に広がる森から連れ出す際に、ハルは『詳しい話は、後回しだ』と口にした。だが、そのことはビアンカをニコラスが営む病院に担ぎ込んだりと、様々な事態が続いていたため、ハルは完全に失念していたのだった。
「――だろうと思ったよ。こいつは気丈に見えて心配しいだからね。早めに教えてあげるべきだったんじゃない?」
「あ、ああ……」
ルシトからの諭しを受け、ハルは頭が冷えて来たのか、素直な返事を口にする。
そうして――、改めたようにビアンカに、赤茶色の瞳を向けた。
「まあ、そういうことだ。ルシトから説明――、っていうか、証明してもらう形になっちまったけど。俺は魔法や呪いの類が効かない体質持ちなんだ」
苦笑いを表情に浮かせ、ハルは言う。その言葉にビアンカは、黙したまま頷いていた。
「この体質のせいで、“魔法騎士団”の魔法練習での的役とか――。不名誉な任務を請け負うことも多いんだけれどさ。そのお陰でエレン王国のお偉いさんや騎士たちにツテがあったりしてな。何だかんだで役には立っている」
「そう、なんだ……」
魔法や呪いが効かない――、と。そのことが事実であると知ったビアンカは、心弛びの様を窺わせる。それは本気で安心をした情態を示唆し、ビアンカの気が抜けた様子をハルに察し付かせた。
「説明が遅くなって悪かった。――もう安心してくれて、大丈夫だからな」
済まなそうにして謝罪を口にするハルに、ビアンカは微かに笑みを見せ、ゆるりと首を振るうのだった。




