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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第一幕【優しい嘘】
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第二十四節 共に歩む

 ニコラスによる骨折箇所の固定という処置を終え、ビアンカがニコラス医院から出る頃――。

 日はすっかりと傾ききり、遠い夕日の射し込みが、エレン王国を照らす程度の薄暗い様相を(てい)している。


 そんな薄暗くなったエレン王国の旧住宅街の道を――、ビアンカはハルに背負われる形で連れ出されていた。


 会話の無い沈黙の中、ハルの足音だけが旧住宅街に響く。



 ビアンカの骨折した右足首の処置を行う前、ニコラスが宣言した通り――、ビアンカは怪我の癒える暫しの間、ハルの家に身を寄せることとなった。

 ニコラスから事情を聞いたハルは、“呪い持ち”という存在のことを理解しており、ビアンカが“呪い持ち”であることを了しながらも、快くそれを引き受けたのだった。


 さくら亭に置いたままになっているビアンカの荷物は、ニコラスの助手であるティアラとアンナの二人が、イヴに事情を話すと共にハルの家に持っていくことを約束してくれた。


 エレン王国に訪れてからというもの。気の良い人たちに恵まれ、ビアンカはありがたいと思う反面で――、どこか申し訳なさを感じてしまう。

 特に自身の世話を約束をしてくれたハルに対し、ビアンカは居たたまれない思いを抱く。



(大人の男の人の大きな背中――。だけれど、触れてみて分かる魂の気配は……、()()()のハルと同じ雰囲気だな……)


 ハルの背に身を(もた)れさせ、ビアンカは思い馳せる。


 ビアンカの脳裏を掠めるのは、かつて大怪我を負った自身を背負い、必死になって走って逃げた少年、ハルの背の温かさ。その時の温もりを――、ビアンカは、自身を背負って歩く青年、ハルに重ねていた。

 それを思い、ビアンカは微かに溜息を吐き漏らす。


「――どうした、ビアンカ? 足、痛むか?」


 ビアンカの溜息を聞きつけたハルが、僅かに首を捻りビアンカを傍目(はため)にして、心配げに問い掛ける。

 だが、ハルの問いに、ビアンカは小さくかぶりを振るった。


「ううん。違うわ。――昔も、私は怪我をして、ハルに背負ってもらったなって思い出していたの……」


 ビアンカは小さく言葉を零す。その声音は愁いを帯びており、ビアンカが泣いているのではないかとハルは思う。しかし、背負っているビアンカの表情を、ハルは窺い知ることはできなかった。

 そうして、ビアンカの発した言葉の意味を理解してやれないハルだったが――、ビアンカが()()()()()()()()()()囚われていることだけは察していた。


(多分、ビアンカは――。俺と同じ『ハル』という名前の誰かと、俺を重ねているんだろうな……)


 ハルは自身の中で、そのように解釈して思想する。


(ビアンカが“呪い持ち”だっていう話は、ニコラス先生の話を聞いて確信に変わったし。――ビアンカは、俺よりもずっと永く生き続けているんだろう。そう考えると……、同じ名前の親しい奴がいても当たり前だよな……)


 ハル自身でさえ、短い期間と(いえど)も“旅人(わたりどり)”として旅をした最中で、多くの人々に出会った。そう考えると――、“呪い持ち”という不老不死の特性を持つビアンカが、老いも死も知らずに“旅人(わたりどり)”として過ごす中で、同名の存在に出会っていてもおかしくはない。


(でも、何でか。寂しい気もするな……)


 自分自身を通して、ビアンカは他の誰かの存在を思い出している――。

 さようにハルは考えを巡らせながら、心の片隅で寂しさのような感情も抱いていたのだった。


 しかしながら――。ハルはそうした自身の感情を嘲笑(ちょうしょう)するように、微かに嘆声(たんせい)していた。

 すると、赤茶色の瞳に意を決した色を宿し、ハルは歩みを進めながら口を開いてビアンカに声を掛けようとする。


「――あのな、ビアンカ」


「うん? 何……?」


 不意に投げ掛けられたハルの声にビアンカは、ハルが察していた通り涙声で答えた。


「泣きたい時は、沢山泣けば良いと思うんだ」


 ハルは諭すように、小さく呟いた。そのハルの呟きを聞いたビアンカは、ピクリと肩を震わせて反応を示す。


「――そうすれば、涙と一緒にな。嫌なことも怖かったっていう思いも。全部流れていっちまうんだってさ……」


 静かに。そして泣いている様を窺わせるビアンカを宥めるように、ハルは優しい声音で言葉を綴る。

 過去の――、ハルには計り知れない()()に縛られているビアンカ。それを、ハルは「嫌なことや怖いことがあったのだろう」と憂いて考えていた。


「ハル……。その言葉って――」


 突然、自身を宥めるように発せられたハルの言葉を聞き、ビアンカは眉を(ひそ)めてしまう。


(――ハルの言葉。その言葉は……)


 ハルの口から出た言葉は、ビアンカにも聞き覚えのあるものだった――。


「――誰かからの受け売り。誰から聞いたのかは、覚えていないんだけどさ。昔っから、俺の心の中に残っていた名言なんだ」


 そう言うと、ハルは笑いを零していた。


(――ああ。やっぱり、この人は……)


 ハルが『名言』だと言ったその言葉は――。かつてビアンカの想い人であった少年。この青年と同じ名を持つ少年――、ハルへ、ビアンカが慰めの言葉として口にしたものだったのだ。

 それが意味することを悟ったビアンカは、翡翠色の瞳から大粒の涙を零していた。


「今は、泣いておけ。胸じゃなくて悪いけど――、背中、貸してやるから……」


「うん……」


 ビアンカが本格的に泣き出したことに勘付いたハルは、優しく言う。

 ハルの気遣いに素直に返事を漏らしたビアンカは、ハルの肩口に顔を押し当てる。そして、微かな嗚咽と共に、泣き出した。


(この人は――、本当にハルの生まれ変わりだ。だけれど、()()()()()()()()()()()なんだ……)


 “喰神(くいがみ)の烙印”によって突き付けられた、ハルという名の青年が、ビアンカの探し求めていた存在の生まれ変わりであるという真実は、僅かな疑念となっていた。

 しかしながら、ハルが口にした『名言』という名の諭しの言葉は――。ビアンカにとって信じられずにいた事実が、確信へと変わる切っ掛けになったのだった。


 共に歩むことのできない存在同士――。

 呪いを身に宿す故に不老不死となり、老いも死も知らないビアンカ。

 普通の人間として生を受け、いずれは老いという名の、抗いようのない“死”に向かうハル。


 相容れない立場となって再会を果たしてしまったことに、ビアンカは悲嘆せずにはいられなかった。


「――ねえ、ハル……」


「ん? 何だ?」


 ハルの肩口に顔を埋めたまま、ビアンカはポツリとハルの名を呼ぶ。その呼び掛けにハルは、前を向いたままで不思議げな声音で答えていた。


「これはね。信じてくれなくても良いことだし、信じられないかも知れないけれど――」


 涙声でビアンカは――、静かに言葉を紡いでいく。だが、その面差しは悲観の色を浮かしながらも、ハルにある真成を語る決心の色も宿していた。


「ハルはね。ずっと昔に、私とまた巡り合う約束をしてくれた、私の大好きだった男の子の生まれ変わりなの……」


「へ……?」


 ビアンカからの唐突な言明を聞き、ハルは足を思わず止めてしまう。


「それは、どういうことだ……?」


「そのままの意味よ。私は、あなたの前世――、あなたと同じ名前の、『ハル』という男の子と過ごしていた。だけれど、そのハルは……、私を助けるために死んでしまった……」


 ハルはビアンカの言葉に、眉を寄せた。


「でもね。ハルは私との別れ際に、『また、逢えるよ』って。生まれ変わって、再び巡り合うことを約束してくれたの。だから私は、ハルの生まれ変わりを探して――。ずっと旅を続けていた……」


「その生まれ変わりが……、俺だって言うのか……?」


 ハルは微かに首を傾け、背負っているビアンカを傍目(はため)に映す。ハルの赤茶色の瞳には、頷くビアンカの姿が見えた。


「生まれ変わって、やっぱり記憶は無くしてしまったみたいだけれど……。さっきのハルの『心の中に残っていた名言』だっていう言葉を聞いて――。私、あなたが()()()()()()()()()だって、確信したわ」


 ハルには、にわかに信じがたい話ではあった。生まれ変わり、再びこの世に生を受けた存在を探し求め、旅をするなどという行為を続けることが、正気の沙汰では無い。そうハルは思う。


 だけれども、ビアンカの語る話に嘘は無いと――。そのようにもハルは、彼女の話を聞き想察する。

 また、ハルも自身がビアンカに抱いていた感情の数々を思い返し――。自分が、ビアンカの言う同じ名を持つ少年の生まれ変わりであるという話に、直感的に何かを感じるものがあった。


 ハルは、さようなことを考え、ビアンカから外した視線を自身の足元に落とし、腑に落ちた様子を窺わせていた。


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