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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第一幕【優しい嘘】
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第二十一節 咎人

「“呪い持ち”のお前にとって――。俺たち魔族に聞きたいことが、あるのではないかと思ってな……」


 自身を見据え、ニコラスが発した言葉。それにビアンカは、声を詰まらせる。


「――そう、ね……」


 絞り出すような言葉を零したビアンカは、思案の様相を窺わせた。


 すると、ビアンカは脱衣籠に置かれた、自身の身に着けていた衣服に手を伸ばす。そうして、その衣服の中に隠していた短剣を鞘ごと、(おもむろ)に手に取った。


 ビアンカの手にした短剣は――、柄も鞘も年季の入った見た目をしており、古い物だということを示唆(しさ)させる。だが、汚れたり壊れたりといった様子は見受けられず、良く手入れをされている代物であった。

 そのことが、ビアンカが手にしている短剣を大切に扱い、永く共に過ごしている物なのだろうと、ニコラスに悟らせる。


 ビアンカは黙したまま、暫しの間、翡翠色の瞳を落とし短剣を見つめていた。そうして、不意に短剣を鞘から抜く。研ぎ澄まされ、鋭さを持った刃が光を反射させて煌めきを見せる。

 刃の煌めきを目にするビアンカは、物愁いの色を瞳に浮かべ――、目の前に佇むニコラスを見やった。


 短剣を手にするビアンカの感情は、ニコラスには読めなかった。

 それだけビアンカは――、翡翠色の瞳に愁いを湛えながらも、無感情な様態を醸し出す。


 故に、その様子をニコラスは、静かに見守っていた。


「“呪い”というものは――。酷く残酷なものだと、私は思う……」


 抜身になった短剣を右手に握り、ビアンカはポツリと呟く。


「“呪い”は――、あなたたち魔族が人間を呪った故に、出来上がったものなのでしょう……?」


 言いながらビアンカは、静かな動きで短剣の刃をニコラスに向けた。

 ビアンカの問いに、ニコラスは「そうだ……」と、小さく返答を零す。


 さようなニコラスの返しを聞いたビアンカは、短剣を握る右手から緩く力を抜いた。

 そして、その短剣を手の内で回し、逆手に握り直したかと思うと――。突如、自身の右太腿に短剣を突き刺したのだった。


 一瞬、ビアンカの表情が痛みに歪む。だが、すぐにまた物愁いを帯びた面持ちを浮かべ、突き刺した短剣を太腿から引き抜く。

 短剣を突き刺したビアンカの太腿からは、太い血管も傷つけたのか、大量の鮮血が溢れ出していた。しかし――、その傷口はジクジクとした(うごめ)きを見せて徐々に塞がり、溢れ出る血の量が減っていく。


「――大抵の傷はこうして、すぐに治る。私は、老いも死も知らない“()()()()()()”になってしまった。老いも死も知らないために、多くの出会った人たちを看取ることになった。――正直、成すべき目的が無ければ、気が狂っていると思う……」


 自分自身を傷つけるためだけに使われた短剣を再び鞘に納め、嘆息(たんそく)混じりにビアンカは、心のしこりとなっている思いの丈を吐露する。


「こんな残酷なものを“呪い”として人間に遺した魔族は――、何を考えていたの?」


「それが――、お前の知りたいことか……?」


 ビアンカの言動に、ニコラスは呆れた表情を見せ、ビアンカの問いに問い返しをする。そうしたニコラスの返しに、ビアンカは無言で頷いた。


 ビアンカは予期せぬ形で“喰神(くいがみ)の烙印”と呼ばれる呪いを、かつて懇意にしていた少年――、ハルから継承することとなった。

 それはあまりにも唐突で、ハルという名の少年との突然の死別になったことによって――。ビアンカは呪いに対する知識も何も無い状態で、呪いの宿主となり不老不死の存在と成り果て、生き続けることを余儀なくされて今に至る。


 それ故に――、「ハルの生まれ変わりとの再会の約束を果たす」という目的がある旅の最中で、魔族が人間に遺した“呪い”というものの真相も共に求めていた。


 旅の合間に、古い文献が多く残されているニルヘール神聖国の大蔵書館や、他の国が建てた図書館などにも足を運び、“呪い”の正体を調べたものの――。ビアンカの欲した情報は、見つけることができなかったのである。

 ビアンカの読んだ文献に記されているのは、『魔族が人間を恨んだ末に、人間を呪うという形で遺したもの』――、という文言のみ。


 何故、魔族が人間を恨むことになったのか。そして、その恨みを“呪い”という残酷な形で残すに至ったのかという真なる理由は、どの本にも残されていなかったのだった。

 あたかも、その真実は隠されているかのようだ――、と。ビアンカは多くを調べながら、気付いていた。


「――世界創生の時代の話を、お前は知っているか?」


御伽噺(おとぎばなし)の……?」


 静かな声音でニコラスが発した言葉に、ビアンカは小首を傾げる。その面持ちは、「何で御伽噺(おとぎばなし)のことが出てくるの?」と、不思議そうなものだった。


「今は伽噺(とぎ)の一つとして、人間に都合の良いように解釈されて伝わっているが。太陽暦の始まりの頃――、世界創生の(いしずえ)になったとされる“聖魔戦争”という、人間と魔族による大きな戦争が起こった」


 不思議げにするビアンカを傍目(はため)に、ニコラスは語る。


「俺は――、その頃は生まれていなかったので、詳しいことは人伝(ひとづて)でしか知らないが……」


 そこまで言うと、ニコラスは言葉を切る。そして、憂鬱げな溜息を一つ、吐き出した。


「その戦争で魔族は負け、人間が勝利を収めた。そうして、その争いの後に起こったのは――。人間たちによる、魔族の生き残りに対しての制裁だった」


「制裁……?」


 ニコラスの語る内容に、ビアンカは眉を(ひそ)める。


 御伽噺(おとぎばなし)としてビアンカの知る“聖魔戦争”という大戦は、『魔族との争いで人間が勝利を収め、世界に平和がもたらされた』と。さような終わり方をしているものだった。

 幼い頃から聞き及んでいた御伽噺(おとぎばなし)の内容なため、さして終わり方に疑問を抱かずにビアンカは物語を受け入れていたが――。その後に何が起こったかは、ビアンカの調べた限りで詳細は明らかにされていなかったと、察し付く。


「いったい、何が起こったの……?」


 ビアンカは――、ことの真相を早く明らかにしたいと思い、ニコラスに話の続きを促した。

 そのビアンカの促しに、ニコラスは赤紫色の瞳を細める仕草を見せる。


「人間による、“魔族狩り”と呼ばれる所業だ」


 ニコラスの呟いた一言に、ビアンカは唖然とした表情を浮かべた。

 だがニコラスは、自身の言葉に驚くビアンカを意に介さず、話を続けていく。


「戦争で負け、疲弊しきり、その数を減らした魔族は――。もう二度と同胞(はらから)たちを失うまいとして、人里を離れ隠れて暮らす者が多かった。しかし、人間は……、そんな無抵抗な魔族たちをも狩り出し、殺めていった……」


「――そんなことが、あったの……?」


 それが事実であるとするのならば、()()()()()()()()()()()に、過去の人間と魔族の間に起こった(いさか)いの真実が綴られているはずも無いと。ビアンカは納得してしまう。

 ビアンカが納得した様を見せたのを認めながら、ニコラスは尚も言葉を紡ぐ。


「殆どの魔族が、それも己たちが過去に犯した“(とが)”として、どうにもしようのない“運命”として。甘んじて人間からの制裁を受けたという。一部の魔族を除いては――」


「それが、もしかして――」


 “呪い”というものの正体なのか――、と。ビアンカはニコラスの言いたいことを察し、呟きを漏らす。そのビアンカの呟きに、ニコラスは頷いていた。


「魔族は生まれついて、強い魔力を有する者が多い。その魔族の一部が――、人間を心の底から憎み、恨み。そうして、死の間際に自身を殺めた人間に遺したのが、“呪い”という至極厄介なものだった」


 ニコラスは、ビアンカの左手の甲。そこに刻まれている“喰神(くいがみ)の烙印”の赤黒い痣を、視線で示す。


「“呪い”というものは、魔族の呪念から生まれたものであり。――かつて、人間たちが行った虐殺行為に対する“(とが)の証”だ」


 ニコラスの話を聞き、ビアンカは――、押し黙ってしまった。


 ――人間の行為に対する“(とが)の証”が“呪い”なの……?


 それは、ビアンカにとって、思いもかけていなかった事実だった。


(――でも、御伽噺(おとぎばなし)にされるほどの古い時代の出来事に、振り回されている私たちはいったい……、何なのだろう……)


 太陽暦の始まりの頃に起こった戦争の結果として、“呪い”というものが生まれるに至った。

 そう考えると――、その時代から数千年もの年月が経った今も尚、“呪い持ち”という存在として、過去の出来事に振り回される自分たちは何なのだろうかと。ビアンカは思う。


(魔族を殺めた人間が“咎人(とがびと)”なのか。いつまでも人間を呪う魔族が“咎人(とがびと)”なのか。――良く、分からないわ……)


 さようなことを心中で考え、ビアンカは重苦しい溜息を漏らしていた。


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