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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第四幕【古の一族】
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第百三十五節 不本意な再会②

 一つ二つ――、剣戟の音が辺りに鳴り響く。否、()()()()()()音だ。何故ならば、打ち合っている得物が剣と剣の金属同士ではないからである。


 一方は斬首刑で用いられたという、切っ先の無い形状が特徴の無骨な片手剣。

 片や骨組みは金属なのであろうが、細身でいて繊細な刺繍で縁取られる黒い日傘――。


 鍔迫り合いをするには何とも不整合(チグハグ)で、優劣の差が明確な代物同士だった。


 あまつさえ対峙するのは、男と女。しかも男が剣を手にして、女が日傘を握る。

 このような状況下、事の顛末なぞ火を見るよりも明らかだろう。


 しかしながら――、幾度となく打ち込みを受けようと、日傘を武器として構えるクロエは動かなかった。左足を地に縫い付けたように軸にして、空いた右足を踏み変えるだけ。それによって伴う上半身の捻りと腕の払いの動きのみ。

 無駄のない機微な動きではあったが、たったそれだけで相手は攻めあぐねいていた。


 クロエの笑みを貼り付けた表情、飄々(ひょうひょう)とした身のこなしに翻弄され、苛立ちを増した斬撃が振るわれるが一切とクロエの身に届くことは無い。


「くく、どうした。何故(なにゆえ)に懐に潜り込もうとせんのかのう?」


 愉快げに目元を細め、口元を歪めて喉をも鳴らしてクロエが問えば、揺れる蘇比色の髪から見え隠れする銀の双眸が鋭さを増す。整った眉さえ吊り上がり、不愉快を大いに彩った。


「そりゃあ、なあ。懐を狙った瞬間に殺気立つもんだから、おっかなくて入ろうにも入れねえんだよっ!!」


 次には大声(たいせい)での罵倒が飛ぶ。と思えばクロエは尚も薄い唇に弧を描き、かつ容易く剣の一撃を去なしていく。


「ほうほう。相も変わらず()()の顔色伺いかえ。長らく離れておった割に、代り映えの無い仕方のないヤツよのう」


「えっ?! クロエってシャドウのお母様なのっ?!」


 耳に届いた談話にビアンカが吃驚から口を挟めば、間髪入れずに「馬鹿言っているんじゃない」と口以上に語る銀の視線と翡翠の瞳が交わった。


「んなワケねえだろっ!! こんなのが母親とか、死んでもゴメンだ――って、うおっ?!」


「ほほほ、油断大敵よな。おんしはいつもそうじゃ。肝心な時に余所へ気を反らし、負け戦を自ら取りおる」


 処刑人の剣を振るう銀の双眸の(ぬし)――、シャドウがビアンカに向かって否定を張り上げた途端、クロエの黒い日傘の先端がシャドウの左胸を狙い掠めた。咄嗟に身を捻り(かわ)しはしたものの、正に紙一重。ほんの僅かな遅れで間違えなく刺突を受けていただろう。

 だが、胸を撫でおろす思いを受けたのも束の間、立て続けに日傘の先端はシャドウの身を抉らんばかりに突き立てられていく。


「待て待て待てっ!! なんでここに“喰神(くいがみ)”の小娘がいるっ?!」


 焦燥に声を荒立てながら瞬刻に蘇比色の髪が翻り、クロエの射程外へ飛び退いた。

 自身の攻撃範囲からシャドウが外れると、クロエは追い立てることもせずに立ち位置を変えることすらしない。深紅の瞳をすいと細め、冷淡な眼差しと日傘の先端だけがシャドウに向いている。


「ならば逆に問おう。――何故(なにゆえ)、おんしがここにおる?」


「おいっ! 質問に質問で返すなっ! そもそもテメエのことだ。俺が何でここに居るのかなんて分かっているんだろうっ!!」


 問いへの問い返しを受け、更に吠える声が大きくなる。そうした返弁に、立ちどころに深紅の瞳は瞬き、不思議そうに小首が傾いだ。


「はて、なんのことかのう? わらわは謝儀(しゃぎ)として一宿一飯を受けようと立ち寄っただけじゃが?」


 完全に意想外だったのだろうクロエの答えに、シャドウの眉間に怪訝げな皺が寄った。――そう思ったのも僅かな間。すぐに険しく面持ちを変え、処刑人の剣を振るうために身構えた。


「それを馬鹿正直に信じろっていうのか。悪ふざけも大概にしろよ」


「『けんもほろろ』とは、正に今の状況を示した(ことわざ)かのう。嘘は吐いておらんのじゃがな」


 まさか森の中で難儀していたエブリンを送り届けた先にシャドウが――(もとい)、シャドウという仮初(かりそめ)の名を与えられていたイツキがいるとは思ってもみなかった。

 それは紛れもない事実であり、先ほどの答えは心底から思ったものである。そうした心情を顔にも声音にも表したが、イツキには取り付く島もない。


 さような状態にクロエは大げさに肩を竦めた。


「テメエの頭の中(かんがえ)だけは昔っから()()ことができねえからな。――“喰神(くいがみ)”の小娘もお得意の口先八丁で丸め込んで、遊び道具にするために連れ出しちまったんだろ」


 いきり立ったままイツキが所感を出していけば、クロエの口から「随分な言われようよな」とぼやきが漏れる。

 ついビアンカまで普段のクロエの言動を詰問したくなったが――。そこは堪え、現状を如何(いか)に止めるか思案し始めた。


 隙あらば斬りかかろうと構えるイツキに、察知しづらいほど微細な殺気を帯びるクロエ。あまりにも剣呑な雰囲気に、どの時期(タイミング)で割り込むかが図りづらい。

 しかもビアンカはエブリンに肩を貸している状態だ。すぐに動くのも困難だった。


 ビアンカが遅疑逡巡と打開策に思い馳せていた時――。


「イツキ兄さん、いい加減にしてっ! クロエさんの言っていることは本当よっ! ビアンカちゃんとクロエさんはあたしを町へ送ってくれただけなんだからっ!!」


 思い掛けない大声(たいせい)(かたわ)らで――しかも耳元で上がり、吃驚から身が竦んだ。

 大きく声を張った(ぬし)を見やれば、怒気を含んだ不機嫌な(はしばみ)色の瞳が映る。


「……は? マジで言ってんの、それ?」


 僅かに耳鳴りを覚えた耳に次に聞こえたのは、唖然の色を宿したイツキの声。剣難を彩っていた銀の双眸は鋭さを削ぎ、エブリンを目にして瞬いていた。


「マジで言っているの。イツキ兄さんの前じゃ、嘘ついたって仕方ないでしょ」


「いや、まあ。そりゃあ、そうだけどよ」


 困惑を窺わせる銀の瞳はエブリンを見やっていたと思えば、ゆるりと流れてビアンカとクロエを映す。視線の旨意(しい)を汲んだビアンカは、エブリンが事実を告げていると示すよう首肯(しゅこう)した。


「えっと、本当のことよ。私たち、エブリンさんを森で見かけて、ここの町まで送り届けに来ただけなんだけど」


「わらわが嘘を吐かぬのは、おんしが一番よく知っておると思うがのう」


 ビアンカもクロエも一切の嘘を口にしていない。グローブ大森林で足を痛めて難儀していたエブリンを町へ送り届けに来ただけ、という言い分は真実だ。


 それを再度イツキへ申し立てれば、銀の双眸はビアンカとエブリンを再び見据える。

――恐らくはヒトの心を視る“邪眼”で考えを読んでいるのだろう。さようにビアンカが推したのも片時で、イツキはふっと浅く息を吐いて肩の力を抜いた。と思えば手にしていた処刑人の剣を納め、体裁悪そうに髪を搔き乱し始めた。


「あー……、ったく。早とちりして悪かったな……」


 ぼそりと溢される謝罪。その反応に事情を汲んでもらえたと察し、場の緊張が緩んだ。エブリンに至っては安堵から深い溜息を吐き出している。


「分かってもらえて良かったわ。イツキ兄さん、早とちりにもほどがあるわよ」


「仕方ねえだろ。不意打ちでも喰らわせねえとヤベエ気配だって思ったんだからよ」


「もしかして……、何処の誰が来たのか分からない状態で襲い掛かってきたの?」


 イツキの口振りから(かん)がえるに、彼は町に何者かが近づいて来たのは感知した。だけれども、その正体がクロエだと察していたわけではない。――自らの都合が悪い展開を回避するため、相手を確認する前に斬りかかってきたのだ。そして剣を振るって、初めて相手がクロエだと気付いたのだろう。

 思い至った疑をビアンカが問えば、イツキは増々不体裁さを表情に帯びる。


「警戒心ばっかり先走って確認不足だった。――まあ、厄介者が来たのには変わりないんだが……」


 ちらりとイツキの視線がクロエに向けば、日傘を納めていたクロエは口端を歪めて一笑に鼻を鳴らす。


 先ほどの険悪な会話内容と今の取り交わしから想起するに、クロエとイツキは顔見知り――、かつクロエの探し人とはイツキのことではなかろうか。更に二人が並々ならぬ関係だと邪推できた。


「ねえねえ。イツキ兄さんとビアンカちゃんとクロエさんって、知り合いだったの?」


 不意とエブリンから好奇心に満ちた声音で問われ、ビアンカははたとした様を見せて頷く。


「ええ、まあ。私は一年くらい前にシャドウ――、えっと。イツキさんと知り合ったのよね」


 まさかオヴェリア群島連邦共和国での出来事を詳しく説明するわけにもいかず、とりあえずといった態で答えれば、エブリンは感嘆の声を溢した。


「そっか。イツキ兄さんが旅先で逢った人だったのね。クロエさんもそうなの?」


「わらわとこやつは古い顔馴染みじゃて。ほんに久方ぶりの再会じゃったがのう」


「ああ、物凄く不本意な再会だ。――俺の悠々自適な生活が終わりの始まりを告げたってな。ああ、本当にツイてねえ」


「イツキ兄さんってば大げさだし、お客さんに失礼よ。それより、いい加減に家に帰りたいんだけど……」


 何やら不穏さを感じるイツキの慨嘆(がいたん)であったが、戯言(ざれごと)としてエブリンに一蹴りされた。だけれども、そんな言葉の応酬もイツキとエブリンの間では日常茶飯事なのだろう。イツキは気を悪くした様子も見せず、口角を吊り上げる笑みを浮かせている。


「“喰神(くいがみ)”の小娘も手間をかけた。ありがとな。そいつは俺が家まで連れていくから、お前らは町の西端にある隊商宿で待っていてくれ」


「え、ええ。分かったわ」


 よもや礼を言われるとは思わなかった――。ビアンカが呆気に取られていると、イツキはビアンカに支えられていたエブリンを抱え上げ、町へと足を運んで行くのだった。


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