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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第百二十一節 孤影悄然④

「俺が『イツキ』の名で呼ばれた()()()()――。力を持った厄介な“魔族狩り”連中に追われていた」


 差別主義組織の本部を強襲し、組織の中枢を担う人間を殺めた。混乱を極めた場で幾人かの組織の人間を取り逃がしたが、イツキは執拗に生き残りたちの居場所を突き止めて制裁を加えていった。


 そして、奇しくも取り逃がした人間の中に、ハヤトがいたのだ。

 ハヤトは故郷であるオヴェリア群島連邦共和国へ逃げ帰り、揺るがない立場を目指しながら虎視眈々(こしたんたん)と組織の再建を図り、期しくも大統領の地位を手に入れた。そして、密かに組織襲撃事件の復讐として、イツキの首に多額の懸賞金をかけるに至る。


「ハヤトの野郎は都合の良い理由をでっち上げ、俺を忌敵(いみがたき)と見た。――まあ、(やっこ)さんはまた襲われるのを一番恐れた、ってのもあるみたいだが。あの野郎が再度支援者(パトロン)に名乗りを上げ、金に物を言わせやがったんだ。お陰でこっちは気を抜くと、いつ“魔族狩り”に殺されてもおかしくない状況にされた」


 真実の一つ――、本音として。ハヤトは再びイツキの襲来に遭うことを恐れていた。


 ハヤトの(めい)の下で“魔族狩猟家(ハンター)”たちは、イツキにかけられた懸賞金を目当てに執念深く狡猾に策を練っていく。

 イツキの行先を嗅ぎつけ、襲撃を掛ける手段も多岐にわたった。時に餌となる偽の情報を撒き、イツキを誘い出す姑息な遣り口を取ることもあった。


 悪質な手口には卑劣な方法を。イツキも意趣返しを仕掛け、騙し騙され――、命の駆け引きが続いていく。


「そんな中で――、“魔族狩り”連中は子供を人質に取りやがった。俺が人間の子供と懇意にしていたことがあると、入れ知恵をされたんだろう」


 イツキの足取りを先見した“魔族狩猟家(ハンター)”たちは、あろうことか攫ってきた人間の子供を取引の材料――、人質として彼の前に立ちはだかった。


「子供の首元に剣を押し付けて俺を脅してきやがってなあ。――人間が人間の子供を餌に使って、魔族を恐喝するんだぜ。どっちが悪者なんだって正直思ったわ。人間ってのは性悪が多くて恐れ入るってな」


「ユキさんはエレン王国に来た時、大怪我をしていたそうじゃない。あなた、もしかして……」


 ユキがエレン王国城下の城門前で発見された際、彼は大怪我を負っていたという。その後遺症としてユキは全ての記憶を失い、エレン王国に辿り着く前に何があったかを一切覚えていなかった――。それは、ルシアから伝えられた話だ。

 シャドウの語る内容とユキの身に起こった出来事を(かん)がえるに、綴られていく事柄から、ふとビアンカは顛末を悟った。


 だが、ビアンカの惻隠(そくいん)を孕んだ問いに、シャドウは顔向けをせず自嘲の一笑を漏らす。


「……まあ、その(あた)りは想像に任せる。その子を助けられなくて、申し訳ないことをしたとは思っている――」


 嘲笑を含んだ声音が徐々に含む所を表し、ふと止まる。銀の双眸が地を向き、思慮による僅かな沈黙があったかと思えば、深い吐息の音が口をつく。


 人質に取られた子供は、濃茶の髪をした幼い少女だった。それがイツキの中で、幼い頃のアムリタと重なってしまった。

 痛む心と慨嘆の想い。複雑な胸中で混乱を来した身では、上手く立ち回ることもままならなかった。子供を救い出そうと尽力したが望む結果には至れず――。辛酸の最中に気が付くと、啼泣(ていきゅう)していたはずの少女の声が途切れていた。


 朦朧とする意識を何とか覚醒させ、目にしたのは深紅に染まる地に倒れる少女の姿。耳に入ってくるのは、下卑た嘲笑いの声。


 事の顛末に呆然とし、憤激した。だが、深手を負ったこともあり、どうすることもできなかった。

 追撃と口惜しさを振り切り、せめて何処かに身を隠さなければと思った。無我夢中で、どうやってエレン王国近くまで逃げ延びたのかは記憶に無い。

 思うに、怪我の状態から“魔族狩猟家(ハンター)”たちは、イツキが行き倒れて死ぬはずだ判断した。職務怠慢にも取り逃しは隠され、ハヤトへは仕留めたとして嘘の報告をしたのだろう。後会を果たした際のハヤトの狼狽(ろうばい)振りから見るに、生きてはいないものとされていた。


 だけれども、それを語るのには決まりの悪さを覚えた。だので、口に出すことを止め、シャドウはかぶりを振るう。


「色々と面倒事があって気付いた。甘っちょろい綺麗事ばかりを言っていたんじゃ、俺は俺の目的を果たせねえ」


「……だから、その感情を切り離したってワケか」


 イツキにとっての優しさ――、“良心”ともいえる情。アムリタたちの(あだ)討ちを成すため、障害となりうるそれを排除して無慈悲な行いに手を染めた。


「その後のことは嘘も混じっているだろうが、大雑把に聞いているんだろ。俺様が話せるのは、こんなところだ」


 エレン王国に流れ着いたイツキは城下街の城門前で倒れていたところを、自警団員に発見された。

 病院に運び込まれて治療を受けた後に、イツキは意識を取り戻す。そこで行われたのは、“邪眼”の有する魔力を操り、自らの内に抱える邪魔な感情の排除であった。こうしてイツキは、シャドウとユキという各々に名を与えられる別人となったのだ。


 追って起こったのは、ルシアから伝え聞いた“魔族狩り”集団が斬殺される事件。そして、“世界と物語を紡ぐ者(ストーリーテラー)”が直接的に討って出る事態だった。


「エレン王国で事件を起こして、“世界と物語を紡ぐ者(ストーリーテラー)”に追い立てられた。そこからあなたは、ずっと仇討ちのために独りで動いていたのね……」


「あのなあ。俺様は同情とかされたくねえんだ。そんな顔すんな」


 決して同情や賛同を得たいわけではない。カルラに促されての、やむなしな事情説明となった。

 だがしかし――。ビアンカが心憂いを表しており、シャドウは思わず鼻で笑う。


 ふと気付けばヒロも口元に手を押し当て、逡巡と一顧を窺わせる。何を考えているのかと思うものの、“邪眼”で心中を視る気も起きずに放っておくと、真剣さを帯びる紺碧色の瞳がシャドウを見やった。


「……もう群島には、差別主義組織に(くみ)していた者はいないんだな?」


 不意と問われた内容に、シャドウは訝しげに首を傾ぐ。だが、ヒロは()つくように「どうなんだ?」と疑を投げ掛け、シャドウは肩を竦める。


「さーて、ね。まだまだ調査不足な部分もあるが、残っているヤツらにオヴェリア群島出身者はいなかったと思うぜ」


「それなら――、早々に群島から去れ」


「はあ?」


 全く以て想像をしていなかったヒロの提議に、シャドウは呆気に取られた。ビアンカまでもが意外そうな顔付きをしたことから、その持ち掛けが意想外だったのは明らかだ。


「ヒロ。それじゃあ……」


「この判断が褒められるものじゃないのは、分かっている。取り逃がせば、また同じことを繰り返すだろう――」


 驚きに瞬く翡翠色の瞳へ視線を移し、ヒロは眉間に深く皺を刻んだ。仕方なさや納得のいかなさを端正な顔立ちが言い表し、心中複雑な様をビアンカに察せさせる。


「だけど、さ。もし……、僕が同じ状況に立たされたら、きっと形振り構わずにシャドウみたいになっていたと思うんだ」


 ヒロにも懇意にしていた幼い少女がいた。もう百余年は前の出会いで、ヒロの中では温かな懐かしい思い出の一つとなっている。そのことが図らずも、イツキとアムリタの関係に被った。

 “呪い持ち”という人ならざるものになったが、自分は幸運にも環境に恵まれ、今まで人間に関わることで苦労を感じたことが無い。だけれども、それは本当に運が良かっただけだろう。


 今回のハヤトが絡む一件で、自分も大切な存在を守ろうとして“真の正しさ”よりも“自己”を優先しようとした。それはハヤトに剣を振るおうとした事実が、何よりも雄弁に物語った。

 自身の中にある独善的な“正義”を自覚し――、もしも自分がシャドウと同様の立場に追いやられれば、押しなべて“偽りの正しさ”から復仇(ふっきゅう)の道を辿ったはずだと思いなす。


「そう考えると――、同情するなって言われても同情するし。シャドウの行いは許されるものじゃないけれど、僕的には悪いことだって言い切れなくて理解ができるんだ……」


 理屈などではなく、心持ちとして解せると言い切れた。そうヒロが口述していけばシャドウは何とも微妙な表情を窺わせ、今まで清聴していたモルテは嘆息(たんそく)を漏らした。


「――ならば、若造はこいつを見逃すというのだな。ここまでコケにされておいて、酔狂なことだ」


 祖国へ魔物を操って混乱を来し、大統領と保安委員長を殺めた罪。それらを不問として見逃すというヒロの採択に、モルテは呆れから今一度の溜息をついた。


「まあ……、他に今できる選択が無いし、仕方ない。だけど――」


 そこまで口にして、ヒロは言葉を区切る。次に紺碧色の瞳を鋭くしたと思えば、シャドウを敵対心で以て見据えた。


「次に群島で無法を働くならば、容赦はしない。僕は“オヴェリアの英雄”――、この国の守護者だ。故郷で暮らす人々のために、お前が“呪いの烙印”にならない方法を模索して、全力で排除させてもらう」


 力強い声音での宣戦布告とも取れる口上に、シャドウは口角を吊り上げた。


「ああ、そうかよ。――あとになって、逃がさなけりゃあ良かったって後悔しても、俺は知らねえからな」


 過去のことを語り、幾許(いくばく)かの溜飲(りゅういん)が下がる心地を覚えた。今まで心の奥底に押し込めていた想いを吐き出すのも、悪くはなかった。

 さようなことを考えながら――。シャドウは(こうべ)を落として顔を伏せ、愉快げに肩を揺らして笑っていた。


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