第十一節 巡り逢い
カランカランッ――。
さくら亭の扉に取り付けられたベルが、来客を知らせる音を軽やかに鳴らす。
ベルの音を鳴らし、店内に足を踏み入れてきたのは二人組の青年だった。
「お、今日はビアンカちゃん。いるね」
店内に入って早々にビアンカの姿を見止め――、ロランは開口一番に声を掛けた。
ロランの声掛けにビアンカは反応を示し、振り向く。声の主がロランだと気付くと、ビアンカは笑みを浮かべてロランを迎える。
「いらっしゃいませ、ロランさん」
笑みを見せ歩み寄ってくるビアンカに、ロランはヘラリと人当たりの良い笑顔を浮かべてしまう。
「ロランさん。今日も日替わりで良いのかしら……?」
ビアンカがさくら亭の手伝いをするようになってから、ビアンカとロランは、ほぼ毎日顔を合わせていた。
足繁く昼食の時間になると訪れるロランの注文内容は――、大抵が日替わり定食なために、ビアンカは一応といった形で、それで良いかロランに尋ねる。
ニコニコと愛嬌を振り撒くロランは――、彼の指定席となっているカウンター席の椅子に腰を下ろし、ビアンカに日替わり定食の内容を問うた。
ビアンカは慣れた手付きで水の入ったグラスとおしぼりを、ロランと彼の連れ――、ハルの前に置きながら、今日の日替わり定食の説明をする。
「んー。そうしたら、今日は連れもいるから。その日替わり二つね」
「はーい。イヴさん、ロランさんのところに日替わりを二つ。お願いしまーすっ!」
ロランからの注文を受け、ビアンカがカウンター奥の厨房に声を掛ける。すると、奥の方から「はーい。ちょっと待っていてね」――と、イヴの返事が戻ってきた。
「お料理が来るまでの間、少し待っていてね」
イヴからの返答を聞き、ビアンカはロランの方へと向き直り、微笑む。
さくら亭の店内は――、昼時の繁忙が過ぎた時間なため、ちょうどロランとハルしか客が居ない状態であった。
そんな中でイヴが厨房の方へ入っているということは、昼の後片付け若しくは夜の食事の仕込みをしているのだろうと、ロランは思い至る。
ビアンカと話をするのならば、今がチャンスであろう――。そうロランは思い、隣の席に腰掛けるハルに声を掛けようとした時だった。
「そういえば――。ロランさんの名字ね。私、聞き覚えがあるなって思っていたんだけれど、思い出したわ」
ハルに声を掛けようとしたロランに――、不意にビアンカの方から話し掛けてきたのである。
そのビアンカの声掛けと話の内容に、ロランはヘラッと愛想良く笑う。
「ああ、気付いちゃった?」
「うん。“コーデリア商会”――。かなり有名な武器商のお家よね?」
何気ないビアンカの問いであったが、その問いにロランは失笑の様を窺わせる。
「そうそう。俺こと、ロラン・コーデリアさんは――。彼の悪名高い“戦争屋”の家系の生まれなんだなあ……」
ロランは、まるで卑下るような口調で、大げさな手振りの仕草を取りつつ口にした。
ロランの言葉にビアンカは困惑したのか、眉を顰める。
「“戦争屋”って。――ごめんなさい。私、そんなつもりで言ったわけじゃないのよ……」
萎縮し、声を小さくして言い淀んでしまうビアンカに、ロランは悪気が無いことを意図する微笑みを見せていた。
「はは、ごめんな。俺も悪気があって言ったわけじゃないからさ。そんな困った顔しないでよ。――ビアンカちゃんは可愛い顔しているんだから、笑顔が一番だよ」
そう軽口を言うと、ロランはニコニコと笑う。――かと思うと、全く気にしていない雰囲気を漂わせ、再び口を開いた。
「でもさ。武器商って言ったら、戦争でも起きないと儲からないからな。俺は、親父の手掛けている仕事に、あまり賛同はできなくてね」
自身の生家である武器商――、“コーデリア商会”の生業を快く思っていないロランは、さして意欲感を感じさせない物言いで、それを語る。その話しぶりは、「快くは思っていないが、関心も無い」ということをビアンカに感じさせ、彼女に一顧させた。
「確かに、戦争は大変だし悲しいものね。でも……、戦争が起こることで傭兵を生業としている人たちや、ロランさんのお家は生計を立てられる――」
ビアンカは、自身が旅の合間に目にしてきた戦争や動乱を思い返し――、静かな声音で、その間に自身が感じたことを口にし始める。
「戦争を起こす国もね。理由無く戦争をすることは無くて、各々の守るべき信念のために戦っている――って。そう私は思うな」
ビアンカの発した言葉に、ロランは呆気に取られた面持ちを浮かべてしまった。まさか年端もいかない少女が、戦争の如何について語るとは思ってもみなかった様を、ロランの表情は物語っていた。
「……結構、現実主義派なんだね。ビアンカちゃんって」
伝統的現実主義――、とまではいかないものの、ビアンカの思想は戦争自体を“悪”という考えをしないものであり、“致し方ないもの”として捉えていると、ロランは感じ取る。
「あ、でも――。私も戦争自体は嫌いよ。そこは誤解しないでほしいな」
ロランの思考に勘付いたのか、ビアンカは眉をハの字に下げ、苦笑混じりに言う。さようなビアンカの言葉に、ロランも苦笑を浮かべ頷いて返事をした。
「――おい、ロラン……」
唖然とした思考に苛まれていたロランであったが、隣の席に腰掛けるハルに肘で脇腹を突かれ、肩を震わせて我に返る。
「あ、ああ。悪い悪い。今日のメインはお前だったよなっ!」
今まで放っておかれ、会話の蚊帳の外に出されていたハルは――、赤茶色の瞳に不満の色を宿し、ロランを睨みつけていた。
そんなハルにロランは慌てて向き直り、気を取り直しカラカラと笑いを零す。
「ビアンカちゃん。こいつがな、君に会いたがっていてさあ」
「ちょっ――!! ロランッ、その言い方は――っ!!」
ロランは悪戯げに笑みを見せると、漸くハルのことを話題に投げ出した。
唐突に――、見覚えのある青年のことを話題に出され、ビアンカは一瞬目を丸くするが、すぐに微笑みを浮かべる。
「あの時のお兄さんよね。気付いていたわ」
ハルの姿を、ロランと共にさくら亭に訪れた時から気付いていたビアンカは、改めたようにハルに向け、少女らしい笑顔を見せていた。
ビアンカの笑顔に――、ハルはどこか懐かしいと思う不思議な感情が、胸の内に灯る観念を覚える。
(初めて会って、名前を聞いた時にも不思議な感じがしたけれど――。この感覚は……、いったい何なんだろうな……)
初めて出会ったはずなのに、初めてでは無い感覚――。
自身がビアンカに対して感じる不可思議な感情。それにハルは、疑問を感じていた。
「あの時は、助けに来てくれて本当にありがとう。なかなか会えなかったから――、お礼が遅くなっちゃって、ごめんなさい」
ビアンカは言うと、軽く会釈をして礼の言葉を述べる。
そのビアンカの言葉に、ハルは頬を掻く仕草を取り、軽く笑う。
「――いや。あの時にお礼も言ってもらったし。構わないよ……」
「ん? 何だ? お二人さんは、どういう成り行きで知り合ったの?」
ビアンカとハルの出会った現場を知らないロランが、二人のやり取りに首を傾げる。すると――、ハルはロランの耳元で静かに耳打ちをする。
「“豊穣祈願大祭”の祭りの時にな。この子がゴロツキに絡まれていたのを見掛けて、仲裁に入ったんだよ……」
「ほほう。正義の味方――、ってワケですか。お前、格好いいことするねえ」
ハルの言葉に、ロランは感心したように言いつつ、ニヤニヤと笑う。
「いや……。ほぼ、俺の出番は無かったんだよ。――この子、ゴロツキどもを一人で全員伸しちまって。かなりの手練れで滅茶苦茶強いぞ……」
「え? マジ?」
「マジ」
コソコソと話をするハルとロランは、不意に示し合わせたかのように二人同時に、ビアンカへと視線を向ける。
不意に二人から視線を向けられたビアンカは、不思議そうにして小首を傾げてしまうのだった。