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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第百十八節 孤影悄然①

 金と銀の双眸が物言いたげに真っ直ぐに見つめてくる。それが何とも言えない居た堪れなさを植え付け、シャドウは無視を決め込んで銀色の瞳を泳がせた。


 眼界ではヒロが武器の回収を終えた後に痛みと疲れから座り込み、(かたわ)らに腰を下ろすビアンカを気にしていた。ヒロの触れているビアンカの額には、ハヤトによって地面に叩き付けられた時に負った擦り傷と痣があった。

 再び視線を彷徨わせて目の前で睨みつけてくる幼い少女――、カルラを見やれば、頬には殴られたことで痛々しい痣ができている。


 自分は右腕を斬り落とされ、両膝裏の腱まで切られて動くこともままならない。


 全員が満身創痍じゃないかと思うものの、自身を見下(みくだ)すように腕を組んで佇立するモルテだけが無傷だ。なんなんだこいつは――、などと心中で悪態を吐露した。


 これだけの大騒ぎを正門前で起こしたにも関わらず、城に詰めている兵が一人も訪れなかったことに疑問もあった。だが、そうした訝しさは、カルラの金色と銀色の瞳を目にして払拭された。


 シャドウすら気づかぬ内に展開されていた、魔力で紡がれた“不可侵の結界”――。

 人々の目から場の出来事を認識できなくして、それ以前に目撃した事柄さえ記憶から抹消する。

 膨大な魔力を持たなければ成し得ないことをカルラが行っていたのを察し、シャドウの口から嘆息(たんそく)が漏れ出した。



 つい先刻、ヒロがシャドウにとどめを刺そうとしたところで、ビアンカが止めに入った。ヒロは唐突に制されて苛立ちと焦りを露わにしたが、ビアンカの口から溢れ出した言葉を聞き、驚愕の様相を呈していた。


 ――「シャドウは人間に強い恨みを持っているから、死んだら“呪いの烙印”になってしまうわっ!!」


 その訴えによって、ヒロはシャドウに向けていた短剣を力無く下げた。悔しげに歯噛みした様子から、自分が見知った者たち――、ハヤトや保安委員長の仇を討てぬ無念があるのだろうと、シャドウは推し量った。


 確かに、他種族を貶めた汚い人間に対して強い憤りを抱いていては、“邪眼”の魔力を“呪い”として振るう可能性はあっただろう。

 “呪いの烙印”に身を(やつ)そうなどと考えたことが無かったので、どのようになるかは未知数だったが――。


 それを口述していけば、ビアンカは「呪いになるには、自らの意思は無いの?」と驚いていた。だがしかし。それは――、シャドウにも分からない。


 決して『良い一生だった』などと言えない最期に諦観(ていかん)したとしても、自身の心の奥底には無念さが蔓延(はびこ)っている。

 大抵の遺恨を抱いた魔族は最期の(とき)に恨みの感情を爆発させ――、“呪い”を撒き散らす。だけれども、心奥(しんおう)に遺恨を押し込めていた魔族が期せずに“呪いの烙印”になった事例も存在するかも知れない。

 仮定として思うに、もしかしたら自分もオヴェリア群島連邦共和国にとっての予期せぬ事柄――、“毋望之禍(むぼうのわざわい)”として、図らずも呪い(ちから)(ふる)いかねなかった。


 そこまでするつもりが無かったにせよ――、実際はどうなっていたか。

 人の持つ思念(おもい)の強さというものは、時に思い掛けない事態を引き起こす。それをシャドウは嫌というほど了している。



「おい、チビガキ。いつまで他人様(ひとさま)を睨んでいる気だ?」


 いつまでも自身から外されぬ金と銀の双眸に我慢の限界が訪れ、恫喝の言葉を投げる。

 ところが、低い声音で凄まれても、カルラは怯んだ様子を見せない。それどころか眼差しを更に厳しいものへと変え、不服を小さな身体全体に表した。


「――チビガキじゃないです。カルラです」


 思いも掛けない反論に、シャドウの眉がピクリと跳ねる。だが、次には鼻を鳴らし、抗弁を一笑に付した。


「俺様は見せもんじゃねえし、ガキはお呼びでないんだ。あっち行ってろ」


「カルラです。カルラ・シエルジェ」


 カルラが覇気のある声音で名乗ると――、シャドウは口を噤んだ。暫し「ガキ」という二の句を告げるか悩んだようだったが、それを口にするよりも先に溜息が漏れ出してしまう。


「……なんか用か、カルラさんよ?」


 邪険にしても退かずの押し問答になりそうだ。シャドウが観念から眉間に皺を寄せれば、カルラは名を呼ばれたことで漸く目元を緩めて満足げに頷いた。


「はい、なんか用です」


「なんだ?」


「まずは傷を治しましょう」


「は?」


 それこそ慮外な申し出だった。(たちま)ちシャドウは増々眉間の皺を深くし、傍で様子を窺っていたヒロとビアンカまでもが意外そうな表情を浮かす。

 しかし、さようなことを気にも留めず、カルラは言葉を綴った。


「お兄さんに今ここで“呪い”になられては誰を呪うかも分からないし、始終を見届けたという理由で私が担当の“調停者(コンチリアトーレ)”に選抜されてしまい困ります。――正直言うと、“邪眼”の魔族が遺した呪いの監視と管理なんて、見習いの私には荷が重すぎます」


 幼さにそぐわない饒舌な弁に、シャドウは呆気に取られていた。「可愛げのないガキだ」などと心中で誣言(ふげん)を吐くが――、カルラは猶々(なおなお)と話を続けていく。


「“神眼(しんがん)持ち”の私の“光属性”魔法なら、斬られた腕も後遺症無く繋ぎ治せます。自分のこととヒロお兄ちゃんとビアンカお姉ちゃんの治療をしないといけないので――。お兄さんのは死んで“呪い”となってしまわないように、()()()です」


「ついでかよ」


 カルラの多弁でいて辛辣な口述に、シャドウの頬が引き攣った。呆れ混じりのシャドウの呟きにカルラは(しか)りに頷き、一切の悪気が無いことを悟らせる。

 そうした様相にシャドウは仕方なさげに再び溜息を吐き、次には舌打ちをついた。


「――ったく。“喰神(くいがみ)”の小娘。俺の腕を寄こせ」


 不意に声を掛けられたことで、呆気に取られながら場を見守っていたビアンカの肩が跳ねた。

 翡翠色の瞳がしばたたき、一瞬なにを言われたのか咀嚼する様を見せたかと思えば、怪訝な面持ちをしているヒロに軽く声を掛けて立ち上がった。


「……痛みとか、ないのかしら?」


 ヒロを止めに入る際に放り出したのだろう。ビアンカはシャドウの斬り落とされた右腕を拾い上げ、抱えて歩み寄ってくる。それを手渡す際についビアンカが思ったことを口に出すと、シャドウは目端を吊り上げて自らの片腕を引っ手繰っていた。


(いて)えに決まってんだろ。()()()()()()()()みてえに大騒ぎしねえだけだっての」


「は? それって僕のことを言っているのかなあ?! 痛かったら『痛い』って言って何が悪いっ!」


「おー? 自分のことだって自覚はあるんだな、“海神(わたつみ)”よお。蹴られた犬みてえにギャンギャン吠えて唸って、面白かったぜえ?」


「ふざけるなっ! 中身が出るってくらい痛いのを我慢するハメになったんだっ!! 同じ目に遭わせてやろうか……っ!!」


 シャドウが口汚く罵りを吐き出せば、ヒロは鼻上に皺を寄せて声を荒げた。銀と紺碧の双眸が睨み合い、剣呑さが空気に伝わる。急激な雰囲気の変化にビアンカは頬を引き攣らせ、モルテは呆れを表すように眉間を寄せた。

 不穏な様相を呈するヒロもシャドウも人目を(はばか)らず、互いが自由に動ける状態ならば殴り合いをしていたのではないかというほど、言葉の悪い舌戦を繰り広げていく。


 それらを金と銀の双眸が煩わしそうに睨んでいることに――、二人は気付いていなかった。


「……魔法に集中できないので、静かにしてもらって良いですか?」


 幼い少女の口をついたとは思えない、地を這うような低い声がぼそりと漏れる。不満と(いささ)かの怒りを宿した指摘を受け、大声(たいせい)での舌戦をしていたヒロとシャドウはぐっと押し黙った。


 漸く辺りが静かになったことを認めたカルラは、改めて意識を集中させる。静かな声音で綴られていく“光属性”魔法の言の葉に応じて、カルラの周りを聖なる粒子を帯びた魔力が渦を巻いていく。


「神族の使う“光属性”魔法ってのは、気持ち悪いんだよな。まったく――」


 これから身に受けるであろう、神族の操る“光属性”魔法の治癒の恩恵。その神聖な魔法は魔族や魔法耐性の高い“呪い持ち”の傷をも癒すが――、神族と相反する彼らに言い表せぬほどの不快感をもたらす。

 そうした不愉快さを領得している故に、シャドウはついと不服を零すのだった。



   ◇◇◇



「……流石にハヤトが生き返ったりは、しないか」


 本意無さを含有させ、ヒロはぽつりと呟いた。


 ヒロは俯せになっていたハヤトの身体を仰臥(ぎょうが)させ、見開いたままになっていた濃茶の瞳をそっと伏せさせる。

 ハヤトが完全に事切れているのを確認すると深い息を吐き出し、右手を拳に握って自らの左胸に押し当てる仕草を取った。


「ハヤト大統領閣下は、私たちのような()()()()()()()()敵意(ヘイト)を抱いていました。なので、“光属性”魔法の恩恵は届きません。――それと、私は“神眼(しんがん)”が片方だけなので、力不足でした」


 以前にアユーシから聞いた話によれば、“神眼(しんがん)”は『奇跡を起こす力』だとされている。神族の血を色濃く引く“神眼(しんがん)持ち”であれば、死者をも蘇らせるほどの力を操れる――、と。その話から、ヒロは微かな期待を抱いた。だが、ハヤトが息を吹き返すことは無かった。

 カルラの言うように理由が彼女の力不足故なのか、ハヤトが他種族に対して良い感情を抱いていなかった故なのかは定かではない。


 望み通りの結果にならず気落ちするヒロを目にして、カルラまで落ち込みを見せていた。そうした様子から、カルラはカルラなりにできる限りのことを成したのだろう。


「いいんだよ。……カルラは頑張ってくれたよ。ありがとう」


 眉を下げた取り繕った笑みを浮かせ、ヒロは優しい声音でカルラを(ねぎら)った。


 ハヤトの胸中を知ってしまった今となっては例え彼が生き返ったとしても、自分はどうするつもりなのだろう。

 どういうつもりだったのかと問いただすか、今まで他種族を貶めていたことを咎めるか。何も知らずにいた頃のように、『友』として接することは、きっとできない。

 それならば、このままハヤトの死を(いた)み、死者の逝きつく地――、“ニライ・カナイ”を無事にくぐれるように祈ろうと思った。


「――さて。それでお前たちはこの“邪眼持ち”の魔族を、どうするつもりだ?」


 ヒロたちのやり取りを傍観していたモルテが静かに切り出した。それによって、未だに座り込み、ふてぶてしいとも取れる態度で胡坐(あぐら)をかいているシャドウへと一同の目が向く。


 シャドウは既に戦意を失っていた。負けを認めて諦観(ていかん)し、逃げようとすることも無く大人しくしている。

 だが、話頭に上がったことでシャドウは口端を(いと)わしげに歪めた。


「ふひひ。“呪いの烙印”になっちまうから殺すのもダメってんじゃ、確かにどうするんだ? このまま見逃してくれるか? それとも――、アレか。いけ好かねえ“傲慢(ギルシア)の一族”に引き渡すか?」


 シャドウを取り逃がすことをすれば、恐らくは再び差別主義を掲げていた者たちを狙うつもりだろう。しかし、それを裁くためと害することもできない。

 それらを了している口振りでシャドウが揶揄(からか)いを言すると、ヒロが険しい顔付きを浮かべた。咄嗟にビアンカが制するようにヒロの身に手を添える。


「……お兄さんは、ヒロお兄ちゃんとビアンカお姉ちゃんに、全てを語るべきだと思います」


「はあ? なにをだ?」


 唐突に口切り出されたカルラの言葉に、シャドウは思い当たるものが出て来なかったのだろう。怪訝さを声音と表情に露わにして、カルラを睨んだ。

 だが、カルラはシャドウの威圧を気に留めることなく、真摯な面差しで金と銀の双眸をシャドウに向けて口を開く。


「お兄さんの本当の名前のこと、なんでこんなことをしたのか。そして――、アムリタさんのことを」


 カルラの口から出た名を聞き、シャドウは驚愕の表情を浮かしていた。


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