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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第百十三節 バケモノと呼ばれて

「カルラちゃん、大丈夫?」


 首都ユズリハの城へと続く、入り組んだ道の上り坂。そこで佇み、海原に憂慮や好奇心の目を向ける住人たちの合間を縫うように、ビアンカは道すがらでカルラの様子を気遣い足早に進む。


「ん、大丈夫。ヒロお兄ちゃん、見えなくなっちゃったから。急ごう」


「ええ、そうね。それにしても、本当にヒロは走るのが早いんだから……」


 全ては片時の出来事だった。


 カルラが金と銀の双眸で視たハヤトの心情を語った途端に、ヒロは荒い剣幕で何故(なにゆえ)に早く伝えなかったのかとカルラを責め立てた。だが――、その後にカルラが尻込みをしながら呟いた言葉で、事態が一刻の猶予もないことを一同は察した。


 ――『気が付かれると、逃げられちゃうから。私と同じ銀の目をした人が、近くにいた』


 シャドウは策略を張り巡らせ、虎視眈々とハヤトを襲撃する機を狙っていたのだ。そのためには、“呪い持ち”であるヒロとビアンカ、“調停者(コンチリアトーレ)”のルシアが邪魔だった。それ故に海原の魔物をけしかけ、ヒロたちを遠ざけようという算段だったのだろう。


 シャドウの気配に勘付いたカルラは、敢えてシャドウの行動を放任し、ヒロと対峙させる機会を作った。

 そのことでハヤトの身を危険に晒すことは領得していたが――。カルラは幼いながらも“調停者(コンチリアトーレ)”という観点から、シャドウを補足する最も良い状況を作り出していた。

 冷静沈着で、冷酷だとさえ思える判断だった。だけれども、犠牲を最小限に留めるための方法だったとは思う。


 カルラの話が終わるとヒロはすぐさまルシアを連れ、埠頭で待機していた連邦艦隊の元へ向かった。そこでヒロは連邦艦隊の総指揮者となる者を指名し、自身が船には乗らないことを告げた。そして、その代わりに守護者としてルシアを連れて行くよう、指示を出している。

 その後にヒロは連邦艦隊の出撃を見届けることなく、城へ向かって駆け出していったのだ。兎にも角にも、ヒロは足が速い。ビアンカが呼び止めるのも聞かず、あっという間に場を後にしてしまった。


 さような有様を目にして、ルシアは「リーダーらしいです」と笑っていた。ヒロの行動は、ルシアの予想の範疇だったようだ。


 ルシアはと言えば先にヒロへ提案したように、連邦艦隊の守護とリュウセイたちの救援を任されるに至り、連邦艦隊の本船に乗り込んでいった。

 その際に流石に子供であるカルラを、気性の荒い軍人が多く乗り合わせる連邦艦隊に乗せるわけにはいかないという話になり――。ルシアは“調停者(コンチリアトーレ)”見習いとして、カルラにヒロとビアンカたちの間で起こる出来事を嘱目(しょくもく)するようにと言い含めた。


 そして、ビアンカはカルラを連れ、急ぎヒロを追うために城へと続く傾斜道を上っている。


 ヒロは既に城へと辿り着いてしまった頃だろうか。シャドウがハヤトを狙っているならば、ヒロとシャドウの衝突は避けられないはずだ。


 またヒロが無茶な戦い方をして、自らの身を犠牲にしていなければ良いのだが。頭に血を上らせた勢いで、シャドウを手に掛けてしまわなければ良いのだがと思慮する。


 シャドウは“邪眼”の魔力から生まれた存在だと(いえど)も、人間に対して強い恨みを抱いた魔族なのには変わりない。もしも、増悪の感情を抱いたままでシャドウが死を迎えれば――。

 その後に起こるであろう不測の事態に、ヒロは気が付いているのだろうか。


(シャドウが呪念を持ったままで死ねば。――きっと、彼は魔力を“呪い”として人間に振るう。それだけは、止めないと……)


 呪いとして身を(やつ)す魔族も、呪いをその身に受ける人間も。誰も幸せになどならず、永遠ともいえる時を苦しむこととなる。これ以上、この世界に悲しい想いをする者を生み出してはいけない。


 焦燥と憂き目で胸の内を痛め、ビアンカは足を進める。


 城へ徐々に近づくにつれ、左手の甲――、“喰神(くいがみ)の烙印”が疼痛で以て何かを訴えかけていた。

 今までに感じたことも無い感情の気配。百余年に渡って嫌というほどに感じてきた、嘲笑いとも蔑みとも違う――。これは、同情や哀れみなのだろうか。このような胸懐(きょうかい)を感知するのは初めてだ。


 “喰神の烙印(モルテ)”は、宿主がハルだった頃にシャドウやユキの大本となった魔族に出会っているという。もしかするとカルラの話から、彼らに何があったのかを推したのかも知れない。


 本当であれば、何を知っているのかと詰問したかった。しかしながら、今はさようなことをする時間すら惜しい。


 漸く城への傾斜道を上りきる。朱塗りされた正門の屋根が見えてきた。

 大事(おおごと)になっていなければいい。そう思ったのも一寸の時だった――。


 ビアンカの耳に聞こえてきたのは、剣戟の音と言い合いの声。一つは聞き馴染んだ音が凄みを帯びたもの、もう一つも嘲りの色を含んだ聞き覚えのある男のものだ。

 そうした音色に、懸念していた事態が起こっているのをビアンカは認識した。


 傾斜を上りきり、見えてきた門前の広場。そこで互いに剣を振るって対峙するのは、ヒロとシャドウだった。

 二人とも険しい顔付きで殺気立ち、退く気が無い様子をビアンカに察知させる。


 シャドウの振るう幅広な処刑人の剣をヒロはカトラスで打ち払い、軌道を逸らす。だが、ヒロは切り返すことをせず、立て続けに薙がれてくるシャドウの斬撃をカトラスとソードブレイカーで防ぎ、躱していく。


(嘘でしょ。ヒロが押されているの……?)


 ヒロの強さはビアンカも了している。“呪い持ち”故の特性を活かし、どのような不利な状況に陥ろうとも斬り込み、相手を威圧して打ち負かしていくのがヒロの戦い方といっても過言では無い。そんな彼が防御一方な状況が信じられなかった。

 徐々にシャドウの勢いに押され、ヒロは後退をしてくのだが――。はたとビアンカは、シャドウの後方で背を丸めて(うずくま)るハヤトの存在に気が付いた。


 ハヤトは怪我を負っているようだったが、未だ生きている。ヒロが駆けつけたことで、シャドウが止めを刺しそびれたのだろう。

 そして、ヒロが何故(なにゆえ)にシャドウの攻撃を躱し、後ろに下がっていくのかを悟った。恐らくヒロは、シャドウの攻撃範囲内からハヤトを離して反撃に移行しようとしているのだ。


 ならば、ここはヒロが戦いやすい状況を作ってやるのが、自分のできることなのではないか。そう考え、ビアンカはヒロへ一瞥を送ると、足早にハヤトの元へ向かっていた。


 ビアンカの後ろにカルラが続いていくのを、紺碧色の瞳が映す。それらを見届けたヒロはシャドウの剣をカトラスで力強く払い除け、地を踏み鳴らしてシャドウへ斬り掛かった。


 突如として反攻に回ったヒロの動きに、シャドウは驚いた様相を見せる。しかし、瞬刻で口角を吊り上げた不敵な笑みを浮かすと、カトラスを握るヒロの右腕を自身の左手で押し退ける形で容易に避けた。――かと思えば、隙ができたヒロの右脇に刃を滑らせるべく右手首を返す。

 シャドウの動向を察していたヒロは右足に力を籠め、(きびす)を返して身を翻すことで退避し、ソードブレイカーで処刑人の剣の刃を捉える。


 無骨な刃を有する処刑人の剣は、例えソードブレイカーと(いえど)も曲げることすら適わない。ギリギリと金属同士の擦り合う不快な音が耳に届き、躱した瞬間に処刑人の剣が脇腹を掠めたことで微かな痛みをヒロは感じる。だけれども、自身の痛みなど二の次だ。

 今の立ち回りでハヤトを自分の背面に回すことができた。このまま反撃に移り、シャドウを後ろに押し切っていけば――、きっとビアンカたちがハヤトを避難させてくれるだろう。


「――ははあ、そういう企みだったワケか。なんとも英雄様らしい、自己犠牲的な精神だな」


 ヒロの考えを銀の双眸で読み取り、シャドウが嘲る口振りで言う。


「でもよお。この国の大統領閣下、ハヤト――、だっけか。あいつがどういうヤツか、テメエも気付いたんだろう? それでも、()()の味方をするってのか?」


「……ハヤトが例え差別主義を掲げていたとしても、群島を良くすることを考えていてくれたのは紛うこと無き事実。僕は守護者として、故郷に尽くしてくれた人間を見捨てることはしない」


 紺碧色の瞳に覇気と鋭さを宿し、ヒロは宣言をする。そうした返しをシャドウは一笑に付した。


「だけど。テメエの故郷からは、人間以外の種族が数を減らしているよな。――それは、何でだろうな?」


 シャドウは処刑人の剣を握る腕に力を籠めつつ、尚も疑問を投げる。押し負けまいとソードブレイカーとカトラスを重ねていたヒロだったが、さような問い掛けに顔付きを変えた。


 オヴェリア群島連邦共和国に存在した他種族たちは、確かに数を減らしていた。

 きっかけは数年前に、差別的な考えを掲げる政治主義を説く者たちが国に訪れたことだった。


 ――『人外のものたちは、人間を自分たちより劣った存在として見下している。そのような()()()()たちと身を寄せ合い暮らしていると、いつか群島は彼らに支配される』


 声高に主張された彼らの言に、賛同を示した人々がいたために人外の種族は居心地が悪くなり、オヴェリア群島連邦共和国を後にしてしまった。そんな風にヒロは考えていた。

 そうして事が起こったのは、ハヤトが大統領の座に就いてから――。


「――まさか……、ハヤト、が……?」


 ハヤトが国に棲む他種族の排除を企み、差別主義を説く者を呼び寄せたのか。(にわ)かに信じがたい事柄に行き当たり、ヒロは唖然と言葉を詰まらせる。


「テメエのこともヤツは『バケモノ』だと思っていやがるんだぜ。国のことを守護する“英雄”の名を冠した“不死のバケモノ”なんだとよ」


 ケタケタと耳障りの悪い笑いが上がる。実に愉快だと、実に哀れだと如実に言い表す声音で高笑うシャドウの口述に、ヒロは忌々しさから歯噛みして鼻上に皺を寄せた。


「おおっと、おっかねえ顔すんなって。――ってかよ。“喰神(くいがみ)”の小娘をハヤトの野郎に近づけて良いのか? あの小娘はあいつにとって、テメエを体よく動かすための小道具だぜ?」


「――――っ!!」


 猶々(なおなお)とシャドウが嘲罵(ちょうば)を投げれば、ヒロは瞬く間に目の色を変える。同時に両腕に力を入れ、処刑人の剣を弾く。シャドウは戯れに腕の力を緩め、敢えて剣身をヒロから離し、切り返しに流れてきたカトラスの軌道上から飛び退って距離を取る。


 咄嗟に背後を見やって紺碧色の瞳が映した光景は、ヒロを驚愕させていた。


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