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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第百十一節 予期せぬ事象②

 連邦艦隊の出撃と警戒の促しを告げる鐘の音が幾重にも鳴り響く。


 碧い海原には先駆けて出帆した最新鋭の高速帆船――、クリッパー船が数隻、航跡波を引いて進む。その後を重厚かつ物々しい装備を携えたガレオン船団が続いていく。

 朱色の地布に金色(こんじき)の水竜を象った国章旗が船尾に翻り、それは至極海の碧に映えていた。


 城下から続く傾斜を上りきったすぐに位置する朱塗りの門前で、ハヤトが濃茶の瞳を細め、連邦艦隊が出帆していく様子を展望する。

 幾多もの航跡波が引かれては掻き消えていくのを遠目から見守り、満足げに唇が歪む。


「あとは“オヴェリアの英雄”殿が何とかしてくれるだろうな。頼もしいことだ」


 ヒロから連邦艦隊を出撃させる申し渡しを受け、一も二も無く出撃命令を下した。

 オヴェリア群島連邦共和国にとって、切り札の()()ともいえるヒロ自らが連邦艦隊を率いて出撃したのであれば、何があってもシーサーペント討伐の成果を上げるだろう。


 ()()は連邦艦隊の船や所属する兵士たちに被害が出るであろうが、それも想定の範囲内として致し方ない。

 寧ろ今回に限っては、人間の魂を糧にする特性を有するという“喰神(くいがみ)の烙印”を身に宿す少女――、ビアンカが兵士たちの魂を喰らって得た魔力で、ヒロの補助をしてくれるだろうという見込みもある。


 “オヴェリアの英雄”の伴侶が“呪い持ち”であり、“(つがい)のバケモノ”となったことは予想外であったが――、“海神(わたつみ)の烙印”の力を遺憾なく発揮できるのは嬉しい誤算だ。


 強い力を宿す不死の存在(こわれないぶき)を保有していることで、例えシーサーペントのような驚異的な魔物が現れようとも、強国からの侵攻という脅威に晒されようとも負けることは無い。オヴェリア群島連邦共和国は今後も国として安泰だろう。

 さような地で大統領の地位に座した自身の今後も康寧(こうねい)だと思えば、口端が緩んでしまう。


「大統領閣下。“オヴェリアの英雄”殿は、大丈夫でしょうか」


 悦楽な思惑の波を泳いでいたハヤトの耳に、憂虞を示唆させる声が届く。濃茶の瞳を動かせば、護衛の者たちが心底からの心配を視線に抱き、遠く海原へ進んでいく船たちを見送っていた。


 護衛職に身を(やつ)す者たちは、揃いも揃って“英雄派”だ。ヒロを支持して敬愛し、大統領であるハヤトに対してよりも強く敬意の念を払っている節がある。――正直なところ、それがハヤトにとっては面白くない。

 しかしながら、それをおくびにも出さず、ハヤトは杞憂だと言いたげにして憂虞を口にした護衛の肩を叩いた。


「英雄殿は実力もあり、責任感も強い。彼ならば、必ずやり遂げてくれるだろう」


 覇気と威厳を兼ね添えた声音でヒロの不敗を述べれば、護衛は眉根を落としながらも僅かに頷く。ハヤトが自信を持って言うのであれば間違えは無いと、そう暗示させた。


 口に出した言葉は――、実際にヒロならばやり遂げるだろうと考えてのものだ。嘘はついていない。時折と心にも無いことを言う場合もあるが、それは一切顔色にも声音にも出さない。

 奥底にある本性は隠し、上に立つ者として相応しい態度で以て下々に接する。我ながら役者だと思い、内心でほくそ笑む。


「――ああ、そうだな。大した役者だよ、テメエは」


 自身の考えを語る(あざけ)りに、ハヤトは顔色を変えた。

 不意に聞こえた声にハヤトのみならず、護衛たちもが吃驚で声の(ぬし)を見やる。


 一同の眼界には、腰下の高さに積み上げられた石垣珊瑚。その上に腰を下ろす、蘇比色の髪の青年が一人。

 切っ先の無い無骨な剣を地に着き立て、柄頭に両(てのひら)と顎を乗せる。口角を上げた愉快げな笑みを表情に貼り付けているが――、ハヤトへと向く銀の双眸が心のこもっていない笑みだと物語っていた。


「よう、久しぶりだな。相変わらず、高みの見物がお好きなようで?」


「貴様は……っ?!」


 蘇比色の髪に銀の双眸を持つ青年――、シャドウが戯れの挨拶を口にすれば、ハヤトのかんばせが見る見るうちに卒爾(そつじ)を彩った。


「何年経とうとも、テメエは自分の手を直接汚すことはしないんだな。テメエみたいなヤツが、一番タチが悪いわ」


 再会を果たした旧友に掛ける言葉のように、シャドウは穏やかな口調で語る。見知った者に語り掛ける言に、護衛を担う男たちは警戒をしながらも「知り合いなのか」と言いたげな眼差しをハヤトへと投げ掛けた。

 シャドウに対して向けられる濃茶の瞳は焦燥と忌々しさと――、どこか畏怖の感情を彩っており、護衛たちに(しか)りを察せさせた。


「“邪眼”の魔族。“同胞(はらから)殺し”のイツキ。――生きて、いたのか」


 極度の緊張で乾いた咥内から絞り出される、低く掠れた声。

 ハヤトの喉から絞り出される疎ましいという感情が宿った音に、シャドウの口端が弧を描く。


「その名前で呼ばれるのも、久しぶりだな。――()()()()が金に物を言わせたお陰で何度も殺されかけて、本来の俺とは違うんだが。元気っていえば元気だぜ」


 潜在的敵意をハヤトから向けられるのに対し、反目でシャドウはくつくつと可笑しそうに笑いを漏らす。――かと思えばピタリと笑うことを止め、眼光炯々(がんこうけいけい)にハヤトを睨みつけた。


「まさかテメエがオヴェリア群島連邦共和国の大統領に収まっているとは思わなかった。()()()金を積んで手にした地位なのか? 前の集まりは俺が解散に追い込んじまったしなあ?」


 嘲笑う様を見せ、シャドウはふらりと腰を上げる。握った処刑人の剣をハヤトへと差し向けると、ハヤトの護衛たちが携えた剣を鞘から抜き放った。険しく眉間に皺を寄せたハヤト自身も、腰に携えていたカトラスを手に取り構える。

 護衛がハヤトの前へと立ち位置を変えて庇いながらシャドウを取り巻く体制を見せ始めるが、銀の双眸は怖気づきの色を一切窺わせてはいなかった。それどころか、シャドウは増々口端を愉快げに歪めていく。


「……流石にお前でも多勢に無勢ではないか? 引くならば今の内だぞ?」


 退く気を垣間見せないシャドウへと、ハヤトの牽制と忠告が放たれる。その勧告に初めて、シャドウが(いと)わしいとさえ思える笑みを崩した。


「ああ? テメエ、俺を舐めてんのか?」


 不愉快極まりないと言いたげな声色が口をつく。

 どうしてこいつは何時(いつ)も上から目線なのだろうか、と。苛立ちを見せたが、ふと何かに思い当たったのか、シャドウは鼻を鳴らして一笑を漏らす。


「――あー、そうか。テメエは自分の手を汚さないもんだから、俺様の実力ってのを知らないんだな。椅子にふんぞり返って他人に指図してばっかだと、見込みが甘くなるんだなあ」


 (おとし)めを吐き出しながら、笑いが喉を鳴らす。


「こりゃあ、この国の英雄様もご苦労なこったな。人間じゃないからってんで、道具としてこき使われて。似た者同士――、ちょっとばかり同情するわ」


 頭の片隅に過ったのは、“呪い持ち”という畏怖されるべき身でありながら“オヴェリアの英雄”と呼ばれて敬愛を受ける、自身と同じ、人でありヒトでは無い存在。

 思うに、“海神(わたつみ)の烙印”を身に宿す男も、目の前にいる人物に良いように使われているのだろう。古くから国守の要を務めていると風の噂で聞いてはいるが、『脳筋』と揶揄(やゆ)しているだけあり、自分の扱いに関して深くは考えていなさそうだが――。


「仕留めて構わん。かかれっ!」


 シャドウが嘲り笑いに浸っていることを好機と見たハヤトは、声高に護衛へと指示を飛ばす。それによって護衛の男たちが踏み込み、剣を振るい上げる。


 だが、しかし――。


「久しぶりの再会話に花を咲かせているんだ。雑魚が邪魔するんじゃねえ――っ!!」


 恫喝の一声と共に、シャドウが手にした処刑人の剣を勢いよく振るった。人を殺めることに躊躇(ためら)いの無い身を翻した一振りは、いとも簡単に護衛たちの握る剣を弾いて剣戟の音を響かせ、間髪入れない薙ぎ払いを見舞わせる。苦悶の声を上げる(いとま)も与えず、首を胴をと分断された亡骸が地に伏せった。


 シャドウは剣身と石垣珊瑚を赤く染め、血溜まりを踏み締めてハヤトへ距離を詰めるべく地面を蹴った。


 眼光鋭く残った護衛たちを斬りつけて駆け抜けてくるシャドウに、ハヤトはカトラスを強く握ると迎撃の刺突を繰り出していた。

 真っ直ぐに向かって来るとは、なんと浅はかな――。そう考えての刺突の踏み込みだった。


 シャドウの左胸にカトラスの先端が滑り込む。そう思った刹那――、剣が地面に叩きつけられる音が当たりに響き渡る。


「――ぐっ、なん、だ……っ」


 ハヤトの口から、苦悶が溢れ出した。剣を握っていた右腕に痺れを感じ、咄嗟に左手で押さえると――。そこにあるはずの右腕の前腕が半分無く、左手が血に塗れた。


 何が起きたかが、分からなかった。ハヤトは確かにカトラスを握る右腕を、刺突のために突き出したはずだった。

 狼狽する頭を叱咤して濃茶の瞳を泳がせ、地面を叩いた音の正体を確認する。


 ハヤトの目が映すのは、白い玉砂利が敷き詰められた一角を血に染め、カトラスを握ったままで転がる腕。それを認めた瞬間に頭から血の気が一気に失せ、焼けるような痛みを認識した。


「あ、ぐ……っ、なぜ……っ!」


 あるはずのものが無くなった衝撃と、強い痛み。心理的にも肉体的にも禍害(かがい)がもたらされ、ハヤトは膝を折った。


「どいつもこいつも剣筋が(おせ)えし、動きが丸わかりだ。――やっぱり、この国で一番厄介なのは、“海神(わたつみ)”の野郎だけか」


 ハヤトが額に冷や汗の玉を浮かべるのを傍目(はため)に、シャドウは残った護衛の始末を終え、辟易と呟く。剣身にこびり付いた血糊を払いの一振りで飛ばすと、静かな足取りでハヤトの背後に立つ。


 ひやりとした硬い物がハヤトの首筋に触れる。それがシャドウの握る処刑人の剣だと気付くのに、僅かな時間もかからなかった。


 この場に“オヴェリアの英雄”――、ヒロがいないことが悔やまれた。(くだん)の英雄が近くにいたのならば、身を張って自身を守り抜くはずだった。

 肝心な時に(かたわ)らにいない。なんとも使えない存在だとまで、ハヤトは焦燥の中で思う。


「命乞いをするワケでもなく、こんな時にまで蔑みか。とことんまで性根が腐っていやがるな」


 銀の双眸が()()ハヤトの思考にシャドウが舌打ちをつき、呆れを吐露する。


「まあ、いい。――人間以外の種族を蔑み、無下にした罰。ここで受けてもらおう」


「……(あだ)討ちのつもりか」


 苦しげにハヤトが漏らせば、シャドウは再び口端を持ち上げ、不敵な笑みを表情に帯びた。


「そんな大それたもんじゃねえけども、そう思いたけりゃ思うと良い。――何だっけか。この国じゃあ、咎人を裁く時に口上する()()()()があったよなあ?」


 佚楽(いつらく)に口元を歪め、シャドウは一考を窺わせる。暫しの間を置き、はたと何かを思い出したのか、「ああ」と小さく喉を鳴らした。


「“海神(わたつみ)”の呪いは別名で『罪と罰を司る』って言われていたな」


 テメエにピッタリじゃねえか――、と低い声で綴られる。そして、思い至った言葉がシャドウの口をついた。


「罪を悔いて、罰を受けるといい――。“海神(わたつみ)”に祈れ。(おの)が罪を認め、罰を受けることで、テメエは“ニライ・カナイ”をくぐることを赦される」


 戯れに彩られた祈りを締めると共に、シャドウは処刑人の剣を大きく振り上げた。


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