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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第百三節 オヴェリア群島連邦共和国

「は? なにそれ、初耳なんだけどっ?!」


 リュウセイ率いる海賊船団と合流し、護衛を受けた航行船が首都ユズリハの埠頭に着港する。

 ヒロは航行船を降りて早々に、リュウセイたちに労いの言葉を掛けに海賊船へ足を運んでいたが――。リュウセイとの対話の最中で、語られた内容に声を荒げてしまう。


「なんでそういう大切なこと、早く教えてくれないのさっ!」


「お前なあ……。話を最後まで聞く前に走り出しちまったクセに、よく言うっての……」


 ヒロが語気を荒げることに慣れているのか、リュウセイは辟易とした様を生壁色の瞳の目元に帯びて言う。

 当て擦りな返しにカザハナ港でリュウセイに出くわした際、その場から姿を消したビアンカを探そうと慌てたことを思い出す。それを言われてしまうと、弁解も出ない。さような雰囲気をヒロは見せ、口を(つぐ)んでしまった。


「まあ、言った通りだ。ヒロ坊が本国を離れることになって、俺たちが巡視の役回りを受け持った辺りから、海の魔物が妙に目に付くようになった感じだな」


「襲撃を受けたりとかは無かったんだ?」


 申し送りにヒロが問いを投げると、リュウセイは首肯(しゅこう)する。


 ヒロが大統領からの依頼を受け、オヴェリア群島連邦共和国の海域を離れることになった後――。リュウセイの海賊船団がヒロに代わって海の巡視をすることとなった。

 それから暫くの後に、リュウセイは海の異変に気付いた。海に棲む魔物たちの動きに活発さが見られたのだ。


 オヴェリア群島連邦共和国の海域で見られる魔物は、陸地で目にする魔物と同様に比較的温厚で人間を襲うことは少ない。

 海の魔物たちは人間が暮らす領域を侵さず、人目を避ける性質を持つ。スキュラのような縄張り意識が強い魔物の領分へ、人間が意図せず入り込んで襲われることはあったものの。それも極々稀な事案である。

 常時であれば海の巡視任務は、国の命に――、“オヴェリアの英雄”と呼ばれるヒロに従わず、悪行を重ねる海賊集団や不正行為を働く交易船を監視するためのもの。


 それが何故だかは解せないが、この一か月ばかりの間、魔物を船の海路から追い出す状況が増えたとリュウセイは口にした。


「なんだろうねえ。ヒトの行動を妨害しているって感じなのかな?」


「そうだな。船体を狙うわけでもなく、進路に群れで立ち塞がって邪魔をされている印象だった」


 そうした話を聞き、内心で矢張りかと思う。


 ――『邪魔をしてきそうなヒトの目を、魔物を使うことで(あざむ)いているんじゃないかしら』


 先にビアンカが考察したような事態が、リュウセイたちのような力ある者にも及んでいると。そうヒロは感じ、微かに喉を鳴らして一顧をする。


(ううん。ビアンカが言った通り、シャドウの(くわだ)てなのかな。でも――、群島で狙われそうな信仰職のヤツとかも思いつかないし……)


 ヒロとビアンカが知る限りでシャドウの手に掛かった人物は、神官長と神父という信仰職についている存在だ。しかしながら、たったそれだけの情報で推測し、次にシャドウが狙うだろう人物を特定するのは難しい。

 ルシアに予想の範囲でも構わないので、今までシャドウが殺めた者たちの共通点を聞こうとは思っていたのだが。結局、ルシアはモルテにべったりだったため、話を聞くことすらできなかった。


 できるならば、自身の故郷で面倒事を起こしてほしくない。

 ルシアにユキとアユーシへ連絡を取るための手伝いをしてほしいと依頼をしたが――。もしも、“世界と物語を紡ぐ者(ストーリーテラー)”から手を貸す許可が下りないのであれば、最悪でもシャドウをオヴェリア群島連邦共和国から追い出してしまいたい。


 そうは思うものの、シャドウが不測の事態を引き起こすようならば。“オヴェリアの英雄”という国守の立場から、シャドウはヒロにとって望まぬ稀人(まれびと)となり敵となり、全力で排除するべき対象だ。


 だが、シャドウの件に関しては、ユキ自身に決着を付けさせてやりたい。それ故に、今、オヴェリア群島連邦共和国で自身が首を突っ込み、手を下してしまうのも躊躇(ためら)われた。

 何も悪事を働かないのであれば、それで良い。事なかれ主義では無いものの、ユキに対しての義理立てもある。


 しかし、様子を窺って後手後手に回ってしまうのは、癪に障る。故郷の人々に、今以上の被害が及ぶのだけは避けたい。どのようにしていくのが得策なのか――。


 さようなことを思案しつつ、ヒロは重苦しい溜息をついていた。


「とりあえず、また何か気が付いたことがあったら教えてくれるかな。――僕の方は、まだ海に戻れないし。暫くの間、代わりを頼んだよ」


 これ以上、考えても答えには行き着かない。半ば思索を放棄するようにヒロが締めると、リュウセイは口角を吊り上げ頷いた。


「おう、任せておけ。まあ、ゆっくりと嫁さんと愛人、娘へ家族サービスをしてやれ」


 くつくつと悪戯げにリュウセイが言う。すると、立ちどころにヒロの紺碧色の瞳が冷え、目元の笑っていない笑みがリュウセイに向けられた。


「……気遣いをありがとうの意味を込めて、一発殴らせてもらって良いかな?」


「冗談だ、ジョーダンッ! あ、でも、首都の案内をするんだったら、()()()には連れて行ってやれよ。疲れを癒す効能もあるんだし、群島外の人間には珍しいし。ちょっとした観光には打ってつけだろっ!!」


「あ、そうだね。それくらいの時間だったら、取っても文句は言われないだろうし。後で誘ってみようっと」


 ヒロが(こぶし)を握ったことで、リュウセイが取り繕うように慌てて提案を口にする。そうした奨めを耳にすると、ヒロは何かを想起し、表情を一変させてへらりと笑うのだった。



   ◇◇◇



 首都ユズリハの埠頭から見える街並みはカザハナ港やアサギリ港とは、また雰囲気が違った。


 呆気に取られた翡翠色の瞳が見据えるのは、階段状に建物が並ぶ情景。人の往来が多い港から、繁華街だと思しき地域に向かう通り。その道幅は広いのだが、今まで目にした港町の何処よりも道が入り組んでいるのが見て取れる。

 埠頭付近は家々が所狭しに軒を連ねているものの、そのどれもが商売を営んでいる建物らしい。そして、階段のように上へ上へと並ぶ民家であろう建物は、家同士の間隔が広めに取られている。

 その建造物も一階建ての平屋が多く、背の高いものが無い。また外壁も古さを感じさせる色合いのものから、比較的最近に作られたのであろう色合いのものが入り乱れていた。


 目線を上げていくと、目に映るのは木造の一風変わった面構えな建物だった。他の建造物に比べると豪奢な井出達をしているが、やはり高さが無く、せいぜい二階建てほど。周りをぐるりと石垣珊瑚に囲まれる形で存在感を有して(そび)えており、それがオヴェリア群島連邦共和国の城に当たるものだろうことを推し量らせる。


 本当にオヴェリア群島連邦共和国で目にするものは、全てが一種独特だと思う。

 本島と呼ばれる中央大陸や東西の大陸では一切見ることの無い目新しさに、ビアンカの口端から感嘆の吐息が漏れ出す。


「首都ユズリハの街並み、凄いわね。建物が階段みたいに上に並んで建てられていて、カザハナ港やアサギリ港以上に道が入り組んでいるわ」


「首都の建物が階段状に建ち並んでいるのは、嵐で大波が起きた時に波から逃げるためなんだよ。中央島は周りが山に囲まれている形状をしているけれど、港のところだけぽっかりと山が途切れているでしょう。そうすると、山方面に打ち寄せた波が流れてきて、港に押し寄せる感じになっちゃうんだ」


「だから民家が上の方に建てられていて、埠頭の辺りには商店しかないのね」


「うん。船に関わらない人たちの避難が第一に考えられている。まあ、埠頭の辺りに店が多いのは、交易のためだったり船乗り連中が利用しやすい利点を考えられているのもあるし。商売人たちは最悪の場合、手練れた船乗りの船に乗り込んで一緒に海の方に逃げるんだ。船の扱いが上手い船乗りは、敢えて海に出て荒波を切り抜けるんだよ」


 多弁に綴られていくヒロの説弁に、ビアンカは感心気味に耳を傾けて首を縦に動かす。


「そうなのね。海に囲まれた島で生きていくために培った、古くからの知恵と工夫って感じかしら?」


 ビアンカの口から熟思の声が漏れると、ヒロは幾度か頷いて(しか)りを示した。


「建物の方も古いものと新しいものが入り混じっているみたいだけれど、何か理由があるの?」


 猶々(なおなお)とビアンカが問いを投げれば、ヒロは故郷に興味を持たれていることに嬉しそうにして笑う。


「これもやっぱり島の形が関係していてね。海風が街に入り込みやすいんだけど、潮風に晒されると建物や塀が痛むのが早い。んで、修復や補修、増築を繰り返すから新古ができて建物の色合いがまだら模様になっていくんだ」


「へえ。道が入り組んでいるのも、増築のせいなの?」


「そういうこと。――あとは、容易に城へ攻め込ませない意味も兼ねて、少し乱雑になっているんだけれど。群島は暫く戦争も起こっていないし。海賊連中や魔物が稀に悪さをする程度で、平和なもんだよ」


「そっか、群島は本当に平和な国なのね。古い風習や本島で見られない独特な街並みがしっかりと残っているのは、ヒロが頑張ったお陰ね」


 ビアンカが労いの意味を含めた言葉を掛けると、ヒロは紺碧色の瞳を瞬く。――かと思うと、頬を朱に染めて照れくさそうな笑顔を見せた。


 “群島諸国大戦”が終結した後、オヴェリア群島連邦共和国と名称を変えた旧群島諸国は、ヒロが率いた同盟軍に従う形で諸国が一致団結したこともあり、一つの国として治まるまでの締結は易々としたものだったという。

 国内での戦争が収束した後に、混乱に乗じて本島の国々の中に不穏な動きがあったのだが、それも杞憂に終わっていた。その後は――、オヴェリア群島連邦共和国を狙った(いさか)いが起こってはいたが、再び表舞台に立ったヒロが国守の役割を担うようになってから、他国からの悪手は伸びていない。


 歴史の浅い小国であったオヴェリア群島連邦共和国が、戦争の多い時世に滅びずに済んだのは、“オヴェリアの英雄”であるヒロの躍進が大きい。


 “呪い持ち”という畏怖される存在であるのにも関わらず隠れることをせず、故郷の人々を守るために呪いの力を武器として振るう。


 それをビアンカは英断だと考える。それをヒロの心の強さだと思う。

 果たして、自分に同じような決断ができるのか――。


 そんなことを心中で考えていると、ヒロの指先がビアンカの眉間を突いた。


「まーた難しいことを考えているでしょう? 眉間に皺が寄っているよ?」


「あ……、ごめんなさい」


 思わず謝罪を口にして愁いを帯びてしまった表情を崩すと、ヒロは満足そうに小さく笑いを零す。そして、穏和な眼差しをビアンカに向けると、彼女の頭を優しく撫でた。


「僕は僕、ビアンカはビアンカなんだからね。いくら僕が君にとっての“道標”だからって、僕の踏んだ(わだち)をついてこなくて良いんだよ」


 ヒロの言い放った諭しに、ビアンカはキョトンとした面持ちを浮かしてしまう。だが、次には頬を緩め、くすりと笑声を零していた。


「ヒロには何を考えていたか、分かっちゃうのね。あなたには敵わないなあ」


「ふふ、君のことだもの。そう考えているだろうなって、予想は付くよ」


 ヒロは本当に人のことを良く見ている。本人は軍主などという役回りをしていたからだと言うが、恐らくはヒロ自身の性格もあるのだろう。本当に世話好きで人当たりの良い人物だと、ビアンカは改めて感じる。


「難しく考えると、気が滅入っちゃうでしょ。船の移動もバタバタしちゃったし。すこーしだけ息抜きしない?」


「息抜き?」


「うん。群島は温泉が湧いているところが多いんだ。本島(おか)だと、温泉なんて滅多に見られないでしょう?」


「温泉……。聞いたことはあるけれど、実際に見たことは無いわ」


「でしょう? 首都の温泉は、お偉いさんたちだけが入れるように隔離した浴場を作っているところもあるから、僕がいれば貸し切って使えるし。ルシアとカルラが戻ってきたら、そこに行ってみんなで一緒に入ろう?」


 ヒロは再三のふやけた表情でへらりと笑う。その言にビアンカは翡翠色の瞳を疑問に瞬かせていた。


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