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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第九十九節 運命の出会い

「<風の魔法札よ。――今ここに込められた力を解き放ち、我が前の敵を(しの)ぐ刃となれ>」


 甲板上でカトラスの剣身に太陽の光を乗せてペリュトンを去なし、左手に魔法札を握って魔力解放の言の葉を紡ぐ。

 魔法札が淡い緑色の光を灯すと、数匹のペリュトンの周りに風の刃が吹き荒れる。突風の凶刃を受け、身を切り刻まれたペリュトンは均衡を崩して甲板上に墜落し――、ヒロは止めとばかりに魔物を海へと蹴り落とす。


 ヒロは砲撃手たちへの指示に区切りをつけ、航行船本来の船長へ指揮を任せて早々に甲板に下りてきた。

 ペリュトンたちを何とかするために駆け付けたものの、カトラスでの物理攻撃が意味を為さないために魔法札に頼らざるを得ない。しかし、天質の魔力を操る魔法使いと違い、手持ちの魔法札にも限りがある。魔法札の残りの枚数を思ってヒロの口端から溜息が漏れ出た。


「あと残っているのは“風属性”の魔法札が四枚と、“火属性”の魔法札が三枚か」


 上着のポケットに仕舞い込まれている魔法札の残数を確認し、ヒロは辟易と呟く。そして、また一つ息を吐き漏らす。


「“火属性”の魔法札って、扱うの苦手なんだよなあ。暴発させちゃったらシャレにならないし、後でビアンカに使ってもらおうかな……」


 魔法札の扱いにも得手不得手の属性というものが出てくる。それは先天的に魔力を有する者が持って生まれる属性から、扱える魔法の得手不得手が出るものと良く似ている。

 ヒロは自身が“海神(わたつみ)の烙印”を通して後天的に得た魔力が“水属性”であること、相反する“火属性”と相性が悪いことを了している。そして、魔法札を使用する際にも、同様に“火属性”魔法札の取扱いを苦手としていた。


 相性の悪い属性の魔法札を扱うのは気を遣う。最悪の場合は暴発という悪手を引き起こし、魔法札に込められた魔力そのものが暴走する危険性を持つ。


 最悪の事態を危惧し――、ヒロは再び“風属性”の魔法札を取り出して身構える。


 そのヒロの(かたわ)らで杖を両手持ちに握るカルラは、幼い姿からは想像も及ばないような覇気を金色と銀色の双眸に宿し、上空を飛ぶペリュトンに向けていた。そして、一息吐き出したかと思えば、魔法の詠唱を口切り出す。


「<――無より生まれし疾風よ、我が力となり牙を剥くものを切り刻め>」


 カルラが“風属性”魔法の詠唱を終えると立ちどころに辺りに強い風が巻き起こり、マストの帆が大きく揺れたかと思えば――。つむじ風ともいえる渦が徐々に視認できる鎌風となり、ペリュトンの多数を切り刻んで海原へ失墜させていく。

 さような魔法の威力を風に黒髪を乱されながら目の当たりにしたヒロは、紺碧色の瞳を驚愕にまじろぎ頬を引き攣らせた。


「な、なんて威力なのさ。カルラ、船を壊さないでよね」


 唖然とヒロが言葉を漏らすと、カルラはヒロを見上げて微笑んで頷く。そんなことをするはずは無いと表情で語るカルラを見やり、ヒロは嘆息(たんそく)してしまう。

 思わず、ルシアが問題無く連れ歩くワケだと、胸中で吐露した。カルラは無口で物静かな印象を与えるものの、内心は有する能力に対しての自信に満ち溢れている。そう感じずにはいられなかった。


「それにしても、カルラとルシア頼みになっているのが申し訳ないなあ。こんな時ばかりは、魔法を扱えれば良かったのにって思っちゃうや」


 普段は魔法が扱えないことに、さして不都合は感じていない。寧ろ、自身は物理攻撃主体の方が性に合っているとも思っているし、魔法札という道具があるために不自由も無い。

 だがしかし、今のように魔法でしか仕留められない存在に出くわした際は、やはり魔法が使えた方が便利だと思う。


 ペリュトンたちの掃滅には、まだ少し掛かりそうだ。数自体は減らしたが、上空には未だに飛び回る個体がいる。そいつらも時期に機を見計らって襲い掛かって来るだろう。

 僅かながらに船夫や水兵に怪我人も出ているようだし、早々に全滅させるなり追い払うなりしてしまいたい。しかし、どうすれば――。


 空に紺碧色の瞳を鋭く差し向け、ヒロは思慮の後に幾度目になるか分からない嘆声(たんせい)を漏らした。


「――ペリュトンは人間の魂の成れの果て……」


 不意と耳に届いたカルラの声。それに反応を示してヒロが視線をカルラに向けると、金色と銀色の双眸と目が合った。


(あれ? もしかして、“邪眼”で僕の考えを読み取っている……?)


 眉間に皺を寄せて心中で思えば、カルラは小さく頷いた。そうした声無き返弁に、ヒロの眉間の皺が更に深くなる。


「ペリュトンは魂が形作っている幽霊みたいなものだから。ビアンカお姉ちゃんが連れている小さいお兄ちゃんなら、一度になんとかできるかも知れない」


「え……? それって……」


 恐らくは“喰神(くいがみ)の烙印”――、モルテのことを示しているのだろうカルラの言を聞き、はたとしてヒロは紺碧色の瞳が見つめる先を変える。

 ヒロたちから少しだけ距離が離れた場所に、ルシアの護衛をしているビアンカの姿。


 ビアンカは目線を左手の甲に向けていたかと思えば、ふと左腕を掲げ上げた。その動きを認めた瞬間に、ヒロは驚愕に目を見開いた。


「ちょっとっ! まさか、ここで“喰神の烙印(ちから)”を使うつもりっ?!」


 このような人目の多い場所で――、しかも“喰神(くいがみ)の烙印”のような人間の魂を好んで喰らう呪いの力を行使するつもりかと、(にわ)かに信じられない思いを抱く。


 本来であれば“呪いの烙印”というものは、人々に恐れられて畏怖されるもの。

 オヴェリア群島連邦共和国で“英雄”として敬愛されているヒロでさえ、身に宿す呪いのことはひた隠しにして過ごして来ている。いくら故郷の地に種族差別が少ないと(いえど)も、万が一に“呪いの烙印”のことを知られてしまえば、(てのひら)を返した扱いを受けるかも知れない。そのことを憂慮した故の配意だった。

 そのため、人目を(はばか)らず“喰神(くいがみ)の烙印”を使うビアンカの動向に驚嘆してしまう。


「<死に至る呪いよ。我が身に宿りし“喰神(くいがみ)の烙印”よ――>」


 凛とした声音で“喰神(くいがみ)の烙印”の力を解放させるための言の葉が紡がれ始めた。ビアンカが掲げ上げた左手の甲は、呪いの力を抑え込む役割を持った革の手袋を嵌めたままであったが――、手袋の表面から漏れ出すように淡い黒色の燐光が溢れる。


 突如として耳に入り始めた呪いの言葉に、近くにいたルシアが勢い良く振り返った。ルシアもヒロと同様に、このような場所でビアンカが“喰神(くいがみ)の烙印”を行使しようとするなどと思ってもみなかったのだろう。驚嘆から赤色の瞳を見開き、次には複雑そうな表情を窺わせていた。


 ルシアがビアンカに何か声を掛けようとした刹那――、気を反らしたルシアの背後へ数匹のペリュトンが叫声ともつかない鳴き声を上げて飛来する様が、ビアンカの目に映った。


「<下賜(かし)せし真なる名の下に――、“モルテ”よ。我の手足となり、力を振るえ>」


 ビアンカが呪いの言の葉を締めた途端に、突として彼女の左手の甲から黒い渦が巻き、一陣の風となって吹き荒れた。


「きゃっ!!」


 近くにいたルシアが突風の直撃を受け、髪と衣服を乱されて小さく悲鳴を上げる。その声と共に辺りに響いたのは、風を切る音とペリュトンのものだと思われる断末魔の声――。


 風を避けるために瞑った赤色の瞳を開いたルシアが目にしたのは、自身を銀色の双眸で忌々しげに一瞥し、大鎌を振るう銀髪の少年だった。


 銀色の瞳と目が合った途端に、ルシアは呆気に取られた表情を浮かせる。

 少年――、モルテはルシアを気に留めるでも無く、赤黒い魔力の軌跡を引く大鎌を軽々と扱ってルシアへ飛び掛かってきたペリュトンを仕留めていった。


 ルシアはただただ赤い瞳を瞬き、それを見守るだけ。そんなルシアを我に返らせたのは、モルテが大鎌の石突を甲板に叩きつけた音だった。


「あ、ありがとうございます……」


 床板を叩く音に驚いて肩を揺らし、我に返ったルシアは唖然としたままで小さく礼を述べる。すると、モルテは冷ややかな(まなこ)をルシアに向け、一笑を漏らす。


「礼なら、後ほど対価を寄こせ。忌々しい“傲慢(ギルシア)の一族”の魔力なれど、私の腹の足しにはなる」


 声変りを迎えて間もない少年の声で放たれるには、高圧的な返弁だった。しかし、その最中で口にされた自身の呼称と身に纏う気配から、ルシアは目の前にいるモルテの正体に察し付いたのだろう。見る見る内に頬を朱に染め、法悦の表情を帯びた。


「私の魔力で良ければ、喜んで……っ!!」


 悦楽を滲ませ、ルシアは声高に言う。かような彼女の敬畏(けいい)な態度に、モルテは一瞬だけ頬を引き攣らせたじろぎを見せるものの――。すぐに気を改めたように大鎌を構える。


 (はた)でモルテとルシアの取り交わしを目にしていたビアンカは可笑しくなってきてしまい、くすくすと笑いつつモルテに声を掛けていた。


「モルテ。なるべく呪いの力だって、分からないようにお願いね」


「まったく、お前は私をなんだと思っているのだ。私は呪った相手(やどぬし)や人間に恐れ(おのの)かれる存在だというのに……」


「文句ばっかり言わないの。元々は人間の魂だったものを喰らって良いって言っているんだし」


「……用が済み次第、私はすぐに退くからな。“大地の聖女”の視線が妙すぎて、居心地が悪い」


 ルシアの恋情を抱くような視線を背に感じながら、モルテは呆れ返った溜息を吐き出すのだった。


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