表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

涙の雨が降り、この街に虹を架けるまで

作者: filare

暗く長い夜、何もかも失った夜、その街には冷たい雨が降った。

綺麗に見える空の向こうには、きっと美しい星空が広がっていたはずなのに、それは雨に隠されていた。

細い糸のように降る雨、途切れずに降る雨は、一夜にしてすべてを失ったその街を静かに濡らしていた。

広場に集まった住民は、不安な気持ちを隠せない顔で、ある人の頬には涙の跡がうっすらと見えた。

彼の涙の跡は、雨の中に紛れ、彼は誰にも知られずに涙を流し続けた。


やがて人々は広場に集まり、広場は人で一杯になった。

抱き合う人、涙する人、言葉を失った人。

人であふれた広場に、笑い声は聞こえない。

昨日まで、広場の中央にある噴水には、たくさんの人が腰かけていたはずなのに。

昨日まで、そのそばにあるバールからは芳醇なコーヒーの香りが漂っていたはずなのに。

声は雨の音に消され、雨の音だけが辺りを包んでいた。

彼の頬を伝う涙は冷たくて、静寂の中に霞んで、やがて消えていった。

彼の涙の行方は、誰にも知られることはない。


無音の場所に、一瞬の温かさが伝った。

毎日食べていたような温かいパスタが、涙に濡れた彼の手にも行き渡った。

雨の音は少しだけ弱まって、雲の隙間からは綺麗な月が見えていた。

「おいしいね……」張りつめていた表情が緩み、温かな空気が戻った。


日常が日常でなくなった日の夜。

それはひどく寒くて、孤独で、そして寂しかった。

日常という言葉がその街から消えた夜。

それはひどく暗くて、心細くて、そして静かだった。


夜が降りてきた。隣の人の顔が黒に飲み込まれていく。

夜がこの群衆を不安の海にさらっていく。

手元にあるパスタが涙で薄まったとしても、消せないこの手の温もり。

夜の冷たさに湯気を奪われたとしても、消せない人肌の温もり。

消えない胸の揺れをやさしくなだめていくような、この胸の規則的な鼓動。

それが、この夜を一緒に越えるための少しだけの力になった。


「怖かったあの瞬間を思い出させるから、夜はもう来ないで」と、言葉にならない声で叫んだ誰かがいた。

彼女の白い頬を、冷たい涙が伝った。

彼女の痩せた体を、そっと隣にいた人が抱き締めていた。

「大丈夫だよ、私がここにいるから」

小さな声で、かすれた声で、彼は繰り返し言った。

何度も、何度も、彼女の涙が止まるまで。


栄養失調の心、悲しみで麻痺した心、それを癒すように温めた。

かじかんだ手に渡されたカイロが、日常の破片を動かした手を温めた。

いつも食べているようなありふれたパスタが、夜の街を乗り越える勇気を与えてくれた。

隣にいる人と繋ぎ合った手に湿った汗が、涙を融かしていった。


誰も居ない海辺を延々と歩き続けるような、寂しさに負けたくない。

波がひいては満ちるような、寂しさに負けたくない。

この夜を越えようと、この夜を全力で歩もうと、私たちは決めていた。


どれだけ悲しい時代でも、生きていけると信じたい。

どれだけ雨が降り続いても、いつかは太陽が見えると信じたい。

どれだけ地球が回っても、その夜のことを誰かに覚えていてほしい。

どれだけ理不尽なことが続いても、この夜の果てまで残った何かの温かさを知っていたい。


結局一睡もできなかった人たちが見上げる先に、柔らかな朝日が昇った。

隣で寝ている誰かに自分の上着を差し出して、幸せそうに目を閉じる誰かの上にも、平等に朝日は昇った。


昨日降った涙の雨が、この街に虹を架けるまで、

私はここに立って祈り続けるよ。


昨日降った涙の雨が、愛する人々の心に虹を架けるまで、

私はここに立って祈り続けるよ。


もうこの場所にはいない誰かの手を、

この街でひとり生きると決めた誰かの手を、

溢れる涙を拭ったばかりの濡れた手を、

隣にいる愛する人の温かい手を、

誰かを守ろうと伸ばした誰かの手を、

涙の雨に冷え切った冷たい手を、


私は、握り続ける。


いつかこの手とその手が、綺麗な虹で結ばれるまで。

いつかこの世界が、平和になるその日まで。

いつかこの街が、復興の鐘を世界に鳴らすまで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ