夢に関わる少年少女の話
<夢紡ぐ少女の作り事>
少女は一人だった
奇妙な病に侵された身体は外の世界では馴染めず
少女の世界は狭い病室と本などから与えられる情報だけだった。
病を治す薬は材料が乏しく
到底手を出せる値段ではなかった
せめて夢の中だけでも外の世界を見たいと願っていたが
少女の夢はいつまで待っても白紙のままで色づくことはなかった
少女は考えた
待っているだけではだめなのだと
ではどうすればよいのだろう
少女は思いついた全て作ればよいのだと
少女は絵を描いた
自分の夢の絵を
草原に建つ綺麗な城
城のほとりの美しい湖
草原や湖に住まう様々な生き物
そして一緒に遊んでくれるお友達
行きたい場所
見たいもの
本などから得た情報から様々な絵を描いた
少女の夢に色がついた
クレヨンで描かれた奇怪な城
絵の具を零したような異様な湖
色鉛筆で彩られた奇妙な草原
周りの景色と調和しない瑞々しい木々
現実的でない不可思議な動物
そして少女によく似た少年
少女の願いは歪な形で叶い
真っ白だったキャンパスには様々な色が生まれた
少女は夢を見ることが楽しくなった
少年と夢の中で遊ぶようになった
少女に笑顔が増え
親や医者は何か楽しみを見つけたのだと喜んだ
優しい優しい夢の中
友達と一緒の秘密の場所
しかし少女の世界は広がることなく
夢の世界に閉じこもったまま
少年と一緒に自分の世界で遊んでいる
<夢渡る少年の果無事>
少年は一人ではなかった
親もいたし兄弟や友人もいた
決して不幸ではなかったし
決して悲しい境遇でもなかった
しかし少年はいつも涙を流し
周りに向かって自分の存在を叫んでいた
周りの人は少年を慰めその存在を認め
また少年を無視し存在を認めない
少年には夢と現実の区別がつかなかった
少年の夢は現実によく似ていたが
現実とはあまりにも異なっていた
現実では少年は存在していたが
夢では少年は存在していなかった
夢の中で少年は異物であった
人々は少年の身体を通過し
物に触れることは叶わなかった
話しかけては無視され続け
触れようとすればすり抜ける
泣き叫んでも誰にも気づかれることはなく
何をしようとこの場所に影響を与えられない
そこが夢と判らぬ少年の精神は疲弊していき
今いるのがはたして夢なのか現実なのか何もわからなくなっていった
少年は気づくことができなかった
夢と現実は異なるものだと
夢に惑わされる必要はないのだと
悲しい悲しい夢の中
心が疲れ果てた少年は
周りに存在を叫びながら
今日もまた夢の中を彷徨い続けている
<夢篭る少年の隠れ事>
少年は一人ではなかった
家に帰れば親がいたし学校には友人がいた
親はいつも家にいて帰るといろいろなことを言われた
時には何も言われず一日中口をきかないこともあった
少年はいつも笑顔のままだった
友人はいつもにこにこ笑い少年にいろいろなことを話した
ぐるりと周りを囲みながら友人は皆にこにこ笑い続けていた
少年は友人と同じようににこにこ笑っていた
少年は家に帰ると自分の部屋に閉じこもり布団に入った
家でできることは宿題や予習くらいしかなく
それももうすでに学校で終わってしまっていた
部屋には物がなく少年の持ち物は学校の持ち物だけしかなかった
教科書とノートそれと筆箱が少年の持ち物の全てであった
たくさんあった宝物は友人にあげてしまった
必要でない者は父親が売りに行った
とても大切な宝物はここではない場所にしっかりと置いてある
何もやることは無くただ布団の上に転がっていた
少年は今が嫌いだった
父親は自分に関心がなく母親は帰って来ない
妹や弟とはもう会えず友人は自分の仲間ではない
どこにも居場所はなくどこかに行く当ても無い
少年は考えた
どうすれば自分の場所ができるのだろうか
誰にも邪魔されない自分の場所
考えた少年は夢の中に逃避することにした
見つからないように隠していた大事な大事な宝物も
捨てられていたおもちゃや机も
こっそり遊んでいたどんぐりや松ぼっくりも
道端の雑草や石ころも
全部全部夢の中に持って行った
何も奪われることのない自分だけの場所
何も我慢しなくてもいいし
何をしても文句を言われることもない
楽しい楽しい夢の中
誰にも言わない秘密の場所
現実を否定し夢に逃げ込んだ少年は
一人っきりで自分の夢に閉じ篭っている
<夢見た少年の独り言>
少年は一人ではなかった
生まれた時から少年のそばには少女がいたし
周りにはたくさんの仲間たちもいた
少年は不幸ではなかった
少女と遊んだり話をしたり
仲間たちとのんびりした時間を過ごすこともあった
少年は今が嫌いではなかった
少女は時々居なくなるけれど
仲間たちはいつもそばにいてくれた
少年は知っていた
自分はただの人形なのだと
少女の願いが生み出した物なのだと
少年は知らなかった
少女の創りだしたこの場所以外を
少女の見たい『世界』がどういうものなのかを
少年は気付いていた
ここはとても悲しい場所だと
閉じこもってばかりではいけないのだと
けれど少年にはどうすることもできなかった
少年の世界はここだけで
自分以外にいるものは人ではない仲間たち
少年の知っていることは
少女が知っていることばかり
少女の願いを叶える術も分からず
少年にできることは
ただ少女と共に遊ぶことだけだった
寂しい寂しい夢の中で少年は願った
この夢が終わりますようにと
少女の世界が広がりますようにと
少年は祈り続ける
どうか少女を救う人が現れてくれますようにと
少女を連れ出してくれますようにと
たとえ僕が消えてしまうことになったとしても