毛根ビルダーズ
はい、ここまで来た時点で貴方はきっと毛根です。
この世界は全て毛根によって成り立っている。全て……というのは些か語弊があるかもしれない。主に建物……そして食料が毛根によって成り立っているのだ。
毛根を植え、鍛え上げ、そして組み立てることによって全ての建物は成り立っている。
食料も同じだ。毛根を植える場所、時期によって様々なものへと変化する。
よってこの世界では毛根が貴重である。そこらを見れば、毛が生えている人間どころか、そこらにいる動物さえも毛が残っている者はいない。
この世界は毛根によって全てが成り立つ世界なのである。
そして、この話はそんな世界で毛根建築士として働く男の話である。
毛根建夫の朝は早い。なぜなら彼は毛根建築士の仕事を誇りに思っているからだ。
この世界に毛根建築士は少ない。その理由は単純で毛根建築士になるのが難しいからである。そもそも、毛根建築は難しい。
毛根を上手く変質できずに腐らせてしまう者や、組み立てに失敗し、全ての毛根を無駄にしてしまう者も少なくない。
昔は毛根建築士になるための決まりなどなかった。だからこそ、多くの者が自分勝手に毛根建築を行ったことで多くの毛根が失われてしまった。
このままでは毛根が無駄になってしまうと危惧した国は毛根建築士になるにあたって条件を作った。
それはこの世界で一番の難関学校と言われる毛根学校の卒業、そして国家試験、毛根建築士一級の資格を得ていない者は毛根建築をする事を禁止と定めたのだ。
その法が出来てから毛根建築によって失われる毛根は激減した。
毛根建夫は毛根学校を卒業し、国家試験に受かり、毛根建築士となったのだ。
そして彼の仕事ぶりは確かであり、今や、大手の毛根会社から毛根建築の依頼が来るようになっていた。
彼は起きた後、朝食をとりながら仕事のスケジュールを再確認する。朝食はいつも通りのパンにベーコンと卵を乗せたもの、それにコーヒーという簡単なものだ。
彼は質素なのである。無駄遣いなどしないのだ。確かに彼の給料ならばもっと贅沢ができるであろう。なんせこの世に数少ない毛根建築士なのだ。
だが、彼は贅沢はしない。彼の今食べているパンだって、格安の毛根からできたものであるし、ベーコンや卵だって豚や鶏から採れる高級毛根のものではなく、人間から採れる汎用毛根のものだ。
なぜ、彼が節約をするのか、彼には夢があるのだ。自分の満足のいく家を建てるという夢が。
そのためにはこの世とは思えないほど美しい色を描く、アラリペマイコドリの毛根、高級家具を作るのに頻繁に使われるラッコの根毛等、様々な毛根が必要なのである。
その為にはお金がいるのだ。
だからこそ彼は毛根建築士でお金があったとしても、質素な生活を辞めない。
食事を食べ終えた毛根建夫は仕事場へと向かう。今日は仕事場に直接向かう予定だ。今回は、場所が近いので歩きである。遠ければ、普段愛用している古い車で向かうのだ。
町ゆく人々に毛が生えているものはいない。正確に言うと最低限、生きるために必要な毛は残しているのだが、ぱっと見ただけであればそれは十分に毛がないと言えるだろう。
それがこの世界では当たり前なのだ。
「ねぇ、あれって……」
「えっ、本当!?」
前を歩く、女子高生二人がふと足を止め、指差した方向へと駆け寄っていく。其方を見ると、一人の人物を中心に人だかりができていた。
頭から長い髪の毛、きちんと手入れされている艶やかな髪を持った男性だ。
毛根建夫も見たことのある人物だった。誰だっただろうか……と毛根建夫が足を止めて考えていると群衆の中から答えが出てきた。
「根毛大杉さーん!!」
そう、根毛大杉だ。その名前にきっとテレビで見たのだろうと毛根建夫は納得する。
根毛大杉、彼はアイドルである。その自前の長い髪の毛で、人々を魅了し、瞬く間に有名になったのだ。
彼の名前は今も上昇している最中で、来週公開予定の映画、毛根ファイターズ2~何故彼らは生やすのか~にも出演している。
毛根建夫はそんな根毛大杉をあまり好きではない。その理由は簡単なものだ。
毛根は育てるものではあるが、自分を飾るためのものではないと思っているからである。毛根は育て、鍛え、磨き上げ、そして変質させることによって毛根の価値が現れると信じているのだ。
髪を伸ばすためだけに残している毛根など無駄なだけである、そう信じて疑っていなかった。
彼は仕事場へ向かうべく、その場を去った。
今日、仕事場は貧困街だ。毛根が少ないがために、お金を得られず、十分な教育を受けられなかった者達の集まる場所である。
毛根建築士の中にはこのような場所での仕事を受けるのを断る者も多い。なぜなら、あまりお金にもならず、自分の名声も上がることがないからだ。
こういった者たちは毛根学校を卒業せず、資格も持たない毛根建築士……一般に違法毛根建築者と呼ばれるものに依頼することが多い。
だが、毛根建夫は仕事にはこだわらない。自分を求めている場所があればどこであろうと毛根建築を行う。それが彼の信条だった。
「此度は、有名な毛根建築者である根毛建夫様に来ていただき助かりました……もう子供達の住む場所が足りていなく……違法毛根建築者に頼もうかとも思ったのですがやはり怖くて」
依頼主の話を聞きながらそれはその通りだと毛根建夫は首を縦に振る。勿論、自分がやって来た事に対してではない。違法毛根建築者に頼まなかったことである。
彼らがどういった毛根建築をするのかは毛根建夫もよく聞き及んでいる。安い、それこそ建築に向かないような毛根を使用し、毛根建築を行うのである。
そうやって建てられた毛根建築物は崩壊しやすく、変質して無駄な毛根へと変化することが多い。
要するに危険性が高いのである。
そのうえ、十分な腕を持っておらずに失敗することも多く、毛根を無駄にさせることも多いものばかりだ。
「では、よろしくお願いします。根毛はこちらに用意しております」
そう言って毛根の場所へと案内される。
毛根建築では毛根は依頼主が用意していることが多い。毛根を用意して入ればその分、費用を抑えられるという事もあるが、わざと安い毛根を使う毛根建築士も絶えないのだ。
毛根建築の間では、依頼する側の者が毛根を用意することが常識となっている。
用意された毛根を手に取り、毛根建夫は眉をひそめた。
「ど、どうかしたのでしょうか?」
その様子を見て、何かあったのかと依頼主が心配そうに尋ねる。
依頼主へと毛根建夫は申し訳なさそうに言葉を発した。
「これらの毛根だが……異常脱毛のものや、無理やり抜かれたせいで傷ついている毛根が多い……これでは……」
「そ、そんなっ!?」
「失礼だが、どこでこの毛根を?」
「そ、それは……毛根嫌悪社から……」
毛根嫌悪社、毛根建夫もよく知る会社だった。そこは毛根建築士の中で悪徳毛根業者として有名な会社であった。
異常脱毛や道行く人から毛根を毟り取る犯罪者……毛根強奪者と呼ばれる者から毛根を買い取っていると言われている。それに加え、普通の毛根を希少な毛根として売る毛根偽装、育成促進剤等で無理やり育てた毛根を販売するなど、様々な事を行っている悪徳業者だ。
勿論の事、そうした毛根は低品質なものが多い。だが、その毛根を毛根嫌悪社は良質な毛根と偽って、売るのだ。
ただ、依頼主が毛根嫌悪社のそう言った内情を知らなかったのも無理はない。それどころか毛根嫌悪社は宣伝には力を入れており、一般から見れば有名で、健徳な毛根会社なのだから。
しかし、これらの毛根では家は作れないことは確かだ。
「そ、そんな……折角毛根建夫様に来ていただいたのに……」
少なくないお金を毛根建夫は頂いている。ましてや貧困街の者達にとってはかなりの大金であろう。折角集めたお金だと言うのに家が建てられない……依頼主は今にも泣きだしそうだった。
だが、ここにいるのは根毛建夫なのだ。何も心配する必要はない。
「毛根がない? ならば私の毛根があるではないか」
有名な言葉だ。だが、未だに誰が言ったかまでは知られていない。毛根建夫は知っている。誰がこの言葉を初めに言ったかを。
なぜならそれを言ったのは自分なのだから。
以前にも毛根建夫はこういった事態に出会ったことがある。だが、彼は仕事を諦めなかった。そう、自分の毛根を使ったのだ!
毎日欠かさず手入れをして、鍛え上げられている毛根建夫の毛根。彼の毛根は常人とは違う。その一本の毛根で普通の毛根千本分にも値する。
そして毛根建築用に鍛えられた毛根は毛根建築にこそ、真価を発揮するのだ!
そのせいでたとえ自分の毛根が亡くなりかけてても彼は気にすることは無い。寧ろそれを誇りに思うだろう。なぜならそれは自分の仕事の証なのだから。
……建築予定だった場所、今やそこには毛根建夫の毛根と引き換えに立派な建物が建っていた。これで十分に依頼主の要望は果たせただろうと、ただでさえ薄い、と言うよりもほとんど残っていなかった頭が更に薄くなりながらも、その薄さと反対に毛根建夫は満足しながら目の前の建物を見つめている。
「あ、ありがとうございます……なんとお礼を言っていいのか……」
「礼などいらんよ、これが私の仕事だ」
毛根建夫の毛根建築はこれからも続くのだ!
彼の毛根が絶えるその日まで。
わざわざこんな馬鹿小説をお読みくださりありがとうございました。気が向いたら続きかくかもしれませんがきっと書きません。
もし続きを望まれるような方がいるのでしたら感想下さい、貰えれればきっと書きます。
毛根と根毛のゲシュタルト崩壊。文章中にも混ざって変な所あるかもしれません。根毛大杉さんはもとから根毛です。次回作があればでてくるかもしれません。
毛根と根毛って別物なんですよ……知ってました?