第一話 驚愕の始まり
家に帰ると自分のベッドが棺桶に変わっていた。
いや、ちょっと意味分かんない。
え?何コレ?
ここ私の部屋だよね?なんで棺桶があるの?
7月中旬。
ようやく今日から夏休み。
終業式の為に暑い太陽の下、登下校した私を待っていたのは、存在感ある黒い棺桶だった。意味分からん。
しかも漫画やアニメなどで出て来る吸血鬼が入っていそうな棺桶だ。黒い光沢と繊細な装飾の施されたそれは、まさに棺桶そのもの。
・・・。
ワケ分かんない。
どういうこと?誰がこんなことしたの?なんの為に?私のベッドどこ行った?
棺桶の蓋のところに紙が挟まっている。
取り出してみるとそれは手紙だった。
『やっほー☆
マイフレンドにちょっと遅い入学祝いだよ〜。
フルダイブ式のVR機器だよ〜。
詳しくは起動して中で聞いてね。
ちなみに開発私。
デザインも私、のフルハンドメイドだよ。
ん?
ちょっと意味が違うかな?
まぁいいや。
で、どう?
やっぱり黒い棺桶とかロマンあるよね〜?
中に入ればヴァンパイア気分が味わえるよ。
さっすが私。
そんなに褒めたってなんも出ないぞ☆
あっそれと機器置くのに邪魔だったから貴方のベッドは退かしちゃったからね。
ま、今後はベッドの代わりに機器で寝るといいと思うよ。
今日から貴方もヴァンパイア!
みたいな?
PS. 寝心地はバツグンだぞ☆
愛を込めて、貴方の親友より』
最後まで読み切った私は褒められていいと思う。
何コレ。
殺意しか湧かない。
ベッド返せ。
・・・パニクって損した。とりあえず落ち着こうか私。
危うく棺桶ーーVR機器らしいーーに一撃入れそうになった。危ない危ない。
確かに殺意は湧くがコレがあの紙一重が作った物なら本当に本物のVR機器であることになるからね。勿体無い。
あの小学生は紙一重だけど多分天才だから彼女がVR機器だと言うなら本物なのだろう。
まったく、中身がああじゃなきゃ尊敬できるのに。
あの紙一重こと『シュナ』は天才だ。
・・・多分。
謎が多過ぎてよくわからない為、実際に天才的な頭脳を持っているのかは分からない。けど、彼女が謎技術を持っているのは間違いないと思う。
少なくとも某ロボットの持つ四次元なポケット的な何かがあるのは確かだと思う。
いつも手ぶらなのに気付くと何か食べてるくらいは序の口で、服が汚れれば瞬きの間に別の服になってたりするからね。
初めてそれに気づいた時は魔法のようだと思ったけど、使い方が所帯染みてて魔法より某ロボットの方がイメージに近い。なんていうか日常的に便利な感じ。
ちなみに謎過ぎて"自称天才科学者"を名乗る彼女のことは『シュナ』という呼び名以外のほとんどが分からない。
分かっている事は、見た目小学生だけど私より年上であること。本人曰く20歳は過ぎているらしい。信じられないけど。多分あれだ、謎技術で歳を取らないんだきっと。
あと、身長150㎝は絶対に無い。自分ではあると言い張るけど。小学生でもシュナより大きい子はいるしランドセル背負ってても違和感無いと思う。
他にはいつも白衣でいることくらい。身長が低すぎてロングコートに見える。
本名も住所も連絡先も、何も知らない。
けど、知らなくていいと思ってる。本人が隠したがってる事を暴いても結局良い事なんて無いし、何より面倒いし。あのテンションで絡まれるとか体力の無駄。
なんやかんやで仲良くなって謎技術に耐性が付いてきたと思ってたんだけどまさかVR機器を作るとか。
想定もしていなかったわ。
ともかく、彼女が作った物なら本物のVR機器なのだろう。
だからと言って私のベッドは返ってこないけどね。
VR機器はちょっと気になるけど一先ずは彼女宛にOTEGAMIを書きますか。
次に会った時に説教してくれる。
《ようこそアストリカへ》
シュナ宛のOTEGAMIを書き終えた私は早速VR機器を起動してみる事にした。
うん。棺桶の中は快適だった。
閉所恐怖症だったら厳しかったかもしれないが思っていたより中は広く、寝返りも出来る。
蓋を閉めれば暗いけど、寝る分には問題無いね。
VR機器の起動は簡単だった。
スイッチも何も無いからどうするんだろうと思ったけど棺桶の蓋を閉めたら起動したらしい。
落ち着いた女性の声が聞こえた。
《早速ですが登録を始めてもよろしいですか?》
「はい。お願いします」
あれ?
今思ったけど棺桶の蓋を閉めてVR機器が起動するなら、寝る時は蓋を開けたままじゃなきゃダメじゃない?
《ご心配には及びません。今回は初回に付き即時起動とさせて頂きましたが今後は起動パスワードを音声入力して頂き、起動することとなります》
へぇ、そうなんだぁ。
今私疑問を声に出して無かったんだけどな。
《こちらは貴方の専用機として作成されましたので思考解析システムが適応されています。貴方が思考した事柄のみの解析となりますので不明瞭な事や不安なことなどがありましたら随時お答え致します》
思考解析システムて。
例え思考した事柄のみって言ったってちょっと怖いな。
《ご安心下さい。貴方が解析されたくないと考えている事は心理的ブロックが掛けられており、こちらの思考解析システムの適応外となっております。また、こちらの機能により音声入力ではなくパスワードを思考して頂くことで起動することが出来ます》
なるほど。
つまり棺桶の中で独り言をブツブツ呟いているような状況を防ぐ為のシステムか。
《はい。その通りだと思われます》
シュナの事だから犯罪とかには使わないだろうけど、なんらかの悪戯にこのシステムを使って私に仕掛けてくるかもとか思ったけどなんだ独り言防止か。
てっきりウッカリで思い出した黒歴史を解析してネタにしてくる為かと思ったよ。
《では登録を始めます。本来であれば貴方の情報の読み取りから始めるのですが・・・》
私の情報の・・・ああ。
そういえば私の専用機なんだから登録済みか。
《はい。貴方の情報は既に登録されているので問題ありません。尚、個人情報に関しては必要な情報のみをインプットされておりますので、VR機能に関係の無いものはインプットされておりません》
つまり、VR機能に必要な身長や体重、体型とかの情報はインプットされているってことね。
しかも読み取りも必要無い程に登録が終わっているって事は私の脳波はいつの間にかシュナに解析されていたって事になるよね?
ーー以前シュナから聞いた事だが、ダイブイン後に自由に体を動かすには魂がどうのこうのうんたらかんたららしい。
うん。良く分からなかったよ。
シュナのざっくりな説明だと脳波みたいな何かを読み込めば向こうでも現実の様に動けるらしい。
詳しいことは分からなかった。
《ですのでVR機器のパスワードの設定から始めます。とはいえそれだけなのですが》
そうなんだ?
なんか、凄く簡単だね。
《はい、事前にほぼ全てが登録されておりましたので》
なるほど。
あんまり長いと忘れそうだし・・・あ、そうだ。貴方の名前は?
私が貴方に呼びかけたら起動するとかじゃダメ?
《⁉︎想定の範囲外です。普通に"起動"と設定されると判断しておりました。大変失礼致しました。こちらには規定名称はありません》
でも、思考能力があるってことはAIなんだよね?
《はい。VR機器のサポート用のAIです。貴方の快適なVR活動の為、自立思考型のAIが組まれています》
じゃあ、名前が無いと不便だよね?
私が呼びかける時になんて呼べばいいのか分からないもんね。
《いえ。その為の思考解析システムですので、名称が無くともご不便はお掛けしません》
でも私が必要だと思ったんだから必要だよね?
《・・・そうなります、ね》
あ、そうだ。起動時に言っていたアストリカって何?
《こちらのVR機器の登録先です。ダイブインした先の世界、ゲームの舞台の名称です。本来はダイブイン後にアストリカに入る為、「ようこそアストリカへ」は間違いなのですが、最初期起動時はアストリカへ赴くことを知らせる為にアナウンスを入れさせて頂きました》
へぇ、そうだったんだぁ。
シュナからの手紙にはゲームのことは一言も書いて無かったから知らなかったよ。
《大変失礼致しました》
いやいや、貴方が謝る必要はないよ。ちょっとシュナとはOHANASIしたいけどね。
ともあれ、そこから名前を貰ってアリカとかどう?
《どうとは?》
いやいや、貴方の名前だよ。
《⁉︎》
ダメかな?
《いえ、過分に存じます》
じゃあアトリ?それともアスカにする?トリカとか?並び替えてアリス?いっそ全然関係ない名前とか?
うーん、悩ましい。
貴方の名前なんだから何か意見とかない?
《とんでもございません。名前を頂けるなどとても光栄です。どうぞお好きな様にお呼び下さい》
あ、そうだ。アルカとかどうだろうか。
AIといえばアルターエゴ。
アルターエゴのアルタ、アストリカのアリカ。
アルタ+アリカ÷2=アルカ。
で、どうかな?
我ながら上手く考えたつもりなんだけど。
ありきたりかなぁ?
《いえそんなことはございませんむしろそのようによんでいただけるなどとかんがえるだけでもかんむりょうですありがとうございますこれからもあなたさまのさぽーとにせいしんせいいとりくませていただきます》
・・・びっくりした。
アルカが一息で長文を喋るものだから急にどうしたのかと思ったよ。
《大変失礼致しました。感極まってしまいました》
喜んで貰えたようで良かったよ。
それじゃあ、今後VR機器を起動する際はアルカを呼ぶからよろしくね。
《はい。かしこまりました》
じゃあ次はダイブインしてみたいな。どんなゲームを作ったのかは知らないけど、シュナの事だからファンタジー系のRPGじゃないかと思うんだ。VRって言ったらMMOだけどVR機器が作製された話なんて聞いた事無いから私以外に持ってる人ってシュナを除いていないと思うし・・・。
《了解しました。では、備付けのアイマスクを装着してリラックスして下さい》
アイマスクは・・・あ、これだ。
よし、着けた。
《ではダイブインを開始します》