第十六話 次のクエストの前に
急に空が暗くなって来た。
ついさっきまで、昼間のように明るかったのに。まるで早送りをしたかの如く、急激に日が沈む。
時計の針は6時を指している。
およそ10分程の時間をかけて、昼間から夜に切り替わった。なるほど、アストリカでは昼と夜はこうやって変わるのか。
そう言えば、外を歩く人の数も減っているな。
夜となり暗くなった街道を見ると、昼間は点いていなかった街灯が道を照らしている。
「あれ・・・?」
暗い割に良く見えてる?
思わず声が出るくらい良く見える。
暗い。けど、昼間と同じくらい周囲が見えてる。
なんで?そう言うもんなの?
【スキル[猫目]を取得しました】
あ、スキルを取得した。
って事は猫だからか。
え?目、光ってるのかな?
普通だったら[夜目]のスキルが手に入りそうだもん。[猫目]ってことは光ってるのかな、やっぱり・・・。
まあ、今は置いとこう。確認しようもないし、確認したところで何が変わる訳でなし。
とりあえず、宿屋『休息吐息のとまり宿』へ向かいますか。
宿屋は昼間と変わらず、外からでも賑わっているのが分かる。むしろ本番とばかりに騒がしい。やっぱり酒場の間違いじゃないの?
レコンさんとドルゾイさんは居るかな?
まあ、約束の夕飯の前にログアウトして現実の状況を確認しないといけないんだけど。
アストリカで6時間経ったけど、現実はどうかは分からないからね。現実でも6時間経ってたら時間の流れが同じで分かりやすいんだけど・・・。
でもそしたら、現実世界で夕飯食べてアストリカでも夕飯食べてになっちゃうな。
とにかく、確認しないと始まらない。酒場、もとい宿屋の中へ入る。
「お、来たな。待っておったぞ」
昼に会った時と同じ席でレコンさんとドルゾイさんが呑んでいる。まさか、昼からずっとって事は無いよね?
「どうもレコンさん、ドルゾイさん。お昼ぶりです」
「あいも変わらず硬いのう。どれ、早速飯でも食うか?」
ドルゾイさんが席に招いてくれるが、その前に部屋を借りたい。
「いえ、その前に一度あちらに戻って来ようと思います」
「あちらと言うと、来訪者さんらの世界の事かな?」
「そうです。ある程度で戻らないと体に異常をきたす恐れがあるので」
なのでレコンさんとドルゾイさんをもう少しだけ待たせる事になるが、許してくれるかな?
「ああ、お客さん。いらっしゃい。昼に来た時に部屋を用意してたから案内するかい?」
「女将さん、よろしくお願いします」
昼よりなお忙しくしているだけあって、女将さんも給仕に回っていたようだ。
他の従業員の女の子達も忙しそうに各席を行ったり来たりしている。
「こっちだよ、着いて来な」
女将さんは2階へ向かうので、追いかける。あれ、2階は普通に宿屋だ。この宿は食堂として解放している為、2階に宿屋としての貸し部屋がある。
1階は酒場と化してるが防音は大丈夫かな?現状では物凄く騒がしいけど。
「ほら、ここだよ」
女将さんの案内で辿り着いたのは角の部屋だった。
鍵を渡され中に入ると、物の少ないシンプルな部屋だった。うん、ファンタジーにありきたりな感じの部屋だ。
「ありがとうございます」
「一応1週間はこの部屋をあんたが使えるようにしてある。それ以降は一泊150メトルだよ。飯代は別だけどね」
1週間も部屋を貸してくれるとか有難いね。
正直、未だにまともな買い物をしていないので料金については高いのか安いのかは分からない。
けど、串焼きが1つで100メトルなら安いんじゃないかな?分かんないけど。
ともかく、早急にログアウトして戻って来ないとレコンさんとドルゾイさんとの約束を果たせない。
「ログアウト」
白い光が私を包み、視界が白く染まっていく・・・。
白い光が消えると、今度は真っ暗な闇の中だ。
しかし、なんで毎回この真っ暗闇なんだろう。殺風景どころじゃなく凄く淋しいじゃないか。
《それは未だアトラ様が拠点を得ていないからです》
今の声はアルカ?
《はい、アストリカではないので元のサポートAIに戻りました》
そうなんだ。
アストリカに行くとまた幼女、もとい精霊になるのかな?
《そうです。思考や言動などが著しく低下するので、アトラ様のサポートとしての能力が下がってしまいますが、水の精霊としての力がありますので、どうぞお役立てください》
役に立つとか、別に必要ないよ。ただ一緒に居られるだけで嬉しいよ。
小さいアルカは可愛いし、それだけで十分でしょうが。うっかり、自分がロリコンなのではないかと思ってしまうくらい可愛いかったよ。
《お褒めに預かり光栄ですが、役に立たないのではサポートAIとして名折れと言うものです。アトラ様が街の外で行動する時はぜひ、ご協力させてください。街の中で行動出来ない以上、街の外で役立ってみせます》
あまり気負わないでね。
ところでさっき『拠点』がどうのって言ってなかったかな?
《はい。この空間は謂わば現実世界と異世界の狭間です。現実世界には『ダイブアウト』『ダイブイン』の言葉で、異世界には『ログイン』『ログアウト』の言葉で行き来出来ます。双方を直接行き来出来ない為、この空間を経由しています。この空間はそれぞれのVR機器に用意されていて、ここはアトラ様専用の空間です》
中々な設定だね。
現実とゲーム。その境目か。
《アストリカ内で『拠点』を設置することでこの空間の内装を変えることが出来ます。そうですね、個人フィールドのような扱いになるでしょうか》
ふむふむ。
要するに『ホーム』ってことか。
《そのように認識して頂ければ良いかと》
あと、気になってたんだけど。アストリカ内では思考解析プログラム?だっけ?はどうなってるの?
ここだとアルカには私の思考が筒抜けになってるけど、アストリカでもそうなの?
《アストリカ内ではただの精霊と化してるので、アトラ様の思考を拾うことは出来ません》
なら、街の中でアルカと会話する時は人目に付かない所じゃないとだね。
あ、そう言えば時間。時間差ってどうなってるの?
《現実世界と異世界では時間差はありません。現実世界での1時間は異世界でも1時間です》
ってことは、さっきアストリカで時計を見た時は6時30分くらいだったから・・・。
夕飯食べなきゃ!
私はほぼ一人暮らし同然の生活だからある程度の自由はあるけど、アストリカで約束がある訳だし急がないと。
アルカ、ダイブアウトよろしく!
《かしこまりました》
意識が浮上していく・・・。
「おう、遅かったじゃねぇか。ほれ、席に座ったぁ」
うっ、酒臭い。
現実に戻り、夕飯やお風呂などを済ませてアストリカに戻って来ると、飲兵衛達が待っていた。
見るからにお酒に強そうなドルゾイさんはともかく、レコンさんは既に元気が無い。机の上に項垂れている。
「大丈夫ですか?レコンさん」
「あ、アトラさん・・・。大丈夫、慣れてるから」
嫌な慣れだな。
「そこの嬢ちゃん、こっちに1人追加だ。適当なのを頼むぞ」
ドルゾイさん。私の分を注文してくれるのは有難いけど、それじゃあ通じないと思うよ。
と思ったら「はいよ〜」って返事が。
流石、酒場。酔っ払いの注文に慣れてる。
「さてとそれじゃあ、来訪者との初交流、アトラ殿との出会いを祝して乾杯じゃあ」
「かんぱ〜い・・・」
ドルゾイさんもだいぶ出来上がってるみたい。レコンさんに至っては水を片手に沈んでる。
遅くなってすみませんでした!
酔っ払い2人と駄弁りながら2度目の夕飯を食べた。
私の装備について聞かれたり、酒を飲まされそうになったりと大変だったけど、なんとか乗り切った。
商人2人が酔っ払っていて良かった。装備に関しては聞かれたくない。
そう言えば、空が急に暗くなったあの現象は『黄昏時』と言って、昼から夜に変わる10分間に太陽が落ちる時間らしい。
客が帰って、片付けをしながら女将さんが教えてくれた。アストリカの1日は12時間であるとか、アストリカにも四季があるとか色々。
酔っ払い2人は途中で潰れて寝ちゃったので、部屋まで運んだ。女将さんが。
男になっているとはいえ、私には運べなかった。チャレンジしたけど無理だった。女将さん凄い。
ともかく、お開きとなったので私も部屋に戻ってログアウトした。
なんだか長い長い1日だった気がする。
明日は次のクエストを頑張ろう。早く一人前になる為に。
ーー某所。
「これで、運命は託された」
「託したの間違いだろ」
「どちらでも同じでしょう。問題はこれからなのだから」
「・・・」
「来訪者達には頑張ってほしい所です」
「くっ、こうなってしまった以上は仕方ない。この『ゲーム』がクリアされない事を祈ろうか」
「クリアされる、の間違いでしょう?」
「ふざけるな。そんな事になればどうなるか分かっているのか!大問題だぞ!」
「だから楽しみなのでしょう」
ふふっ。
黒い少女は笑う。
世界の始まりと終わりは、やがて何も知らない来訪者達の手でもたらされるだろう。
その時を想い少女は笑う。
黒い闇は動き出す。
章分けするならここまでが一章かな?
この話は多分。閑話と掲示板回の前に入れるべきだったかもしれない。失敗した。
ともかく、これから先はようやく冒険者らしいことが出来るはず。
ここまではプロローグであり、説明回であり、準備期間である!
すいません。
無駄に長くてすいません。
ちゃんとまともに冒険者らしい、ゲームらしいことをして行きますので安心して?ください。
今後ともよろしくお願いします。