ローマ軍の作戦
炎天下、汗びっしょりの馬に乗っている、汗びっしょりのクィントゥス・キケロ。
兜が蒸れて暑い。ますます頭の毛が薄くなりそうだ。
兜が首を傷つけるのを防ぐためにスカーフをしているが、これのせいで、服の中にこもった熱気が外に逃げていかない。
その隣で、壊滅したティオ包囲軍の生き残りが、歩きながら、キケロから事情聴取を受けている。
こちらも汗びっしょり。
上から下まで、汗ムンムン軍団だ。
キケロが言う。
「いいか、しつこいようだが、大事なことだから、もう一度確認するぞ。
横幅が馬の3~4倍、縦幅が馬の1.5~2倍ぐらいある緑色の何かに、
兵器も兵士も弾き飛ばされて、壊れたり死んだりした、と。
その緑色の何かは、馬の全速力の2~5倍ぐらいの速さで移動していたと。
それには獣の脚のようなものはついていなかった、と。
速すぎてよくわからなかったが、4つの車輪で移動しているようだった、と。
これで間違いないか?」
兵士たちが、口々に、それに相違ないと言う。
「ふう。ようやく話が見えてきた。
じゃあ、だったら話は簡単だ。
なんの動力で動いているかは不明だが、
そんなことは、たいして重要じゃない。
動力源がなんであれ、ようは、これは車両の一種だろ。
本質的には、荷車と同じだ。
だったら、単に、荷車が通行できないような仕掛けを作れば、
防げるということになる。
そうだろう?」
スプリウスが、驚いて言う。
「な、なるほど。確かに、おっしゃるとおりです」
この人、めちゃめちゃ頭が切れるな。
ジョージ・スミスが、横から口を出す。
「なーるほどねぇ。
さすが、ギリシャ留学までして、
学問を基礎から本格的に学んだだけあるわね。
古今東西、哲学をみっちり学んだ人は、
根本的な思考力が違うわ。
『自動車』というものを知らなくても、
対策自体はは打てるってか。
おっしゃるとおり。
単なるコネ就職じゃなかったのね」
キケロはいろいろとツッコミたくなるのをぐっとこらえて、
ジョージに言う。
「その『自動車』とはなんだね?」
「ご推察の通り、あんたらが知らない動力源で動いている車両の一種よ。
ファルティアにいる彼女が、キュリンドルスから持ち出したんでしょ。
それ以外、考えられない」
「キュリンドルスからは、何も持ち出せないんじゃなかったのか?」
「そのはずだったんだけどね。
なんか方法を見つけたんじゃない?
ただ、変なのよね」
「何が?」
「いや、キュリンドルスの中には、自動車なんてなかったのよ。
あそこには、ほんと、いろんなものがなかった。
東京タワーとか六本木ヒルズとかさ、
一見、21世紀初頭のトーキョーの街並みがマニアックに再現されているんだけど、
ティターン以外の住人もいないし、警察もいないし、ピストルもなかった。
電話も使えないし、ネットも使えないし、無線機もないし、ドローンもなかった。
一番強力な武器が日本刀というありさまで、
まるで原始人みたいな方法で、ティターン同士が戦闘をしていた。
もし、自動車があったとすれば、
絶対誰かが、それを戦闘に利用してたと思うのよね」
キケロが苦笑する。
もはやジョージが何を言ってるのか、自分にはさっぱり分からない。
何かの呪文か魔法の話だろうか。
そんなことより、もっと肝心なことを聞いておかねばならない。
キケロが聞く。
「スパイからの情報によれば、なんとサーシャは生きていて、
いま、ティオにいるそうだ。
あれだけの包囲網を食い破ったサーシャに、あんた、勝てるのか?」
ジョージ・スミスが楽しそうに言う。
「ティターンはね、人間だった頃の運動能力がそのまま拡大されたの。
だから人間だったときの運動能力の差が、
そのままティターンの運動能力の差になってる。
なので、ティターン同士の戦いは、人間同士の戦いと同じ結果になる。
女よりも男の方が強いし、子供よりも大人の方が強い。
10歳の女の子でしかないサーシャが、大人の男であるわたしに敵うわけがないわ」
なるほどね。
森を抜け、遠方に、夕日に輝くティオが見えてくる。
キケロはしばらく思案した後、大きなため息をつき、
「やるしかないか」と諦めたように言い、
カエサルへの伝令、兵站の確保、陣営の設営、
展開すべき陣形などについて、さまざまな指示を出し始める。




