プロパガンダ
涼介の2LDKのアパートの呼び出し音が鳴る。
インターフォンに出ると、大量の荷物が届いているらしい。
サーシャが作り上げた小冊子が10万部、印刷業者から納品されてきたのだ。
小冊子の出来に感激したサーシャは、
手伝ってくれた大きなお友達のイラストレーターと
パソコンでビデオ通話し、
感謝の旨を伝える。
画面の向こうで、
いい年こいたおっさんが、のぼせ上がって言う。
「よ、よかったな。
俺で良かったら、
い、いつでも声かけてくれよ」
あんた、仕事いっぱい抱えてて、
ボランティアでこんなことやってる場合じゃないだろう?
涼介は、小冊子のページを捲りながら、考える。
たしかに、よくできた小冊子だが…。
これって、内容的には、ガリア戦記とかぶるよな。
基本的に、ガリア戦記ってのは、
カエサルが、自分のガリア、ゲルマニア、ブリタニアでの業績を
本国のローマ人にアピールするために書いたものだ。
二千年後の、21世紀においてすら、
史上最高のラテン語文書の1つとされているほど、よく出来ている。
平易で、シンプルで、読みやすく、透明感があり、迫力満点。
ローマ史上最高の弁論家にして文筆家キケロも絶賛している。
一読すれば、誰でもすぐに、カエサルの天才性を理解できるものだ。
涼介が額にシワを寄せて、サーシャに聞く。
「これ、むしろカエサルの宣伝になってない?」
サーシャがさらりと言う。
「そうだよ。
本質的には、
カエサル自身が、いつもやっていることと同じさ」
…?
そうか、結局、カエサルと仲良くなっておいて、
カエサルと講和条約を成立させようという腹か。
冷静に計算してみれば、
ローマ軍75万兵を根絶やしにするまで戦うのは、
どうみても現実的じゃないからな。
たとえ戦闘における兵士の損耗が100対1だったとしても、
先に全滅するのはヴァルルニ族の方だ。
結局は、どちらかが全滅するまで戦うわけにはいかず、
なんらかの落とし所を見つける必要がある。
その時のための布石か。
それに加えて、
同じ文章を大量に印刷する能力を
カエサルに見せつけるだけでも、
十分に意味がある。
カエサルは、マルクス・キケロのプロパガンダ能力を
非常に警戒し、なんとか彼を取り込もうとしている。
印刷機をフルに使えば、こちらのプロパガンダ能力は、
ある面では、マルクス・キケロさえも越える。
そのことをカエサルが認識すれば、
かなり状況が…。
同居人たちに手伝ってもらいながら、
その小冊子を1000部ずつビニール袋に小分けして、
木箱に入れる。
ゲートを開き、それらを台車で、
ティオにあるサーシャの自宅を経由して、
ビルフィート家の家長ドムナルの家に運び込む。
ドムナルが言う。
「この木箱に入っている書物を、
できるかぎり分散させて、
早急に世界中にばらまくように手配すればいいんだな?」
サーシャが答える。
「はい。
ラテン語バージョンのものはイタリア半島を中心とするラテン語圏に、
ギリシャ語バージョンのものはギリシャを中心とするギリシャ語圏に、
ばらまいてください」