襲撃許可
セノルテス族の領地。
空には、重苦しい鉛色の雲が垂れ込めている。
私の名前はエリス。
ヴァルルニ族の集落で生まれ育った。
11歳のときに、集落がセノルテス族の襲撃を受け、このカルラトス家に連れてこられた。
以来、4年間、ジルゲル・カルラトスの寝室で飼われている。
ジルゲルに組み敷かれている間、姉のルリーカと一緒に、麦わらのベッドで眠ったときのことを思い出し、また涙が出てきた。
4年も経ったのに、未だにこの境遇に慣れない。
ジルゲルは、私が泣くと、喜ぶ。
泣いて嫌がる女を蹂躙するのが好きなのだと言う。
風のうわさで、私が生まれ育った集落が、ローマ軍に蹂躙されたと知った。
姉のルリーカは、きわどいところでサーシャ様に救われ、今、城市ティオで暮らしているらしい。
ルリーカに会いたい。
また、涙が出てきた。
エリスが中庭の隅で、
全身に付着したジルゲルの体液を洗い流していると、
中庭で、ラウェリンが何やら大声で訴えているのが聞こえてくる。
ラウェリンは、ジルゲルの息子だ。
ラウェリンが、悲痛な面持ちで言う。
「今の若者には、未来がありません」
ラウェリンとジルゲルは、剣術の稽古中で、上半身裸だ。
ラウェリンが、古傷だらけのジルゲルの身体を、うらやましそうに眺める。
そのほとんどは、近隣部族への襲撃の際に負ったものだ。
ジルゲルは、襲撃によって、武勇を示し、富を得、名声を獲得し、多くの従者を得、今の地位を築き上げたのだ。
ラウェリンが続ける。
「父上の若かりし頃には、襲撃によって富と名声を獲得するチャンスがありました。
しかし今の若者には、成り上がるチャンスがありません。
カエサルによって、襲撃の自由を奪われてしまったからです。
我々は、カエサルに去勢されたも同然なのです」
父親のジルゲルは、自分が過去に行った、近隣部族への襲撃の思い出を反芻する。
殺戮。略奪。強姦。
今思い出しても、血潮がたぎり、股間がうずく。
あれは、何物にも代えがたい至高の喜びであり、未来への扉だ。
カルラトス家には、たくさんの頭蓋骨が飾ってある。
その多くは、カルトラス家が先祖代々、倒してきた戦士たちのものだ。
セノルテス貴族のカルラトス家は、昔から、他部族への襲撃と戦争によって、勢力を拡大し、繁栄してきたのだ。
そこに、ラウェリンの兄、ビオラーハが駆け込んできて、大声で叫ぶ。
「おい、聞いたか?
カエサルが、ヴァルルニ族への襲撃を許可したって」
ラウェリンが仰天する。
「まさか」
「ほんとうだ。
ヴァルルニ族へ対してなら、殺戮・略奪・強姦、誰でも、好きなだけ、なんでもやっていいそうだ」
ラウェリンが雄叫びを上げる。
うおおおおおお。
やっと、やっと、俺にも、チャンスが回ってきた。
生きてて良かったです。
神様、ありがとう!
「しかし、急がないとまずい。
何十というガリア部族がやってくる。
ゲルマン人まで、はるばる遠征してきている。
世界中がヴァルルニ族に襲いかかる。
もたもたしていると、あんな小さなヴァルルニ族など、
あっという間に、略奪しつくされてしまう。
我々の取り分なんて、残らないぞ」




