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蛮族の雄叫び

晩夏の夕日に照らされたスターバックス。

店内に入ってきた涼介とサーシャに、視線が集中する。


涼介もサーシャも、人々の注意を引きつけるようなことは何もしていない。

服装もごくありふれたものだ。

むしろ、人よりも静かに動く。


フラペチーノをすすっていた女子高生たちが、

ちらちらと見ながら、目を丸くして、

なにかしきりに話している。

「すごいね!」

「どっちが?」

「どっちもよ!」


たしかに186cmという涼介の身長は日本人にしては高めだったが、同じぐらいの身長の日本人はいくらでもいる。

106kgという涼介の体重も、日本人としては重たい方だが、同じぐらいの体重の日本人はたくさんいる。

『体脂肪率8%で体重106kg』という体型は、たしかに珍しいが、騒ぐほどではない。


涼介を目立たせているのは、その佇まいだ。

ネコ科の大型獣を思わせる身のこなし。

優雅に動いているのに油断がない。

なんの威嚇もしていないのに物騒。

それでいて、どことなくコミカル。

それらが醸し出す非日常性が、退屈な日常空間に撒き散らされている。



一方、サーシャの方は、別の意味で目立っていた。

先程の女子高生たちがささやき声で会話を続ける。

「あの子、この世のものとは思えないほど綺麗ね」

「強烈な、妖しい魅力ね」

「なんか、変な気分になってきちゃった」

「同性愛に目覚めた?」

「目覚めた。完璧に目覚めた。胸がドキドキする」



席についた涼介が、

キャラメルマキアートを一口すすってから言う。

「結局、お母さんは、何をしに行ってるわけ?」


サーシャはカフェモカをすすって、

口の周りにクリームをつけたまま言う。

「対ローマの隠密作戦を遂行中だ。

これ以上は言えん」


涼介が聞く。

「お母さんは、可奈だと思うか?」


「私も、それを疑っている。

母さんは、生前の話を、ほとんどしてくれなかったので、よくわからないんだけど。

可奈さんは、どんな人だったんだ?」


「すごく友達思いで、優しい子だったよ。

呼吸するように、身を挺して友達を守るんだ。

俺があいつに助けられたときは、

一生こいつに、ついて行こうと、思っちゃったね。

ただ…」


「ただ?」


涼介が、複雑な表情で言う。

「友達が危険にさらされた時は、

容赦なく敵を排除したんだよね」


「たとえば、どんな風に?」


涼介が語り始める。



---



たしか、

可奈からあのゲートデバイスを渡された日の、

数週間後だったと思う。


小学校の帰り、友達といっしょに、

駄菓子屋でアイスを買ったんだ。


可奈や同級生たちが先に行ってしまうと、

駄菓子屋のオバちゃんが、俺に耳打ちした。

「あの子たちとは、遊んじゃダメよ」


え? なんで?

あの子たち、すごい兄ちゃんたちと、知り合いなんだぜ。

ちょーかっこいいイレズミ入れて、サングラスかけて、すごい服で…。



---



オバちゃんのその言葉を再び思い出したのは、

中学に入ってからだ。


どういうわけか、その子たちは、

中学に入ると、そろいもそろって、

どうしょうもないゲス野郎になっていた。



---



夏休みも近づいた、7月中旬のことだ。


鈴原中学校の運動場のわき。

石段に、2人の少年が腰掛けていた。

三年二組の永野尚純と堀川慶太だ。



校庭を横切って平岡辰雄がやってくる。

手にレジ袋を下げている。


永野がジロリと睨んで言う。

「おせえぞ」


平岡はレジ袋からアイスバーを取り出して、

永野と堀川に1つずつ差し出しながら言う。

「悪い。先輩に捕まっちゃってさ」


平岡が言う。

「で、用って?」


強い日差しを浴び続けた石段から熱気が立ち昇り、

空気が揺らめいている。


永野が言う。

「橋本可奈と一条沙織、

マジでムカツクじゃん?」


真っ黒に日焼けした永野の首筋に、汗が流れる。


平岡が言う。

「というか、

みんなで徹底的にボコボコにして

『二度と逆らいません』って言わせた後、

素っ裸にして、首輪をつけて、

犬みたいに四つん這いにさせて飼いたいよね。

橋本可奈と一条沙織は、いつでも尻を突き出してて、

みんなで自由にやれるの」


いつもの平岡の妄想トークだ。


このくらいの年頃の少年が、

こういう妄想をするのは珍しくもなかったが、

それを口に出してしまうのが、

平岡の平岡たるゆえんだ。



永野が丸い棒状のアイスバーを

舌の先で舐めまわしながら言う。

「口もね」


狡猾で外面を取り繕うのが巧い永野は、

女子が見ていない時だけ、平岡に同調する。



直情型の堀川が怒りと憎しみを込めて言う。

「あの正義の味方づら、

ほんとに吐きそうになったわ」


「だよな。

なんで俺たちを悪者にして、

自分たちだけ良い子になるんだっちゅーの」


あまり清々しいとは言えない内容の会話を洗い流すように、

気持ちのよい風が吹く。

石段の後ろの松林がざわめく。


「でさ、ほんとに輪姦しちまおうって話になってさ」


平岡が露骨にガッカリする。

「それ、何年も前からずっと言ってるじゃん」


平岡は妄想はするが、

それを本気で実現できるとは思っていなかった。


「いや、今回はちゃんと具体的な計画があんだよ」


「どうやって?

警察に捕まるだろ?」


「捕まらないやり方を、

高校の先輩に教わってきたんよ」


平岡が疑わしそうな顔をする。

「ほんとかよ」


「ほんとだって。

実際に自分の目で、見てきたもん。

ていうか、俺もやらせてもらった。

先輩たちがやり終わった後にだけど」


平岡が仰天する。

「まじかよ!?

なんで俺も呼んでくれなかったんだよ!?」


「だから今回は、お前も呼んでやったんじゃないか」


「うおー。持つべきものは友達だな!」

つばを飛ばしながら「で、どうやんの?」


永野が計画の具体的な内容を説明する。


「な?これならいけそうだろ?」


平岡が感心しきりという風に言う。

「先輩たち、そんなふうにやってんのかー。

知らんかったわ」


「どうする?お前もやる?」


「あったりまえじゃん。

このチャンスを逃したら、一生後悔するよ」



---



鈴原中学校近くの空き家に、

15人の男子中学生が集まっていた。


14畳の畳の居間の中央には、

手枷、足枷、ロープ、特殊用途のムチ、各種性的玩具、

特殊用途の写真集などが集められている。


テニス部の御子柴(みこしば)立彦(たつひこ)が言う。

「橋本可奈と一条沙織を犯っちまっても

警察に捕まらない理由を、

俺にもちゃんと教えてくれ」


堀川慶太が、周りの少年たちを見回して言う。

「八宮北高校に行ってる俺の先輩で、

藤堂って人がいる。

この人、いままでに3回、女をやってる。

一度も警察に捕まってない」


「ただのホラじゃねえの?」


「そのうち1回では、俺も呼ばれた」


「お前もやったのか?」


「先輩たちが、大勢で何時間もかけて、

穴という穴をめちゃくちゃにやりまくって

ドロドロにした女を渡されて、

『好きにしていい』って言われた。

眼の焦点が合ってなくて、ションベン垂れ流してて、

ビクビクと怯えて、なんでも言うことを聞くように

なったやつをやらせてもらったよ」


「どうしてその女、警察に訴えなかったんだ?」


「『警察に喋ったら、ナイフで顔を切り刻んでやる』

って脅しつけた」


御子柴が、疑い深げに聞く。

「それだけ?」


「ウンコを食わせて写真を撮った。

犬とやらせて写真に撮った。

それをネットでばらまくって脅した」


「それだけで?」

まだ御子柴は疑っている。


堀川は、わからねえやつだな、という顔をして続ける。

「『スカトロ女と獣姦女だけは、付き合いたくない』

って男はけっこういるだろ?」


今度の説明は、

少なくともこの少年たちには、

理解できるものだったようだ。


「たしかに、ウンコを食ったことのある口と

キスなんてまっぴらゴメンだな」


「犬のを突っ込まれたようなところに、

自分のを突っ込むのは嫌だな」


と、共感を呼ぶ。


堀川が言う。

「犬の食いかけのメシを、人間が食ったりしないだろ?

犬に一度でもつっこまれた穴は、

もう犬用になるんだよ」


ようやく、御子柴も腹落ちした様子で言う。

「なるほどね。それは分かるわ。

だから女も、それをみんなに知られたくないと思うってわけか」


「警察に喋ったら、それがみんなにバラされちゃうじゃん。

女は、それを恐れてしゃべんないんだろうね」



「武器はどうする?」


「15人の男で2人の女を襲うのに、

武器なんかいるか?」


「でも、橋本可奈は、古武術をやってるだろ?」


堀川が笑う。

「女はいくら武術をやっても、強くならないって」


「だよな。

高校で空手をやってる先輩が言ってたんだけどさ、

空手の女子の日本チャンピオンが、

空手を始めて半年の男と互角だったって」


「えー、日本チャンピオンでも、そんなもんなの?」


「そんなもんだって。

女はいくら武術を学んでも、

素人の男にあっさりやられちゃうのさ」


「それが現実。

女が男を倒せるのは、マンガやアニメの中だけ」



---



橋本可奈と一条沙織が、

自転車で下校していく。

この2人は家が隣同士なので、よく一緒に帰る。


いつものように、

廃工場と空き家の間の道を通って行く。


その空き家の陰から、

ばらばらと少年たちが飛び出してきて、

前方の道を塞ぐ。


二人がブレーキをかけて自転車を停め、

反転する。


そちら側にも少年たちが現れて、道を塞ぐ。


前も後ろも塞がれた。


なら、横に逃げるしかない。


可奈たちは、ハンドルを左に切り、

廃工場の正門から中へと入っていく。


少年が言う。

「よし。予定通りだ」


少女たちにつづいて、

14人の少年たちが廃工場の中に入っていく。


少年たちは、3メートルを超える巨大な鉄の門を閉め、閂をかける。

そこに南京錠を掛ける。


廃工場の周囲を囲んでいる壁は3メートル以上の高さがある。

その上から鉄条網が生えている。

門の上にも鉄条網が生えている。

外から忍び込むのも難しいが、中から脱出するのも難しい。


平岡が「やったっ」と飛び跳ねる。

「完全に閉じ込めた!」


他の少年たちも、肩を抱き合って、

大喜びで跳ねまわる。


「あとは、慌てず、確実に捕まえて、

やりまくるだけだ」


少年たちは、少女たちが入っていった方向へと歩いて行く。


総勢14人。

もともとは15人で決行する予定だった。

しかし、当日になってバスケ部の菱川大介が体調不良で学校を休んだ。


「菱川の野郎、びびって逃げやがったんじゃねえの?」

と陰口を叩く者もいたが、

「人数少ない方が、女が回ってきやすくなるから、

減ってくれて嬉しい」

と言う意見も多かった。


御子柴が股間を手で押さえながら言う。

「うお。もう限界」


「おれ、この日のために3日間禁欲した」


「俺は土曜日からずっと」


「俺は一昨日からだ」


平岡が悔しそうに言う。

「我慢しすぎて、昨夜、夢精しちゃって…」


少年たちがどっと笑う。

和気あいあいとした雰囲気だ。


少年たちは、それぞれスポーツバッグを持っている。

首からカメラを下げている少年も2人いる。

犬を連れている少年もいる。


スポーツバッグの中には、

手枷、足枷、ロープ、特殊用途のムチ、各種性的玩具が入っている。


可奈たちを縛って吊り下げて、

ムチで叩いて泣かせながら犯すつもりなのだ。


少年たちが奥まで歩いて行く。


工作室のような部屋がある。


その扉が閉められていて、

その前に橋本可奈が一人で立っている。


工作室の天井付近の窓が開いていて、

沙織が外を覗いている。


沙織の右脇には、何か黒い布を被せられたものがあったが、股間がうずいてしょうがない少年たちは、それがなんだか深く考えようとはしなかった。


堀川が言う。

「先に可奈をやっちまおう」


可奈が涼しい顔をして言う。

「なんの用?」


平岡がニヤニヤしながら言う。

「お前、バカ?

お前らをやり来たに決まってるだろう?」


「なにを『やる』んだい?」


「可奈って、マジもんのバカだったんだな」

「お勉強ばかりしてると、こうなっちゃうのかね」

「お前らをみんなで犯しに来たんだよ。強姦。輪姦。レイプ」


可奈がそっけなく言う。

「警察に通報する」


堀川がドスのきいた声で言う。

「そうする気がなくなるように、

やりまくったところを写真に撮ってやる。

その後、ウンコを食わせて、それも写真に撮る。

最後に犬とやらせて、それも写真に撮る。

警察にちょっとでもしゃべりやがったら、

その写真をばらまき、

鼻をそぎ落とし、

唇を切り取ってやる。

一生後悔することになるぜ」


少年たちは、可奈が真っ青になってガタガタ震えだすだろうと思って、ニヤニヤしながら見ていた。


しかし、可奈は微塵も怯えてなかった。

それどころか、裁判官が高所から判決を言い渡すかのような威厳を持って言い放つ。

「どんな脅しをされようが関係ない。

絶対に警察に通報する。

私が生きている限り通報する」


少年たちが仰天する。


想定外の事態にどうしていいか分からなくなり、みんなで顔を見合わせる。

動揺が広がっていく。


御子柴が堀川の方を向いて言う。

「おい、話が違うじゃねーか」


「やばいんじゃねえのか」


「どうする?」


「しゃれにならねーぞ」



可奈が追い打ちをかける。

「諦めて帰れ。

ただし、これで終わりじゃないぞ。

これは既に立派な強姦未遂だ。

警察に通報する。

お前らは既に全員犯罪者だ。

もう逃げ場なんてどこにもないぞ」



追い詰められて真っ青になったのは、

少年たちの方だった。


さらに動揺が広がっていく。

「どうすんだよ?」

「俺たち、もう高校へいけないぞ」

「中卒で働くしか」

「犯罪者を雇ってくれる会社なんてないだろ」

「もう、一生…」

「ちきしょう」

「平岡のせいだぞ」

「堀川が…」


堀川が血走った目で叫ぶ。

「うるせえええええ。

こいつらを犯しまくった後、二人とも殺す。

そうすれば、警察に通報されない」


永野も狂気をたたえた目で言う。

「俺も堀川と同じ考えだ。

こいつららを犯しまくった後、殺す。

殺して埋める。

そうすれば、警察にばれない」


堀川が少年たち全員に向かって言う。

「なあ、みんな。

ここでやめたら俺達は全員、警察に通報されて犯罪者だ。

警察に通報されないためには、もうこいつらを殺すしかないだろ?

みんなで、こいつらをやりまくった後、殺して埋めちまおう。

それしかないって」


少年たちが、その場の空気に流されて、口々に同意する。

「そうだ、殺そう」

「とことんやりまくってから殺そう」

「殺せば、全て問題なくなる」

「殺すのに賛成」

「殺すに決まってるでしょ」

「どうせ殺すのなら、どんな犯し方でもできるぞ」

「歯を全部へし折ってしゃぶらせよう」

「手足を全部へし折って犯そう」

「目の玉を繰り抜いてつっこもう」

「喉を潰してしゃべれなくして、首輪をつけて、こっそり廃屋で飼おう。みんなで毎日やれるぞ」



可奈はため息をつくと、スカートを脱ぐ。


白い木綿のパンツと見事な太ももが露出する。


身長176cm、体重73kgの可奈の身体は、

白く輝く流線型のスポーツカーをイメージさせる、

力強い美しさがある。



少年たちの目が可奈の下半身に引きつけられる。


少年たちが自分の股間に手をやり、

痛いほど膨らんだものの位置を調整する。


下手に動くと擦れた刺激で出てしまいそうだ。


自分の心臓の鼓動が聞こえる。


呼吸も速くなる。


可奈の股間と口と肛門を凝視している少年もいる。


はやくあそこに突っ込みたい。

早くあの乳房を揉みしだきたい。


カチャカチャとベルトを外しはじめる音がする。


ズボンやパンツを脱ぎ始めている少年がいる。



可奈は、中央やや左よりにいる猪口紀洋に目を向ける。


猪口は、身長181cm、体重94kg。


砲丸投げで県大会ベストフォーに入るも、

暴力事件を起こして退部させられていた。



可奈に見つめられた猪口は、

ブリーフの中でカチカチに怒張したものを

ビクビクさせながら、

「諦めがいいな」と言う。


何の前触れもなく、

可奈が猪口との間合いを素早く詰め、

スカートを顔に投げつける。


不意打ちされて驚いた猪口が、

スカートを手で払いのけている零コンマ数秒の間に、

可奈は、飛び込んだ勢いそのままに、

右半身全体を太く巨大なムチのようにしならせて、

右腰ごと右脚全体を叩き込むつもりで

蹴り上げる。


工場内に異様に大きな音が響き渡る。


2つの睾丸が、それを包んでいた陰嚢ごと破裂し、

内容物がブリーフの両脇から噴き出す。


すさまじい激痛が猪口を襲う。


瞬時にして去勢された猪口は、

臓器が消失した股間を両手で押さえ、

膝をつき、崩れ落ちる。


アスファルトに横たわって口をパクパクとさせている。

声は出ない。



想定外の大音響にショックを受けた他の少年たちは、

足がすくんで動けない。


人間は、不意打ち的に大きな音を聞くと、

身がすくんでしまう生き物なのだ。



可奈は少しも息を乱さずに言う。

「痴漢に襲われた女の子が金蹴りをするのは、

よくあることだろ?」



倒れて白目をむいて口から泡を吹いている猪口のズボンの裾から、血が流れ出して広がっていく。



一人で複数を相手にケンカする場合、

一番端の一番弱いやつから、

各個撃破していくのが定石だ。


中央の強いやつから倒そうとすると、

そいつに手こずっている間に、

左右の奴らに掴みかかられて動きが鈍り、

その間に中央の強いやつに

ボコボコにやられてしまうからだ。


もしくは、中央のやつに手こずっている間に、

左右の奴らに掴みかかられ、

引きずり倒され、

ボコボコに蹴りまくられてしまう。


しかし可奈は、今回は定石とは異なる戦術でいくことにした。


少年たちが可奈を過小評価しているフシが見られたためだ。


一般に、敵軍が自軍を過小評価している状態は、

最高のチャンスとなる。


『相手に見くびられる』ことほど美味なチャンスはない。


『相手に見くびられる』と、

自分は敵にとって『想定外に有能な敵』になる。


戦いにおいて『想定外に有能な敵』は、しばしば死神となる。


実際、ユリウス・カエサルに率いられたローマ軍は、

度々、『わざと敵軍に自軍を見くびらせる』という戦術によって

『死神』と化し、敵軍を殺戮し、自軍を大勝利に導いている。



しかし、その程度のことは天才カエサルでなくても分かる。


可奈も、このチャンスを見逃すほど愚かではなかった。


敵軍が油断している今のうちに、

一番やっかいな敵軍の主力部隊を、

出会い頭の奇襲で潰してしまえれば、

非常にオイシイ。


その奇襲が、今の金蹴りだったのだ。



テニス部ナンバーワンの怪力を誇る

御子柴が可奈に近づいてくる。


御子柴は、身長182cm、体重86キロ。


腹筋が六つに割れているのが自慢で、

なにかにつけ、

上半身裸になって割れた腹筋を見せびらかす、

ナルシスティックな男だ。


一方、可奈にとって、一人で歩いて近づいてくる御子柴の姿は、

『敵の主力歩兵部隊が、

回りこみ要員の騎兵を左右に配置せず、

弓兵や投石兵などの援護射撃も受けず、

孤立無援でノコノコやってくる』

ように見えた。


これほどオイシイ各個撃破のチャンスは、

そうそうなかったし、

そのチャンスを見逃すほど、可奈は愚かではなかった。


神はめったにチャンスを恵んでくれない。

ほとんどのチャンスは、敵が恵んでくれるのだ。



御子柴は、

「なーに、掴んでしまえば、女の力では男にはかなわないさ」

と言い、

左手で股間をガードしながら、

右手で可奈をつかもうとする。


可奈は、ほとんど視認できないほどの高速度で、

その右手を両手で掴んで関節を極め、

腕をへし折りながら、

御子柴の身体を腰に乗せて高く跳ね上げ、

御子柴を顔面から地面に叩き落とす。


御子柴の右顔面が斜めにアスファルトに激突して轢き潰され、真っ赤なひき肉になる。


一瞬、地面に斜めに突き刺さったかのような体勢になった御子柴の身体が、ドサリと倒れる。


御子柴の首は異様な角度で曲がったままで、

ぴくりとも動かない。


御子柴の顔面から流れだした血がアスファルトに広がっていく。



可奈が平然と言う。

「か弱い女の子が、身を守るために護身術を身につけているのも、よくあることだろ?」



可奈と同じぐらいの体格の辻岡が、

決死の形相で、後ろから可奈に抱きつく。


可奈は辻岡の右手の人差指を右手で握り、

捻り上げる。


すごい激痛に、

辻岡が「ぎゃ」っと叫んで逃れようとするが、

可奈は握った指を離さず、

腕関節まで極めて自由を奪い、

辻岡の髪の毛を左手で掴み、

辻岡の顔面を、工作室のドアの取っ手に叩きつける。


取っ手が辻岡の口に突き刺さり、

辻岡の歯と上顎が砕ける。


可奈が辻岡の顔面をヌポっと取っ手から引き抜くと、

辻岡の口にポッカリと取っ手の形の真っ赤な穴が開いていた。



可奈は辻岡をアスファルトの上に投げ捨てる。

辻岡が、動物のような唸り声を上げ、

涙と鼻水と大量の血をまき散らしながら

転げまわる。


少年たちの顔に血しぶきがかかる。



本来なら、少年たちが可奈を倒すのは簡単なことのはずだ。


かつてカルタゴの天才軍略家ハンニバルが

カンネーの戦いでローマ軍を殲滅した時のように、

可奈の左右と背後に兵を回りこませ、

包囲殲滅すればいいだけだ。


大人数の体格の大きな少年たちに

前後左右から掴みかかられば、

可奈はひとたまりもなく引きずり倒されてしまうだろうし、

そうなれば、あとはリンチするなり輪姦するなり、好きにできるはずだ。


しかし、この集団は、誰がリーダーだが不明確で、

各人がろくに連携せずにバラバラに動いていた。


こういう状態では、

せっかく大人数でたった一人を取り囲んでいるという

圧倒的に有利な状況も、活かしにくい。



想像をはるかに超える惨劇が目の前で起きたことのショックで足がすくんでいた、身長178cm、体重107kgの肥満体の池尻太一に、

可奈が間合いを詰め、

自分の右手の人差指を、池尻の鼻の穴に根本まで突っ込む。


鼻の奥で爪を立て、

鼻の内側の粘膜を一気に引き裂きながら、

指を引き抜く。


激痛とともに、ものすごい量の血が池尻の鼻から溢れ出してくる。

池尻が屈んで口を開けたところに、

可奈のスニーカーの先端が歯をへし折りながら、

喉の奥まで突き刺さる。


可奈がグポっという音とともにスニーカーを引き抜いて振り向くと、

他の少年たちが、後退る。



「『女は武術をやっても男にはかなわない』

って言ってたの誰だっけ?」


堀川が慌てて言い繕う。

「こんなの武術じゃねえ。

反則技ばっかりじゃねーか」


「女子の空手チャンピオンは、

空手を始めて半年の男にかなわないんだろ?」


「これが空手の試合なら、

この女はとっくに反則負けしてる」


平岡が言う。

「卑怯なことばっかりやりやがって。許せねえ」


他の少年たちも平岡に同調する。

「まともにやったら、絶対に男にかなわないくせに」

「インチキしないと、女は勝てないんだよ」

「汚えやつだ」

「絶対に許さねえ」

「とことんまで犯し抜いてやる」

「二度と逆らう気がなくなるまで、犯して犯して犯しまくる」

「穴という穴が擦り切れるまで犯してやる」

「手足を踏み砕きながら犯してやる」

「俺のぶっといやつで、肛門を引き裂きながら犯してやる」



可奈は、『え?』と思う。


これだけのものを見ながら、

まだ可奈の実力を過小評価しているのは、

少々予想外だった。


こいつらの正常性バイアスが強いということか。


人間は、めったに起きない異常事態が起きると、

その異常事態が起きていることを、

信じようとしない傾向がある。


『屈強な少年よりも強い少女』という、

見たことも聞いたこともない存在が目の前に現れて、

「まさか、そんな少女がいるわけがない」

「なんかの間違いだろう」

と思い込んで、

『現に目の前で起きていることを否定してしまう』

という信じられないことをする。



戦闘においては、評価に関する4つの能力が、

物理的戦力を数十倍もしくは数十分の一にする。

(1)相手を過小評価しない能力。

(2)相手を過大評価しない能力。

(3)相手に自分を過小評価させる能力。

(4)相手に自分を過大評価させる能力。


ローマ史上最高の天才カエサルは、

この4つの能力全てが非常に高く、

そのため物理的にはるかに大きな戦力を持つ敵を

撃破しまくった。


一方、カエサルとは対照的に、

この少年たちは、この4つの能力全てが非常に低かった。


こういう相手は、実際に保有する物理的戦力よりもはるかに弱い。



可奈は無表情かつ無言で平岡との間合いを詰め、

左手を散手で平岡の顔に叩きつける。


指が目に当たり、

一瞬、平岡の視界が奪われる。


その一瞬のうちに、

可奈は平岡の腕関節を極めてへし折りながら投げ飛ばし、

顔面からアスファルトに激突させる。


パーンと音がして、

何かが四方に飛び散って行く。


平岡の身体がドサリと倒れ、

ひき肉になった顔面から血が広がっていく。



可奈が平岡を投げ飛ばしたときにできた隙を突いて、

別の少年が可奈を羽交い締めにする。


可奈は身体を前にかがめ、

思い切り反動をつけて反り返る。


可奈の後頭部が少年の顔面に激突し、

その少年の鼻の骨がへし折れ、

その少年がたまらず手を離す。


羽交い締めにされて無防備になった可奈に、

前から掴みかかろうとしていた少年のみぞおちに、

可奈の強烈な前蹴りが突き刺さる。


その少年が腹を押さえて、

膝をつき、

ゲロを吐く。


その少年の顔面に可奈のスニーカーが突き刺さる。


可奈が少年の顔を蹴飛ばしている隙に横から掴みかかってきた少年に、可奈の裏拳が叩き込まれ、折れた前歯が喉の奥に飛び込み、その少年が咳き込んで歯を吐き出す。


アスファルトの上を歯がカチャカチャと転がっていく。



頭の切り替えがあまり速いとは言えない少年たちも、

ようやく可奈を『過小評価』するのを止め、

連携して包囲攻撃をするようになってきていた。


しかし、包囲攻撃は、連携のタイミングが少しでもずれると、

無残な失敗に終わる。


カエサル率いるローマ軍が包囲殲滅されそうになった時、

ローマ軍は、包囲しようとしていた敵軍を各個撃破して打ち破ってしまった。


前後左右から敵に包囲攻撃されたときに、

敵の前後左右の部隊の連携タイミングが合っていなければ、

包囲された側は、

最初に全力で前の敵を倒し、

それが終わった後に右の敵を倒し、

それが終わった後に後ろの敵を倒し、

最後に左の敵を倒せばいい。


包囲した側は、

部隊を前後左右の4つに分割したことで、

各個撃破の餌食となっただけだ。


包囲殲滅戦は、前後左右の部隊がタイミングを合わせて同時攻撃することではじめて、威力を発揮する戦術なのだ。


可奈に前後左右から襲いかかった少年たちは、

このことが分かっていなかった。


だから、後ろから可奈を羽交い締めにする少年と、羽交い締めにした可奈を前から攻撃する少年のタイミングが十分に合っていなかったのだ。


敵が恵んでくれたこのチャンスを、

抜け目のない可奈が見逃すはずもなかった。


可能な限り素早く、

後ろの羽交い締めにした少年を各個撃破し、

少しタイミングがズレて攻撃してきた前の少年のみぞおちに前蹴りを叩き込んで各個撃破し、

横から攻撃してきた少年に裏拳を叩き込んで各個撃破したのだ。



可奈が残った少年たちを見回す。


敵主力部隊の殲滅が完了し、あとは、可奈以下の体格の少年ばかりだ。


この時、中学3年生男子の平均身長は164~167cm、平均体重は53~58kg。


身長176cm、体重73kgの可奈の体格は、

当時の平均的な中学生三年生男子の体格をはるかに凌駕する。


ボクシングだと、これだけ体重差があると、

ほとんど試合と呼べるものにはならない。



可奈が、『敵に自分を過小評価させる』モードから、

『敵に自分を過大評価させる』モードに切り替える。


敵を過小評価すると敵は死神と化すが、

敵を過大評価すると敵は魔神と化す。


自分を過小評価していた敵が『想定外に有能な敵』に仰天して狼狽えている時こそ、敵に自分を過大評価させ、魔神に変身するチャンスなのだ。

ヤクザのシノギは、この『敵に自分を過大評価させる』ということによって成立している部分が大きいが、これは一般的なビジネスにおいてもよくあることだ。

さらに言うなら、そもそも日常の人間関係全てにおいて、この『過小評価』と『過大評価』は、いろんなシーンで決定的な役割を果たしている。

人間社会には、実に多くの『死神』と『魔神』が跋扈しているが、それは人々の目には見えない。

見えないからこそ、彼ら彼女らは『死神』や『魔神』でいられるのだ。



可奈が、古代の蛮族の戦士のような凄まじい雄叫びを上げる。


文明社会に慣れきった少年たちが生まれてはじめて聞いた、

真に野蛮で情け容赦のない、

むき出しの攻撃意志の奔流だった。


少年たちは仰天し、足がすくみ、

腰が引け、金玉が縮み上がる。



可奈の敗残兵狩りが始まる。


可奈が棒立ちになってる少年の膝に、

体重を載せた踵を蹴りこむ。


靭帯が切れる嫌な音がして、

膝が通常とは反対方向に折れ曲がる。


あり得ない角度で曲がった膝を抱えて絶叫する少年を見て、他の少年たちの血の気が引く。



可奈は間髪おかずに、別の少年の喉に手刀を叩き込む。


気道を潰されてもがいている少年の髪の毛を掴んで引き寄せ、膝蹴りを顔面に叩きこむ。


浮足立って逃げ出そうとした少年を後ろから突き飛ばす。


少年が転倒して、

アスファルトの上で手のひらと膝をすり、

皮がなますのように垂れ下がる。


四つん這いになっているその少年のアキレス腱を力任せに踏み砕く。


少年が「いいいい」という動物のような悲鳴を上げる。



顔面蒼白になった少年たちが、総崩れになって走って逃げ始める。


足の速い可奈は、少年たちに追いつき、

つぎつぎと少年たちの背中を押して、転倒させる。


人間は、走っているときに背中を押されると、

簡単に転倒する生き物だ。


アスファルトの上で転倒して、

ヤスリのようなアスファルトで手足を擦りむいて呻いている少年たちの手足の関節を、

可奈が容赦なく踏み砕いていく。


少年たちがものすごい悲鳴を上げて、

泣きながらのたうち回る。


残りの少年たちは、

なんとか可奈から逃げようと逃げ場を探すが、

完全に敷地内に閉じ込められていて、

逃げ場がない。


恐怖のあまり失禁し、

泣き叫びながら逃げ惑う少年たちに、

まるでターミネーターのように可奈が襲いかかる。


可奈に追い詰められた少年が転倒し、

涙と鼻水とヨダレと小便を垂らしながら這って逃げる。


可奈が助走をつけ、サッカーの一流選手がボールをはるか遠くに蹴り飛ばすときのように全身を大きく反らせ、痛烈なトーキックを、少年の肛門に叩き込む。


可奈のスニーカーのつま先が、ズボンとトランクスを引き裂き、足首まで深々と突き刺さる。


可奈が足をヌポっと引き抜くと、可奈の足の大きさにまで拡張された肛門から大量の血と糞便が流れ出す。


肛門の括約筋が断裂してしまったため、

尻の穴は開きっぱなしで閉じることができず、

糞便はいつまでも垂れ流し状態だ。


凄まじい激痛で、少年の血走った眼球が半ば飛び出し、

少年の断末魔のような絶叫が廃工場の敷地内に響き渡る。



可奈はガリア戦記第8巻を思い出していた。


ガリア戦記第8巻には、敗北したケルト部族に対してカエサルが行ったこととして、以下のように書かれている。

「……各地で同じような反乱が相次げば収拾がつかなくなるので、新たな反乱を未然に防ぐためには、見せしめが必要と考えたからである。そしてこう決心するや、武器を向けた者達全員の両手を切り落とし、悪行に対する処罰がいかなるものかを見せつけた。」(中倉玄喜訳ガリア戦記より引用)



---



「可奈さんは、警察に捕まらなかったの?」


「当日、体調不良で欠席した少年がいたろ?」


サーシャが驚く。

「あっ」


「そう。彼はスパイだったのさ。

だから、情報が筒抜けで、

少年たちが空き家に集まって計画を立てた様子も、

少年たちが可奈を殺すのなんのと言った様子も、

録画されていたんだ」


「それを証拠に…」


「そう。

『屈強な少年14人が、1人の少女を、強姦殺人しようとした』

という明確な証拠があるわけだからね。

『普通だったら、殺されてもおかしくない』

と、たいていの大人は考える。

『この少女は、14人の少年に後遺症が残らないように手加減する余裕があったのにそれをしなかったから、これは過剰防衛だ』という主張って、どれだけ受け入れられるだろうか?

実際、この状況で、そんな余裕のある少女の存在なんて、普通の大人の常識では、想定不可能だ。

ただ、もちろん、それだけで済むほど話は簡単じゃない。

もし、裁判で訴えると、少年たちにとって不利な部分の動画だけが『なぜか』ネットに流出し、少年たちの家族の住所氏名勤務先などの個人情報も『なぜか』ネットに流出し、『なぜか』それが顧客先や勤務先で問題になって会社をクビになって家族が路頭に迷い、この卑劣な少年たちとその家族は『天罰』を受けて当然だ、と思い込んだ匿名の『正義』の人が、夜道で襲ってくる…なんてこともありうる、と、『なぜか』親たちが『自分で勝手に』思い込んだ、とか、

その後もいろいろ展開や駆け引きはあったわけだけど、

結局、少年たちの親は訴えなかったし、

学校側もその不祥事を隠蔽しようとしたから、

警察沙汰にはならなかったけど、

お礼参りが来てね。

不良高校生や暴走族まで出てきて、

俺も巻き込まれて、たいへんめんどくさいことになった。

受験勉強との両立が、大変だったよ。

…まあ、話が長くなるから、続きは、またの機会にね」



涼介がキャラメルマキアートを飲み終わり、

サーシャもカフェモカを飲み終わると、

容器をゴミ箱に入れて、スターバックスを出る。


モダンにデザインされたビルが、夕日に輝いている。

肌涼しく、心地よい風が吹く。


サーシャが羨ましそうに言う。

「日本は、平和でいいねえ」


夏の終わりが、始まろうとしていた。


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