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近所のスーパーで買ってきた兵器

階段を登ってゆき、城壁の上に出る。

風が心地よい。

広々と広がる牧草地の向こう側に、森が横たわっているのが見える。

森の手前の牧草地で、ローマ兵たちが、何やら土木工事をしている。


涼介は双眼鏡を覗きながら、サーシャに言う。

「装甲車は使えないな」

「ああ」


クィントゥス・キケロ率いるローマ軍は、

城市ティオの近くの森の中に引きこもっていた。


これでは、樹々に阻まれて、

装甲車では突入できない。


そして、まるで陣地取りゲームをするように、

森に隣接する牧草地から、少しずつ、

溝で囲んだ区画ブロックを増やしていった。


自動車では、この溝を超えられない。


区画ブロックには、跳ね橋が設置されていて、

その跳ね橋を下ろすことで、ローマ軍の荷車は

通行できるようになっていた。


また、森の木を材料にして、何十もの攻城塔を、

すごいスピードで建設しているところだった。


その攻城塔も、その跳ね橋の上を転がして、

城壁に寄せるつもりだろう。



ローマの重装歩兵は、工兵としての役割も兼ねている。

というか、むしろ、工兵部隊としてこそ、世界最強だった。


カエサルも、ローマ兵の技術力や建築能力を高く評価し、

それを誇っていた。


アドゥアトチ族などは、ローマ軍が構築した巨大な

攻城兵器群が押し寄せるのを見ただけで、降伏してしまった。

その理由は、

「あのような壮大な兵器を作って動かせるのは、

ローマ軍が神々に護れられいるからに違いない」

というものだった。



涼介が言う。

「装甲車の弱点を、よく理解しているな。

指揮官は、どんな男なんだ?」


サーシャが説明する。


今度の敵将は、クィントゥス・キケロという男で、

いささか勤務態度に問題のある人物として知られている。


「行軍中に、わずか16日で4つの悲劇を創作した」と、

自慢げに兄に手紙を書いたそうだ。


「仕事をせずに家で好きなことだけやっていたい」という、

多くの人間が持つ本音を口に出してしまう人物だった。


しかし、決してバカでも無責任でもない。

ほんの数ヶ月前、キケロはそれを世界に証明して見せたばかりだ。


先の冬のガリアの大反乱で、

総督代理サビヌスとコッタ率いる1.5個軍団が、

エブロネス族に騙されて全滅したのとは対象的だった。


キケロの部隊が、ネルウィイ族らの大勢力に宿営地を包囲されたとき、

キケロは、

的確な判断で兵士たちを指揮し、

日中は戦っている兵士たちを勇気づけてまわり、

夜は毎日防御を強化し、

飛び道具を生産する彼らを監督した。


過労で倒れるまでそれをやり続けた責任感も、見上げたものだ。



---


翌日。


今日も快晴。


城壁の上で、ケルト兵とローマ兵の攻防が始まっていた。


あっというまに、数十もの攻城塔が完成し、

城市ティオの城壁に押し寄せてきていたのだ。


前回と異なり、今回は、

ケルト兵たちはちゃんと鎖帷子を着ている。

大量のローマ兵が死んだので、

ローマ兵の死体から剥ぎ取ることで、装備が行き渡ったのだ。


ルコニウスは、鎖帷子の上に、真っ白な防護服を着て、戦っていた。

防護メガネとガスマスクも装着している。

ルコニウスの周囲のケルト兵たちも、同様の服装だ。


くそ。

暑い。

息が苦しい。

なんのために、こんなものを装着しなくちゃならないんだ?

こんなの、戦いの邪魔になるだけじゃないか。


そこに、涼介とサーシャが、同様の服装で、

エアコンプレッサーとホースとポリタンクを抱えて、

城壁の上にやってくる。


涼介たちのチタン合金の甲冑に、矢がカンカンと当たる。


涼介は「汚物は消毒だぁ~」と叫んで、

コンプレッサーのスイッチを入れる。


ホースの先から、勢い良く液体が吹き出し、

放物線を描いて、攻城塔の上のローマ兵に降り注ぐ。


ポリタンクには、

近所のスーパーで売っていた、

一本184円のトイレ洗浄剤が大量に入れてあった。



---



攻城塔の上から、

投槍(ピールム)を投げようとしていたガイウス・ネクルスは、

ケルト兵が放った水をかぶった。


何だこれ?

と思った瞬間に、咳き込む。

皮膚に、焼けるような痛みが走る。


なんだこれ?

毒?


液体が垂れて目に入ると、猛烈な痛みが襲う。

ぐああああ。

なんだこれはあああ。



すぐ隣にいたローマ兵は、

「目が、目がぁ~!」

と叫び、もがきながら、攻城塔の下へと落下していく。



ローマ兵たちは、

パニックに陥った動物のような悲鳴を上げながら、

攻城塔の上の狭いスペースで暴れまわり、

もはや戦闘どころではなくなっていた。



攻城塔の下で指揮を取っていた百人隊長(ケントゥリオ)のアウルスが、

異変を察知する。


アウルスが叫ぶ。

「引けっ。引けーっ」



大急ぎで攻城塔が後退を始める。




---



クィントゥス・キケロは、何が起こっているのか、

理解できなかった。


え?

なんで、突然、攻城塔が後退を始めたんだ?

俺、そんな司令は出してないぞ。


あれは、アウルスの担当している攻城塔だ。

優秀で、勇敢な男だ。

怖気づいて撤退したとも思えない。


とりあえず、伝令が来るのを待とう。


と思っているうちに、その隣の攻城塔も、後退を始める。

遠くてよく見えにくいが、

水をかけられているようだ。


???

なんで水をかけられると、後退するんだ?


伝令の騎兵が走ってきて、叫ぶ。

「攻城塔の上に、毒をかけられたようです。

皮膚が焼け、目は見えなくなり、戦闘どころではありません」


キケロは、一瞬の迷いもなく叫ぶ。

「即座に、全軍、撤退っ。

森の中に、引き返せっ」


攻城塔をまるびたしにするほどの膨大な量の毒だと!?

いったい、どこから持ってきたんだ?


こんな話、見たことも聞いたこともない。


いったい、何が起こってるんだ?


こんなものがあるのなら、

この作戦は、もう無理だ。


別の作戦を考えるしかない。



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