さぁ、恐怖に逃げ惑え
ここから長いです。
「ではでは、随分と引き延ばしてしまったけど、裏野ドリームランド、潜入しまーす!」
たかが噂話で足を止めるような彼等ではなかった。そもそも彼等は噂の検証に来ているのだ。しかも、心霊研究会なんてクラブに所属していることから分かるように、裏野ドリームランドの不思議を引き起こしているのが幽霊だとしても彼等にとってはウェルカムなものなのだろう。
彼等がゲートを潜っていく。その後を追いかけるように進む。
裏野ドリームランドは外から見ても分かるとおり、荒れ果てていると言って良かった。かつてはきれいに整えられていたのであろう花壇も今や見る陰もない。正面にあるドリームキャッスルも廃墟と言って良い有様だった。
「裏野ドリームランドは廃園になったとはいえ、ここは私有地なので俺達のように直接見たいなら許可をもらうようにしてくださーい」
カズが軽くそう言うと画面の隅に『※許可を得て撮影しています』という文が現れた。
そして一瞬画面が真っ黒になる。
「それでは裏野ドリームランドの噂検証へ向かいましょう。どうぞ、ご覧あれ……」
機械のような声がそう言うとパッと画面が切り替わり、カズの顔がドアップで映った。
「ここからは個別に調査していきまーす! それぞれが話した噂の場所になるね。顧問は若槻の所へ同行している。カメラマンは大王の所だ。流石に女の子を一人で放り出すのはまずいと判断したんだ……センセが」
そんな風に状況を語っていた。その後ろに、黒い影が映ったように見えた。鳥か何かだろう。彼は気付かなかったようだ。
「さて、俺は今、裏野ドリームランドの西エリア、ジェットコースター乗り場の手前まで来ていまーす」
そしてカズは階段を上がってジェットコースターに乗り込む場所までやって来た。鍵が掛かっていたが、あらかじめ借りていたようで、ポケットから取りだし、開けていた。
「乗り物は外されているみたいだ。見れるのは錆び付いたレールだけかな……」
その場所を適当に見回すように動く。こんなところにまで雑草が生えてきていた。ただ、不思議なことにレールの方には全く生えていない様子だった。根付けないのかもしれない。
「それじゃあ、コースの下も見に行こうかな」
この遊園地のジェットコースターは長く、それなりに高いところまで上がるため、その下は結構広い空間がある。今は廃園となったため、そこへ入ることが出来るのだ。
カチャリと鍵を開けて階段を降り、コースの下へ出る。草を掻き分けつつ散策に向かった。
「へぇ~。ここってこうなっているんだ。この場所からだったら通りすぎるライドの迫力を感じられるだろうにね」
コースの中程の場所までやって来た。この辺りは回ったり宙返りしたりと、実際に乗っていればかなり胃に優しくない動きを体験するところだ。
安全性の問題で、その近くに人を来させないのは当然だ。カズがここまで来られたのは裏野ドリームランドが廃園になっているからである。
ゴオォォォオ……
突然、機械の唸り声のようなものが遠くから響いてきた。
「な、何?」
その原因を探そうとするかのように画面はあちこちを映す。
ゴオォォォオ……
重低音の音が近付いてきた。何の音なのか、どこから聞こえてくるのか。焦ったように映る場所が切り替わる。
いや、実際に撮影者であろうカズは焦っていたに違いない。
「な、何だよ一体……何があるんだよ」
その呟きのすぐあとだっただろうか。画面にちらっと何かが映り込んだのは。それはどうもレールの上にいたようだった。
「あ……なっ……嘘だろ……」
画面は何の変哲もない草むらを映していた。ただ、音声で彼が信じられないものを目にしているのだと推測出来た。
「あ、カメラ……」
パッと上へ動き、映ったのは……
「ハァッハッハッハー」
裏野ドリームランドのマスコットキャラ【夢ウサギ】、通称【ゆめうさ】の着ぐるみが、機械的な声で高らかに笑いながら猛スピードでレールを走る姿だった。
それだけではない
そのさらに後ろにライドが、乗り物が続いていたのだ!
その乗客は白骨だった。
長年雨風に曝されて襤褸となった、衣服のなれの果てを纏った白骨だった。
「ヒィッ!」
悲鳴を上げてカズはその場から逃げ出した。その背後を、ゴオォォォオ……という音とともにライドが走り抜けていった。
そしてがむしゃらに来た道を引き返す。撮影する余裕もなかったのだと、滅茶苦茶に動く映像で分かる。
「はぁ……はぁ……」
そして、乗り場まで戻ってきて階段を駆け上がるとガチャガチャと柵を開いて出口へ向けて駆け出し……途中でピタリと固まった。
映像には戻ってきたライドから降りた白骨がカクカクと不格好に近付いてくる様子が横向きに映っていた。
「あ……あ……」
ゴトン
ジジッと一瞬映像がぶれた。カメラが落とされたのだ。
『ずぅっとあそべるね、お兄ちゃん』
子供のような声が……いや、子供の声がしたと思うと、ドサリと重いものが倒れた音がした。同時に赤い帽子がパサリと落ちたのが映る。白骨がそれを拾い上げていた。
そして、骨の足の向こうには【ゆめうさ】が劇の閉幕の挨拶をするかのように一礼し……。
暗転
☆★☆★
「何あれ……」
あれが現実のものだとは到底思えなかった。まさか、見間違いではないだろうと思ってもう一度見ようとしたが、何故か戻せなかった。先を見るしかないようだ。
「兄貴も、マジな怪異に遭遇していたのかな? 今時、無いと思うんだけどなぁ」
しかし、今この場で判断はできない。
☆★☆★
「続いて、アクアツアーに潜む恐怖をどうぞ、ご覧あれ……」
またあの機械的な声が誘う。
そして、パッと青い帽子が現れて喋り出した。
「こちらショウ。裏野ドリームランドの北東エリア、アクアツアーというアトラクションに来ているんだけど、予想外にしっかり水が残っているみたいだな」
ショウはカメラの向け方をミスしていたらしく、ドアップで映ったのは彼の青い帽子だったのだ。
それに気付いていたかは分からないが、映像はアトラクションがあった場所の様子を見せる。
「『人工の自然』って言ったけど、今はもう結構普通の自然に侵食されているんじゃねえの」
彼がそう言うのは恐らく、かつてはしっかり整備されていたのであろう場所……アトラクションの入口までも草や蔦の支配を受け入れているからだろう。
「ここは誰も奥まで行ってないのかね」
彼等以外にもこの廃園の噂検証に乗り出した人はいるのだろうが……奥まで行ったのならある程度千切られたり踏まれた草があったりしてもおかしくない。だが、そのような跡は見られなかったようだ。
それというのも、このアクアツアーの噂というのが「謎の生き物の影が見えた」というもので、遠くから見た話に終始しているからだ。アクアツアーの内部まで見に行った人はいなかったのかもしれない。
「じゃあ、行ってみるか」
あるいは――行くまでもなく、謎の影を見たのかもしれない。
画面には『ただいま除草中』という文字がデカデカと書かれていた。そのまま三秒ほどしてパッと画面が切り替わる。
ショウが除草したのはおよそ十メートルほどだった。しかし、引きちぎられた残骸を見る限りやたらと成長していたようだ。かなり大変だっただろう。
「ふぃ~、何とかここまでやって来たぞ。閉園前はここから船に乗って観覧したんだろうな」
今はもうその船も撤去されている。
乗船場の周囲も草の支配が進んでいた。ただ、そこまで背の高い草が生えているわけでもないので、引きちぎらずに踏んで歩くことにしたようだ。
「船着き場が沈んでんな。水嵩が増しているのか。小舟程度なら使えそうだ……あ!」
カメラが、草むらに隠れていた小舟を捉えた。
何故、小舟がこんなところに? 忘れられた備品なのだろうか。
この場所にあったのは偶然、なのだろうか……。
「乗ってみるか。沈まないよな……?」
彼は見る者が抱くその疑問を意に介さずに、意外としっかり形を保っていた小舟を水に浮かべて、それを少し突いていた。
水が滲んでこないことを確認してようやく乗り込み、舟を進ませる。カメラは舳先に置かれたらしく、しばらく進行方向を映していた。
「生き物は……魚とかならいるだろうな。けど、陸の動物はいなかったはずだ。鳥とかは入り込んでいるだろうがなぁ」
つまり、謎の生き物の正体として考えられるのは魚か鳥である。
「……いないな」
だが、それすらもよく見えなかったようだ。そして、中程までやって来たとき、ショウは舟を一旦止めてカメラを持ち上げ、三百六十度をゆっくりと撮っていく。
「魚も、鳥も、コウモリも……なーんにもいない」
生き物の影が全く見えない……
わけではなかった。
「……ん? 今、何かいたか?」
ショウがそう呟くと同時にカメラを持つ手を動かしたようで、映像が斜めになる。
何かがいた……のだと思う。一瞬黒い影が水面から顔を出していたように見えた。あれが何かの頭かどうかは分からない。本当に一瞬のことだったのだ。
「いたと思うんだがなぁ。見間違いか? ……あとでユウに確認してもらうか」
そして、カメラはまた舳先に置かれる。進行方向には特に目が引かれるものは映らない。あの影も……。
見間違いだったのかもしれない。噂のことがあるから思い込みで見えた幻覚だったのではないか。
最初の場所が近付いてきた。乗船場があった場所だ。これでアクアツアーを一周したことになる。ショウがいる場所はどうやら一際深いところらしく、コースが敷かれてある場所を除いた水の色は引き込まれそうな黒だった。
「おっと……ちょっとずれたか。コースから外れたところは深いからあまり近寄らない方が良いよな」
ポチャン……
「っ!!」
水音がして驚いたのだろう。映像が大きく揺れた。小舟自体が揺れたのかもしれない。
「何だ!? あ、カメラカメラ……」
続いて景色がグイッと上へ上がり、水面が映る。黒い水面だ。
その水面の、少し離れた場所に波紋が広がっていた。
「……何だ?」
何かがいる。
「謎の影の正体に迫るってな。ここで少し待つか。カメラは……こっちが映るように置いておけば一々持たないで済むな」
ポチャン……
もう一度水音がした。その方向を見れば……。
「あ、あれは……」
奇妙な物体が二つ水面から出て来ていた。平安時代を描いた絵に出てくるような笏の先のようなものだ。あれは……。
「うさ耳にしか見えねぇ……」
そう、うさ耳である。いや、正体は分からないが、形はまさにそれなのだ。
問題は、なぜそんなものが水の中から突然現れたのかということだ。
「だけど、前兆も何もなかったよな」
あれは唐突に現れていた。水の中から、にょきっと……。
元々潜んでいたというのか? あんなものを持つ水生生物など聞いたことがない。
「あんなもの、聞いたことがねぇよ。……でも、近寄ってみるか。噂検証に来たんだから、さ……」
舟を漕いでショウは波紋の中心へと近付く。謎のうさ耳はまだ水から出ていた。
「何なんだ、コレ……」
櫂でそれをつつく。すると、それはチャポンと水の中へ沈んでしまった。
「あっ……逃げられたか? しまったな……また現れねぇかな……」
失敗したと悔やむような声でそう呟くと、ショウはそれが消えた場所に出来た波紋を覗き込むように身を乗り出した。
その時だった
「うっ……わぁっ!?」
下から飛び出した黒い影がショウの頭を掴み水の中へ引き込んでしまったのだ。勢いがあったから彼の青い帽子が脱げ、チャポ……と水面に浮かんだ。
コポコポコポ……
帽子が作り出した小さい波紋の近くに少しだけ泡が浮かんできて、それきり他の何かが浮かび上がってくる気配はなかった。
暗転
☆★☆★
また機械的な声が聞こえてくる。次の恐怖へと誘う声だ。
「続いて、綺麗だからこそ恐ろしいメリーゴーラウンドを、ご覧あれ……」
画面が変わる。映像はタケシのドアップになった。
「むぐ……。えーと、何て言うんだっけな……ああ、そうだった。こちらタケシなんだな。ボクは今、メリーゴーラウンドの噂検証のために裏野ドリームランドの南西エリアへ向かっているんだな。石畳の道みたいだけど、廃園後に整備されてないみたいで、ボロボロなんだな。ここも雑草の王国みたいなんだな」
映像の中ではずっと何かを食べていたタケシだが、流石に撮影しつつ食べるのは諦めたようで、最後の一口を食べてから話し始めていた。
南西エリアは子ども向けのアトラクションがあるエリアのように感じる。コーヒーカップ、ミニ飛行機、アスレチック…子ども向けを謳うアトラクションの数々がこのエリアに集中しているようだった。この遊園地のキャラクター、【ゆめうさ】マークが至る所に見えるのも子ども向けだということを感じさせるのかもしれない。
その中でもメインとして力を入れているように見えるのがメリーゴーラウンドだ。
「中心にあるのがメリーゴーラウンドみたいなんだな」
パッと映ったメリーゴーラウンドは確かに力を入れて作ったのだろうと思える。全体的に大きいのだ。
「噂は……電気が通っていないはずなのに明かりが灯って動くというものだったんだな」
今はまだ、沈黙している。
タカシはメリーゴーラウンドの柵に手をかけた。カチャリと鍵を開けて柵を押せばキィ……と金属特有の音を立てた。
「とりあえず一周してみるんだな」
多少くたびれている感じはするが、それでも細部までこだわった装飾、乗り物も馬だけでなく馬車などもありメルヘンチックな姿を見せている。
「廃園になってから経った時間を考えると、少し綺麗すぎる気はするんだな」
確かに、柵などは錆が浮いているが、乗り物の方は新品らしい光沢がなくなっているだけで、塗装がはげているなどといった無残な様は見せていない。
タカシは馬を撫で、馬車を撫で……その中に座って背負ったリュックからお菓子を取りだしてポリポリと食べ始めた。
夏とはいえ、日は落ちる。
宵の青紫は銀灰の散る夜空へと移り変わっていく。
――そう、光が最も美しく輝いて見える時間に。
チャンチャンチャンチャンチャンチャララ~
突然、音楽が流れ始めた。次いで、周囲が明るくなった。メリーゴーラウンドに明かりが灯ったのだ。
「な、何が起こっているんだなっ!?」
タカシは座っていた馬車から立ち上がった。食べかけのお菓子が袋からこぼれ落ちるのが映る。だが、それに構っている余裕は無いようだった。
チャチャチャチャララ~
メリーゴーラウンドが動き始める。
夜の闇の中に輝いて。
「だ、誰かがイタズラしているんだなっ!」
だが、そんなはずはないのだ。裏野ドリームランドにはもう電気が使える場所はない。勝手に動き出した今の状況はまさに怪奇現象。
「と、とりあえず出ないと」
慌ただしく荷物をまとめて背負い、馬車から出たのだろう。だが、カメラに気を向ける余裕は無かったらしく、パッと映ったのは床だった。そして、ガタガタと映像が動く。
「あ、危ないんだな……」
床が動いているから歩きにくく、馬などの乗り物の軌道が読めていないとぶつかってしまうのだ。それでもなんとかして入口の柵まで辿り着き、開けようとする。
「えっ!? あ、開かない……」
ガチャガチャと柵を揺った。しかし、タカシが自分で鍵を開けて、そのままにしておいたはずだ。開かないというのはおかしい。
「大丈夫、大丈夫なんだな……柵を乗り越えれば……うぐぅ」
残念ながら、彼の肥満体型では柵を登るだけの身体能力を発揮できなかったらしい。苦しげな声をもらし、力なく柵にもたれかかった。
「これくらいの高さならいくらボクでも登れたはずなのに……。何か力がでないんだな。でも、か、鍵はまだボクが持っているんだな……へぶぅっ!」
回ってきた馬の鼻面が背負い直したリュックに引っかかり、タカシを引き倒した。その衝撃で手に持っているものが吹っ飛ぶ。カメラはもちろん、鍵さえも……。
「あっ……鍵が……」
柵の鍵が柵の向こうへ行ってしまった。
「はぁ……はぁ……何で、こんなに、眠くなるんだな……」
カメラは捉えた。柵のすぐ向こうにウサギの着ぐるみが立っているのを。そして、それがニヤリと頬を持ち上げたのを。
〈最後まで、その命の輝きをお楽しみください〉
メリーゴーラウンドに響いたそのアナウンスを最後に、プツリと映像が途切れてしまった。
さて、あの言葉が意味することは――君に分かるだろうか。




