遺されたものは
夏のホラー2017参加作品です。隙間時間にお楽しみください。
※この物語はフィクションであり、実際の人物・団体とは一切関係がありません。
ガサガサと部屋を片付けていた8月15日の夕方。この時期はどうも身の回りの物が気になってしまう。散らかっている部屋を片付け、リビング、台所……と続き、気付いたら最近は手を付けもしなかった兄貴の部屋まで掃除をしていた。たまに地雷が混じっているが、成人する前ならまだしも、この歳になって動揺するような可愛さはない。涼しい顔でスルーする。
「やっぱりカメラが多いなぁ……整備の仕方をもう少し覚えておけば良かった」
兄貴の部屋は機材が多い。彼は写真家としての仕事があったから、部屋の棚にはいくつものカメラが収まっている。写真は兄貴の趣味でもあった。
兄貴は気に入ったものをプリントしていた。本棚に所狭しと置かれているのはほとんどがアルバムだ。そして、たまにDVDが見つかる。高校時代に映像にも興味を持っていて、いろいろと編集したのだと言っていた。友人の作品も幾つかあるらしい。
「20××年、8月15日編……7年前の今日の日付だ」
ということは、これは兄貴が高校生だったころに作られたものだ。あのころの兄貴は幽霊などのオカルトにも熱中していた。映像を加工してあたかも幽霊が映っているかのように見せたものが幾つか家にある。だが、専門に学んだわけでもない高校生が独学で作ったものなのでその完成度は推して知るべしだ。
「題名は……『裏野ドリームランド』?」
覚えがないタイトルだった。兄貴が作ったものは一通り見たはずなのだが、この題名は見覚えもないし、聞き覚えもなかった。だから、首をかしげながらそれを持って自分の部屋へ向かった。パソコンで再生するために。
興味があったのだ。実にタイミングよく発掘できたDVDに何が記録されているのかに。しかも、徹底的に掃除しなければ見つからないような場所にあった。兄貴は一体どうして隠すように置いていたのか。中身を見れば分かるだろうか。
「あら、掃除は終わったの?」
たまたま様子見に来た母がそう尋ねてきた。その手には氷がたっぷり入ったお茶があった。ぐいっと差し出されたのでコースターとカップだけ受け取る。
「うん、まぁ大体は」
「あんた、たまにビックリするくらい掃除したがるわよね。助かるけど。で、掃除は終わり?」
「終わり。ちょっと兄貴の部屋で妙なもの見つけたから確認してみる」
「妙なもの?」
母の視線がDVDに向けられる。
「7年前のやつ。見つからないように隠されてた」
「あらまぁ。……じゃあ、いかがわしいものだとしても大したことはないわよね」
いかがわしいものだと決めつけるのはどうだろう。
「しばらく部屋にいるから」
「夕飯には降りてきてね」
「はいはい」
パソコンを立ち上げてDVDを入れる。夕飯まで大体2時間くらいか。一通り確認できるだろう。
そして、「再生」をクリックした。これが、奇妙な結果を招くことなど何一つ知らないままに……。
『ゴーストハント~裏野ドリームランド~』
まず、ひび割れたようなフォントの文字が現れた。題名だろう。これは自主制作の映画かもしれない。期待せずにしておこう。そう思いながら画面を眺める。
『制作:表野高校心霊研究会』
☆★☆★
ブロロロロォォ……と車が通り過ぎたのは表野高等学校と書かれた校名板の前だった。夏休みも中盤になったこの時はちょうどお盆休みの期間だ。学校は開いていなかった。
その校門へ一人の青年がやって来る。白地に血文字でfightと書かれているTシャツに、ふくらはぎ辺りまでの長さのパンツ、頭には赤い帽子を被っている。彼は校門に背を預けて携帯電話を操作し始めた。
「ショウ? 俺だけどー」
〈詐欺は間に合ってる〉
「俺俺ー。あははっ……てか今どこよ?」
〈ちょっと待ってろ……〉
突然ブチッと切れてしまった携帯を耳から離してから彼は画面を数瞬見つめていた。そして何があったのだろうかと思うように首を傾げた時だった。一台のミニバンが彼の前に停まり、助手席の窓が開いて青い帽子を被った青年が顔を出して右手を上げてきた。
「よう! カズ、待たせたな」
「ショウ。いきなり電話切れたから何が起こったのかと思ったんだけど」
「ビビった? ビビった?」
にやにやしてショウがそう言う。対するカズはその額を指で弾いた。
「ぬかせ。んなことでビビるわけないじゃん」
「アッハッハッ! まぁ、入れよ。中は涼しいぞ」
ミニバンの中には運転手とショウの他に五人がすでに乗っていた。
「おはようございます、カズさん」
「おっはよー、カズ!」
最初にそう挨拶をしたのは一番後ろの席に座っている少女達だった。一人は髪を後ろにお団子にまとめ、袖がひらひらしている夏らしいトップス、下はベージュのショートパンツをはいている。その首元には紫の石が嵌まったネックレスがあった。
そしてもう一人は髪をポニーテールにし、ボーダーのトップス、下はデニムショートパンツをはいている。ネックレスはしていないが、緑っぽい石のブレスレットを着けていた。
「はよ、若槻、大王。もう午後だけどねー」
「大王ゆーな!! あたしには季美佳って名前があるんだけど?」
妙な呼ばれ方をした少女が憤って立ち上がり、カズを指さしたようだった。それに対してカズはどうどうと言うように手のひらを見せて宥めようとする。
「ああ、知ってるさ。わざとだよ、わざと」
「……うん、知ってた!」
こんなやりとりは彼等の間では日常茶飯事らしい。
「ところでタカ、もっと詰められないのか? この筋肉ダルマめー」
「……これ以上は無理だ」
がっしりとした体型の男が素気なくそう言った。何かスポーツでもやっているのだろうか、よく鍛えられたその姿は見るだけで暑苦しく感じる。カズが顔をしかめたのも仕方が無いことかもしれない。
「えー」
「カズ、さっさと座れよ。出発できない。タカの隣については諦めろ。それとも、タケシの隣に行くか?」
カズの視線が移る。その先には、お菓子の山を隣の席との間に築いているぽっちゃり男子がいた。絶えずポリポリとスナックをかじっている。
「俺さー、乗り物に乗っているときはスナックの臭いダメなんだよね。酔うから」
つまり、元から選択肢など無かったのだ。
観念したカズが大人しくタカの隣に納まって、ようやくミニバンは動き出した。
「ではー、今日の行き先を発表したいと思いまーす」
窓に背を向けたカズがそう言い出したところで、皆が彼に注目したのか、車内が静まった。聞こえるのは元からかかっていた音楽くらいだ。
「今日行くのは……裏野ドリームランドでーす!」
「ええー!」「おおー!」
一瞬の溜めの後、発表されたのは題名にもあった裏野ドリームランドという場所だった。その場所名を聞いて驚いたようなセリフが飛び交うが、どこかわざとらしい。
「君達、大根役者だねー」
「悪かったわね!」
「なぁ、カズ。オレ等、俳優でも何でもないんだぜ?」
大王というあだ名を持つ少女と助手席にいるショウが笑いながらそう言った。本気で怒っているわけでは無いようだ。こんなやりとりもまた彼等の日常なのだろう。
「コホンッ……話を戻すけど、裏野ドリームランドはいくつもの噂話がある。――用心しないと消されてしまうかもしれない」
シン……と静まる車内。それからしばらく彼等は車に揺られていたのだろうか。窓の外に寂れた風景が映りだした。かつては賑わっていたのであろう商店街もシャッター街となってしまっている。それでもこの周辺に住む住民のためなのか、コンビニはあった。そして、それすらも後ろへ流れていく。
「この向こうが遊園地の敷地になるんだったか」
なるほど、裏野ドリームランドはこの頃にして廃園になってからそれなりの年数を経ていたようだ。フェンスの向こう側は好き勝手に生えている草でよく見えない。
「寂れてんなぁ。いいか、お前達。今のうちに言っておくがこういった廃園になってしばらく経っている遊園地ってのは整備もされていないから危険な場所もある。そういった所に近付くなよ」
運転手をしていた男性が唐突にそう言っていた。いや、そこまで唐突でもないか。車はもう遊園地の駐車場に入っていた。これから彼等は探索に行くのだろうから、大人として怪我しないように注意するのは当然だ。
「はーい」「分かりました」
返事は良かったものの、若い者がどんな行動をするかは予測が付かないものだ。先々の苦労を感じてか、彼は溜息をついたように肩を落としていた。
ブロロロロォ……と車はゲート近くに停まった。かつてはしっかりと整備されていたのであろう駐車場もあちこちにヒビが入り、その隙間から根性のある雑草が顔を出している。
ゲートの上に掲げられている『裏野ドリームランド』の文字が映った。両端にマスコットキャラクターなのか、ウサギがいる。二拍ほど待ってからパチッ……と画面がブラックアウトする。その一瞬後、ゲートの前に各自異なる色の帽子を被って整列する七人の姿が映った。
「ハロー、エブリワン……8月15日の今日、我々心霊研究会は噂の裏野ドリームランドへ潜入しまーす! その隊長となるのが俺、赤キャップの乾 一聡! まずは俺の仲間達に自己紹介してもらおうかなー」
幾分かテンションが上がっているカズに焦点が当てられる。頭に被った赤い帽子を少し持って明るく自己紹介していた。重苦しさを醸し出す廃園の前に、その明るい態度は非現実さを感じさせる。そんな彼は右の方へ視線を流した。それにつられるように焦点も右にいる人物へと移っていく。
「副隊長の青キャップ、小渕 翔吾だ」
右手を小さく上げてそう言ったのは助手席に座っていた青年だった。カズよりは軽い態度をしていない。だが、口元に浮かぶ笑みはカズよりも自然で、彼が最も奇妙な噂があるこの廃園を恐れていないように見える。
「隊員1、黄キャップの幣原 剛史……むぐ」
その後に発言したのは車内でずっとお菓子を食べていた太め男子だ。まだ食べ足りないらしく、お菓子を頬張っている。彼だけは背中にふくれあがったリュックサックを背負っているのだが、その中にあるのは食べ物ばかりなのかもしれない。
「……隊員2、緑キャップの近衛 岳明」
彼はカズが隣に座ることを渋った筋肉ダルマだ。スポーツのブランドのシャツに短パンで来ている。話すのが苦手なのか、それともただ不機嫌なだけなのか、口を一文字に結んでいる。そしてそのまま顎で右をさす。
「隊員3の桃キャップ、若槻 志乃です」
スッと一礼してそう言ったのはお団子ヘアの少女だ。丁寧で大人しい性格なのだろうか。いや、直前までの男共の態度がそう思わせるのかもしれない。少し緊張しているようだった。
「じゃあ、きみちゃん……」
志乃が横を向いたので、焦点が隣にいる少女へ移る。
「隊員4! 紫キャップの大園 季美佳!」
誰よりも明るく自己紹介したのはポニーテールの少女だ。手をブンブンと振っていた。
「えっ、お前の名前そんなんだっけ? 大王」
「だいおうって……あたしの名前と全然かすってないじゃん!」
「読み違いだよなー、大王」
「そうそうおおきみ……ってそれも違ーう!」
季美佳の番だけ余計な茶々が入っていた。
「コホンッ。あたしをいじるのはそこまで! 次どうぞ!」
季美佳は両腕で右を示した。焦点が移った先にいたのはどこか所在なさげなおっさん……おそらくは監督の先生だ。
「あー、顧問の草場 蓮だ」
ぽりぽりと頭をかきながら面倒臭そうに名乗っていた。誰よりも気乗りしていない様子だった。
「そして最後に! 徹底的に姿を現そうとしないカメラマン、隠岐 祐介!」
「よろしくお願いします」
「彼だけは音声のみでお送りしまーす」
楽しそうな笑い声が響いていた。
☆★☆★
隠岐祐介は兄貴だ。この映像を編集したのは兄貴なのだろう。部屋にあったのも彼が編集者だからに違いない。だが、どうして隠すようにしていたのだろうか……。
理由はまだ、分からない。




