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セブンスワールド  作者: あすぷ
第2章 SELECT FROM
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#リメイクのある風景

 安心しろと言われても不安は拭えないが、不安を抱えながらも昨日までの日常が帰ってくるなら、俺はそれを強く望む。


 「タクトくん、不安なのはよくわかります。だから、私たちに協力するかどうかは、あなたが決めて。でも、もし元の世界を取り戻したいと心から願った時のために、これを渡しておきます」


 そう言うと、シオン先輩はデスクの引き出しから小さな箱を取り出した。

 手渡されたそれを促されるまま開けると、中にはシルバーのブレスレットのようなものが入っている。

 中央に厚みがあり、中に何か入っているのか、金属の見た目にしては異様に軽い。


 「通信を傍受されないようにするためのものよ。それと、この学園の鍵でもあるわ。あなたの居場所や私たちとの連絡が漏れないようにするために、常時身につけておいて」


 スマートフォンと接続して使うウェアラブル端末ということか。

 身につけておくだけで追っての目を欺けるなら、使わせてもらわない手はないと、その場で手首にはめる。

 実際につけてみると、一見腕時計のようにしか見えず、違和感は無かった。


 「これからどうするの? もし帰るのが不安なら学園の寮に泊まることもできるのだけど」


 「そうですね……母がひとりなので、今夜は実家に泊まります。まだ電車も動いてるので」


 「……そう。わかりました。ナオヤくん、駅まで車出してもらえる?」


 ナオヤさんはそそくさと理事長室を出て駐車場へ向かう。

 手を煩わせるのも気が引けていたのだが、遠慮する間もなかった。


 「何かあったら連絡しなさい。さっきのデバイスからスマートフォンに私たちの連絡先もインストールされているわ」


 「はい。あの、色々ありがとうございました」


 「いいえ、これが私の役目だから、気にしないで」


 そう言うシオン先輩が少しだけ悲しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

 理事長室をでると、窓の外にヘッドライトを点灯させたワーゲンゴルフが停まっているのが見えた。

 前に乗るか後ろに乗るか悩んでいると、ナオヤさんは前に来いと言わんばかりに助手席の椅子を叩いた。

 車は俺がシートベルトを締めるのを待たずに走り出す。

 寮に泊まることを再度勧められたのだが、追跡されないのであれば大丈夫だと改めて断った。

 心配してくれるのはありがたいけれど、慣れた場所で落ち着きたい。


 「なあ、タクト。リメイク前と後で、何か変わった事はないか?」


 しばらく無言だったナオヤさんは、唐突にそう切り出した。

 でも、質問の意味がよくわからない。

 むしろそれはナオヤさんたちの方が詳しいのではないかと思われた。


 「変わったのは、博多の陥没が無くなったことと、シオン先輩が歳をとったことです。さっき話した内容以外には、思い当たりません」


 「……そっか。わかった」


 それからナオヤさんは一言も喋らず、俺も気の利いた話題を提供できるでもなく、博多駅に戻ってきた。

 普段は大学通勤のために福岡市内のボロアパートで暮らしているが、福岡でも隣は熊本県になるギリギリの境目に母が1人で住む実家がある。

 家族にリメイクの影響がないか心配なのも事実だが、アパートに1人でいるよりも、実家のコタツに入って母のくだらない小話を聞いていた方が落ち着けると思ったからだ。


 「JRに乗るのでここで大丈夫です。今日はありがとうございました」


 「おう、気をつけてな。何かあったらすぐに連絡しろよ」


 イケメンにしか許されない爽やかな仕草で別れの挨拶をして、車はもと来た道を引き返していく。

 本当に、こんなに疲れたのはいつ以来だろう。

 寝不足のせいもあるかと思うけれど、それ以上に色々ありすぎた。

 博多駅の構内は、普段通りに混雑していて、みどりの窓口に並ぶ人の行列もいつも通りだ。

 でも、この世界は昨日までと違う世界。

 構内にいる人々にそう訴えかけて、どれほどの人が信じるだろう。

 帰ったら、試しに母と妹には博多駅前で陥没があったことを話をしてみよう。

 まるで昔話をするみたいに、長い歴史の一節みたいに、そうすれば歴史に疎い2人にとっては過去の事実になるかもしれない。


 電車に乗る前に、これから向かうことを伝えておこうと思い母へ電話をかける。

 看護師である母の生活は不規則で、日勤と夜勤が混在するため生活リズムは常に乱れている。

 本人は慣れてるから大丈夫と言うが、あからさまに夜勤明けの朝は機嫌が悪い。

 それでも、俺と妹を女手ひとつで育ててくれたし、片親であることを不遇だなんて微塵も抱かない幼少期を過ごさせてくれた、グレートな母だ。

 俺たちが産まれる前に、親父と近しい親戚はみな事故や病気で死んでしまったらしい。

 だからかもしれないが、俺たち家族は他の家族よりも個々人は独立していながらも繋がりを維持できているような、不思議な連帯感を持っていた。

 それにしても、なかなか電話にでない。

 今日は日勤で妹を送れないと言っていたから、夜勤ではないはずだ。

 鳴り続けたコール音の後で、留守番電話のメッセージが流れ出したのと同時に、ひそひそ声のもしもしという声が聞こえた。


 「もしもし、俺だけど。え? 今日夜勤だっけ?」


 「そう、仕事中。何?」


 参ったな、母が夜勤だと鍵がないから家に入れない。

 言うべきか悩んだが、ただでさえ心配性の母に余計な詮索をさせるのは後が怖い。

 今夜はカズヤの家かネカフェでも行こうと決め、適当にごまかして電話を切ろうとしたのだが、上手く言葉が出てこなかった。

 それは、もしかしたら昼間に母が送ってきたメールを思い出したからかもしれない。

 今日は、日勤で昼休みにメールを送ってきたはずだ。


 「……ねえ、カナから連絡あった?」


 「カナ? 連絡って?」


 “人も記憶も存在そのものも変わるのよ”

 シオン先輩の言っていた言葉が、リメイクが起こした変化が、背中から力を奪っていく。


 「ちゃんとホテル着いたとか、連絡あったかなと思って」


 「あんた誰のこと言ってんの?」


 「カナだよ! 母さんの娘で俺の妹の! わかるだろ!?」


 「……どうしちゃったの? あんたに妹なんていないじゃない。大丈夫?」


 それはこっちの台詞だ、と言いたい。

 言いたいけれど、母にはもう聞いても望む答えは帰ってこないと理解している。

 だけどさ、娘なんだ。

 消されたのはこの人の娘なのに、怒ることさえも許されないのか!

 母が悪いのではない。

 悪いのは、都合の良い神だ。


 「……なんてな、冗談だよ。夜勤頑張って」


 心配をかけさせたくないと思う強さが、助けてくれと懇願する弱さに勝るには、どうすればいい。

 この偽りの現実を否定し、存在しない過去の全てを取り戻すには、どうすればいい。

 さっきまで瞼の裏にあった日常は、目を閉じてもどこにもなかった。

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