#コーヒー
シオン先輩は、理事長室と書かれた室名札のあるドアの前で立ち止まる。
壁際の端末に手首をかざすと、ドアの解錠を知らせる短い電子音が暗い廊下に響いた。
「さ、入って。ナオヤくん、プロジェクタースクリーンを夜間モードにしておいて」
「プロジェクタースクリーン?」
「中に人がいると分からないように、光を遮断して窓には合成映像を流すようにしてあるの。案外バレないものよ」
シオン先輩はそういうと、机の後ろにある壁を叩いた。
なるほど、あの壁の向こうに本物の窓と偽物の映像が流れていて、理事長室に密室を作り出しているのか。
人目を避けておく必要がなければこんな装置は必要ない。
俺がここにいることも、人には見せられないということだろう。
座るように促された応接用のソファは、座ったものの体が沈み込むような柔らかい感触から眠気を誘われそうになり、再度立ち上がりこのままで良いと伝えた。
「じゃあ、始めましょうか。約束通り、あなたの質問に答えてあげる。その前にナオヤくん、コーヒー淹れてくれる?」
「へいへい。タクトも飲むか? 砂糖とミルクは?」
「いただきます。ブラックで大丈夫です」
大人だなと一言漏らしたナオヤさんは、部屋の脇にある洗い場で電気ケトルに水を入れ始めた。
ブラックコーヒーを飲むのが大人なのかどうかは分からないけれど、体力を消耗したことで攻勢に出てきた睡魔を払いたいだけの理由だった。
「ナオヤくんの淹れてくれるコーヒーが一番美味しいのよ」
シオン先輩は俺に向かってかナオヤさんに向かってか分からない声量でそう言う。
でもそれは、イケメンが淹れたことによる心理的な効果だと確信した。
ナオヤさんが手に持っているのは、どう見てもネスカフェゴールドブレンドだ。
お湯を入れるだけのインスタントコーヒーに、淹れる人のテクニックが介入できる余地があるなら、水と分量くらいのものだろうが、水道水にコーヒーは目分量で入れているようにしか見えない。
茶托に乗せられた茶碗で出てきたコーヒーは、底が見えない程に真っ黒だった。