#コントレックス
まさか自分が命を狙われる日がくるとは……。
でも、不思議と怖くはない。
卒倒しそうなショックが重なったからか、本来は肝の据わった漢だったのか、こんな時に怯えて何も言えなくなるような普段の自分が見当たらない。
「……助けていただいて、ありがとうございます」
言いそびれていたお礼を改まって言うと、赤信号で停車したタイミングで運転席の男性はこちらを向いて話しかけて来た。
「いーんだよ、俺たちの為でもあるんだからさ! 赤瀬ナオヤだ。俺の事はナオヤ先輩とか呼ばなくていいからな」
右手にハンドルを握ったまま体を捻らせて左手を差され、まだ僅かに震えの残る手でそれに応える。
「ありがとうございます、ナオヤ先輩」
「お前、見た目に似合わず案外図太い神経してんのな。ナオヤでいいよ」
「はい……ナオヤさん」
呼び捨てにすることに抵抗があるわけではない。
ただ、喜んで『さん』付けしたくなるほどに、ナオヤさんはイケメンだった。
これまでの武勇伝があるならば聞いてみたい、そしてその上で改めてパイセンと呼ばせて貰おう。
「私は佐原ナナミ。よろしくね」
後部座席で隣に座る女性からも、握手を求められる。
握り返した掌は、妹のそれと明らかに違った感触で、まるで指の先端にまで鍛え上げられた筋肉が詰まっているような弾力だった。
マズイ水といい、このアスリートのような体型といい、もしかしたらナナミさんは健康オタクなのかもしれない。
ナオヤさんもナナミさんも気を遣ってくれているのだろうけれど、終始笑顔で好感が持てる。
初めに抱いた懐疑心は、硬水の金属イオンと結合して明日のお通じと共に排泄されるだろうか。