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セブンスワールド  作者: あすぷ
第1章 START UP
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#方向音痴な妹

 晴れた空を写そうとするように、踏みしめた地面は少しだけ湿っている。

 バスを降りて一歩進むと、粘り気のある感触に似合わない乾いた砂の音がした。

 スニーカーのゴムソールが地面の水分を集めて重くなり、俺の足をしばしその場に留めようとしている。

 

 「お兄ちゃん、早く降りてよ」

 

 はいはい、すぐ降りますよ。

 後ろに続いて降りる妹に背中を押されなければ、本当に踏みとどまってしまっていたのかもしれない。

 腕を振るたびに、化学繊維でできた長袖のシャツがピリピリと肌を刺激する。

 目に留まる全てを億劫に感じて吐き出したため息は、真っ白にぼやけて、消えた。

 吐き出したため息は消えてしまったけれど、ほんの数秒間だけは見える形でここにあったのだから、今もどこかにあるはずだ。

 その行き先を追って行ったら、地面の水分になっているのかもしれない。

 そしてその水分が、スニーカーのゴムソールに吸い付いて、俺の歩みを一層重くしているんだろう。

 博多駅に隣接する地下鉄の乗り場で、後ろを歩いているはずの妹を振り返った。


 「この階段を降りてまっすぐに行けば改札口があるから。お前が向かうのは空港だからな。貝塚じゃないぞ」


 「わかっとるよ。そこまでバカじゃないし」

 

 妹のカナにはセンター試験の会場に向かうにも散々迷って遅刻しそうになった前科がある。

 昔から、どれだけ乗り慣れたバスや電車でさえ反対路線に乗ってしまうほどの方向音痴だった。

 今日だって、飛行機の搭乗時刻に間に合わないリスクが大きすぎることを心配した親から問答無用でナビゲートを押し付けられたのだ。

 まあ「せっかくだから旨いラーメンでも食ってこい」とラーメン代にしては高額な報酬を得てはいるけれど。


 「ほほう、じゃあ帰りは迎えに来なくてもいいんだな」


 「へー、じゃあお兄ちゃんのお土産は『ひよこまんじゅう』でいいんやね」


 「東京土産に博多銘菓買ってくる気かよ!」


 カナは少しだけはにかんで笑い、参考書が詰まっているのか長方形に膨らんだ旅行バックをいかにも重そうに勢いをつけて肩にかけた。

 この様子なら、きっと大丈夫だろう。

 俺の時よりも幾分かマシだ、と経験者は思う。


 「ちゃんと迎えに来てやるから。頑張ってこいよ」


 大学受験なんて長い人生における些細な通過点なのかもしれないけれど、当事者には「ここで失敗したら世界は終わる」くらいにヘビーな問題なわけで。

 それを1年前に経験している兄としては、下手なプレッシャーを与えたくないとか考えるわけで。

 それでも一番言われて困っていた「頑張れ」を自ら言っちゃうくらいにコッチが緊張しているわけさ。

 県内の最難関大学に現役で合格した、この俺の強運を分けたもう!と、カナの頭を鷲掴みにして強運エナジーを注入する。

 がしかし、そんな兄の優しささえもウザがる年頃の妹は、クンフー映画さながらの華麗な腕さばきで俺の手を払いのけた。


 「わかっとる。なんでお兄ちゃんが緊張してんの」


 ……バレてたか。

 小さく年寄りじみた掛け声を出して、肩が軋むほどに大きく膨らんだ重圧を背負って階段を降りていく。

 半分ほど進んだところで、カナはこちらを振り返った。


 「お兄ちゃん、ありがと」


 地下で反響して拡大したカナの声に、驚いて振り返る中年のサラリーマンと全く同程度に俺も驚く。

 ただ方向音痴を心配した親に頼まれて駅まで送っただけだ。

 だというのに改まってお礼を言われると、なんだか急に恥ずかしくなってしまい、手だけ振ってそれに応える。

 カナなら大丈夫。

 手を振りながら抱いた感情は、反響する地下でも聞こえないくらいに小さな、でもため息よりは長くココにあるような声になった。

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