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──生き甲斐と趣味は、似て異なるものだ。
生き甲斐、というのは、ないと生きていけないくらい必要としている、必然にすら似たもので、趣味は生きていけることを前提に、その生を楽しむ為に必要としていることだった。少なくても、自分にとってはそういう区分けをしているもので、つまり・・・、
人形遊びは、趣味だった。
勿論、生き甲斐は土を盛ることだ。盛ること、というか、より完璧な土壇を作ること、と言うべきか。まぁ、でもとにかく、それらは生き甲斐だった。生きていく為に必要としている行為、なければ生きていけない行為。ただ、それとは別に趣味があるというだけのこと。ようやく成り立った生を楽しむ為の行為があるということ。それが『人形遊び』だ。
誰にも言えない、誰にも知られてはいけない、秘密の趣味。楽しい、楽しい『遊び』。
自分だけの『お人形』を手に、架空の物語を繰り広げる。登場人物は、常に二人。『人形』を操る自分と、自分が操る『人形』だけ。その二人で綴る物語は、誰にも見せられないほどありふれた、けれどおそらく・・・、誰も見たことがないような物語になっている。
誰かに見られれば、二度とやるなと禁止されるような、所有する全ての『人形』を取り上げられてしまうことが確実な遊び。別に誰かに迷惑をかけているわけでもあるまいし、放っておいてくれればいいのにとは思うけど、もし見られたら、絶対に放っておいてもらえないに違いない。その理由も気持ちも、まぁ、分からなくはないけど。
でも、唯一の趣味なのだ。生き甲斐とは違うけど、たった一つの趣味。
取り上げられるなんて絶対に赦せないし、禁止されるのも受け入れられない。絶対に、そう、絶対に。だから誰にも知られてはいけない遊び。自分の小屋でしかやらない遊び。
・・・だけど、こんな事態になってから振り返ってみれば、まともな用心なんてしていなかったことに気がついた。そもそも、近づく人間なんていないのだ。いるとすれば、牢に用があるアイツ等くらいで、つまりこの小屋に近づく奴は皆無で。
カーテンも引いていなかったかもしれない、そんな今更なことを、部屋の中央に突っ立ったまま思う。部屋を視線で一周して、溜息まで漏らしながら思う。こんな不用心な状態じゃ、いつ誰に見られてもおかしくなかったのだ、と。結構な大きさの後悔。せめてもう少し、用心しておけばよかった、というそれ。
でもその後悔のすぐ側に、結構な大きさの不満めいたものもある。なんでこんな場所を覗いたりしたんだよ、というそれ。なんで、なんで、なんで・・・、
お願いがあるって、そんなようなこと、言ってたっけ?
結局、腹の中で罵倒するだけで、きちんと内容を聞いてなかった。そういや、あの場所を出ようとした時にそれについて何か言おうとしていたような気もするけど、精神を安定させるので精一杯で、聞くことが出来なかった。でも、だから・・・、つまり、アレか? 交換条件的な感じで、どうにかすればどうにかなる的な精神か?
頭の中にいくつも浮かぶ疑問。そして同じだけ浮かぶ、納得のいかない思い。どうして囚人なんかと、対等・・・、否、こちらの方が不利っぽい状況に陥らなければいけないのか、という思い。
たとえその他大勢の人間から、囚人と同レベルの人間だと思われていようとも、自分達一族は、自分は、囚人なんかじゃない。囚人相手に卑屈にならなきゃいけない理由なんてない・・・はず!
「つけ上がるなよっ、死刑囚のくせに!」
本当につけ上がっているかどうかなんて知らない。というか、冷静な脳の一部が指摘するのは、それはこちらの勝手な思い込み、被害妄想に等しいものだろうという突っ込みだったけど、そんなもん、無視だ、無視。だってアイツは、お願いがあると言ったのだ。それなら向こうがどういう意図で言ったにしろ、こちらの弱みを握った脅しだと捉えたっていいはず。
そんなこと、絶対に許したりしない!
後ろ暗さ満載の囚人相手に、弱腰な態度を取るなんて屈辱だっつーの! ・・・と、握り拳で鼓舞したのは勿論、我が身だ。作ったのは初めてかもしれない両手の握り拳で胸元を飾った後、真っ直ぐ向かったのは自室から繋がった、鍵付きの保管室。外からも入れるそこには、勿論その外側のドアにも鍵がついていて、そっち側の鍵を持っているのはアイツ等だ。
よほど『ダン』に話しかけるのが嫌なのか、いつの頃から外側にもつけられたドアを開けて勝手に入っては、資料を収めて去っていく。『ダン』に一言、宜しくなり何なり言って預ければいいだけなのに、それを忌避して自分達で行って去って行くのだ。こっちはこっちで、勝手に部屋から続きのドアから入って中を偶に整理する。・・・から、絶対にある、はず。
鍵を開け、ドアを開けて中に入ると、そこには紙特有の香りと、その内容から想起される陰惨な暗さが、窓すらない部屋の中の闇をいっそう暗くしていた。すぐ側の壁にあるスイッチを押すと電灯で部屋自体は明るくなったが、しかし漂う形なき暗さは振り払えない。
でも、そんなことは気にならない。闇があるとすれば、それは生まれた時からずっと傍に在り続けている、馴染み深いものなのだから。だからそんなどうでも良いことなんて気にせず、どんどん中に入っていって、自室から見れば一番奥、外側に繋がるドアに一番近い棚まで近づく。
最近の記録はそこにある空き棚に納められる。空き棚が埋まれば代々の『ダン』が整理して、また空ける。いつだって空いているのは外側のドアに一番近い棚。アイツ等が納めて、すぐに出て行ける場所。
だから、すぐに見つかった。薄っぺらい紙の束。一応糸で綴ってあるけど、応急措置みたいに簡素な綴り。そりゃ、そうだ。これを綺麗に一冊の冊子として綴り直すのも、『ダン』の仕事の一部で、それを知ってるアイツ等が丁寧な仕事をすることなんてきっと一生ない。でも、日によっては腹立たしいアイツ等の仕事っぷりが、今日は有り難い。簡単に、最新の書類が見つかるのだから。
ぞんざいに立てかけられた、紙の束。一番新しいはずなのに、他の全てと同じように古くさく、汚らしく感じる束。大した量でもないそれを躊躇なく掴み、引き出して・・・、その場で、立ったまま捲る、紙。
綴られているのは、今は『七三一号』という番号でしか認識されない存在の、それまでの人生と、その人生の──『名前』だった。
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『あぁ、なんだ・・・』
本当に、その一言に尽きた。
これでも、物覚えは悪くない方なのだ。だからすぐに分かった。あぁ、なんだそうだったのかと、分かってしまった。なんで誰も声を掛けないはずの『ダン』に声を掛けようとしたのか、なんで誰も来ないはずのこの場所に来たのか、何となくではあるけど、分かって。
勿論、具体的に分かるわけじゃない。他人の心情なんて、他人に殆ど関わらない、関わるのはもうすぐ人生が終わる奴等ばかりなんていう自分では、察することは出来ないし、なんて声を掛ける気だったのか、来てどうするつもりだったのかなんて、全然分からないけど・・・、とりあえず、自分的に納得出来るレベルでは分かった。
だから、もういい、と思う。もういいや、と思う。もう、どうでもいいや、と。
もう少しよく考えたら、やっぱりこのままではアイツが有利なのかもしれない、脅されるのかもしれない、という考えも浮かびそうだったけれど、なんだか気が抜けてしまって、何かをしようという気が失せてしまった。
どうでもいいや、というのにプラスして、どうとでもなれ、みたいな。それにもう一つプラスして、どうとでもなるんじゃない? みたいな気持ちも生まれていた。きっと切り抜けられるだろう、みたいな・・・、多分、そう、多分だけど・・・、手品の種明かしをされたみたいな、そんな心境だった。
・・・けど、アイツが何を願っているのかだけは、少しだけ気になったままだった。