表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土を盛りすぎる人  作者: 東東
2/8

 我が人生に悔いなし、なんて言う奴は、マジ、死刑になれとか思っている今日この頃。


 ・・・人生に不満がない奴なんて絶対にいないと思うし、つまりはそれって、多少の不満は皆、飲み込んで生きているってことだと思うし。

 まぁ、だから、つまり・・・、何の不満もない人生が送りたいとか、そういう届きもしない高望みがしたいってわけじゃない。不満の一つや二つや十や二十ぐらい、全然余裕で飲み込める。でも、そんな大らかな心を持ってすら、自分の人生は恵まれてないと思うのだ。思う、というか恵まれてない。

 しかもその原因が、遙か昔の、名前も性別もはっきりしないような先祖がしでかした不始末の所為だっていうのだから、不運極まれり、という感じだ。何をしたのかすら既にはっきり残ってないのに、『不浄の一族』だなんて愉快な名称がついている。

 納得は、いかない。生まれてからもう十四年と少し経つが、それでも納得はしていない。ただ、納得はしていないけど、もう諦めたし、受け入れた。誰も話しかけてくれないのも、誰にも話しかけられないのも、誰もが眉を顰める仕事を家業とさせられているのも、別に、もういいと思う。思う、けれど・・・、そんな大らかな諦めで人生を送っているこの自分ですら、どうしても許しがたい不満があったりするのだ。どうしても、そう、どうしても。


「あー、盛るよ、盛るよ、盛っちゃうよー」


 ほとんど口の中だけで消えてしまうような小さな声ではあるけれど、それでも自作のこの歌が歌えるのは、家に一人でいる時か、作業している時だけだ。今の、ように。他の時に声なんて出せば、汚れがどうした、なんて小言を呟かれるか、吐き気を催しているかのような強ばった顔を拝む羽目になる。

 流石にそれは勘弁願いたいので、他に人がいる時には絶対に声を出さない。勿論、歌なんて以ての外。


「盛るなって言っても、盛っちゃうよん。盛るよ、盛るよ、盛っちゃうよー」


 でも、今は一人。絶対誰も近づいて来ない。何故ってお仕事中だから。誰も関わりたがらないお仕事が、誰も話しかけない『不浄の一族』の家業だから。誰もいない。いつも、いない。だから仕事が捗らなかったことは今までの人生で一度もない。それは多分、前の代の人もそうだし、その前の代の人もそうだろう。仕事が捗らなかった人なんて、きっと一人もいない。皆、絶好調に仕事をしていた。仕事人間をしていた。

 死刑場の管理と、死体の処分を、飽きることなく、放り出すことも出来ずに延々と。

 ちなみに、現在進行形でやっている仕事は、土壇場作りだったりする。これ、家業の中でも結構重要な比重の仕事。土壇場って言っても、追い詰められてギリギリの人の状況を示しているわけでも、そういう状況を作り出す仕事ってわけでもない。そのまんま、本来の意味での土壇場。つまり、死刑になる人を転がしておく為に、土を盛って形成する壇のこと。今日も死刑囚が首をちょっきんされる予定なので、そいつを転がす為の、転がして首をちょっきんする為の壇を形成中ってこと。

 そこまで自分の中で問答をして、ふと手を止めて見下ろすと、すぐ目の前には長方形の土の壇が姿を現し始めている。綺麗な、長方形。高さも踝より少し高いくらいの、首をちょん切るにはちょうど良い高さの壇。自慢じゃないけど、歴代最高の腕前だと思う。自慢できないのもアレだけど。


「完成」


 周りに飛び散ってしまった土を片して、三歩離れた場所から全体像を確認し、他の三方向からも確認しての呟きは、我ながらかなり満足げだった。思わず笑ってしまいそうなくらいに。もしかしたら、本当に少しだけ笑っていたのかもしれない。まぁ、別にそれでもいいけど。どうせ誰も見てないんだから。誰も、見ないんだから。

 二つ、馬鹿みたいに頷いてから、お片付けの時間に入る。土は片付けたから、あとは道具のお片付け。先祖伝来のこだわりのお仕事道具を作業袋に突っ込んで、肩にかけてから周りを見渡すと、物凄く良いタイミングで少し離れたところに人影が見つかる。既に見慣れている人々。皆、自分と同じような一族。遙か昔に罪を負って、誰もやりたがらない家業を持つ人達。今日もその家業通り、死刑囚を連れて来ている。

 そして、ちょっきんとやるのだ。

 近づく人達に軽く手を振って合図。もうこっちの仕事は終わりましたよ、の合図。でも了解しました、という合図が返ってきたことはない。それどころか、何の合図も送ってきたことがない。これは結構不思議なことだと思うのだけれど、何故か首をちょっきんする家業より、ちょっきん台、つまり土壇場を作る方がより『汚れた』一族、汚れた家業だと思われているらしく、他の一般人と同じように、アイツ等もこっちと関わろうとしない。

 絶対同じようなものだと思うのに、ウチの一族の前だと、さも自分達は一般人と同じです、みたいな態度を取ってこっちを無視するのだ。理不尽だし、不可解だと思う。不愉快だとも思う。・・・けど、まぁ、慣れたからどうってこともない。

 でもどうなんだろうね? こういうのって、と今更な疑問を抱きながら歩き続けること、十数分。目の前に迫る小屋のような、それでいてどこか堅牢な印象の建物まであと少し、というところで作り上げた土壇場の方向から微かに聞こえてきたのは、定番の雄叫び。・・・もとい、悲鳴。さっきはよく見ていなかったけど、今回は男だったんだぁ、なんて感想にも満たない感想を数秒だけ零しているうちに、気がつけば目的地にご到着。

 中に入る前にすぐ側にある納屋に道具が入った袋を納めながら、頭の片隅で『あとであの悲鳴を上げていたモノも含めて、お片付けに行かないと』、なんて家業持ちの一族の鑑みたいなことを考える。如何なる時も自分の職務を忘れない、とても、とても立派な行動パターン。だって、お片付けまでがお仕事だから。あぁ、なんて立派なんだろう?

 自画自賛、むしろ自画絶賛。でもこんな絶賛をしていると、まるで哀れで不幸な人間みたいに見えそうだけど・・・、他人と話をする機会なんてほぼないので、自分と他とを比較することがいまいち出来てないけど、それでも毎日自分なりに楽しく過ごしていると思う。不満はある。勿論、ある。それでも人生に悔いがないとほざくほど頭のおかしい人間ではなく、色々一応わきまえている身としては、その不満も含めてそれなりに楽しい人生を過ごせているという自負めいたものがあったりもするわけで。

 ・・・だから、そう、本当に。

 道具をしまった納屋から出て、納屋より少しだけ大きめな程度のすぐ側にある我が家に戻るか、それとも小屋とはいえ自宅より大きく、尚且つ近い、すぐ脇にある建物に向かうかほんの少しだけ迷ってから、特に意味もなく近い方を選んで歩きつつ、ふと流した視線が遠ざかった作品を掠める。完璧な、仕事ぶり。でも、すぐさま無残になる作品。


「崩さないでほしいんだよね、マジで」


 たった一つの、明確な不満。呟くのは、完全な自分のテリトリーに入ってから。つまり、小屋への木戸を既に意識しない動作で開けて、同じく意識しない足取りで中に入って、やっぱり意識しない手つきで後ろ手に閉めてから。小さな窓からは赤い夕日の色。灯りをつける必要性はまだ感じない程度の薄明かりの中で、木戸のすぐ側に、もう化石みたいに置きっぱなしになっている低い机に腰を掛けてようやく漏らす、独り言。

 今日は、漏らした独り言が良く響く。昨日まで叫び続けていた住人は今頃ちょっきんされているし、今のところ他に誰も入れられていないらしく、叫び声も啜り泣きも唸り声も聞こえないから、とても、とても響く。他の独り言がないから、とても、とても。独り言・・・、そう、独り言の小屋だ、ここは。自分の意志以外で死ぬことが決まっている人間は、皆、独り言しか言わない。だから、ここは自分のテリトリー。口を利くことを望まれていない一族ですら、他に誰がいても独り言を漏らしていい場所。皆、独り。誰にも邪魔されない、楽しい独りぼっち。


「それって、何のこと言っているの?」

「・・・は? え?・・・、あ、え? なに? ってか、誰? いた、の?」

「いるいる。さっき入れられたの、俺。誰って・・・、なんだろ? とりあえず、七三二? 三だったかな?」

「・・・七三一号、だよ。今、首ちょっきんされてるのが七三〇号だから」

「あー、そうなんだ。まぁそれはいいけど・・・、で? さっきの、何言ってたの? ってか、キミ、名前は?」


 真っ正面、だった。ソイツが入れられていた牢屋は。他に二つある牢屋のどれでもなくて、真っ正面に、いたのだ。それなのに、全然気づかなかった。気配がなかったとかじゃないのだと思う。

 ただ、『死刑囚』としての気配はなかった。

 他人の手で死ぬことが決まっている人間は、絶対にそれ特有の気配があって、それを生まれた時から感じ続けている専門家である自分が、その気配を見逃すはずは絶対になくて・・・、それなのにソイツに気づかなかったということは、ソイツに『死刑囚』という気配がなかったからで。

 薄暗い牢屋の中、石畳の床に直に座り込んでいるのは、同じ年ぐらいに見える『少年』だった。薄い灰色の上下に、手足にお決まりの枷。けれど胡座を掻いているその様は何故か妙にさっぱりしていて、おまけに・・・、その顔に、爽やかとさえ言えそうな笑みを浮かべている、『少年』。

 さっき入れられたという、現在この場所のたった一人の住人は、その前までの住人と違い、独り言ではない、他者にとっても意味のある言葉を発して、自分以外を映した目を真っ直ぐに向けてきた。つまり、視線が合った。赤の、他人との視線が。互いの姿を、互いの瞳に映して。

 真剣に、驚いた。十数秒間、何の返事も出来ないくらい、何も考えられないくらい、何もかもを失ってしまったくらい、何もかもが溢れてしまったくらい、驚いた。何かに、ではなくて、たぶん、全てに、驚いていた。でも、もしもその中でたった一つだけ強いて上げるとしたら、一番驚いたのは・・・、


 その眼差しが、さながら、これから先も生き続けると根拠もなく信じている、その他大勢と同じような色をしていることだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ