勇者編 第1話 勇者達と桐ヶ谷秋人の関係性と源雫の気持ち(源雫視点)
今回はかなり長くなりました。すいません。
食事が終わり私はみんなと一緒にいる。みんなとは佐藤 勇気、柏崎 武、木下 咲耶、そして私 源 雫だ。
そして今私達は勇気の部屋に集まっていた。
部屋の広さは大体八畳ほどで必要最低限の物しかなかった。物はベット、机そして椅子が2つ程あった。他にもまだ色々あるみたいだけど割合させてもらう。
勇気と武はベットに座りその向かいに咲耶と私が椅子に座り話しをしていた。
「どうしたの勇? 元気がないみたいだけど……」
咲耶が言った通り今の勇は少し元気が無いように感じる。
「確かにあんま喋ってないみたいだけど大丈夫?」
「うん。少しね桐ヶ谷君の事を考えていたんだ」
桐ヶ谷君の事?
勇と桐ヶ谷君って仲よかったっけ?
食事の時に桐ヶ谷君を誘おうとしてたし、2人ってどんな関係なんだろう?
まぁ、それは私には関係のない事なんだろうけどね。
(そういえば私は彼に恩返しができたのだろうか?)
そう思う私の頭の中に影のかがった人影が見えた。
それは今の彼程大きく無く触れれば崩れてしまいそうな儚き影。だが芯が通っていた。意思が感じられた。揺れも無くただそこにくっきりと映し出された影。
昔の私はあの影に救われた。だが彼はその事を知らない。
私は彼のこと……
だが、雫が過去の事を思い出そうとしていた時、武が勇に質問した。
雫の意識が現実に戻ってきた。
「桐ヶ谷か。てか、なんで勇は桐ヶ谷の奴を誘おうと思ったんだ?」
「ん? 武は桐ヶ谷君を誘うのは反対だったのか?」
「いや。別にそいう意味ではないんだが。でもさ、ぶっちゃけあいつのステータスは低すぎて俺達に付いてこれないと思うんだよな。これは憐れみとかじゃ無く事実だ」
武の質問は私も気になっていた事だ。確かに桐ヶ谷君のステータスは雫達に比べてとても低い。それなのに勇は桐ヶ谷君を誘った。なんのために誘ったのかは私にはわからない。でも、勇の事だからいつもの調子で助けたんだと思った。でもあの時の勇は何かいつもと違う感じがしていた。
そこにある感情は雫には分からなかった。
「そうだけど……でもさ武も分かってんだろあの(・・)桐ヶ谷君がこのまま終わることは無いって」
「……まぁな。分かってるけど。でもそこに俺達がいることは無いと思うぜ。桐ヶ谷の野郎は自分でなんとかするって言ってたしよ。それにあいつは元々1人でなんとかするタイプだしな」
「そうなんだよな……」
(ん? なんだろう勇と武がなんか通じ合ってる感じがあるけど。なんで?)
「結局勇はなんでそこまでして桐ヶ谷君を誘おうとしてるの? 私にはそこの所よく分からないんだけど?」
「……それは今の俺達には、いや違うな。今のクラスには桐ヶ谷君が必要なんだよ。絶対に!」
勇には珍しく断言する様な言い方だった。
それが尚更雫には分からなかった。
(今のクラスに桐ヶ谷君が必要? なんで?)
「なんでそこまで?」
「それは……」
「まぁ、話したく無いならいいけどあまり無理はしないでね」
「いや、話すよ。別に大した話しじゃ無いけどさ、僕は桐ヶ谷君に憧れてるんだ」
「「!!」」
(え!? なんで!? 勇が桐ヶ谷君に憧れている?)
雫はその事がよくわからなくパニックになった。
それも当然の事だろう。なんたってスポーツ万能、頭脳明晰、友達いっぱい、と三拍子揃った完璧人間が頭はそこそこ良く、運動神経もそこそこで、友達はほぼ居ないとこれだけ聞けばあまり良い印象を持たない相手に憧れているのだから。
雫は勇が秋人に憧れることが信じられなかったのだ。
それは咲夜も同様なようで目を丸くして驚いていた。けど武は普通にしている為勇から聞かされていたのかもしれない。さっきも勇と武が意味深に解り合ってたみたいだから。
それは置いといてなぜ勇が秋人の事を憧れているのか知りたくなったため雫は勇に聞いた。
「なんで勇が桐ヶ谷君に憧れているの?」
勇は少し照れた様子で右手で頬を掻た。
「えっと、話せばだいぶ長くなると思うけど、1年の時にいじめられてた子がいたんだ」
「あ、それ知ってるかも。1年の6月頃からいじめにあってた三浦君のことじゃないじゃない?」
三浦 葉。体型は細く長身だったため、もやしと呼ばれていた。さらにアレルギーを持っていた為いつも肌が荒れて赤くなっていた為少し気持ち悪い容姿をしていた。その為余り近寄りたいとは思えない人だった。性格も内気でだからいじめにあってもなんの不思議もなかった。
「うん、そう。当時の僕はその三浦君をいじめから助けたいと思ったんだ」
私はいつもの事ながら面倒な事に自分から突っ込んで行く勇に呆れた。けどそこが勇のいい所だとも思う。
「それで僕はいじめている人達にやめるように注意したんだ。そしたらいじめがもっと酷くなってしまって三浦君に言われたんだ「僕は大丈夫だからもう関わんないでくれ」ってその時の僕はどうしたら良いのか分からなくなって、言われた通りに三浦君に関わらないようになったんだ」
(うーんなんていうか、私がこう言うのもおかしな事かも知れないけど、お決まりの展開だね。それに勇は物語の主人公みたい。あ、それはいつもの事か)
「そんな時に桐ヶ谷君がいじめられて泣いてる三浦君を見てこういったんだ「何もしてないのに泣くんだな」って、その言葉は侮辱や軽蔑とは少し違う何かの意思を感じたんだ。僕はそれを偶然見ていただけだけど、最初はよくわからなかった。でも、その言葉の真意に気づいた瞬間無性に苛立ったんだ。それは桐ヶ谷君にではなく僕自身に。僕はただ自分の都合だけで三浦君に関わって助けようとしたけど、桐ヶ谷君は逆で助けるのではなく突き離す様にした。その本当の意味に気付いた瞬間今まで僕の中にあった何かが崩れ落ちた様に感じたんだ。そのころからかな僕が桐ケ谷君のことを気に始めたのは。僕には絶対にできない冷酷さを持つ桐ヶ谷君に憧れたのは。いや、少し違うかな。桐ケ谷秋人という人間性に憧れたんだ」
と、少し苦笑い気味に微笑みそう桐ヶ谷秋人と言う人間を勇は語った。
勇は長く喋っていたため喉が渇いたらしく水を飲むため洗面台の方に向かった。この世界にも水が出る蛇口があったりする。詳しいことはここでは省くが簡単に言えば魔石を使っている。
私は先ほどの勇の話を聞いて、そして目を見て少し驚いていた。その目には闘志が宿っていた。剣道で対人戦に優れた私が見てもその目に恐怖を感じさせるほどだった。それは自分が負けるとかそいう類のものではなくそこにある断固とした意思に怖気ついてしまったのだ。
恐怖の意味合いは少し違うかも知れないけど、でも迫力があった。覇気があった。そこまでの意思がなんであるのかはわからない。ただ自分の中にある佐藤勇気という人間をもう一度考えさせるほどだった。
私は今まで勇の事をたたのお節介野郎だと思っていた。
それは少し失礼な考えなのかもしれないけど私にとって佐藤勇気という人間は困っている人がいたら絶対に助けるヒーローのように思っていた。それが多分間違いだったのかもしれない。
いや、もしかしたら私が思っていた通り勇はヒーローなのかもしれない。
だけどそこにあるのは正義感だけだけではなくもっと違う何かがあった。
私の知らない何かが勇にはあると思った。
まぁ、私と勇が付き合い始めたのは高校からだから、たった1年半位じゃわからないことも多いんだろうけど。
けど勇が何を考えていても私達は勇の味方でいなければいけない。それだけはなんとなくわかる。
このヒーローは少し真っすぐすぎるから。
と、雫は思いながら少し困った弟を見るような生温かな笑顔を浮かべるのであった。
(あ、そういえばさっきの話を聞いても武は何の反応も見せなかったけど何か知ってるのかな?)
「そういえば、武は知ってたの? 驚いた感じが無いように思ったんだけど?」
「ん? あぁ、知ってたよ。話を聞いたのは結構前になるけど、大体1年近く前になるかな? てかそもそも桐ケ谷の話を持ち出したのは俺の方だよ。で、そん時俺が桐ケ谷の話をしたら勇がさっきの話をしたんだよ」
「え!? つ、つまり武も桐ケ谷君と何かあるの?」
「あぁ。一応言っとくけど俺は喋らないからな!」
そう言って武は雫から顔をそらした。それは照れなのか、雫には言えないことなのか、それは今の雫にはわからなかった。
「みんなお茶入れたけど飲む」
そんな時勇がこちらに歩きながら聞いてきた。その手にはお盆に載ったコップが4つ載っていた。それを見た雫は何とも形容しがたい顔で言った。
「勇、お茶を入れてから言わないでよ」
「あ、ご、ごめん」
「まぁ、飲むから良いんだけどね」
雫は「ありがとう」と、言いながら勇からお茶を受け取った。
武や咲夜も同じ様にお茶を受け取って飲み始めた。そして一口お茶を飲んで一息。
誰かが喋ることなくまったりと時間が流れていった。
「へぇ~。やっぱり”アキくん”はすごいね」
誰にも聞こえない声で咲耶がつぶやいた。その顔には隠し切れない嬉しさのようなものがあった。
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あれからしばらくたち、そろそろ良い時間になり始めたのでそれぞれ自分に与えられた部屋に戻っていった。
雫は途中まで咲耶と一緒に居たが、勇の部屋からは咲耶の方が近いため先ほど咲耶とは別れ、今は雫一人で廊下を歩いていた。
ちなみに武は私達とは違い、反対側に部屋があるため早々に分かれた。
雫は廊下を歩きながら側面の壁の上に等間隔で並んでいるランプみたいなのを眺めていた。
(結構明るいな。あのランプみたいなので光を出してるみたいだけど、どんな仕組みなんだろう?)
そんな時、30メートル位、先にある十字路の先から右から左に歩いていく影が見えた。
(ん? 今のって桐ケ谷君?)
暗くてその姿をはっきり見ることはできなかったが、確かに今のは桐ヶ谷君だった。
(こんな時間に何してるんだろう? まぁ、私が言えた事じゃ無いけど)
そこで雫は先ほどの勇の話を思い出していた『僕は桐ヶ谷君に憧れているんだ』。
そのことだけではなく、他にもいろいろと聞きたいことがあるため桐ヶ谷君の後をついて行くか一瞬迷ったが好奇心には逆らえず後を追うのだった。
(ここが桐ヶ谷君の部屋かな?)
そう言う雫は桐ケ谷君の入って行った部屋の前に立っている。
その扉は雫や勇の部屋と同じ感じの少し高そうな扉だった。
雫は先ほど聞いた勇や武の話(あと個人的な事情を)を桐ケ谷君に聞こうと思った。 そして雫は桐ケ谷君の部屋の扉にノックをしようと右手を上げた。
だが何故だかノックをしようとしている右手が動かなかった。
そして扉に顔を向けてみれば、なんとなく今は入ってはいけない様な感じがした。それが何故なのかはわからない。
(別に明日でもいいよ、ね?)
自分にそう言って納得させた雫は元来た道を歩き始めた。
雫は自分の部屋のベッドに横になりながら先程の事を思い出していた。
(さっきの桐ヶ谷君どうしたんだろう? 少し近づき辛い雰囲気をしてたな)
確かに影しか見えなかったが雰囲気が近寄りがたい感じだった。
あの姿を見てから何故だか勇の言葉が頭に響いてくる「僕は桐ヶ谷君に憧れているんだ」。勇の言葉が頭にこびりついて抜けない。何度も何度も頭の中に繰り返し再生されていく。それに伴って桐ヶ谷君の言葉も思い出される「別に良いよ。俺1人で何とかするから」。
何故桐ヶ谷君が誰にも頼らないかはわからない。
だけど、それでも私は……
(はぁー、今の私は少し変だな)
雫は少し自傷気味に苦笑いをして、さっきからずっと悪い考えを振り払うように頭を振った。
そして自分の思いを思いっきり叫んだ。
「あー! なんかイライラする! なんなのよこれ! てかなんで私がこんな悩まなくちゃいけないのよー! てかそもそも桐ケ谷君は何を考えてるのよ! 「俺1人で何とかする」できるわけないでしょー! だから勇は桐ケ谷君を誘ったんでしょうが! 私がこんなに悩んでるのも全部、ぜーんぶ桐ケ谷君のせいだーーーー! もう桐ケ谷君なんか知るかーーーー!」
そう言って雫はベットの上で手足をばたつかせながら思いをぶつけた。
一通り叫び終えた雫は少し落ち着きを取り戻し冷静になり先ほど叫んだ言葉を思い出いながら憂鬱な表情をした。
「はぁ、はぁ、あー何やってるんだろう、私……」
(てか、そもそも桐ケ谷君があんな事言うかしら? そうよ勇や武も言ってたじゃない桐ケ谷君がこのまま終わるわけないって。私の知っている桐ケ谷君もそんな事言うわけない。ううん、桐ケ谷君ならみんなを騙して自分1人だけ得するようにするにきまってる。うん、絶対そう。なんだちゃんと冷静に考えれば簡単に分かるじゃない。結局のところ私も冷静じゃなかったてことね。やっぱり今のうちに桐ケ谷君に聞いといたほうが良いかな)
雫は善は急げとでも言うようにベットから起き上がり急いで扉に向かうのであった。
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そして今雫は15分ほど前にも来た桐ケ谷君の部屋の前に来ていた。
「スーハー、スーハー」
深呼吸をし緊張を追い払った。
(よし、いつもの私だ)
その顔には今まであった幼さや女の子らしさというものが抜け、そこにあるのは毅然とした戦士の顔だった。
そして雫先ほどと同じように右手を上げ扉をノックした。
「コンコン」
そしてすぐにこちらに近づいてくる気配を感じた。
そして扉が開きながら声が聞こえた。
「はい、どちら様ですかぁあ!?」
そして聞こえてきた声は少し上ずったような声音だった。そしてこちらを見る桐ケ谷君の顔には驚きの表情だった。
私はその顔を見ながら笑顔で言った。
「こんばんは桐ヶ谷君こんな夜分遅くに悪いけど中に入れてくれないかしら」
桐ケ谷君はしばらく私の顔を見て呆然としていたけど、やっと正気に戻ったみたいで私に部屋に入るように促した。
「……あ、あぁ。ど、どうぞ」
「お邪魔します」
雫はお行儀よく挨拶をして部屋に入った。
「えっとー、まぁ、とりあえず椅子に座って。今お茶持ってくるから」
「お構いなく」
雫はお決まりの言葉を言って椅子に座った。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
そう言ってお茶を持ってきた桐ケ谷君は机を挟んで椅子に座った。桐ケ谷君はお茶を一口飲んで本題に入った。
「で、何の用?」
「んー、用ってほどのものじゃないけど、ちょっと聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
桐ケ谷君は首をかしげて私のことを見た。
私は先ほどまでの笑顔を消し毅然とした顔で聞いた。
「えぇ、率直に聞くけど桐ケ谷君は何が目的なの?」
「目的? 別に俺には目的なんかないぞ? これからの予定みたいなのだったらあるが……」
「ううん、そいうことじゃないわ」
「?」
「少し遠回りに言いすぎたかしら?だったら直球に聞くけど桐ケ谷君は何を隠してるの?」
そう私が質問をした時桐ケ谷君の顔が少し動いたように感じた。いや、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。
だけどほんの少しだけ先ほどの困惑気味の雰囲気から警戒心のようなものに変わった。
「俺が隠し事? そんなことするわけ無いだろ」
「うーん? そうかな私の知ってる桐ケ谷君なら自分の本音を隠して相手を利用するような人だど思うけど」
「はぁ? いや、ちょっと言ってる意味がわからないけど?」
「そうかな結構わかりやすく言ってるつもりなんだけど?」
そう言ってお互いは相手の目を見続けた。
1分、2分、3分とたった。どちらも視線をそらそうとはしない。
(私は絶対にそらさないからね♡)
そう雫は可愛げに心の中でつぶやいた。
そしてずっと続くかと思われた、視線の交差は5分程たった時秋人が先に根を上げた。
「はぁー、なんなんだよお前?」
ため息を吐きながら秋人は聞いてきた。
「お前それほど俺の事知らないだろうよ」
「まぁ、ぶっちゃけあまり知らないわね。でもずっとあなたの事を見てたから少しは分かると思うけど?」
「ずっとって、お前何? 俺のこと好きなの?」
「別にそんなんじゃないわよ。てか、さっきからお前って言わないでくれる。私にはちゃんと源雫と言う名前があるんだから」
そう言って私は怒ったように頬を膨らませそっぽを向いた。
「あぁ、悪るい悪い。で、源俺を見てたってどいうこと?」
「ふーん苗字なんだ。まぁ良いけど。見てたって言っても別に好意をもって桐ケ谷君を見てたわけじゃないわよ? ただ、少し気になってね。あなたの目が」
「目が? なんか俺の目変か?」
「えぇ、変よ。桐ケ谷君の目には、たまに光がなくなる時があるもの。その時に感じる雰囲気がなんか変なのよ。それが何なのかは私にはわからない。だけどこれだけは言えるわ……」
そう言って雫は秋人の目を見て一呼吸を置いて言った。
「桐ケ谷秋人君あなたは異常だわ」
その時の秋人の表情を表現する事はできないだろう。そこには困惑、驚き、疑問、疑い、その他にも色々な感情があったのだろう。そして雫はそんな秋人の目を見て離さなかった。
それからどれだけ時間がたっただろう。10秒? 20秒? それとも1分? そんなあいまいな時間がたった時唐突に秋人が笑い出した。
「あははははははははははぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあははははははははははぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあははははははははははぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー
ーーーーー! はぁー、はぁー、ふぅー、あー腹痛ぇ、あぁ悪い悪い。ちょっと面白くてね」
そう言う秋人は先ほどまでの緊張感などがまるで嘘の様に消え、ものすごく楽しそうに笑った。その顔には雲りっけ一つない清々し笑顔だった。
雫はここまで楽しそうに笑う秋人を一度も見たことがなかったため困惑してしまった。
(これがあの桐ケ谷君なの?)
「へぇー、今までお前のことただの優等生ちゃんかと思ってたけど違うみたいだね」
秋人はものすっごい良い笑顔を雫に向けた。
雫はその笑顔を見た瞬間顔を引きつらせながら答えた。
「私ってそんなに優等生ぽい?」
「あぁ、すげー優等生ぽい。こう勝手なイメージだけど、あれだ、なんていうか、そうよくアニメとかに出てくる風紀委員って感じの真面目ちゃんかと思ってた!」
「なにそれ? ずいぶん勝手なイメージを持っていたのね。あと、例えがわかりにくい」
「そうか? わかりやすいと思うんだけど? まぁ、そうだな。少し訂正しなきゃいけないな」
「少し、なんだ」
「ん? あぁ、だってお前真面目だろ? ここに居る時点でそうだろ」
そういう秋人は雫の目を見た。
「ッ!」
その秋人の目を雫が見た瞬間理解した。いや理解させられたのだ。
(あぁ、これだ。この妙にやりにくくてすべてを見透かされている様な感じ。そうよ、これが、この感じが桐ケ谷君なのよ!)
鳥肌が立った。
恐怖を感じた。
それは勇から感じた断固とした決意のものとはかけ離れたものだった。
秋人のそれは恐怖という名の恐れと言う生易しいものじゃなかった。
そう、それは殺意。絶対に殺されると言う死に対する恐怖だった。
それは雫にとって何とも新鮮な事だった。
雫は剣道をやっているため死と言うものが何なのかを知っている。それと同時に殺すということも理解はしている。しているものの、いざ、人を殺すとなる瞬間になった時、怖気づいてしまう事もわかっている。
だが、この桐ケ谷秋人と言う人間はそれを軽く超えてしまう。
超えてはダメだという認識と言う名の境界線をそれこそ、散歩に行くような気軽さで超えてしまう。
そして自分の敵だと思った相手には容赦がない。
雫は秋人の事を観察しているうちに気付いた数少ない情報だ。
そして今自分が恐怖していると思うとなぜか自然と口角が上がった。
本人には自覚が無いかもしれないが雫は今笑っていた。それも不敵な笑みで。
それを見た秋人は雫の目を見ながら舌舐めずりをしてこう言った。
「へぇ~、なかなか良い顔するね。面白いな」
「それはどうも。で、本題なんだけど、さっきも聞いた通り桐ケ谷君は何が目的なの? そして何を隠しているの?」
「俺を楽しませてくれた褒美として今度は真面目に答えてやるよ。まぁ答えられることなんてほとんど無いけどな。さっきも言ったが俺に目的なんかないぜ? もう一つの質問は隠しいることはあるがそれが何なのかは言うつもりはないけどね」
秋人はそう言って雫の目を見た。
「ふーん、なるほどね。詳しくは教えてくれないみたいだね。まぁ、いいけど」
「まぁーな。俺の力の一部だしな」
「そう…………ねぇ、あなたはこれからどうするの?」
「どうするって?」
「ここを出た後に何をするかって事」
そう言った瞬間秋人から殺意が膨れ上がり、さらに目が鋭くなり雫の心の隅々まで覗かれている様な視線を向けてきた。
「なんでお前がそのことを知ってる?」
「なんでって、少し考えればわかることだと思うけど? オタク知識がある人ならば、ね?♡」
「お前オタクじゃないだろ。あと、きもい」
「酷いわね。まぁ、ガチのオタクではないわね。でも少しだけなら知ってるわ? あなたの影響で」
「俺の影響? どいう意味だ?」
「さぁ、どいう意味なんでしょう」
「……」
「で、今の質問の答えはどうなの?」
「……ノーコメント」
「そう」
(桐ケ谷君は詳しい事は何1つ教えてくれないのね。まぁ、今までたいして親しくもなかったから当たり前か)
「はぁー」
「どうした? 急にため息なんかついて?」
「いえ、なんでもないわ。気にしないで」
「ん? そうか?」
雫は気分を変えるため、そして雫自身元々したかった事を言った。
「ねぇ、桐ケ谷君。今から軽い雑談でもしない?」
「雑談?」
「そう。別に何かを企んでるわけではないわよ。ただ、少しあなたと話がしたいだけだから」
「まぁ、別にいいけど……」
そう言って、雫と秋人は暫くたわいもない話を交わした。
ここからは余談であり雫の過去の話でもある。
先ほども言ったが雫は死と言うものを感じたことが少ない。
普通の人ならまず死に対する恐怖を感じることそのものが無いと思うが、雫は剣道をやっている。それも親から習い他の人たちよりも何倍もの努力し厳しく鍛えてきた。
そして師範(雫の祖父)と剣(竹刀)を交えたことも数少ないが何度かある。その時に感じた迫力、風格、恐怖、絶対に敵わないと思い知らされるほどの力量差。そして殺される、と思わされた力。だがそれでも祖父は本当の殺気を向けてくる事はなかった。
祖父は雫にやさしい。いつも温厚で素敵なおじいちゃんだった。だが剣を持ち勝負となればやさしさなどは消え断固とした風格を表す。それはもう別人と思うほどに変わる。それでも雫に殺気をむけなかった。それは雫が可愛い孫であると同時に本気になるほどの相手ではないということだ。
それが悔しかった。
生きてきた年数が違う。
修羅場を潜り抜けた数が違う。
努力した数が違う。
他にも理由はあるだろう、でも一度位祖父に本気を出させたいと思った。
そして雫は祖父の技や技術を盗もうといつも祖父を見ていた。
その気持ちはいつしか憧れとなっていた。
祖父みたいに強く、たくましく、かっこよく、そして誰からも好かれる祖父の様に雫は心から「自分もあんな風になりたい」と思った。
だが”現実はそう甘くなかった”。
それは自分が女と言うことだ。どうしたって女である雫は男に筋肉などで負けてしまう。筋肉以外でも体格、威厳などにもいろいろあるだろう。
だが、自分が女と言うだけで男に負けるなど嫌だった。そう武などに。
小学校からずっと一緒に鍛えてきた。そして因縁のライバルであった。それと同時に一番の親友でもあった。それが自分が女だというだけで負けてしまう。それが、いやでいやで、いっぱい努力した。
だが努力したところで現実は変わらなかった。
1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と過ぎて行くと同時に武との勝負で次第に押されるようになった。それでも意地で負けることはなかったが、それでもいつか負けてしまう。そんな風に悩んでいた時にある出会いがあった。その出会いのおかげで今の私がいる。
今も鮮明に思い出すことができる程、私は彼との出会いに感謝している。
当時まだ9歳の少女と言える年でこの現実を受け止め、あまつさえその事実と向き合い自分だけにしかできないこと、そして女だからできることを見つけ出して見せたのだ。それがどれだけ難しいことか分かるだろうか?
だが雫はそんな現実を破り去ったのだ。
だが自分が女という壁を破っても、また新たな壁が山ほどあった。
今度は技術や技が足りない。
そして周りからの嫌がらせや見下した視線。
他にもいろいろなものがあった。壁1つ破った位で良い気になれるほどこの世界は甘くはなかった。
だが雫はくじけなかった。
あの時言われた言葉を思い出すだけで自分はなんだって出来ると思った。
そんな壁、簡単に破り捨てて見せる。そう思った雫ひたすらに、そしてがむしゃらに走り続けた。
そんな雫を見て何を思ったのかはわからないが祖父が一度だけ本気で相手をしてくれた。
もちろんそれは試合と呼べるようなものではなく、一方的なものだった。
そして祖父は雫に背を向けながら最後にこう言った「ここまで上がってこい」。
その言葉を聞いた瞬間鳥肌が立った。
心が躍った。
私は祖父に認められたのだと。
そして「私はもっと強くなれる」と思った。
(それも全てあなたのおかげ。でもあなたはそんな私との出会いなんて忘れてしまってるんでしょ? でもこれだけは言わせて)
”過去の私”が言えなかった言葉を”今の私”から言うね。
————————ありがとう————————
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あれから1時間半程、雫と秋人は雑談をしたあと、雫は秋人の部屋を出た。
そして今、雫は自分の部屋に戻るため、来た道をゆっくりと歩いていた。
(うん。やっぱり彼と話して自分の中にあったモヤモヤが取れた。あー、すっきり、すっきり)
雫の顔にはこの世界に来た時の張りつめていた緊張が消え、晴れ晴れとしたすっきり顔になっていた。
そんな雫は自分の部屋に戻るため廊下を歩いていたら前の方に人影が見えた。そしてその人影は雫に向かって声をかけた。
「やぁ、シズちゃん」
「!?」
その声は高く、女性の声だった。その声はどこかで聞いたことがあったが誰なのかはわからなかったが、私をシズちゃんと呼ぶ相手は一人しか知らない。だがなぜいるのかはわからなく、本当にその相手なのか疑ってしまった。
そしてこちらに歩いてくる誰かの足音を聞きながら雫は相手の顔を見ようと目を凝らしたが、相手の顔を見ることはやはり無理だった。明かりがあるとは言え相手の顔をはっきりと見るには少し暗すぎた。
そして予想通りとはいえ相手の顔が見えた瞬間雫は声を上げてしまった。
「……さ、咲耶!? 何でこんなところにいるの!?」
そう目の前に立つのは雫の親友の木下咲耶だった。
「そいうシズちゃんは何でこんな遅い時間なのにここにいるの?」
「そ、それは……」
雫はどう答えて良いのかわからず口籠ってしまった。
先ほどまで秋人の部屋に居たと正直に言えば良いものの、雫はなぜかそれは言ってはいけない様な気がした。それが何でなのかはわからなかったが、咲耶に言ってはダメだと直感が言っていた。
そして雫はどう答えて良いのかを悩んでいたら、先に咲耶が話しかけてきた。
「なにしてたか当ててあげようか?」
「え?」
「シズちゃん、今まで桐ケ谷君のところに居たでしょ?」
「え? な、なんでわかったの?」
先ほどは言ってはダメだと思っていた雫だが、それが本人に言われてしまい何故だか悪寒がした。
そして雫は悪寒は気のせいだと思いながら疑問に思った事を咲夜に聞いてみたが、 咲夜はただ微笑むだけだった。
そんな咲耶を見て雫は困惑した。
そして咲耶は困惑している雫を見ながらこう言った。
「ねぇ、シズちゃん。私はそこまで馬鹿じゃないよ?」
「!?」
その言葉を聞いた瞬間私は咲夜の顔を見た。その瞬間鈍器で頭を殴られた様な痛みがし、顔をしかめた。
(私は咲夜の事を何も理解できて無かったんだ。ううん、咲夜だけじゃない勇もそれに武だって私に何か隠し事があるみたいだし。私はわかっていた気になって、実は何もわかっていなかったんだ。ほんと馬鹿みたい)
そして雫は自分がわかっていた気でいたことに無性に苛立ち自分を殴り飛ばしたい欲求にかられた。
そんな時、勇が語っていた言葉が頭によぎった「その言葉の真意に気づいた瞬間無性に苛立ったんだ。それは桐ヶ谷君にではなく僕自身に」。まさに今の雫に当てはまる言葉だった。
そんな事を思った雫は歯を食いしばり、うつむいた。強く握っていた手からは赤い液体が手の隙間を通って、床に落ち小さな水たまりを作っていた。
そんな雫を見て咲耶は優しい声音で発した。
「ねぇ、シズちゃん」
雫は名前を呼ばれたためうつむいていた顔を上げ咲耶の顔を見た。
そして————
「!?」
咲耶は優し顔で雫を見ていた。
その顔はまるで子供が困ったことをしたなと、思いながらも優しく見守り微笑む母の様な顔だった。
だが、目は違った。
その目は、まるで…………
————”殺す”————
そう語っていた。
雫はその目を見て、またも雫は自分が何も理解できていなっかたのだと知った。
それと同時に恐怖を覚えた。
それは勇から感じたものと別種のもの。
そして先ほど秋人から受けたものと同じ殺意。だが秋人から受けたものより、濃密で濃い殺意。
死に対する恐怖。
だがそれに抗うことさえできない程の殺意。
身体が言うことを聞かない。
恐怖で震え、歯がかみ合わなくガタガタと歯を鳴らしながら足が自然と後ろに下がり、恐怖の目で咲耶を見た。
咲耶はそんな親友に恐怖の目で見られたが気にすることなく、ゆっくりと雫に向かって歩いて行った。
一歩、一歩。コツン、コツンと。
音を出しながらまた、一歩踏み出して。
その行動は相手により強い恐怖を与える行動だった。
そうまさに秋人がやるように。
「い、いやッ! こ、来ないでッ!」
雫は血が出ているにも関わらず腕を咲耶に向かって振り回しながら、歯のかみ合わない口で、嗚咽まみれの声で言った。
その顔は——
涙で。
鼻水で。
涎で。
恐怖で。
酷く。
醜く。
汚かった。
必死に助かりたい。そんな思いで叫んだ雫だが……
だが咲耶はそんな親友の言葉を聞いても足を止めなかった。
そしてまた、コツンと音を出しながら一歩足を踏み出した。
そしてまた、コツンと、音がなった。
また、コツンと、音がなった。
また、コツンと、音がなった。
また、コツンと、音がなった。
また、コツンと、音がなった。
そしてコツンと、音を鳴らした咲耶はとうとう、雫の前に立った。
咲耶は雫の目を見ながらニコッとした。
その顔を見て、青白い顔がさらに青白くなった。
だが、そんな雫の反応を無視し咲耶は右手を上げ、そっと肩に置いた。
「!?」
そしてゆっくりと、母が子供に言い聞かせる様な優しい声音で言った。
「ねぇ、シズちゃん。いくらシズちゃんでも”アキくん”は渡さないよ?」
「!」
その言葉を聞いた瞬間すべて、とはいかないものの咲耶がなぜここにいたのか、そしてなぜこんなことをしたのかを理解した。
そして理解してしまったため、これまでの咲耶との思い出が蘇ってしまった。
(あぁ、本当に私は馬鹿だ)
確かに今思い出せば咲耶は時々秋人の事を見ていたように感じる。
だが、なぜ咲耶が秋人の事を気にしているのかはわからないが、それに関しては雫が知る必要のない問題だとも思う。
そしてやっぱり、自分は何もわかっていなかったんだと思った。
咲耶の瞳には確かにまだ殺意があるが今の雫にはそれを気にならなかった。
その代わり咲耶がなぜ殺意を向けてきているのかを理解してしまったため雫は、心の中で思った。
(ヤンデレ、マジ、コエー)
と、言葉がカタゴトになるぐらいに雫は恐怖を感じた。
そして狂気の目で雫の事をみる咲耶はとっても怖かった。
そのことを知ってか知らずかは分からないが、咲耶は突然心配するような声音で言ってきた。
「あ、シズちゃん。顔が汚れてるよ? ハンカチ使う?」
と、咲耶はさりげなく言ったつもりなのかは知らないが、汚れているとは言い過ぎだ。
それに元はと言えば咲耶が雫に殺意なんかを向けたのが原因であるため、雫は咲耶を怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいだったが何とかこらえ、咲耶からハンカチを借りた。
「あ、ありがと」
「うん。どういたしまして!」
咲耶はそれはもう可憐な笑顔で言ってきた。
それを見た雫は顔が引きつるのを感じた。
そして雫はハンカチで顔を拭いていると、さっき咲耶が言っていたセリフに確認もかねて咲耶に意趣返しも含め聞いてみた。
「ねぇ、咲耶」
「ん? 何シズちゃん?」
「咲耶ってもしかして桐ケ谷君の事が好きなの?」
「え? あ、い、いや、べ、べつに、す、すき、すきとか、そ、そんなんじゃ、ないから!」
そいう咲耶は顔を真っ赤にしながら言った。それはもう真っ赤に。
そんな咲耶の反応を目にした雫は……
(あ、可愛い)
と、先ほどまでの恐怖や緊張感はどこへ行ったのやら。
先ほどは雫に本気の殺意を向けていた人と同一人物とは思えない初心な反応だった。
(うん。これはもう決まりね。桐ケ谷君もこんな可愛い子に好意を向けてもらえるなんて幸せだね。まぁ、少しおかしなところもあるけど……)
そんな事を思っているのを知ってか知らずかはわからないが、咲耶は無理やり話題を変えに来た。
「と、ところでシズちゃん! き、桐ケ谷君と何話してたの?」
「え? 咲耶ってさっきまで桐ケ谷君の事”アキくん”って言ってなかったけ?」
「え、あ、あれは、その、えーと、あ! 気分の違いだよ!」
「気分の違いで呼び方変わるの?」
「うっ、そ、それは……」
「別に言いたくないなら言わなくてもいいんだよ。とりあえず、呼び方の事は置いといて、さっきの質問だけど、別にたいしたことじゃないわ。桐ケ谷君が何を隠しているのか知りたくて聞いたけど、何も教えてくれなかったもの」
「それはそうだとよシズちゃん。桐ケ谷君は信用した相手にしか話さないもの」
「う、うん。まぁ、わかってはいたんでけどね……。あ、あとここから出てどうするかも聞、い、た……」
そこまで言ってから雫は「しまった!」と、思った。
ヤンデレ気味の咲耶に秋人が出て行くなんて知れば、絶対暴れだすに決まっている。なのにそのことを馬鹿正直に言ってどうするんだと雫は思った。
雫は咲耶に声をかけるのが怖かったが、それでも自分で言ってしまったため、咲耶の反応をうかがうように声をかけた。
「さ、咲耶?」
「ん? 何シズちゃん?」
そんな雫の考えとは裏腹に咲耶は冷静に言葉を続けた。
「う~ん、やっぱり桐ケ谷君はここを出て居ちゃうのか。淋しいな~」
と、咲耶も雫と同じように、秋人がここを出て行くことは大体予想はしていたみたいだ。
「まぁ、またどこかで会えるよね。それに桐ケ谷君はまだ私の事信用してないもんね」
咲耶は「私達」ではなく、「私の事」と、言った。
それはつまり雫達は入ってない。
その意味することは————————
「————ねぇ、シズちゃん聞いてる? 」
「え、あ、いや。ごめん。聞いてなかった」
「もう、どうしたの? ぼーっとして?」
「いや、何でもないよ。ほら、そろそろ部屋に戻ろうか」
そう言って雫は歩きだした。なるべく咲耶の顔を見ないように。
その後に続くように咲耶が歩きだしたのだった。
雫は咲耶と歩きながら少し考え事をしていた。
(桐ケ谷君は、勇からは憧れを持たれていて、咲耶からは好意を持たれていて、武はどうなんだろう? まぁ、わからないけど何らかの感情を持っているのは確実。そして私からは感謝の気持ちを持たれている。これって偶然なの? でも少なくとも私との出会いは8年も前のことだからやっぱりただの偶然? う~ん、わかんないな。考えても無駄ね)
そういって雫は考えるのを放棄した。
だがこの時の雫は知らない。
桐ケ谷秋人という人間に何らかの気持ちを抱く4人の”偶然の出会い”が運命を変えることになるとは…………
「うわっ!」
雫は自分の部屋へ向かっている途中、隣で大きな声がしたため雫はそちらを見て見たら、そこには顔から床にダイブしたような姿の咲耶が居た。
「だ、大丈夫!?」
雫はそんな咲耶に声をかけながら手を伸ばした。
「う、うん。ありがと。シズちゃん」
咲耶は雫の手を取りながら笑顔でお礼を言った。
「あ、うん。どういたしまして……」
雫は咲耶を起こしあげながら咲耶をじっと見た。
その顔には先ほどまでとは違い、どこ抜けていて天然ないつもの咲耶だった。
その顔を見ながら雫はいつもの様に笑顔で話しかけた。
「咲耶はいつもどこか抜けてるよね」
「そう言いながらシズちゃんはいつも私を助けてくれる。そんなシズちゃんがだ~いすきだよ!」
そう言って咲耶は雫に飛びついた。
そんな咲耶を見ながら雫は困った様に「しょうがないな~」と、言いながらもまんざらでもない様子だった。
そして二人は仲良く歩きながら自分たちの部屋に向かうのだった。
次は13日に投稿すると思います。
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