第23話 死
アリサ視点
目の前にいるのはガラの悪い男二人組。服は汚れていて、その上から奪ったと見える防具を着ていて、いかにも盗賊と見える人達。
(運がないな。それに馬がやられたから、馬車での移動ができなくなちゃった……)
そう思うアリサであったが何故か嫌な予感がする。
そう、それは村を出る時に感じた嫌な予感だが、それよりも激しく、大きく、この先へ進んではいけないと感じる。
この先に進めばすべてが終わる。
そう予感する。
(早くここから逃げ出さなきゃ!)
いつの間にかアリサの頭の中にはそれしか思い浮かばなくなっていた。
(嫌だ! ここに居たくない! 早く、早くどこかに!)
だが、現実は無情だ。
「金と食い物を置いてってもらおうか。あ、それとそこにいる女二人もな」
そう言って剣を抜いてくる二人。
そしてこちらも臨戦態勢をとる。
(ダメ! 敵対してはダメ!)
そう思うのに言葉が出ない。
それに不思議に思い敵の二人を見る。
そこには「余計な事は喋るな」とでも言うような目をしている二人。
そしてアリサの気持ちをあざ笑うかのようにアキトが歩いて行く。
「いや~、できれば見逃してほしいんだけどな」
そう気軽に話かけるアキト。
次の瞬間二人の目付きが変わった。
それは獲物を狩る目。
油断も慢心もない狩り人の目。
(狙われているのはお兄さん?)
アリサは考える。
お兄さんが狙われる理由が一体何なのか。
お兄さんの力か?
それは無い。そう直感するアリサ。
目の前にいる二人はお兄さんの力を理解してない。
では何だ?
悪行?
出身?
持ち物?
わからない。
でも、狙われているのはお兄さん。
どうする?
戦って勝てる相手ではない。
目の前の二人は殺しのプロ。
それに加えレベルが高い。
ゴブリンジェネラルとは格が違う。
では逃げるか?
それも無理だろう。
逃がしてくれる程甘くない。
力を使うか?
ダメだ。
使えない。
何故かは分からない。
でも、そう感じる。
ではどうすれば……。
そう思考するアリサであったが次の瞬間には目を見張った。
何故かと言えば……。
「ごめんなさい! 見逃してください!」
と、アキトが土下座をしたのであった。
それにはさすがの相手も目を見張りお互いに顔を見合わせていた。
でも、それもすぐにアキトへと目をやる。
「残念だが見逃すわけにはいかない」
そう言って一人が悠然とアキトへと歩み寄って行く。
そしてアキトの目の前に立った盗賊は、剣を振り上げそのまま振り下ろした。
「お兄さん!」
叫ぶアリサであったが、無情にも剣はアキトへと届いてしまった。
だが、次の瞬間目を疑った。
なんと、アキトに当たった筈の剣が弾かれたのだ。
次の瞬間、アキトが消えた。
そして驚くことに剣を振り下ろした盗賊の頭が消えていた。
そう消えたのだ。
首が斬られたとか、そいうことではなくどこにも無いのだ。
地面のどこにも……。
目の前の事に呆然としていたら、近くで悲鳴が聞こえた。
そちらに目をやれば右腕が無くなったもう一人の盗賊。
その目の前にお兄さん。
訳が分からない。
お兄さんは一体何をしたの?
アリサが思考している間にアキトと盗賊は戦っていた。
いや、それを戦いと言っていいのかさえ分からない。
ただ一方的に攻撃をしているアキト。
盗賊は必死に魔法やらアイテムやらでアキトを何とかしようとしているが効いている様子が全くない。
ことここに到って、盗賊は逃げを選択した。
だが、それはあまりにも愚策だ。
戦いの最中に敵に背を向けるなど言語道断。
それを証明するかのようにアキトは盗賊の背に黒い何かをぶつけた。
直後、盗賊の背は、いや、背中だけではなく腹まで突き抜け、さらには地面まで黒い何かは突き進み消し去ったのだ。
それは比喩無き意味。
まさしく消えたのだ。
そこにあった何もかも。
人も自然も魔力も精霊も空間も何もかも消え去った。
それはまさしく天罰、いや、”神災”。
まさに神の如し。
「「「「………………」」」」
誰も喋らない無言の時間がしばし続いた。
そしてアリサは問う。
自分の中にある何かに。
『アレは何?』
『……』
アリサの問いに無言を返す何か。
だが、”ソレ”は動き出す。
アリサの思考を塗りつぶすかのように浸食してくる。
だが、アリサは気付かない。
そしてそれを止めることもできない。
ソレは決して動いてはいけない物。
ソレは世界を統べる物。
ソレは世界を破壊する物。
ソレは意志無き玩具。
そしてソレは今動き出す。
今世界は始まりを迎えようとしていた。
だが、それも全て無意味。
”神災”と言う名の無慈悲な力によって。
アリサは呆然とアキトを見つめる。
そこに立っているだけで恐怖を感じる。
アキトは存在してはいけない者。
そう思う。
今すぐに逃げなければ死ぬ。
そう予感する。
何故?
分からない。
でも、もう手遅れ。
もう動き出してしまった。
何が?
分からない。
でも、世界が変わる。
そう確信する。
そしてことここに到ってアリサは思い知った。
アキトに関わってはいけなかったのだと。
アキトが何者だろうとどうでもよかったのだ。
敵だろうと、味方であろうとアキトと言う人間に関わってはいけなかった。
アキトにとって自分の想いも意志も力も何もかもが無意味。
そう認識した。
そしてアキトはこちらを見やり消えた。
直後近くで何かが地面へと落ちる音がした。
そちらに目を向けて見れば首から先が無くなった状態のベートが地面に横たわっていた。
「「「え?」」」
そしてまた音がする。
見たくない。
でも、見なければ。
そして目を向けて見れば先程と同じように首から先が無くなったゼンの死体。
「うっ!?」
アリサは胃からこみ上げてくる物を必死に止める。
でも、目が離せない。
今なを首から血が出ている死体。
地面を赤く染める。
そしてまた音がなる。
自分がやられていないということは……。
見たくない。
でも……。
そしてまた視線をやる。
だが、今回は死体ではなかった。
「ングッ、オエエエエェェ」
ミリアナが蹲り胃の物を吐き出していた。
それも無理の無い話。
結局のところミリアナはただの村娘。
ゴブリンジェネラルの事があったとしても、その心は弱い。
所詮は力無き者。
「……た、たす、けて」
だから懇願する。
恐怖に心を折られた者の末路。
だが、そんなことで止まるアキトでは無かった。
ゆっくりと近近づいて行くアキト。
それを見てミリアナの顔は恐怖に塗り染められていた。
そして股の隙間から湯気を上げる液体。地面を濡らす。
ミリアナは失禁してしまったのだ。
だが、恥ずかしさよりも恐怖が上回っているため、その顔は青ざめている。
そして少しでも助かりたいために言葉を交わす事を望む。
できれば見逃してくれることを願って。
「な、なんで、こんな、ことを?」
だが、アキトはそんなどうでもいいとでも言うように剣を振り上げた。
「ヒッ! た、たすけて!」
その言葉が届くことは無かった。
そしてまた地面へと落ちる音がなる。
アリサはそれを呆然と見つめるしかなかった。
自分ではどうしようもない。
だから、少しでも心を落ち着かせ自分が生き残れるように考える。
何故アキトがこんなことを?
分からない?
逃げる?
無理。
戦う?
勝てない。
では、どうする?
……。
『我を使え』
そしてアリサはソレを使う。
ソレを使えば逃げることは可能なはずだ。
そしてアリサはソレを使おうと意識したが…………使えなかった。
(な、なんで!?)
だが、それに答える者がいた。
「無駄だよ。お前のソレは使えない」
無表情で死人の目のような眼で見つめてくるアキト。
まさしく死を体現したかの如く。
それを見て思う。
(あぁ、これがお兄さんの”本気”か……)
誰であろうと信用せず、殺すことができる。
冷徹無慈悲。
だから、その心に少し触れてみたくなった。
「ねぇ、なんで私達を殺すの?」
どうせ答えないと分かっていても質問してしまう。
自分達が何故殺されるのかを。
だが、アリサの予想を裏切りアキトが答える。
「……今俺の力を知られるのはマズいからだ」
(それだけ? それだけの理由で私は殺されるの? あぁ、でもそっか。私と同じか。知られるのを恐れた過去の自分と同じ。本当自業自得……。でも、そこに少しでも違う気持ちがあるのだとしたら私は……)
確かめたい。
その心に何があるのかを。
「……それだけ?」
「あぁ、それだけ」
そう返される。
結局、自分ができなかったことを押し付けてるに過ぎない。
でも、何故か涙が出る。
お兄さんなら私と違う答えに行きついてくれると思った。
過去の自分ができなかった事をしてくれると思った……。
勝手な願望。
でも、望んだ未来。
「……そっか……」
そしてアリサは思考するのをやめた。
どうせ自分は死ぬ。
そう諦観する。
あの時とは逆の立場。
見捨てる側から見捨てられる側になったにすぎない。
そう過去を思い浮かべるアリサに影が差す。
今にも殺されそうな彼女は私を見つめ言葉を紡ぐ。
————”生きて”————
その一文を言って彼女は死んだ。
首を落とされ倒れる。
それをただ茫然と見つめるしかない自分。
いや、ソレを使えば彼女を助けられた。
でも、私は使わなかった。
結局のところ私は恐れた。
ソレの力を知られることを。
ただそれだけのこと。
どれだけ後悔しても戻れない。
彼女は私のことをどう思っているのだろう?
見殺しにした私を。
でも、彼女はソレの存在を知らない。
だから、彼女は自分を犠牲にして私を助けたのだ。
でも、彼女には愛する婚約者がいた。
いなくなっても誰にも気にも止められない自分とは違い。
彼女の帰りを待つ者がいた。
誰もいない私とは違って。
あぁ、私もお兄さんみたいになれたら……。
お兄さん……?
アキト?
私が好きになった人。
私が愛した人。
この人になら殺されても良い。
そう思えた。
でも、後悔があるなら一緒にいられないこと。
一緒に生きられないこと。
お兄さんに認めてもらえなかったこと。
他にもいくらでもある。
でも、お兄さんには私は必要なかった。
お兄さんにとって私は敵だった。
ただ、それだけのこと。
好き。
その気持ちを教えてくれただけで、もう十分だ。
私は殺される。
愛する人に。
ならそれで良い。
自分が死ぬ事でこの人が幸せなら。
だから、少しだけの我儘。
最初で最後の我儘。
今なをこちらを見やり、殺そうとしているお兄さん。
無表情で無感情で死人の眼。
ダメだよ。
そんな眼。
それに私の最後なんだからさ笑顔でいて。
お願い。
そのために口を動かす。
最期の言葉。
————”好きだよアキト”————
自分の想い。
でも多分、これでもお兄さんの心は動かせない。
でも、少しでも動いてくれるなら——。
それが”私の生きた証だ”
それで十分。
そしてアリサの言葉を聞き、驚いた表情を見せるアキト。
でも、次の瞬間には眩しいものでも見るように眼を細め苦笑いをした。
「あ~、なんていうか、俺を好きになるとかアホだなお前」
そしていつものようにこちらを馬鹿にしてくる。
そして最期の言葉だとか思っていた自分が恥ずかしくなる。
「本当、自分でもどうかしてると思う」
そう言葉を返す。
笑顔で。
「あぁ、俺の本質を知ってるくせにな。それに俺はお前の事結構買ってたんだぜ?」
「へぇ~、そうなんだ。そんな素振りなんか見せた事無いくせに」
「まぁな」
そしてお互いに笑い合う。
あぁ~、楽しい。
できればこんな時間が一生続けば良いのに。
好きな人と一緒に暮らして、笑いあって、遊んで、喧嘩して、そしてできれば子供なんかを作って、家族として生きたかった。
でも、それはもう不可能。
私は殺される。
それは変わらない。
アキトと離れる。
そう思うだけで自然と涙が出た。
ダメだ。
笑わないと。
笑顔でいないと。
好きな人の前なんだから。
笑顔で。
ダメだ。
涙で前が見えない。
あとほんの少しだけの時間なんだ。
好きな人の顔を見ていたい。
でも、そう思えば思うほど前が見えなくなってしまう。
手で顔を覆う。
こんな顔を見られないように。
そんな時頭を撫でられた。
誰に?
そんなの決まってる。
「……お兄さん?」
ゆっくり優しく、丁寧に撫でられる。
あぁ、気持ちい。
これなら安心して死ねる。
そして私はお兄さんを見上げる。
「ありがとうお兄さん」
笑顔で。
心配させないように。
いや、お兄さんの事だから心配なんかしないか。
じゃあ、私を殺したことを後悔しないように。
迷わないように。
幸せに生きてもらうために。
そして——
————愛してる————
と、言葉を発する。
そして今度こそ本当の最期の言葉。
アキトはそれを苦笑い気味に見つめ剣を振るう。
そして「ドシャッ」と音を立てて倒れる。
アリサの首がアキトの足元に転がる。
死んでもなを笑っているアリサ。
その目はいつまでもアキトを見つめていた。
ソレは始まりを迎えることなく終わりを告げた。
だが、それさえも始まりに過ぎなかったのだった。




