第19話 行動
ゴブリンジェネラルの足元にはベートがいる。
「……おい、俺があいつを足止めしとくから、ベートを連れて逃げろ」
「な!? 無理だよ! 今のお兄さんじゃ、あいつに殺されちゃう! だったら私がっ!」
秋人はアリサの唇に指を、そっとおいた。それは先程の女性とは違い優しく、それ以上の言葉を出させないように。
その先の言葉を言ってはいけない。
それではダメなのだ。
こんな「しょうがなく力を使う」ようではダメだ。
使うならこいつの意思で、自分の選択で使わなければいけない。先ほどのように。
能力を隠す必要性は俺自身がよくわかってる。俺も隠し事多いからな。
それにこいつは俺と違って生まれてからずっと隠してきたのだ。つい最近来たばかりの俺とは違って。
「まぁ、安心しなよ。俺は強いからさ。そんな悲しそうな顔すんな。するなら笑顔でいろよ、な?」
それは秋人の本心だ。
企みも策略も無い言葉。
それが分かってしまうからこそアリサは顔を赤くしてため息をついてしまう。
「はぁー、そういう所がな……。うん、まぁいっか。待ってるからね、アキト」
アリサは笑顔で秋人を見送る。
純粋な笑顔で。
なんの企みも穢れを知らない純粋な笑顔。
秋人が忘れ去ってしまったもの。
(本当、眩しいな)
そして背中を向け歩きだす秋人。
(さて、どうすっか。本当にやばいな、これ。それにあいつの力を”あいつら”に見られたしな……。これは面倒な事になりそうだ)
こちらを睨み殺そうとしてくる存在。秋人は5m前まで歩きそこで止まる。こうして近くで見てみると、ますます高く見えるな。
(そんじゃ、ラノベとかでよく言う、冒険とやらをしますかね!)
そして秋人は走る。
こいつを倒すために。
走りながら敵の戦力を見る。
(まずは周りにいるやつから駆除していかないとな)
それぞれ武器は剣が3匹、盾が1匹、杖が1匹(魔法使い)。
こちらは今にも壊れそうな槍が1本。
マジ、ムリゲー。
まぁ、でも面白そうだからいっか。
何故かゴブリンジェネラルは動かず、上位種のゴブリンが突っ込んで来た。そしてニヤニヤと見てくるゴブリンジェネラル。
あいつ俺をからかってるのか? というか、これがよく見かける「一斉にやれば倒せるのに、それをやらないで負ける」ってやつか? それならありがたいね。
ゴブリンも秋人を殺すため躍起になって襲いかかってくる。まず、盾を持つ者が前に出てその後ろに槍、その左右から剣を持つゴブリン。後ろの方では魔法を唱えるゴブリンとそれを守るかのように立つゴブリン。
まず剣を持つ左のゴブリンに標的を合わせて【疾走】を使い距離を一瞬で詰め矛先を突き出す。それを前にいる盾持ちゴブリンが秋人の攻撃を防ぐ。攻撃を防がれたと見た秋人は槍を捨てて単身で【疾走】を使い剣を持つゴブリンの後ろ側へ回る。そしてゴブリンをグーで殴り剣を奪い、止めに首を斬る。
だが、相手もお粗末ながらに連携をしてきて、秋人が剣のゴブリンを倒して盾持ちに斬りかかろうとした、次の瞬間には槍持ちゴブリンが秋人目掛け攻撃してくる。それをバックステップで避ける秋人。
直後、頭上に危険を察知した秋人はとっさに左腕を出してガードする。そして先ほどと同じように貫かれる左腕。だが、それだけでは攻撃は留まらなかった。左腕が使い物にならなくなったと見たゴブリンは盾持ちが右側、それ以外が左側へと周り込んで攻撃を仕掛けてくる。槍持ちは突きを、剣持ちは横払いを、盾持ちはタックルを秋人に向け攻撃する。
秋人はダメージ覚悟で【疾走】を使い前へと逃げる。そして貫かれる左腹、切り裂かれる左腕と背中、幸いタックルは食らわずに済んだ。
秋人は安全圏まで逃げられたと思い、先程弓で攻撃してきたゴブリンを見つめる。木の上からこちらを見下してくるゴブリン。
(クソッ! ちゃんと【マップ】で相手を調べとけばッ……)
そう思う秋人であったが、悠長に考え事をさせてくれるほど優しい相手では無かった。こちらに向かって走ってくる盾と槍持ちの2匹のゴブリン。
ゴブリンを迎え撃とうとした時、秋人を包み込む程の黒い影がさした。それを見た瞬間秋人は本能に任せて剣を頭の上にあげ防御体制し限界まで魔力を全身へと回す。次の瞬間とてつもない衝撃が秋人を襲った。
剣を持っていた右手は衝撃で完全に持っていかれ柄から手を放してしまった。そして地面を何度もバウンドしながら転がる秋人。約50m程転がってやっとの事で止まった秋人は顔を上げ攻撃した主を見据える。
————ゴブリンジェネラル————
アイツッッ~~!
動かないと見せかけて襲ってくるとかどんだけ知性が高いんだよ!
まぁ、確かにお約束の様に悠長に待ってくれるとは思っていなかったけど、まさか不意打ちをしてくるとは!
それに俺も俺だ! 油断しすぎ! もっと敵の動きを逐一確認しろ!
いくら強力なスキル持っていたとしても、使い手が素人ではその本領は発揮されない。つまりチートスキルを持っていても使い方が下手なら意味が無いと言う事だ。
(分かってるっつーの。だからスキル頼りじゃなくて自分の力でこいつを倒したいと思ってるん、だか、ら?)
あ、あれ? 俺って自分の力で勝ちたいなんて思っていたんだっけ? 違くね?
そもそも勝ちたいなんて思たっけ? 思ってないよな?
じゃあなんで”勝ちたい”なんて思う?
そう考えている秋人目掛け赤い炎が襲いかかってきた。
それを前へ倒れる事で避ける。そしてすぐさま走り出す。
(クソッ! 考え事をしている場合じゃないな! さっさと終わらせてやる!)
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「ベートさんしっかりしてください!」
アリサはアキトの言う通りにベートを連れて安全圏まで逃げ、ベートを【回復魔法】で回復をしている。見た目はかなり重症に見えたが、致命傷は一切無かった。
「うッ、くがッ、ガハッ、ガハッ、ガハッ」
ベートは咳き込み、それと一緒に血を吐き出す。腹はえぐられているが心配するほど大きな傷ではなかった。
「すぅー、はー、すぅー、はー、もう大丈夫だ」
そう言ってベートは起き上がる。
「ダ、ダメですよ! ちゃんと安静にしてないと!」
「そんな事言ってる場合じゃねぇだろ。あいつが危ねぇ」
そして立ち上がるベート。
「……心配してるんですか?」
「……別に。村の事情に巻き込んどいて俺がこんな有様じゃカッコがつかねぇだろうが」
そしてそっぽを向くベート。
「それにあいつは戦いたくもねぇのに戦ってるんだ。だったら俺がやるだけだ」
その言葉をポカーンとして見つめるアリサ。
「……ベートさんって意外と優しいんですね?」
「べ、別に優しくねぇよ!」
「そうですか」
そしてにやけるアリサ。
多分これをお兄さんが見たら「最初は嫌な奴だけど後々になって良い奴になるってやつか」って言いそう。
ふふ。そんな予感がする。意味は分からないけど、なぜかそう思う。
お兄さんと出会って予感する事が多くなったな。
まぁ、でも良いか。それを私自身が望んだ事なのだから。
「俺はあいつの所へ行くぜ」
「待って。これ持って行って」
その手には液体の入った瓶が握られていた。
それを不思議そうに見つめながら受け取るベート。
「これは?」
「秘密。それをお兄さんに飲ませて」
「……分かった。飲ませればいいんだな?」
「うん」
そしてベートは瓶を腰にあるポーチにしまい地面に落ちている、ゴブリンが使っていたとみられる斧を拾い走り出す。
「…………」
それをアリサではない何かが無表情で見つめ言葉を紡ぐ。
「アキト貴方は選ばれるのかしらね?」
その意味を知る者は誰一人としていない。
だが今この瞬間、何かが変わった瞬間でもあった。
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(クソッタレが!)
秋人は追い詰められていた。敵の連携が思った以上にすごいのだ。
(これが弱小種族? ふざけんな! こんな雑魚がいるかよ!)
秋人が剣を振るえば盾持ちゴブリンが防ぎ、その死角を突いて槍持ち、剣持ちが襲いかかってくる。そして意識が少しでも目の前にいる奴らに移ればすぐさま魔法を撃たれ、矢を射られる。
先に遠距離攻撃できる奴を潰したくても目の前の奴らが邪魔してくる。それに一番注意をしなければいけない奴もいるため、どうしても注意散漫になってしまう。
秋人が手も足も出ないで膠着状態になっていた時、野太い声を張り上げながら突っ込んでくるベートが見えた。
「オラッッ!」
剣を持つゴブリン目掛け振り下ろされる大剣。その攻撃を盾持ちゴブリンが防ごうとしたが、衝撃に耐えられず吹き飛ばされて行くゴブリン。秋人は【疾走】を使い吹き飛ぶゴブリンに追いつきそのまま首に剣を突き刺す。
「助かりましたベートさん」
「おう! 無事で何よりだぜ!」
「? 心配してくれたんですか?」
「な、誰がお前なんか心配するかよ!」
「へぇ~」
(この人あれだ、最初は嫌な奴だけど後々になって良い奴になる感じの人だ。そしてツンデレ。男のツンデレとか需要あんのかね? 腐女子にならありそうだけど……)
それは先程アリサが予感していた通りに秋人はベートと言う人物像を思うのであった。
「身体は平気なんですか?」
「まぁ、動けるくらいにはな。それに…………嬢ちゃんに治してもらったからな」
「名前忘れたんですか?」
「……」
無言で視線をそらすベート。それをニヤニヤしながら見つめて言葉を発する。
「アリサですよ。ちなみに俺はアキトです。忘れないでくださいね」
「…………そうそう、そのアリサから、これを飲ませろと言われていたんだ」
そう言ってベートは無理やり話題をずらし、ポーチから瓶を取り出す。
「何ですかそれ?」
「さぁ、俺にも分からん。でもお前に飲ませろとアリサが言ってた」
秋人はベートから瓶を受け取り眺める。
『ナビ、これ大丈夫か?』
『大丈夫だと思います。多分』
『おい、多分ってなんだよ』
『……正直言って分かりません。これは今の私では知る権限がない物なので……』
ナビの言う権限とは何のことかはわからないが、とりあえずアリサの奴がなんか危ない物を秋人に飲ませようとしていると言う事は分かった。
『まぁ、あいつの事だからそこまで危ない物じゃあないだろうけど』
『……そうだといいですね』
ナビはアリサに恨みでもあるのだろうか? まぁ、不思議な奴ではあるけどそこまで警戒するほどか? とりあえず飲んでみればわかることか。
「ふ~ん、飲めば良いんですよね?」
「あぁ、そう言ってた」
秋人は瓶の蓋を取って謎の液体を飲み始める。
「ゴクッゴクッゴクッゴクッ、ぷっはー。……マズ」
なんとも言えないマズさ。別にめちゃくちゃマズいと言うわけではなく「なんかマズい?」程度のマズさ。つまりリアクションに困る微妙な味だった。
『大丈夫ですか? 何か身体に異常などはありませんか?』
『う~ん、大丈夫っぽい? 今のところ変化は無いな?』
身体は至って正常だし思考も安定している。
『てかさ【状態異常完全無効】があるから変化なんかあるわけ無いと思うんだけど?』
『………………………………確かにそうですね……』
『完全に忘れてたろ?』
『……』
うん、忘れそうになるけど【状態異常完全無効】って普通にチートだよな。
ベートは飲んでから一度も言葉を発さない秋人を不審に思い声をかけてくる。
「……大丈夫か?」
「え、あぁ、平気みたいですよ」
「そうか。それでなんか変化はあったか?」
「いえ、変化らしい変化は何も……」
手を握ったり開いたりして確かめる秋人。
「うん、やっぱり変化は何も無いですね」
「じゃあ、なんで飲ませたんだ?」
「さぁ?」
首をかしげる二人。
「あ、そういえばゴブリンは……」
思いだした秋人はゴブリン共を見れば、先ほどの場所から一歩も動かずにいた。
「?」
「何が目的かは知らないけど、さっきからこっちをずーっと見ているだけだ」
「……まぁ、いいんじゃないですか? 時間が稼げ、たん、だか、ら……」
その時秋人の頭に警報が鳴る。
秋人は勘に任せ足でベートを蹴とばして秋人自身も横へと跳ぶ。そして秋人達がいた直線上に赤い炎が通った。
だが、秋人は完全に避けきれなく、その熱気に当てられ身体が焼ける。
(クソッたれ! さっきから炎を使いやがって! 治してもらったのに、また焼かれるのかよ!)
そして直線上にあった木々は灰になり、地面は溶岩の様にグツグツと煙を上げる。
そのあまりな破壊力に呆然とするベート。
「…………」
だが、自分を守るために傷ついた秋人を見てベートは血の気が引くのを感じた。
「ア、アキト!」
身体はひどい火傷に被われ、服などは腰や肩ら辺を残してあとは灰になっている。ベートはすぐさま駆けつる。
「おいアキト! 生きてるか!」
「……生きてるっつーの」
「……すまねぇ。俺の所為でこんな……」
「まったくだぜ。どうせ守るんだったら女がよかったよ」
「……ははは、こんな状態でも、その減らず口が聞けるとはな」
「まぁ、一応動けるから問題無い。それよりこれを起こした奴は……」
その惨状を起こした主を見れば、これまた同じようにゴブリンジェネラルだった。
その手にはいつの間にか握られている、赤色の無骨な棒があった。
それは”魔剣”と呼ばれる物だった。
「……おいおい、冗談だろ?」
「ふざけろ……」
魔剣。
それは人の手で作られた武器。
まぁ、説明しなくても分かると思うが一応簡単に説明を。
魔剣とは魔法に似た力が使える剣。それは振るうだけで炎や風などが起こせる物や、剣に魔力を流して効果を発揮する物などがある。形なども色々で、魔剣と言っているが斧や槍なども魔剣の一種だ。
魔剣と似て非なる物、それは魔道具と呼ばれる物もあるが説明はまた今度にしよう。
あとは【付属魔法】で似たようなことができる。説明終了
「クソッたれが!」
「おい、ベートあいつは俺が何とかするから他の奴は任せるぞ」
「!? おい、さすがにそれは無茶だろ! それも、そんな身体で!」
「無茶でもなんでも、あいつを倒さないと終わんねぇだろ?」
「それはそうだけどよ……」
「安心しろ。俺は強いから」
その純粋で夢見る子供のような顔をした秋人を見たベートは、その自分よりずっと小さな身体にすべてを任せるのだった。
「あーもう! わかったよ! 雑魚共は俺に任せろ! だけど一つだけ約束しろよ」
「内容によるが?」
「生きて帰って来いよ」
秋人はマジマジとベートの顔を見る。そして真理にたどり着く。
(男のツンデレも悪くは無いかな? でも、やっぱりツンデレは生意気な女に限る)
「当たり前だろ」
そして秋人はゴブリンジェネラルの前に立つ。
自分の身体の数倍大きい身体、醜い顔、脂肪のついた腹、手に持つ大剣。
それに比べ、こちらは全身火傷、左腕には矢で撃たれた穴、今にも壊れそうな剣。
あぁ、俺はどうしちまったのかね?
死にそうな状況なのにこんなに胸が躍るなんて。
こいつを倒したいなんて。
分かってる。俺ではこいつに勝てないと。
でも、勝ちたいって思うんだ。
俺の本能が言う。
戦え。
こいつを倒せ。
力を見せつけろ。
本当にどうかしてしまったようだ。
こんな状況も悪くないなんて思うんだから。
そんな時、奴が足を一歩前に出し威嚇してきた。
「ガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
それを聞いた瞬間、秋人は足を前に出し走りだす。
こいつを倒すために。




