第18話 決断
秋人は力の一部を使う事に決めたため、少しだけ本気で集中するのだった。
(と言っても【滅殺魔法】と【無敵】はいろいろとやばいそうだからな、使うとしたら【ステータス倍増】位しかないんだよな……)
それでも相当な恩恵が得られるのは間違いないのだが、秋人はそれでも不満があった。
一様補足説明として、秋人は今まで、と言うかこの世界に来て【滅殺魔法】と【無敵】を使った事が無い。なぜなら使ったらとにかくやばそうなのと”監視されている”という事もあり使えなかったのだ。一様【ステータス倍増】は何度か使った事があるが、そこまで「変わった」という実感はなかった。
戦いの中で使っても、今まで戦ってきた相手は使わなくても勝てる相手だった為、大して動きがよくなったと感じたことがない。説明終わり
そして一つ問題がある。秋人は先程武器を手放してしまった為に今手元には武器が無いのである。
(敵から奪うにしてもどうやって奪うか……。【アイテムボックス】には一様あるにはあるが”見られている”状況で使うのはな……。どうすっかな……)
右手で頭を掻く秋人であったが、どうせ考えたところで大して変わらない事だと思い直して勢いに任せる事にした。
(とりあえず背中の傷は【自然回復】に任せるとして、まぁ、とりあえず手で殴って武器を奪うってことで!)
次の瞬間には秋人の姿がかき消えアリサを囲んでいたゴブリンに突っ込んで行く秋人。その内の1匹をグーで殴りつけ剣を奪う。
そこからは先ほどと同じように【疾走】を使ってゴブリンを斬っていく単調作業だ。ただし一つだけ違う点がある。斬る場所は目では無く首だ。そのためすぐに剣は駄目になってしまうが、そのたびにゴブリンが持っている剣や槍、斧などを奪っていってはゴブリンを片っ端から殺していく。
アリサも秋人を援護するように魔法で攻撃していく。
(お! すごいな! さっきまでとはスピードとは比べものにもならないな!)
秋人は【疾走】を使ってとにかく速く移動して、そのスピードを活かして攻撃する。何事も速ければ破壊力が増すものだ(攻撃力ではなく破壊力だ)。
秋人はなるべく短期決戦にしたいがために、かな~~~~~~~り無理をしている。
それは【疾走】の超連続使用。普通の【疾走】は一時的に走るスピードが速くなると言うものだが、今秋人がやっている事は一歩一歩に【疾走】のスキルを使い、普通では出せないスピードを出しながらそれを維持し続けているのだ。
右足で【疾走】を使えば、次に地面に着く左足でも【疾走】を使い、次に右足、左足、右足、左足、右足、左足と交互に地面に着く足に【疾走】を使い続けている。そのため足には相当負担が掛かり、そのうち走れなくなるだろう。
一様この技術は【連走】と言われている。【連走】はそこそこ高等技術なのだが……。決して素人の秋人が使える物ではない。
一歩足を出せば2つ首が飛び、三歩足を出せば10の首が飛んでいく。
秋人の姿は残像を捉える事がやっとなほどに、そのスピードは凄まじい。
だが、秋人自身も無事では無かった。足の筋は切れ、骨は砕け、スピードに耐えられず身体がボロボロになっていく。当たり前だ。これほどの高等技術を超ド素人の秋人が使って何の代償も無しに使えるわけが無いのだ。
それでも秋人は痛みを我慢して使う。
なぜならば…………なんでだろう?
この戦いに勝ったところでなんの見返りもないのに。それどころかマイナスにしかならないのに。アイテムの消費、武器の損失、身体への負担などの秋人にとってデメリットでしかないのに。
それなのになんでこんなにも必死になっているんだろう?
まぁ、考えるのは後にしよう。今はこの戦いにすべてを賭けたい。俺の全力で挑みたい。
だから俺は前へ足を出す。
右足で地面を踏みしめて進む勢いに任せて、目の前にいる2匹のゴブリンの首を飛ばすが、その拍子に剣の刃が根本から折れる。秋人はそんな事お構いなしに左足で地面を踏み、やや右側に跳んでゴブリンの顔に持っている柄を叩きつける。勢いあまり秋人の手首から「ゴキッ!」と音が鳴り、手から剣の柄が落ちるが、秋人の足が止まる事はなかった。そして秋人は足を地面に踏みしめて【疾走】を使い「右手が駄目なら左手で」とでも言うように左手で先程倒したゴブリンの斧を拾いゴブリンの顔に叩きつけて行く。
瞬く間に十数匹を殺していく秋人。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アリサは沈痛な眼差しで秋人の戦いを見つめる。
私は何を間違えたのだろうか?
お兄さんをあんな苦しめてしまっている。
私は、また大切な人を見殺しにする。
私は怖い。
この力を知られてしまうのが。
私の中にあるこの力が。
だから私は誰かを犠牲にしてでも。
私は私自身のために生きる。
それをお兄さんから学んだ。
後悔しても。
悔やんでも。
泣いても。
それでも自分の事を優先させる。
だから、せめてその償いとして、今出来る精一杯の事をしよう。
『汝に癒しを齎せ【ヒール】』
それでも少しマシになった程度。やはり戦いながらの回復は効果が薄いようだ。
一旦傷ついた身体を治さないと先にお兄さんの身体が壊れてしまう。
それにおかしい。
先ほどまでと動きが違いすぎる。ゴブリンを倒していく度に動きが変わっていく。
まるでゴブリンを倒すごとに”レベルが上がっていく”ような感じだ。
レベルというものはそうポンポン上がるものではない。
少なくともアリサが目の前にいるゴブリンをいくら殺そうがレベル2~3上がるのが精々だ。所詮は弱小種族。雑魚をいくら倒そうがレベルなんて上がらない。それなのにアキトは馬鹿みたいにレベルが上がっていっているように見える。目の前で繰り広げられているものは、そう思わせる程のものだった。
そして急速に成長して行く身体に精神がついて行けていないのか、自分自身のスピードで身体がボロボロになっていく。それでも足を止める事はない。
そして、また持っている武器が壊れ相手に投げつける。そして走りながら地面に落ちている剣を拾いゴブリン目掛け振るう。だが数の暴力には勝てず少しづつ傷ついていくアキト。
それを見てアリサは【回復魔法】を使う。
だが、傷ついていくアキトの身体は、今のアリサでは完璧に治すことが出来ない。
でも上級回復薬なら、飲むだけでも相当な回復が見込める。アリサの【回復魔法】とは違い、戦闘中でも効果が得られるほどに上級回復薬は凄い。
だからアリサは自分が持っている回復薬をどうにかしてアキトに届けようと機会を窺う。
だが機会が訪れる前にアキトの方が限界を迎えた。
地面に膝を着き今にも倒れそうにしているアキト。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
それを好機と見たゴブリン共はアキトに襲いかかる。
アリサは次の瞬間足を前に出していた。
何故?
分からない。
でも身体が勝手に動いてしまう。
アリサはそれを止めない。
止めたくなかった。
ここで止めてしまえば自分は自分では無くなってしまう。
大事な何かをなくしてしまう。
そんな予感がする。
だから走る。
前へと。
自分でも分からない初めての感情に任せて。
「お兄さんこれ!」
アリサは秋人に上級回復薬を渡すためにゴブリンがいる中走って行く。
だが、それを見たアキトは大声でアリサを止める。
「バカ! 来るな!」
それでも、足を止めないアリサ。
止めてはいけない気がした。
自分が望む物はこの先にあるような気がした。
そう予感するアリサに向って、赤い炎が飛んでいく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その時秋人の頭には”過去の記憶”がフラッシュバックする。
赤く血塗れた俺を見つめ笑う者。
思考が速くなる。
まるで時が止まったかのように世界が遅くなる。
音が、色が、光が、匂いが、何もかも無くなり、意識が遠くなる。
(……あぁ、これが俗にいうあれか……)
秋人の意志は自分自身の心に何度も、何度も、何度も訴えかけてくる。
助けたところで意味なんかない。
また、裏切られるだけだ。
俺には関係ない。
過去と現在。
理性と本能。
記憶と存在。
想いと願い。
俺はどちらを選べばいいのだろう?
俺が動かなければアリサは死ぬ。
俺が動けばアリサは助かるだろうけど、俺が無事な保証はない。
助けるメリットなんかない。
そうだ結局のアリサの自業自得だ。
あいつが勝手にゴブリンの群れに突っ込んで行ったんだ。
俺には関係ない。
あいつが悪い。
なのに——
なんで——
なんで”助けたい”なんて思うんだ?
所詮関係のない、赤の他人だろ?
誰かの命より自分の命だろ?
冒す必要のないリスクを冒してまで助ける意味なんてあるのか?
ないだろう。
結局俺は俺のためにしか動かない。
だから——
だから俺は——
————前に足を踏み出す————
俺はアリサを”助ける”事にした。
自分のためにアリサを助ける
助ける意味がないなら俺は助けない。でも”助ける事に意味がある”のだとするなら、俺は自分のすべてを賭そう。
もう間違えないように。
助けたい誰かに悲しい想いをさせないために。
そう学んだ。
いつの日かの彼女に似ているアリサを助けたい。
彼女と同じ顔をするアリサを助けたい。
笑う顔。
怒る顔。
真剣な顔。
驚いた顔。
緊張した顔。
困った顔。
怯えた顔。
悲しむ顔。
泣いた顔。
そして何も無い顔。
だた、空っぽの存在がいるだけの物。
そして何よりもあいつに死んで欲しくないと思う俺の気持ち!
だから助ける。
俺のために。
他の誰でもない、これは俺自身が決めたこと。
これは俺の決断ッ!
そして秋人はアリサと炎の間に身体を割り込ませた。
迫り来る炎を剣で切り裂く。完璧に防げなくても勢いは抑える事ができる。それでも熱気までは防げない。体中が焼かれるのを感じながら、秋人は前に進む。
魔法を使うゴブリンを守るように壁になって襲ってくる5匹のゴブリン。それでも秋人は足を止ることなく前へ出る。
迫り来る1匹のゴブリンを剣を右払いにして首を切りさき、そのゴブリンの左右の陰から2匹のゴブリンが現れる。右が槍、左が剣を突き出してくるが秋人はそれに構わず足を進める。剣の、槍の軌道を見極めるため秋人は極限の集中力を発揮する。それは俗にいう”ゾーン”に近い状態なのかもしれない。
秋人は剣の突きを左手に持つ剣で防ぎ、槍の突きは腕を盾にして受け止める。そして貫かれる右腕。
だが、秋人はそんな事は関係無いとでも言うように突き進んで行く。左のゴブリンの首を狙って、剣を投げつけるが、もちろんそんな事で倒せるほど甘くはなく簡単に防がれてしまう。
そして右手に突き刺さっている槍をゴブリンの手から無理やり奪い取り、横に振るうがゴブリンは腕を交差して受け止める構えをする。それでも刃が付いた武器なため致命傷とまではいかなかったが、腕を斬り落とすことに成功する。
秋人はその遠心力を利用して左側にいるゴブリン目掛け槍を振るうが、剣で防がれてしまう。だが、それが秋人の狙いで、防がれた槍を力ずくで横に振り抜き吹き飛ばす。
秋人は魔法を使うやつを倒すために前へ足を出す。。それを許すほど相手も甘くない。3匹のゴブリンに手間取っていた間にゴブリンの魔法が完成していた。そして秋人目掛け飛んでくる赤い炎。先ほどよりも一回り大きく、魔力の質も濃い炎。
避けるのは不可能、防ぐのも無理。そう悟った秋人は無駄な抵抗はせず、全身に魔力を巡らせ身体を強化する事に専念する。
そしてまさに秋人に直撃するかと見えた次の瞬間、後ろから飛んでくる赤い炎。そして赤い炎同士がぶつかり、衝撃が秋人を襲う。もちろん熱気を防ぐことは出来ていないため、全身が焼かれる。先ほどよりも数段威力の強い衝撃が秋人を襲う。
しばらくして衝撃が収まったと感じたと同時に秋人は走り出す。
爆発の影響で倒れている2匹のゴブリンの首を槍で突き刺す。残るは魔法を使うゴブリンのみ。
秋人は【疾走】を使い一気に間合いを詰め、その勢いそのまま槍を突き出す。そして貫かれたゴブリンと倒れ伏すゴブリン共。
「はぁ、はぁ、はぁ」
秋人は膝に手を当てて、肩で息をしながら呼吸を整える。
だが油断は出来ない。まだ倒し切れていないゴブリンが数十体もいる。
息を整え終わった秋人は槍を強く握りしめ顔を上げる。
「お兄さん!」
駆け寄ってくるアリサ。その顔には今までに見たことが無いような笑顔があった。
そう、何も無かった者が何かを見つけた顔だった。
空っぽの物に何かを詰めたように。
光輝く宝石に。
でも、今大事なのはそんなことより……。
「ばか、やろう。まだ、ゴブリンは、いるだろうが」
そう、いくら秋人が目まぐるしい戦いをしていようと、数の暴力には勝てないのだ。
今も秋人達を囲って、隙あらば襲おうと伺っているゴブリン共。
「もういいよ、お兄さん。あとは私がやるから」
「はぁ? お前が? 出来る、わけ、ない、だろうが!」
「だから下がっていろ」と言葉を続けようとしたが、それより先にアリサが口を開いた。
「もうお兄さんも気づいているでしょ? 私が只者ではないこと」
「お前……」
そして寂し気な表情で語るアリサ。でも何かが吹っ切れた顔でもあった。
「ごめんねアキト。情けないことに、私は今まで決心が出来なかったんだ。でもね、私を助けてくれたアキトの事を見ていたら決心がついたよありがとう”アキト”」
その言葉の意味を半分も理解できなかった秋人であったが——。
(まぁ、アリサが嬉しそうなんでいいか……)
そして地面に寝そべる秋人。それはアリサを信じて任せると言う行動でもあった。
その秋人の行動を笑顔で見つめ、前に出るアリサ。
ゴブリン共を見据えるアリサ。
そして願う。
『神よ、我が敵を討ちたまへ』
たったその一文だけで、秋人達を囲っていたゴブリン共が光輝き跡形もなく消え去った。言葉通り塵さえ残さずに。
その光景に、さすがの秋人も呆気にとらわれる。
(あぁ、やばいわこれ……。あいつもとんだ食わせ者だな……)
アリサは確かに詠唱文の中に神と言った。
「神」か。
つまり神に願う力なのかね?
それはつまり秋人の敵って事になる。
「神に願う力」と「神を殺す力」。
決して相容れぬ存在同士。
これがナビの言っていた「関わっても良い事なんかない」てやつか?
(まぁ、どっちにしろ面白そうだから良いか! それにしても、早くも神に関わる者と出会うとはね。こういう事は終盤の話な気がするんだけどな……)
『マスターそのことなんですが……』
「お兄さん!」
ナビが何かを言おうとした時、アリサが声をあげて呼んできた。また、このパターンか……。
『……』
「怪我の方は大丈夫?」
「あ、あぁ大丈夫だ」
「……今治すからね」
そしてアリサは折れた秋人の腕や足を【回復魔法】で治していく。だが、残念ながら今のアリサではすべての怪我を治す程の魔力が無いため、とりあえず最低限歩けるように回復させていく。そのため重症な【火魔法】の火傷は上級回復薬で治すことにする。ちなみに回復薬は飲んでも掛けてもオッケーだ。
「もう、本当に無理しすぎだよお兄さん」
秋人の傷の具合を見てアリサが心配そうにつぶやく。
「しょうがないだろ。あれくらいしないと倒せなかったんだから。あと、別に”アキト”でもいいんだよ?」
秋人はそれはもうニヤニヤとアリサの事を見つめる。前にクルスにやった時の様に。
「……それはちょっとな~」
そして遠くを見つめるアリサ。その頬は赤く照れているのが丸分かりだった。
それに気づかない秋人ではないが、アリサの為に見て見ぬ振りをするのであった。一様秋人は時と場は弁える————時もある。
そう和やかな時間が過ぎていたが唐突に終わりを告げる咆哮が辺りを包み込んだ。
「ガアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
(ゴブリンジェネラル……)
その足元には倒れ伏すベート。
それを踏みつけながら、獰猛に笑うゴブリンジェネラル。
そしてゴブリンジェネラルを囲うように上位種のゴブリンが数体。
「う、うそ……」
「……おいおい冗談きついって……」
この戦いは、まだ終わりでは無かった。




