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神殺しの英雄譚  作者: 漆原 黒野
第1章 旅立ち編
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第16話 依頼

 


 目の前には自分の数倍大きな身体、それはまるで壁を思い浮かばせる程のもの。自分の胴体と同じ位の腕があり腹回りには脂肪とみられる肉。そして醜い顔に一度も洗った事が無いと分かるほどの体臭。それに加え、隠そうともしない敵意。こちらを殺すと言うことがヒシヒシと肌に伝わって来る。そして何より目を引くのが、そいつの手に握られている大剣。長さ230cm程、幅50cm程にもなる大剣だ。それを剣と言って良いのかさえ分からない程の見た目をしている剣。言ってしまえば鈍器と何も変わらない。

 それに対してこちらは全身火傷。それに加え左腕には矢で撃たれ使い物にならなくなったしまった腕。そこからは今もなを赤い液体が出てきて手を通り地面に落ちる。右手に刃渡り80cm程の長剣を握り、目の前の敵を見据える。

 意識がもうろうとする中、視界がはっきりと見える。矛盾しているのに、そう例えるしかない。

 目の前がくらくらと揺れる中、相手の姿が良く見える。

 全身激痛で動かないのに自分の思い通りに動いてくれる。

 俺は一体いつからこんな血が騒ぐ様になったのだろうか? 俺は現実主義者(リアリスト)だった筈だ。なのに何でこうなった?

 この相手には今の俺では絶対勝てない。なのにどうして”勝ちたい”なんて思っちゃうんだ? 何で逃げようとしないんだ?

 おかしい。絶対おかしい。確かに異世界に来て、軽い感じの冒険はしたいなとは思っていたけど。でも、こんなんじゃない。こんな命懸けの戦いなんかしたくない。

 でも、俺の本能が訴えて来る。

 戦え。

 こいつを倒せ。

 力を見せつけろ。

 本当どうかしてしまったようだ。この状況も悪くないなんて思ってしまうんだから。

 そんな時、奴が足を一歩前に出しこちらを威嚇してきた。


「ガアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


(あぁ、本当クソッたれめ! 俺もついに焼きが回ったな! 咆哮一つでこんなに胸が高鳴るなんてよ! いいぜ認めてやる! 俺は俺が思ってた以上に戦闘狂だったみたいだ!)


 そして秋人は走り出す。

 こいつを”倒す”為に。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁー、ゴブリンの上位種ですか」


 時は数刻前。

 秋人は約一カ月程で、このミント村と言う村に着いた。そして、あと村の2、3個先に行った先にクルス村と言う所まで来ていた。

 だが、このミント村に着いて早々に村長の家に連れてこられ、今の状況を説明されていた。

 その説明を簡単に訳せば「ゴブリンの上位種が出て村人の女性が何人か連れ去られたから助けてくれ」と。


(何故俺に言う……)


 まぁ、確かに今から何処かに助けを呼びに行けば、連れ去られた女性達はある意味助からないけどさ、なんで俺が来たタイミングでこんな状況になるんだよ……。

 めんどくさ。

 でも、これが主人公補正ってやつ? そんな補正いらねぇー。


「えーと、報酬とかは……」

「すいません、今の村にお金を払う程の余裕は……」


(はぁ? 何それ? つまり無償で助けろと? ないわー、マジでないわー)


 秋人はその気持ちそのまま村長にぶつける。


「報酬無しに助けてもらえるとでも思っていたんですか? それに俺は冒険者では無いですし、命を懸けて助かる程の動機がありません」

「……すみません。それでもどうかお願いします。この通り」


 そう言って村長は腰を下り地面に手をついた。俗に言う土下座と言うやつだ。

 だが、そんな事されても答えは変わらない。それになんかやり慣れてるっぽいし。


「無理です。それに俺達はそこまで強くありませんから」

「……そこを何とか」

「無理です」


 そんな秋人と村長の会話に入ってくる者がいた。


「なぁアキト、俺からも頼む」

「ゼンさん……」


 ゼン、彼は秋人達をこの村まで馬車に乗せてくれた人だ。

 こんな辺境まで、来ようとする人は殆どいない為馬車などが出ない。そのため秋人達はヒッチハイクの要領でこの村まで来たのだ。そのヒッチハイク相手の一人がこのゼンと言う男だ。

 もちろん見返りとして馬車を護衛すると言う名目をつけたが。

 お金を払ってまで護衛を雇う程余裕が無いゼンにとってはありがたい申し出だった様でこれを軽く受けてくれた。


「ここは俺の故郷だからさ、助けたいんだ。この通り」


 そう言ってゼンも村長に真似るように土下座をした。


「そう言われてもな……」


 ここはゲームの世界では無いのだ。冷たいと思われようが自分の命第一なのだ。

 秋人は話を切り上げようとした時、今まで喋ら無かったアリサが口を開いた。


「ねぇ、受けようお兄さん」

「はぁ? マジ?」

「マジ」


 秋人は目を見開き、アリサの事をまじまじと見つめる。


「と言うわけ、その依頼受けます」

「ちょ! お前何勝手に!」

「おぉー! そうですか本当にありがとうございます!」


 秋人を無視して話を進めて行くアリサと村長そしてゼン。それを冷やかに見ている秋人であった。




 そして秋人達は村長の家を後にして、連れ去られたと言う場所に向かって歩いている。

 一様回復薬等の必要最低限な物は持ってはいるが、如何せん数が少ない。まぁ、元々戦う予定などは無かった為、しょうがないと言えばしょうがないが。

 秋人は不機嫌丸出しで歩いている。それも当然だろう。受ける気などまったくなかったのに勝手に受けられたのだから。


「そんな怖い顔しないで明るく行こうよ、ね?」

「……その原因はお前だけどな」


 秋人は仏頂面でアリサの事を見る。


「なんで受けた?」


 その声は低く冷淡な声質だった。


「助けたいと思ったからニコッ」

「ふざけるな。お前も分かってるだろ」

「……まぁ、分からない程、私は馬鹿でも間抜けでもないからね」

「なら、何故受けた?」

「……」


 アリサは何も言わず無言で歩き続ける。

 その顔には何の感情も無く、何も映さず、能面な顔があるだけ。

 何も無い空っぽの存在がいるだけ。


(本当に怖いな。お前のそいう顔を見ると恐怖を感じるよ。その何も映さない瞳に呑み込まれてしまいそうな程に……。だからなのだろう、こいつの事がもっと知りたいと思うのは。俺の事を理解してなを側にいる存在の事を)


 そんな奴が何で依頼を受けたのかが分からない。

 村長の依頼は怪しい。

「ゴブリンに襲われた」それも秋人達が着くほんの1時間程前の事。どう見たって怪しすぎる。裏で誰かが糸を引いているのか、それともこの村全体が首謀者なのかは分からないが、罠である可能性が高い。

 と、アリサは考えていることだろう。だが、残念ながらこの事件は誰も糸を引いているわけでもなく、ましてや罠なんかでは無いのだ。

 何故秋人が分かるかと言えばスキル【マップ】があるためだ。そして【マップ】を見れば一目瞭然。【マップ】の情報によると、この村にいる人達は全員青色か緑色だ。つまり中立か味方という事になる。

 それとこの辺の周りに怪しい人物などは見当たらない。まぁ、秋人の監視をしてる奴を抜けばの話だが。

 だからこそ分からないのだ。

 少なくともアリサはこれが罠だと思っているはずなのに、何故依頼を受けたのかが理解できない。

 それとも罠を利用して何かをしようとしているのか?

 分からない。こいつが何を考えているのかが……。

 まぁ、それがお前の面白い所だけどね。

 俺の事を理解してるけど決して一線を踏み込んでこない。逆に自分の事は何一語らない。

 そいう不気味な所があるお前は事は結構好きだけどな。

 そして秋人はこれが罠では無いと分かっていながらアリサに言う「この依頼は怪しい」と。

 なぜ言うかと言えば、この依頼をやるメリットが無い上に命がかかっている。それに時間の無駄だし、何より面倒くさい。それとついでに秋人を無視して勝手に依頼を受けたのに対しての反感も含めて。

 秋人は何も悪く無い村を見捨てようとしている。

 何度でも言うが、秋人は決して善人なんかでは無い。どちらかと言えば悪人の分類だ。そのため自分とは関係ない人が死のうが「はぁ? それが?」となる。結局は自分以外の人間がどうなろう知ったこっちゃ無いと言う事だ。それは秋人に限らず人間皆が持っているものだと思う。

 秋人は他の人よりそれが謙著になっているだけなのだ。

 まぁ、なんだかんだ言っても結局受ける羽目になってしまったが……。

 そして秋人達が村の門を抜けようとした時、声をかけられた。


「お前が助っ人か?」

「誰?」

「俺はベートって言うもんだ。一様この村の中では一番強い。戦士のレベル54だ」


 ベートと名乗る男は、50歳前後の顔立ちで全身に鎧を纏い背中に剣を差した姿だった。そして壁に背中を預けて、こちらの事をジロジロと見てくる。男に見られても嬉しくねぇっての。

 レベル54か。結構強いじゃん。まぁ、こんな小さな村にしてはだけど。

 上から目線で言っているけど、実の所は秋人の方がかなり弱い。

 でも、スキルがあれば秋人の方が断然強いから! それはもう圧倒的なまでに!

 まぁ、スキル頼りってのは秋人が嫌いな事の一つだけど。


「俺はアキト。商人だけど一様剣が使える。レベル29だ」

「私はアリサ。魔法使いのレベル23よ」


 秋人はこのミント村に来るまでにレベル上げや戦いの基礎的な事を学んできた。もちろん魔物との実戦で技術を高めたりして。

 時にはゴブリンと戦い、またある時はオークと戦い、そしてまたある時はバトルウルフと戦い、といろいろな魔物と戦い技術とレベルを上げてきた。


「おぉ、それなら安心できるな。お前達は普通のゴブリンを倒していってくれ。俺は上位種のゴブリンを倒すから」

「わかりました」

「……分かった」

「お兄さん、もう少しやる気を出そうよ」

「俺がこんな風になっているのは、ほぼお前の所為だけどな」

「……頑張ろー!」

「……大丈夫か?」


 そして秋人達は女性が連れ去られて行ったと言う森へと向かうのであった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 今秋人達は森の中を歩いている。だが、ここで一つ問題が発生した。いや、問題と言っても完全な私的なものだが。

 簡単に言ってしまえば、「ゴブリンがいる場所が分かるのに違う場所を歩かされている」と言うことだ!

 秋人は【マップ】を見ればゴブリンがどこにいるのかが簡単に分かる。だが、【マップ】の存在はアリサにも言っていないため、ゴブリンがいる場所を言いだせないでいる。もちろんさりげなく、ゴブリンがいる場所に誘導しようとしているのだが、このゴブリン以外と頭が良いようで、住処に行く道とは別の道に手掛かりを残しているのだ。

 例えば、引きずった跡を残したり、戦いの後を表す様に荒らしたりしていたり。そのお陰で秋人の言葉の真実味が無くなり、罠に嵌るように手掛かりを追ってゴブリンの住処から離れて行く様に歩いてしまっている。


『……おい、ゴブリンってこんなに頭良いのかよ?』

『そんな事はありませんよ。マスターもお気づきでしょうが、今回は〈ゴブリンジェネラル〉がいます。そのためゴブリンの統率が上がりこのような頭の使い方ができるようになったのです』

『……本当に面倒くさいことしてくれるぜ……』


 それと本当に優秀な【マップ】様。前にも話したと思うが【マップ】の機能はとても多彩だ。

 今回も村長が言っていた上位種と不確かな情報だったが【マップ】の機能で敵の正体はゴブリンジェネラルと分かった。

 と言っても【マップ】も決して万能ではない。この【マップ】の機能で分かる事は相手の種族、敵なのか、味方なのかと言う簡単な物が分かるといったものだ。

 一様前にクルス相手にやった様にすればレベルも判明する。あ、そういえばゴブリンジェネラルのレベル聞いてなかったな。


『そうだ。そのゴブリンジェネラルのレベルってどんくらいなんだ? ベートとか言う男でも勝てるわけ?』

『レベルは61です。ベートと言う男性では多分勝てないでしょうね。ゴブリンジェネラルはそこまで甘い相手ではありません。まぁ、優秀なスキルがあれば話は変わってきますが、あの男はそこまでま優秀な様には見えませんし』

『……お前結構えげつない事言うよな』


 余談だが、人間と魔物のレベルでのステータスの差は意外とある。そもそも人間と魔物ではポテンシャル自体が違うため、人間で言う所のレベル10と魔物のレベル10はかなり違ってくる。

 例えば、人間のレベル10の平均ステータスが100としよう。

 だが、魔物のレベル10の平均ステータスは時として200にもなったり、500にもなったりする。逆に50にもなったりすることがある。

 まぁ、魔物は種族や環境によって変わってくるため一概には言えない。

 そして今回のゴブリンジェネラルは魔物としてのポテンシャルは中堅所だ。そのためレベル61と言うのはかなり強い相手なのだ。まぁ、ゴブリンと言う種族なため力の最大は高が知れるが。余談終了


「こっちだ」


 そしてもう一つの要因が、このベートと言う男は何かと俺達に命令してくる。それはもう頻繁に。何故そこまで上から目線で言えるのか不思議だ。ん? 俺? 俺はちゃんと上から言える程力を持ってるから良いんだよ。

 でも、ベートはたいして力が無いのにここまで上から言われるさすがにムカついてくる。

 まぁ、その自信はこの小さな村で自分が一番強いと言うことから来ているのだろう。

 本当に傍迷惑極まりない。


 そしてこれが最大の問題で”監視されている”と言うことだ。そう王都を出てから、この一か月間ずっと秋人の事を監視し続けている何者か(よく飽きないな)。と言っても相手の正体は分かっているんだけど。それに今の所害は無いみたいだから、ほっといてはいるが、監視されている状態だとスキルを気軽に使えないのが一番の難点だ。

 相手の情報だと秋人はスキルなどは持っていないことになっているので、スキルがある事がバレないようにするのは大変だ。




 そして探し始めて2時間。

 さんざん森の中を歩いて成果はゼロ。

 つ、疲れた。もう諦めようぜ。

 どうせもう手遅れなんだからさ。多分……。

 このまま帰ろうぜ? それにベートはともかくアリサはそこまでする義理も無いんだし……。


「いないな。どこに連れ去られたんだ?」

「これだけ手掛かりがあって見つけられないと言うと……」


 だから偽装なんだってそれ。

 と、そんな時遠くで女性の悲鳴が聞こえて来た。「ほらもう手遅れだったろ?」と嫌味が言えたらどんなに面白いか。

 そして駆けだす二人。そんな駆けだす二人の後ろ姿を見つめる秋人。


「はぁー、何でこんな面倒なことに……」


 そう愚痴をこぼしながらも二人の後を追いかける秋人であった。



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