勇者編 第4話 目標
食堂から勇の部屋まで歩いて約10分程。
雫達は勇の部屋に入ってそれぞれの定位置になった場所に腰を下ろした。ベットの向かいに椅子を置き、雫と咲耶は椅子に座り勇と武がベットの縁に座る。
雫は咲耶の顔色を見て少し心配になった。
「……咲耶大丈夫?」
咲耶は顔が青くして、今にも倒れそうな顔をしている。
「うん、大丈夫。吐かないように頑張るから」
「「「……」」」
それは一体何が大丈夫と言うのだろうか?
確かに咲耶の事を少し無理やり連れて来てしまったけどやはり少し心配だ。
「……無理しないでね」
「うん」
「さて、これからどうする?」
咲耶は大丈夫と見た武は話を始めるため口頭を切った。
「そうね、まずこれからの方針を決めた方が良いんじゃないかな?」
「方針?」
「そう。私達はどうしたいのか、何をしたいのかを決めるの」
「ん? それって私達が決めて良いの?」
「別に私達は国の道具と言うわけでもないんだし、ある程度の事は自分達で決めて良いんじゃないかしら?」
「そうか? 俺はこれまでここに住んでいる人達の事を見てきたが、どいつもこいつも道具を見る様な眼だったぞ。特にお偉いさん方がな」
場の空気が氷ついた。
さすがの雫でもこれにはビックリした。このビックリは内容にではなく、それを発言したことにだ。確かに雫自身も道具を見る様な眼をしていたのは分かっていたが、それを言葉にするとなると大変マズい。もしその事が誰かの耳にでも入ったら間違いなく雫達は殺されるからだ。だから思っていても言葉に出す事は無かった。
「……武お前そんな事思ってたのか?」
「あぁ、勇だって気付いているだろ? お前は優しいがそこまで”馬鹿”じゃないだろ?」
「……」
勇と武はお互いを睨むように顔を合わせる。
「「……」」
その緊迫した空気に雫と咲耶は口を挟めずにいる。
「認めろよ勇。お前は善人ぶるけど所詮は人間だ。黒い部分が無いほうがおかしい」
「……分かってるよ、そんな事。でも、僕は……」
「何となくわかるぜお前の気持ち。桐ケ谷に憧れる気持ちがな」
その言葉を聞いた勇はバっと顔を上げ武の顔をまじまじと見つめる。
でも、雫と咲耶は首を傾げ頭に「?」が見える。
「……あんまりわかって欲しくないんだけどな……」
「悪いな、俺もお前と同じとまでは言わないが、そう思う気持ちがあるからな」
「……そうか」
そして勇と武はお互いの顔を見合って笑うのだった。
でも、そんな雰囲気出されても雫達にはよく分からない事には変わりない。
「なんかいい感じの雰囲気で悪いんだけど、私達にも説明してもらいたいんだけど?」
「あ、あ~悪いなこれは男同士にしかわからない事なんだ」
「そんな事はないと思うけど?」
「じゃあ、勇が説明してやれよ」
「……そうそう、これは男同士にしかわからない問題なんだ」
「もう、いいわよ」
そう拗ねる様にそっぽを向く雫であった。
そして、またそれにつっこむ者がいる。
「話がそれてるんだけど~」
咲耶がそう言った瞬間ハっとなって三人は顔を見合わせる。そして誰からともなく笑い合うのだった。
「そうだね、じゃあ、さっき言った通りこれからどうする?」
「やっぱ桐ケ谷の野郎みたいにここを出て行くか?」
「う~ん、そううまくいくかな?」
「そうだね。自分で言うのもなんだけど召喚された中では私達が頭一つ分突き抜けてるからね。どう考えても逃さないだろうね」
「ジョセフさんにお願いしてみたら」
「やめたほうが良いわよ」
「「「「!?」」」」
私達以外の声が聞こえた。ここには居るのは四人だけの筈なのに。
「誰!」
その声の主は顔を隠そうともせず堂々と私達の目の前に現れた。
髪は長くなく肩らへんで揃えられていて、色は黒に近い赤色。少し子供染みた顔立ち。だけど、その雰囲気からは大人の色気を放つ女性でもあった。
そして、いかにも「怪しいですよ」と言っている見た目、もとい服装。全身黒一色。なんて言うか……忍者? を思わせる服装。そして腰には隠す事さえしないで刃物をぶら下げこちらに注意を払ってるのが肌でビンビン伝わって来る。
「……貴方何者?」
「う~ん、別に名乗るほどの者じゃないよ。シーナ」
「って、名乗るんかい!」
「お! ナイスツッコミ! 貴方ノリが良いわね!名前は?」
(何なのこの人? いかにも怪しいけど……こちらに害はなさそう)
雫はこれまでつじかってきた勘を頼りに、この女性は敵ではないと感じた。まぁ、それに名前位なら別に減るものでもないから、名乗ってもいいかと思うし……
「……源雫」
「へ~、貴方が。ふむふむ、ほうほう、なるほどなるほど」
そう言いながら、シーナと言う女性はいつの間にか雫に近寄り、色々な角度から身体を舐め回すように見て来る。
(! 私が気付けなかった! ……本当何者なの女?)
それにさっきからジロジロと見られるのはさすがに気分のいいものではない。
「……な、何ですか?」
「観察」
「……」
(なんて返せばいいの? 敵ではないみたいだし……どうしたらいいの……)
「そ、それでなんの用なんですか?」
そう勇が言ってくれたおかげでシーナは私のそばから離れ壁際まで下がって行く。もしかしたら、私達全員を見渡せる場所に行ったのかもしれない。……何か妙な事をしないかを見るために。
「そうね、大したことじゃ無いけど忠告的な奴かな?」
「忠告ですか……」
「そうあの男、『ジョセフには関わらない方が良いよ』って言うために」
「……どいうことですか?」
「あまり詳しくは言えないけど……そうね、あのレベルだけ高い騎士団長様に関わると不幸が起こるわ」
雫は不幸が起こることよりも気になることを言われて、そちらの方を聞き返した。
「……レベルだけ高い? あの人が? でも私が見た限り腕もかなりの物でしたけど?」
数は少ないが私もジョセフさんと何度か剣を交えた事はある。でも、いくら本気では無かったと言ってもあれは紛れもない強者の剣だった。あの剣は私が認める程の剣の腕前だった。それをレベルだけ高い? 確かにそれもあったかもしれない。でもそんな物でこの私が剣の腕を見誤る筈がない! 今の言葉は私に対する侮辱もいいところ!
多分それが伝わったのだろう。シーナは勘違いを正すように語りかけてくる。
「ごめんごめん。少し言葉が足りなかったようね。そう貴方が言う通り、あの男の剣の腕前は相当よ。訓練程度なら、ね。あの人は”本物の剣”を知らない。いや、少し違うかな。知らなくても、それに近いしい物を出せてしまう。まぁ、簡単に言えば天才ってやつだね。天才と言う者は技を直ぐに自分の物にしてしまう。だから、その過程で得られる経験がないのよ。貴方なら分かるでしょう?」
それはものすごく分かる。私自身それを良く痛感している。
私は自他ともに認める天才だ。うぬぼれと言われるかもしれないけど剣の才能だけで言えば私はジョセフや祖父を越えていると思う(まぁ、才能があっても、それをうまく使いこなせないと意味がないけど)。
でも、才能だけあっても、経験、技術、駆け引き、力、貪欲さ、メンタル等色々な物がある。これをいかにして鍛えていくかで変わる。そして鍛える中での経験が自信に繋がったり、力になる。
だが、天才と言う者は、何かをやらせれば直ぐに出来てしまう。でも直ぐに出来てしまうからこそ経験を積めない。何事にも順序と言う物が必要なのである。
例えば、バスケで言えば、スローインが百発百中で入るとしよう。でも、それは誰にも邪魔されず自分のタイミングで打てるからで合って、試合でそんな状況になる事はまずありえない。だから選手は邪魔されても入れられるように、タイミングがズレても打てるように体勢が崩れていようと入れられる様に練習をするのだ。
これと同じ様に技術だけがあっても経験が無ければ”実戦”では意味をなさない。
天才と言う者は過程をすっ飛ばしてしまうから経験が積めないのだ。まぁ、もし天才が努力し強くなろうとすれば話は別だが(雫のように)。まぁ、その話は今はいいだろう。
「そうね、良く分かるわ」
そして私とシーナは視線を交わした。そこにあるのは多分理解だと思う。なんとなくだけど私とシーナは似ていると思うから。
才能は有るけど何も出来ない、自分の無力感を痛感している顔。
「まぁ、その事は別に今は良いのよ」
そう言ってシーナは私達の顔を一通り見渡して続けた。
「あの男は禁忌を犯してしまったのよ」
「「「「禁忌!?」」」」
え! ジョセフさんが? なんでそんな事を?
「そう。禁忌、やってはいけないことをしてしまったのよ」
「い、いえ、そいう事ではなく……何をやったんですか?」
シーナはこちらを値踏みするかのように、じっくりねっとりとした目で見て来る。
その顔は先程まであった、おちゃらけた物ではなく凜とした真剣な顔をしている。
「それは貴方達が知る必要はないわ。知ったところで何も出来ないのだし」
「「「「……」」」」
確かにそうだ。私達はこの世界に来て、まだ半月なのだから分からなくて当然。それにシーナが言う通り知ったところで何かが出来るわけでもないし……
それはよく痛感している。だからだろう勇が全く別の質問をしたのは。
「では、貴方は何者なんですか?」
まぁ、答えを期待したわけではない。こんな怪しい人が自分の正体を明かす筈が無いと思っていた。思っていたけど答えは返って来た。
「そうね……言葉にするなら暗殺者かな? あ、でもこれは職業だから答えになってないかな? う~ん」
暗殺者……つまり人殺しの専門家。
私達は今日初めて生き物を殺した。いや、少し語弊があるかもしれない。殺したのは初めてではない。
誰にでもあるだろう。小さい時、蟻やダンゴムシ等を足で潰した事。それも十分に殺しだ。
でも、それを気にしない。多分それは私達が”偽善者”だからだろう。それでも、人を殺したいなんて思ったことすらない。
でも、このシーナと言う女性は人を故意的に殺してきている。
そう思うと、ぶるっと鳥肌が立つ。
そして何故答えたのかも少し分かった気がする。つまり私達を殺しに来たと言う事だろう。だから答えた。
そう雫が考えたように他の三人もその考えに至り緊張気味に構える。
「……僕達を殺しに来たんですか?」
「え? なんで?」
それは、もう本当に不思議そうにこちらを見て来た。
それを見た雫達も不思議そうにシーナを見る。
「え、だって暗殺者なんですよね?」
「えぇ、そうだけど?」
「ここにいるって事は僕たちを殺しに来たんじゃないんですか?」
その言葉を聞いた瞬間シーナの顔は謎が解けたかの様な表情をした。
「あ! そいうことね! 違う違う。私は別に貴方達を殺しに来たわけじゃ無いわよ。さっきも言ったと思うけど忠告しに来ただけだから」
「忠告? 先程言っていたジョセフさんに関わるなと言うことですか?」
「そう。まぁ、あの男だけではなくこの世界の事には関わらないで欲しいんだけど……まぁ、無理よね。出来れば何とかしてあげたいけど、この世界がそれを許してくれないのよね。貴方達をこの世界のゴタゴタニに巻き込んでしまって本当にごめんなさい」
シーナは頭を下げ誠心誠意こちらに謝って来た。
「い、いえ、別に貴方が謝る事では、そ、それに僕達は自分の意思で戦う事を決めましたから」
シーナが顔を上げ勇の目をたっぷり数秒見た後、ニッコリと笑った。
「そう言ってもらえるて、こちらも心が少し軽くなるわ。ありがとう」
「い、いえ。別にそんな! こちらこそ心配してくれてありがとうございました」
ふっとシーナは笑い背を向ける。
「それじゃ、私はこれで」
そう言った瞬間魔力を感じた。感じたと言ってもほんの僅。気付くか気付かないかの微妙な物。この人はこんな繊細に魔力を操れるんだ……
その技量に驚き、そして直感したこの人強い。私達が束になっても勝てる相手ではないと。
それは最初から分かっていた事だ。でも、心のどこかで何とかなるとも思っていたのだ。だって自分達は”選ばれた者”だから、と心のどこかで思っていたに違いない。
「あの!」
今まで会話に交じってこなかった咲耶はどこかに行ってしまいそうな雰囲気を出しているシーナの事を呼び止めた。
「うん? 何?」
「な、なんでここまで私達に良くしてくれるんですか?」
「う~ん、そうだね。貴方達が”アキト”に認められたからかな?」
「え? それってどいう……」
どいう意味? と続けようとした咲耶であったが、シーナは待ってくれなかった。
「それじゃ、本当に行くわね」
そう言ってシーナの身体は幻のように私達の目の前から消えた。それは日本で見た手品のように。でも手品なんかじゃない。これは紛れも無いシーナ自身の力の一部だ。
「……消えたね」
「……そうだね」
シーナと言う女性が最後に言い残した言葉「アキトに認められたから」。あれはどんな意味だったのだろうか?
それになんで彼女は桐ケ谷君の事を知っていたの?
桐ケ谷君貴方本当に何者?
私達をなんでこうも気にさせるの?
疑問に思えど答えは返って来ること無き物。
そんな事を考えていた雫の耳に勇の声が聞こえてきた。
「……僕決めた」
「勇?」
勇の顔にあるのは決然として、決意を固めた顔付だった。
「僕は桐ケ谷君に会いに行く。今直ぐは無理かもしれないけど、いつか必ず会いに行く! それが今の僕の目標にするよ」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中にあった物が削ぎ落ち、心の奥底にある気持ちが大きく膨れ上がるのを感じた。
(あぁ、そうか勇は桐ケ谷君に向かって歩いて行くんだね)
あの時(豚を殺した後に雫の部屋に来た時)勇から感じた物はそれだ。
そして私自身の気持ちもはっきりとしてくる。
心の奥底に行ってしまった気持ちが前に出てくる。
そうだ決めたじゃないか、彼に恩返しをすると。
私にだって目標は最初からあったじゃない。ただ、気付けていなかっただけで。
本当に私は馬鹿だ。最初から答えがあったのに気付けないなんて。
でも、もう大丈夫。もう見失わないから。
私と同じ気持ちを持つ人がそばにいるのだから。
少し他人任せなところはあるかもしれないが今はそれで良い。この気持ちを忘れないためなら。
「そうだな、俺もあいつに言わなきゃいけないことがあるからな。会ってお礼を言わなくちゃいけねぇ」
「私も私自身の気持ちを伝えなきゃいけないから、会いに行きたいな桐ケ谷君に」
勇に続くかのように武、咲耶、それぞれの思いを口に出し、目指す場所を確かにする。
そして私も……
「そうね。私も桐ケ谷君に会って言わなきゃいけないことがたくさんあるから、もう一度会わなくちゃ」
四人の思いは同じ。なら、目標に目指して歩いて行かなければいけない。
どれだけ困難が待ち受けていようとも。
私達は、あの人に会わなければいけない。
((((桐ケ谷君に会いに行こう))))
この時の4人の思いが”未来の私達”を変える事になるのは、まだ先の話。
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あれから半月程が経った。
別にあれからジョセフさんと何かあったと言う事は無い。まぁ、気になるものは気になってしまうが。
まぁ、それはそれ、これはこれと割り切り、今まで通りにジョセフさんから色々な事を学んで来た。
例えば、常識、物の名称、剣の使い方、魔法の使い方、戦術の組み方等の事をより深く理解するように学んだ。そして私達自身も、もっとこの世界の事を知ろうと頑張ってきた。
そして、ここの世界に来た当時とは変わり、見違える程にそれぞれの顔付きが変わっていた。
生き物を殺したという壁を超えて、一皮も二皮も剥けた顔付き。
それ以外にもジョセフさんから殺意を浴びせられたり、痛みに耐える為、剣で肌を切ったりした。
ジョセフさんから殺意をぶつけられた時は本気で死んだと思った。
後は痛かった。とにかく痛かった。
まぁ、そのおかげで痛みに対する忌避感はなくなったが、痛いものは痛い為もうやりたくないと思った。
そしてついに今日、この城から出て実戦訓練に向かうことになっている。
実戦訓練、簡単に言えば魔物を倒しに行く事。これまで自分達が学んだことを発揮する事。そしてこの世界の風景を見に行く事。大雑把にこの三つだ。
雫達はまだこの世界の風景と言う物を知らない。だからこの実践訓練には生徒一同賛同した。
一様十日間の訓練予定ではある。そして引率として騎士団の数名が一緒に行く事になっている。大体十人程だ。意外と少ないと思うだろう。でも、これはお遊びではなく訓練なのだ。そのため荷物、食事、寝泊り等は全部自分達でやる事になっている。そのため引率の人数は最低限に押さえられている。それに一人一人が相当の腕の持ち主だ。そのため何が起ころうが大丈夫なのだ。
そして今雫達は城下町を出て北門の前にいる。
「さて、諸君これから実践訓練を開始する! これまで教えてきた物、それを実戦で発揮しなければ意味が無い! 心してこの訓練に励め! 俺からは以上だ!」
そしてジョセフさんは剣を抜き、剣を持った腕を揚げる。そして声を高らかに上げる。
「門を開け!」
その声に応えるかのように門が少しずづ開き始める。
それを見ていた雫達の感想は——
「あんなかっこつけなくても良いのにね」
「まぁ、良いんじゃない? 士気を上げる為なんだから」
「シズちゃん生々しい」
冷めていた。まぁ、雫達はこんな事とは縁の無いものだったから、やる意味が分かっていても「それがどうした?」となってしまう。
まぁ、それでもこれからの事にはドキドキするが。
「それじゃ、僕達もやろうか?」
「え? 何を?」
「円陣だよ」
「お、良いね!」
「やろう」
「……まぁ、良いか」
雫達も一人の人間だ。「これから未知の事に挑む」そう思うだけで心が高鳴る。と同時に怖くもある。
でも、嫌いじゃない、この感じ。
そして勇、武、雫、咲耶の順で円を作り声を張り上げる。
「さぁ、皆行こうか!」
「「「おー!」」」
そして雫達は新たな一歩を踏み出すのだった。




