表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの英雄譚  作者: 漆原 黒野
第1章 旅立ち編
21/32

勇者編 第3話 意味

 



 今雫は割り当てられた部屋にあるトイレにいる。

 豚を殺してから、逃げるように訓練場を後にして、部屋に戻って来た雫。雫はあれから訓練場でどうなったかは知らない。もしかしたらあの後、私以外にも豚を殺した人が居るかもしれないし、居ないかもしれない。でも、今それは関係ない。


 覚悟していた事なのに、こんなに心に来る物なんだ。

 まだ、手に”生きた肉”を切った感触が残っている。

 感触を感じるたび、命を奪ったという事が実感させられる。

 そのたびに私は気分が悪くなり、トイレに駆け込む羽目になる。

 そして今も私は胃の中にある物を吐き出している。


「はぁ、はぁ、やばいかも、私」


 命ある者を殺すと言う事は、これほどまでにキツイ事だとは思わなかった。私は私自身が思っていた以上に心が弱いみたい。

 そして胃の中の物を全部吐き出し、気分が落ち着いて来た雫はトイレから出てベットの縁に座り込んだ。そしてタイミング良く雫が座った時、扉を叩く音が聞こえてきた。


『雫大丈夫?』


 扉の外から話しかけてくる。その声は私の良く知る人物、勇だ。

 雫はベット座りながら扉の外に聞こえる程度で声を発する。


「少しキツイかも」

『あんまり無理しないでよ』


 声の主、勇はこちらを気遣って部屋に入って来ようとしない。まぁ、雫自身、今の自分を見られたく無い。

 多分それが分かっているから勇は扉の外から声をかけえきているのだ。


(本当に優しいな、勇は)


 そして雫のところに来たのは多分「自分のせいで雫に辛い思いをさせてしまった」とか思っているんだろうな。

 そして勇は多分殺していない。だから私のところに来たのだろう。


「ねぇ、勇」

『何?』


 勇の声はいつもと同じだ。

 意識させないために。

 それが今はありがたかった。

 今変に気を使ったり、同情されたくない。


(あ、でも部屋に入ってこないって気を使ってるってことだよね? い、いや違うはず。うん、そう思おう)


 まぁ、それが勇らしいと言えば勇らしいけど。

 いつも人に気を使って……って! やっぱり、今の私気を使われてるじゃん!

 ま、まぁ、それは置いといて、人に気を使って心配して、でも少し抜けてて、本当いつもの勇でいてくれてありがたい。

 そう思うと私の胸の中にある何かが暖かく感じる。


仲間(・・)って良いね」

『!? うん、そうだね』


 あー、今の私、相当参ってるね。こんな事言っちゃうんだもん。

 やばいどうしよう! 恥ずかしくなって来た!

 そんなどうでもいいことを考えていた雫に、思いのほか真剣な声で勇が聞いてきた。


『ねぇ、雫。僕は……前へ進めるかな?』

「!?」


 その言葉聞いた瞬間、今までの考えがすべて吹き飛んだ。

 あー本当に私は馬鹿だ。

 そうだよ、あの勇が私一人だけ(・・・・)殺したと言う事を認めるはずないじゃん。そんな事するくらいなら、勇は自分もやる(殺す)に決まってるじゃん。

 また私は私自身の事しか考えていなかった。皆の事を考えていなかった。

 殺した事に動転していたとは言え、周りを全く見ないなんて……

 まだ、私はダメだ。でも、これはいい機会だとも思う。勇と一対一で腹を割って話せる。

 先程決意は固めた。後はそれを実行するだけ。

 信頼し合える”本当の仲間”になると決めたのだから。

 動かないと何も始まらない。

 そう思った雫はベットから立ち上がり扉に向い、開けた。


「っ!?」


 勇は驚いた様子だったけど雫は気にしないで声をかけた。


「入って」


 そして勇は困った顔をしながら部屋に入って来る。勇が完全に部屋に入ったため、雫は扉を閉めた。

 雫はベットのわきにある椅子を示して勇に言った。


「そこの椅子に座って待ってて。今お茶を入れてくるから」


 雫はお茶を入れるため洗面台に向かった。


 お茶を入れて戻って来た雫は椅子に座る勇を見て少し怖気ついてしまった。

 そこにいたのは無表情の勇。

 その瞳には何も映っていない。

 ただ虚空を見つめている。

 ここでは無い何かを見つめてる。

 そして、そんな顔に雫は見覚えがあった。

 そう”秋人(・・)が見せる”様な顔だ。

「僕は桐ケ谷君に憧れているんだ」あの言葉はどんな意味を持つのだろう?

 普通に解釈すれば、そのままの意味なのだろう。でも違う。なんとなくそう思う。

 私は何も分からないまま……


 この世界に来て皆変わった。それは私自身もそうだ。でも、少し違う。

 私だけ止まった時間を歩き続けている。そして今、止まった時間を動かすように、少しづづ歩き始めた。

 でも皆は違う。何かを追い求め、それに向かって歩いて行くような感じだ。追い求める先に何があるのかは分からない。

 でも、私は何を目標にして歩いているのだろう?

 どこへ向かっているのだろう?

 結局私は何がしたいんだろう……

 私は何も分からないまま……


 そんな時こちらに気付いた勇は首を傾げた。


「どうしたの?」

「……ううん、何でもない」


 雫はそう言って、持ってきたお茶を勇の前に置き、もう一つを勇の対面に置いた。

 そして雫は椅子に座り、お茶を一口飲んで心を落ち着かせてから本題に入った。


「私がいなくなった後どうなったの?」


 雫は生き物を殺したことで精神的にやばいと感じて自分の部屋に戻って来た。つまり雫はあの後どうなったかを知らない。


「結論から言えば、雫がいなくなった後に7人、豚を殺したよ」

「! 7人も……誰がやったの?」

「僕と武、咲耶、水崎(みずさき)進藤(しんどう)、佐藤未海(みう)(佐藤は2人いる、まぁ、自分の事だけど笑)、比嘉この7人が殺したよ」


 雫はビックリしていた。何だかんだ言って咲耶はこいう事は無理だと思っていたし、何より未海が殺したと言うことだ。

 佐藤未海、優しくて、温厚で、真面目で、運動が苦手で、笑顔が可愛らしい、そして何より女の子(・・・)らしい!

 私とは違い穢れを知らない普通(・・)の女の子。

 そんな子が生き物を殺したと言うのだ、驚いて当たり前だと思う。


「未海が、なんで?」

「分からない。でも……」


 勇は言いにくそうに言葉を詰まらせる。


「教えて勇」

「はぁー、分かった」


 勇は渋々だったけど答えてくれた。


「佐藤は……笑っていたんだ」

「笑って、いた?」

「うん、豚を殺す時、僕は確かに見た。剣を振り上げている時笑っているのを」


 意味が分からない。生き物を殺す時に笑っていた? なんで? それじゃ、まるで”命を奪う事が楽しい”みたいじゃない。


「殺した後、佐藤はジョセフさんに呼ばれていたから、多分ジョセフさんも気付いているんだと思う」


 もう、訳が分からなくなる。

 日本にいた時はそんな子じゃなかったのに……

 !?

 日本にいた時? 何を偉そうに言っているの?

 日本にいた時、いや今も、私は何かを知っている気で、実は何も知らないじゃない。

 もし、未海が殺すことを楽しんでいたとして私が何かを言う権利なんか無いのに。

 ん? いや、殺す事を楽しむのはダメじゃない? 命を奪って楽しむのはいけないことだよね? じゃあ、止めてもいいんじゃない? 口を出していいよね?

 ……まぁ、でも私は何かを言える立場じゃないのは変わりないか。

 殺しを楽しんでいるかもしれない未海の事を私は受け入れる事が出来るだろうか?


「ねぇ、勇はさ、未海の事どう思う?」

「僕は……どんな事だろうと僕は()の事を信じるよ」


 皆の事をね。やっぱり勇は優しいよ。優しすぎる。それは、いつか致命的になりかねないほどに。

 でも、そんな勇だから私は、皆は勇に付いて行くのかもしれない。

 そして雫が言葉を発しようとした時、扉から「コンコン」と言う音が鳴った。


「はい、なんですか?」


 私は扉を開けないままで答えた。


『食事の準備が出来ました。それと騎士団長からの伝言です「食堂に必ず来るように」との事です』

「分かりました、今行きます」


 そう言って私は立ち上がり、勇を見て言った。


「とりあえずこの話は終わり。ほら、行こ?」

「……分かった」


 そして私達は食堂に向かうのだった。


 勇と腹を割って話す事は出来なかったけど、今はそれで良いか。

 勇とだけ分かり合えても意味がないもんね。

 皆で、4人で話さないと。

 これから(・・・・)の事を。




 食堂の雰囲気は最悪だった。

 忌避感、嫌悪感、後悔その他にも色々な感情がある。

 でも、一つだけ共通しているのは罪悪感。

 命を奪ってしまったことへの。そして、それは自分たちの為にされたという事実。それを必要以上に感じてしまっている。

 まぁ、それも無理のないことだろう。だってお皿に上に乗っている肉は先程”自分達で殺した”豚の肉なのだから(あ、ちなみに料理は日本で言うところの「豚の生姜焼き」みたいな物だ)。

 そんな彼らの心情を理解しているジョセフは言う。


「食べろ! 無理にでも胃の中へ入れろ! 自分が殺した意味をしっかりと、その身をもって感じろ!」


 殺した意味それを理解するのは大変な事だ。多分この中には耐えられない者もいるだろう。

 殺した者だけではなく、その現場を見ていた生徒全員が苦しむ筈だ。でも「殺して食材を得る」その事をしっかりと認識していかなければいけない。

 今まで私達がどれだけ恵まれていたのかを顧みなければいけない。

 そんな時、突然横から声が聞こえた。


「……いただきます」


 そして勇はフォークを手に取って豚の肉を食べ始めた。

 涙を流しながら。

 一生懸命に。

 味わいながら。

 肉に感謝をして。

 腹を満たされて。

 生きてると感じ。

 それに感化されて、食堂に集まっていた生徒全員がフォークを持ち肉を食べ始めた。

 まだ、躊躇いが残っている者もいるみたいだが、それでも心を抑えて肉を食べる。

 食堂全体がすすり泣く声が響く。

 それでも肉を食べる手を止めない。それが私達が生き物の命を奪った理由であり、決意なのだから。




 夕食を食べ終わった後、自由時間になった。

 風呂に入るなり、寝るなり好きなようにしていい時間。この世界に来て、自由にしていい時間はとても貴重だ。なにせ、ほとんどの時間を勉強や訓練等に取られてしまうから。

 そして雫達は食堂の一角でこれからのどうするかを話し合っていた。


「とりあえずこの後、勇の部屋に集まろうぜ」


 違った。話し合いをする場所を決めていた。


「うん、そうしよう」

「それが良いと思う」

「……私は一人になっていたいけど……」


 咲耶はやはり少し無理をしているように見える。その顔には罪悪感がありありと見て取れる。

 まぁ、それはそうだろう、咲耶とて女の子なのだ。生き物を殺したと言う事は想像以上に来るものがある。

 前に殺意を私に向けて来た時のあれは、只のハッタリ。まぁ、そのハッタリに私は恐怖してしまったんだけど。

 でも、本当に「殺す」という意味を実感させられて、今咲耶は戸惑っているのだろう。見ないようにしてきた物をいきなり見たために。

 「死」はどいう物なのかを感じているのだろう。

 だからこそ今のままではダメなのだ。

 それを乗り越えていかなければ。

 それは咲耶だけではなく、私や勇、他の皆も乗り越えて行かなければいけない。

 でも一人で乗り越えるには大きすぎる壁だ。だからこそ、支えてくれる仲間と一緒にいた方が良い。


「咲耶、そいう時こそ皆でいたほうが良い」

「……分かった」

「よし、それじゃあ、行こうか」

「「「了解」」」


 そして雫、勇、武、咲耶は勇の部屋に向かうのだった。



13日は投稿できないかもしれません。

すいません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ