第15話 ジンバ
「お邪魔します」
「ちょっ! アキト!」
後ろから叫び声が聞こえるが、あいにく俺はそんなんで止まるような男じゃない。
店の中はバーと言った様な雰囲気だ(行った事は無いが)。
そこには、これまたお約束と言っていいように、コップを磨くマスター的存在が居て、そして机を挟んで2人の人物が座っていた。
(俺達だけじゃないのか?)
「あら、ここは子供が来るようなところじゃないわよ」
「!?」
秋人は無意識に身構えてしまった。
なんだこいつ?
その女性は粘り付くようなジメーっとした視線を隠そうともせず、無遠慮にこちらを見てきた。
頬の汗がゆっくりと床に落ちる。
時間の感覚があいまいになる感覚。
悪意はない。
だが、こちらを観察するような目。
あぁ、こいつは俺の敵————
秋人が女性の事を敵と認識しようとした時、突然秋人と女性の間に影が差した。
「あぁ、悪いマリー。こいつは俺の客だよ」
ジンバが間に入ってきた。
「マリー」という名前がよばれた瞬間、後ろから驚くような気配が伝わってきた。
「こんな子供が?」
「そっちじゃなく、普通に飲もうって話になったんだよ」
「なるほどね」
「と言うわけだギン。別に良いだろ?」
ギンと呼ばれた人物は嫌な顔をしながら答えるのだった。
「……どうせ断っても無理に入るくせに」
その答えにジンバは笑顔で返答した。
「分かってんじゃん」
そして残る3人目は喋る事はせず、ただずっとこちら、クルスを見ている。
まぁ、そんなよく分からない状況だったが、もちろんそんな事を気にするような秋人ではない。
「ねぇ、喉乾いたんでけど。飲み物ない? 出来れば冷たいやつ」
秋人が喋った瞬間、殺気に似た空気が一瞬で部屋を覆い尽くした。
それもすぐに消えたが。
だが、秋人の事を見る目は険しい物だった。
「……少し待ってろ」
ギンはしゃがみこんで机の下にある物を取るような仕草をした。
「本当お前ってすごいな」
「何が?」
「お前分かってるだろ? まぁ、いい。お前らも入って来いよ」
そしてジンバは店の外にいるアリサとクルスに声をかけた。
「お邪魔します。あ、できれば私にも飲み物ください」
「……失礼します」
アリサは俺と同じで遠慮なくズカズカと入ってきたが、逆にクルスは遠慮がちに入ってきた。
「そんじゃあ、失礼して」
秋人はそう言って、先程から射抜かんばかりにこちらを見ているマリーと呼ばれた女性の横に座った。
「あなた……」
そんな秋人を見ていたマリーは何を思ったか分からないが、先程からの受けていた嫌な感じを消して話し掛けてきた。
「あなた面白いわね。私の視線を受け止めてなお、平然としていられるなんて」
「? 嫌な感じはしたけど別にそこまで言うほどか?」
俺は先程アリサが言っていた事をそのまま真似て返す。
マリーはポカンとした顔をしていたが急に優しい笑顔でこちらを見てきた。
「……ふふ。そうね。そこまで言うほどでもないわね」
そんな秋人とマリーのやり取りを見たいたジンバやギン、それと名前は分からない3人目は驚きの目でこちらを見ていた。
「おかしな奴だとは思っていたがここまでとは……」
「本当あいつ何者だ?」
「……強くはない。だが危険だと俺の直感がいってる」
「「!?ジン兄がそこまで!」」
今度こそジンバとギンは本当に驚いた目で秋人の事を見る。
「おい、ジンバ兄何者なんだあいつ」
「さぁ、分からない。ただ面白いやつとしか」
そんな困惑顔の二人、ジンバとギンに答える声があった。
「そんんなんじゃ無いわよ。あれは」
「クルス?」
「あれにあまり関わらない方が身の為よ」
それは3人だけに向けたわけではなく、秋人と一緒に旅をしているアリサに忠告を入れたものだ。
だが、そんなクルスからの忠告を受けたアリサは笑顔でこう答える。
「それでも私はお兄さんに付いて行くよ。だってお兄さんは私の希望だから」
「……そう」
クルスはアリサの目を見て理解した。
アリサにとって秋人という人間がどいう存在なのかを。
そんなクルス達の反応を気にしないで秋人は普通に話し掛けた。
「で、ジンバとあんたらの関係って何?」
「……あ、あぁ、俺達は兄弟だよ。こっちのムスッとしたのが長男のジン。で次男の俺。長女のマリー。三男のギン」
「へぇ~」
そう言って秋人は紹介された4人をそれぞれ見て素直な感想を言った。
「あんまり似てないね」
「まぁな。兄弟と言っても一緒に育った仲って、だけだからな」
「つまり血は繋がってないってこと?」
「あぁ」
「へぇ~」
そんな秋人の感想など気にした様子などなく、ジンバは本来の目的、つまり飯を食べる為にギンに料理を用意させた。
そして一通り準備ができ、みんなの手に飲み物が渡ったのを確認したジンバは音頭をとるのだった。
「そんじゃ、飲みますか」
そんなジンバの掛け声など気にすることなく秋人は突っ込む。
「俺は酒は飲まないけど」
「……おいアキト。オッホン。では改めて乾杯!」
「「「乾杯」」」
そして夜が更けるまで飲み明けるのだった。
そして次の日、秋人とアリサはエリトラの街へ。
クルスはハイド国へ。
ジンバは店に残った。
そしてここは昨日まで秋人達が騒いでいた店。否、調査支部。
夜の1時を回ろうかという時間に1人の女性が店に入って来た。
それはどこかで見覚えのある姿。秋人が王都の産業ギルドであったミーナの姿であった。
ミーナは正面の椅子に座る自分の本来の仕事の上司を見て声を掛けた。
「ジンバさん、夜分遅くに失礼します。お1人ですか?」
そう声をかけてきた人物を見た瞬間、ジンバは顔を綻ばせるのだった。
「おぉ! ミーナちゃんか、久しぶりだのう! と言っても2、3ヵ月位か?」
「えぇ、ご無沙汰してます」
「それと今は1人じゃよ。二階にジン兄達が居るが、呼ぶか?」
「いえ、大丈夫です。それで彼はどうでしたか?」
そしてジンバはミーナの質問と様子から見て仕事の用だと察した。
「面白いやつだと思ったぞ」
「ジンバさんが面白いと言う程ですか?」
「あぁ。まぁ、前置きはさて置き、ミーナちゃんだけって事は依頼か?」
「はい。それでは依頼内容はアキトという人物を監視してください」
(アキトか面白いやつではあるが、ジン兄が危険だと言っていた相手。油断はできないな。それに——)
「監視するだけなのか?」
「えぇ、今のところは」
「なぜ監視じゃ? 殺してしまえば良いではないか」
「それは……」
ミーナは歯切れ悪く困ったような顔をした。
その顔を見たジンバはやれやれという気持ちでミーナに話し掛けた。
「はぁー、やめやめ。なぁ、ミーナちゃん本音で話そうや」
「……はぁー、分かりました。私的にはアキト君に死んでほしくないです」
「それは私的なものか?」
「はい。完全に私的なものです」
「なるほどのう」
(珍しいのう。ミーナちゃんが仕事に私情を挟んでくるとは……)
「それと、こちらの国の上層部がアキト君の暗殺が企てられています。ですが、これはアキト君は気付いているみたいですが」
「あぁ、あいつならそん位分かるだろうな」
「ジンバさんも随分アキト君の事を気にいってるみたいですね?」
「あぁ、あいつはすごいやつだよ。まぁ、良いやつではないみたいだが」
「えぇ、それは同感です」
ミーナは先程までの砕けたものではなく、真面目な顔をしてジンバに調査内容を聞くのだった。
「それでマーテリア国、ハイド国、神聖王国、北西三カ国同盟はどんな状況ですか?」
神聖王国・・・大陸の北東側にある国。
マーテリア国・・・大陸の南東側にある国。
ハイド国・・・大陸の南側にある国。
北西三カ国同盟・・・ソーバントン国、グランド国、ガドン国の三カ国からなる同盟。
(ソーバントン国・・・大陸の北側にある国。
グランド国・・・大陸の北西側にある国。
ガドン国・・・大陸の西側にある国。)
エルスラーン王国・・・大陸中央にある国。
「あぁ、一様ハイド国とマーテリア国と北西三カ国同盟は勇者召喚は容認しているみたいだが……神聖王国は戦争の用意がされている」
「やはり……」
「あぁ、三年以内に始まると予想される。それとこれは未確認だが、どうやら神聖王国も勇者召喚をしたらしい」
「!? それは本当ですか?」
勇者召喚、それを聞いたミーナは驚きの声を上げた。
無理もない。一代に勇者召喚が二度も行われたのだから。
それも戦争の為に。
「あぁ、まず間違いなくエルスラーン王国と対抗しているだろう。そして戦争で両国、勇者を使う気だろうな」
「……それはまずいですね。そうなると北西三カ国同盟が黙っていないでしょうね」
「あぁ、そうなるとハイド国も参加してくる。そうなれば自動的にマーテリア国も参戦せざるおえない」
「そうなると……大陸戦争」
最悪の未来だ。
魔王が動き出してから(大体10年程)はこれまで人間同士で戦争などをすることはなかったが……
エルスラーン王国と神聖王国は魔王を理由に勇者召喚をした。
それはつまり戦争の兵器を手に入れたと言う意味だ。
それも、たった一人で都市一つ、もっと言えば国一つを破壊出来る力を持つ者を。
「あぁ、それだけは避けないとな。それに、もしかしたら他大陸の国も参戦してくるかもしれない」
そう、大陸戦争になれば漁夫の利を狙う他大陸の国が居てもおかしくない。
特に世界の中心と呼ばれる産業国家(れっきとした国の名前)が加入してくる可能性が高い。
産業国家は金が動けばなんでもする。
それこそ戦争だろうと、なんだろうと自分たちの利益になるのならば動く。
まぁ、利益にならなかったら動かないが。
「……はぁー、いっその事魔王が暴れてくれれば楽なんですけどね」
「物騒な事は言うもんじゃないぞ」
ジンバは言葉では否定しているが、本心では「そうなればどれだけ楽か」と思っている。
魔王が暴れれは人類は生き残るために結束するだろう。
それほどに魔王と言う存在は大きい。
「まぁ、今のところは予想でしかないですしね」
そう予想でしかない。
だが必ず訪れる未来でもある。
「楽観視はできないがな」
そう言葉で濁しても現実は変わらない。
いつかは戦争になる。
今の世界情勢はそれほど緊迫した状態なのだ。
だから、出来るだけ厄介事が起こらないように俺達が動かなくてはいけない。
「えぇ、ではジンバさん上からの依頼ですアキトを監視してください」
真剣な声でジンバに依頼という名の命令を言うミーナ。
ジンバはその心境を知る由もなかった。
「あぁ、分かった」
だがジンバもアキト程ではないにしてもいい性格をしていた。
「あ、もしかしたら逃げられちゃうかもしれないけど。まぁ、相手は勇者ですから、どんな力に目覚めるか分からないもんな」
「……ジンバさんわざとらしすぎます」
「ハッハッハ、何を言うかね俺は本当の事を言ったまでだよ」
確かに事実なだけに怒る事はできない。
(はぁー、本当疲れる。アキト君も似たようなものだけど……今はアキト君は関係ないよね? じゃあ、なんで今、私アキト君の事考えたんだろう? やっぱり恋かな?)
ミーナは自分の心に芽生えた気持ちを一旦振り払い、姿勢を正してジンバに話し掛けた。
「そうですね。では私はこれで」
「あぁ、気おつけてな。あ、これは興味本位なんだが、ミーナちゃん」
「なんですか?」
「アキトに惚れた?」
「な! ~~~~!」
(他人に言われるのって、こんなに恥ずかしいんだ!)
顔を真っ赤にして口をパクパクとしたミーナの姿はどう見ても恋するそれだった。
「あ、これは……」
「そんなんじゃありません! では失礼します!」
ミーナは逃げるように店から出て行くのだった。
「アキトよ……これはハーレムではなく修羅場じゃぞ? それも最強に足を掛けた者同士の……はぁー、まぁ、がんばれよアキト」
そしてジンバは椅子から立ち上がり二階にいる兄弟の元に向かうのだった。
「さて、仕事でもしますか」




