プロローグ
ボクは青葉青人、十四歳になったばかりの中学二年生で、普通の日本人だ。
いや、正確にはそうだったと言うべきか。
なぜなら、ある日の夜、ボクはトボトボと道を歩いている時に、大型のトラックに轢かれて死んだからだ。
そうして、ボクはここにいた。
ここは、周囲が明るく輝いているだけで、他には何も無い空間。そこに宇宙遊泳のように、ボクの意識だけが、ふわふわと浮いている。
(ここが、死後の世界なのかな?)
なにぶん死ぬのは初めてだから、ボクには今の自分が置かれている状況がどういう事なのか、よく掴めていなかった。
『やあ、初めまして』
そんなボクに、誰かが声を掛けて来た。
自分の肉体ははっきりと認識出来ないものの、声がした方に意識を向けると、そこには『何か』が存在していた。
少なくとも、人間では無いと感じられる、『何か』としか言いようのない存在だと、ボクの直感が告げている。
『ふうん、結構冷静だね。こんな状況なのにパニックに陥っていないのは、君の年齢では珍しいのではないかな?』
その存在は、面白そうなニュアンスを声に込めて、日本語では無い、謎の言葉でそう言った。
謎の言葉なのに、ボクが理解出来るのは、なぜだろう?
でも、声の言う通り、ボクは小さい頃から恐怖に鈍感だった。
普通の子供なら、震えたり、泣き叫んだりするような状況、猛犬に吠えられたり、暗闇の中に一人取り残されたりした時だ、ボクはそれらの何が怖いのか、さっぱり解らなかった。
本で読んだけど、恐怖と言うのは危険を察知する生存本能でもあるので、一概に否定されるものではないそうだ。
怖いから、危険な場所や物には近付かない。
そうする事で、生物は危険を回避して生き延びる事が出来る訳だ。
でも、それが無いボクは、危険を察知出来ない。
従って、長生きは出来ない。
まあ、トラックに轢かれて死んだ訳だから、その通りだったのだろう。
その事も、あまり気にしていない。
あの時は、齢十四歳にして、人生に躓き、行く当ても無く、死ぬ事だって別に怖くなかったので、無理に避ける気にはならなかった、という事情もあったけどね。
精々、短い人生で、色々な楽しい経験が出来なくて、楽しめなかったのが残念だったな~、くらいの感想なのだ。
『へー、そういう人格の持ち主なのか。これは愉快だね。それに、なるほど、まだ十四歳の若さで、そんな人生を送って来た訳か』
まるで、ボクの心を読んだかのように、声が言葉を続けた。
こいつは、神様なのだろうか? それとも悪魔なのだろうか?
その両者に、明確な違いなんてあるのだろうか?
『うんうん、その通りだぞ。君は勘も良いようだ。わたしは、君が認識する神や悪魔のような存在だと思って貰って結構だ』
ボクの勘は、当たっているらしい。
でも、それならどうして、死んだボクの前に、そんな存在がいるのだろう。
『それは、わたしが人材探しをしていたからだよ。無限に存在する世界の中から、わたしが必要とする死者を召喚したら、偶々君が呼び出されたんだ』
それこそ、凄い偶然じゃないのかな。
今この『何か』は、無限に存在する世界の中から、ボクを召喚したって言ったぞ。
『そうだよ。その偶然によって選ばれたのが君だ。おめでとう、そのお蔭で、君は第二の人生を送る事が出来る訳だ』
どういう事だろう。
死んだ筈のボクに、第二の人生だなんて。
まるで本屋に山積みされている、安っぽいライトノベルに出て来る、ある日異世界にトリップしてしまう物語みたいだ。
『まさしく、その通り。君は君がいた世界とは異なる、わたしが創った世界、わたしの作品である世界の中に入り込むんだ。そして、そこで君に楽しく遊んで欲しいん訳なんだよ』
世界の創造主だと言う『何か』は、愉快そうな声でそう言った。
まるで、自分の創ったゲームを、誰かに自慢しているみたいだ。
そう、この『何か』が言っているのは、正にゲームのような話なのだ。
『一応、マイルールがあってね。わたし自身はその世界に、直接過度な干渉を行う事は出来ないのだよ。だから、面白そうな人にそこへ行って貰って、世界に適度な刺激を与えてみようかと、思いついた訳なんだ』
その為に、死んだボクを呼んだのか。
ひょっとして、神様って暇なの?
『君には、新しい人生の経歴と、新しい肉体、それに世界を引っ掻き廻せるだけの『特別な力』を与えよう。その力を使って、君はその世界で何をしても構わない。そう、何をしてもだ。君が世界を救う勇者になろうとも、世界を支配する魔王になろうとも、わたしは、君がする事には一切干渉せず、又これ以降は一切の手助けもしない事を約束する』
勇者になろうと、魔王になろうと、全てが自由?
それが取引条件、という事なのだろうか。
でも、それだとボクの取り分の方が、ずっと多い気がする。
『そういう事は、気にしなくていいよ。勿論、何もしないで引き籠ってしまっても、わたしは気にしない。君という異物が、その世界に『存在している』という事が、わたしにとっても、世界にとっても大事なのだからね』
表情は全くうかがい知る事は出来ないけれど、声の調子からこの『何か』は、今ニヤニヤと笑っているような気がする。
本気で、ボクを使ってゲームをして、自分が楽しむ事しか考えていないように感じるよ。
トリックスターって、こんな雰囲気の奴なのかな。
『どうかな、引き受けてくれないかな? 引き受けてくれるなら、色々とサービスしてあげるよ。ああ、因みに引き受けてくれない場合は、死者である君は、このまま消滅するだけになるよ。そうしたら、次の人を呼ばなきゃならなくなるね』
死んだら、消滅か。
天国も、地獄も無いんだね。
良い事知ったよ。
選択の余地が無い、二択じゃないか。ボクじゃなければ、迷わず引き受けるんだろうな。
でも、ボクはどうだろう。
ボクは、死ぬ事は怖くない。
地球には、両親ももういない。
自慢じゃないけど、親しい友達も少ない。
だから、どこで死のうが生きようが、全てはボクの勝手、とは行かなかったのが日本のルール。
何しろ、ボクはまだ、義務教育中の中学二年生、十四歳。
人生を自由に生きる、という事は出来なかった。
その結果、ボクのたった十四年の人生は、あの『女』のせいで、一旦は破滅し、終わったも同じになってしまったのだ。
ボクが死んだのも、その影響が多分にある。
それをやり直して、新しい人生を送れるのなら、異世界で別の人生を生きてみるのも悪くはないだろう。
死も怖れないボクが、残念に思うとしたら、人生を楽しめなかった事、それだけだからだ。
『返答は?』
『何か』が、ボクに答えを促す。
判っている癖に、敢えて訊くんだね、この『何か』は。
ボクの答え、それは勿論、イエスだった。